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ひろかずニュース 平成28年12月30日UP
   
☆ひろかずニュース第71号、発刊☆

 いよいよ、平成28年も終わりです。みなさんにとって、どんな年でしたでしょうか。

 災害もたくさんあった年ですし、また、予想外・想定外の事項もたくさんあった年ではないでしょうか。
 アメリカ大統領の選挙もありましたし、アメリカ大統領の広島訪問という事もありました。そして、国際的には、小さなテロも多発した年でした。
 国内的には、九州の地震から始まり、震度6クラスの地震も数回ありました。そして、東北地方の海底地震で津波警報が出され、心底「こわいなぁ」と感じました。
 そして、12月28日にも茨城での震度6には、正月もあったもんではないなぁ。と、感じています。

 8月の連続した台風にも驚きましたが、北海道で、あれだけの洪水被害が発生するとも思っていませんでしたし、12月末に新潟で発生した大火には、驚いたというか、こうなると、人の力は、無力だなぁ。とも感じました。

 一方、博多で発生した道路の陥没事故は、あっと言う間に復旧しましたし、さらに、前掲の新潟大火ではコンクリートミキサー車で水を運んで来ていたのにも、驚きました。

 そして、12月の大雪というか、札幌は50センチ級の積雪が2度もあったのには、驚くというか、札幌では、車での移動は・・・ムリになったでしょうなぁ。と思っていますし、余市町も12月の積雪量としても、かなり多くっていましたが、学校が冬休みに入ってからの、大雪という事で、通学面では、良かったと思っています。

 古い家という事で、自宅の裏は、屋根からの雪がたまる構造になっていて・・・

 
 この雪を処理するのに、二日もかかってしまいましたぁ〜

 行政的には、国の政治は、安倍総理の国際的外交が目立った年でしたが、その割には、一行に成果が上がらなかったのではないか。と感じていますし、なんか、よく分からない外交をしている。と、個人的には感じています。

 何かと変化が多かった申年でしだが、余市町はというと、いたって平穏。マッサンの余波もあって、その影響も、それなりにあった年でした。
 そして、余市町役場としては、議会を含めて混乱もなく、無事に過ぎた1年であったと思います。何も無かった・・・から、議会の混乱も無かった・・・という事も言えますが・・・・
 正直、「先が見えないなぁ・・」とも感じています。

 また、本来的には、隣町の自治体の事ですので、あまりふれる訳には行きませんが、小樽市は、「どうなっているの?」と、定例議会がある都度、感じています。
 どっちに転ぶのかはわかりませんが、定住自立圏の枠組みの中では、小樽市が北後志の中心になるでしょうし、年が明ければ、いよいよ"来年"に迫った高速道路の開通で、このままでは、小樽市は、車が通過しない町となってしまう・・・つまり、過疎化に拍車がかかる可能性もあって、「大丈夫なのかい?そんな事、している暇は無いんじゃあないの?」と思っています。

12月25日、大雪の中の晴れ間で・・・
 
 雪が降ると、シリパスキー場の後が、わかりますよねぇ〜


 個人的には、まぁ、いろいろと忙しかった年でした。

 なんと言っても、会派の仕事が"ドン"と増えた事でした。
 これは、会派内としても、議会内部としても仕事が増えて・・・・会派に所属していようが、いまいが、他の議員より、動いていると自負しており、それに加えての会派の仕事という事で、本当に、仕事が増えています。
 ・・・・反面、「だから、会派に入るの、イャなんだよねぇ〜」というのは、偽らざる気持ちですが、まぁ、今のところは、過去のように、会派を抜ける。という気持ちは無いですし、また、今の会派を抜けて、他の議員の新たな会派を組む。という考えは、持っていません。


 ただ、体調的には、後半は悪かった面というか、11月に入ってから、ドッと悪化をして来た気がします。
 特に、秋に入ってから、忙しく、そして、蓄積した一年の疲れが出て来たのもあると思いますが、20年来の持病の尿道結石が2年ぶりくらいに再発。
 じつは、この時に『糖尿病だね』との診断もされてしまいました。

 で、足の静脈炎の関係で、ワーファリンの薬を飲んでいる関係があって、『そっちに行って、見てもらってね』と言われました。
 まぁ、なんとなく、体調的にも、「太り過ぎでマズイかなぁ・・・」と感じていた事もあって、一念発起で、ダイエットに挑戦!!炭水化物というか、『米』が大好きだったのですが、米を食べないように、また、ヤサイ中心にしました。
 無論、米をまったく食べない。という事ではなく、シャモジに軽く一杯を、雑炊系にして、量を増やして食べます。

 
雪多い!!ド道路のガタガタ!!その結果、28日夜、21時から幹線道路は排雪が入りました。
 
 夜間排雪の方が、距離的には倍以上の距離が出来るそうです。でも、一晩中の作業はタイヘンでしょうねぇ・・・お疲れ様でした。
 たしかに道路状況は悪いですが・・・先日、二日連続で札幌に行きましたが・・札幌よりは、走りやすかったですよ〜

 その結果、1一週間ほどで3キロくらい痩せたのもあって、通院先の協会病院行って、再度の検査をした結果、『うーん、問題ない数値だよ』との事でした。

 でも、始めたダイエットなので、そのまま、続けた結果、今までの米の量は1/4くらいに減り、また、全体で食べる量も、半分くらいになりました。無論、間食は出来るだけしないようにしして、今では、これに慣れたのもあって、5キロ程の減量に成功しました。
 それでも、平均体重から見れば、まだまだ多いので、あと5キロはダイエットしたいなぁ〜と思っています。
 
 そして、12月に入り、除雪の季節となって・・・・指の骨折という事なってしまいました。
 ショベルで除雪中、中途半端にドアを開けて、話していたら、風でドアが・・・左小指がドアに挾間ってしまい・・・・結果としては、『骨折』という診断を受けてしまいました。

 固定といっても、左薬指と小指の間に綿かガーゼをはさんで、テープで止めるだけなのですが、水がついたら、結果として、指がふやけて来て、カユイです。
 で、パーソコンを入力するのには、かなり不自由ですし、なんと言っても、連日の降雪で、毎日の除雪で、ショベルカーは右手でバケット操作、ハンドルは左手という事、また、ポッチを持っての操作ですが、手袋をしなきゃ手の平がガサガサになるので、しょうがないので、指2本文を切ってしています。
 特別、力が入っている?訳ではないでしょうが、やはり、支障があり、常に、左肩から回っている。という事で、やっぱり、負担になっています。

 常に、腕は痛いのに、この時期、除雪という事で、さらに、首から肩にかけて、痛いし、まぁ、これでキーボードを叩いているので、良くなる訳がありません。

 そんな年の瀬となっていますが・・・

 私にとって、定例会が終わるのには、ニュースの作成が終わって、始めて「終わったァ〜!!」と感じるのですが、12月は、印刷業者さんも休みとなる事から、年内に印刷完了をしなければなりません。
 という事で、定例会が終わったのは16日という事で、ほぼ10日間で、作成・校正・印刷という事で、さらに、除雪という事で・・・・

 愚痴もいっぱいですが、なんとか、今年も無事、過ぎ去ろうとしています。

 今年の冬は・・・どうも調子が悪いですわぁwwwショベルが深みにハマってしまい、脱出不能になって・・・大型ショベルに来てもらい、引っ張ってもらいました。ちなみに、もう1回も別な日にも引っ張ってもらいました><
 
 骨折した小指は・・・うーん、曲がった形になってしまいました。くそ〜、しょうがないよねぇ・・・まぁ、左の小指だから、キーボードのシフトキーが押しやすくなったぁ??から、まぁ、イィかなぁ(^^;)

 今年一年、お世話になりました。みなさんにとりまして、平成29年が良き年になります事を、ご祈念申し上げます。

 そして・・・来年こそ、余市町が活気あふれる町になるように・・・・

 ちなみに・・・・町長選挙も1年前という事で・・・それなりに、みなさん、動きがあるかも・・・しれないですよ〜



ひろかずニュース71号

第13回、ひろかず議員報告会
 この時期、すっかり定番となった、私の議員報告会。今年は11月17日・木曜日に開催しました。
 開催に際して、一番悩ましいのは月日の決定です。チラシ配布の関係もあって、早めに月日を決定しなければなりませんし、議員報告会ですので、公の施設での開催でなければならず、つまり、場所としては中央公民館での開催しかありません。
 公民館の11月の状況は、文化発表会が多く、空室を取るためには、早めに申し込まなければならず、今回は、8月末に行って、確保して来ました。
 ですが、その後、ハタと気がついて、「マズイかなぁ」と思い、再度、公民館に予約状況を見に行きましたが、すでに、満杯状況となっており、変更が効かず、当初の通りの日程としました。
 11月17日は、11月の第3木曜日という事で、世界的にボジョレーヌーボーの解禁日という事で、この日の夜にはニッカ会館でワインパーティーがあり、さらに、役場で区会を対象とした今シーズンの除雪説明会も入って来ていました。
 他の企画と重なった事もあり、「さぁて、今回はどれくらいの方が、集まってくれるのかなぁ」と思っていましたが、現在の報告会の形式をとるようになって、過去、最高の方が参集して下さり、用意したイスが足りなくなってしまいました。お運び下さった皆様、有り難うございました。
 さて、今回の講演内容は次のようなものでした。

◎議員の資質と議会改革について
 ・議員の資質ってなに
  ・選挙と資質は密接な関係がある・・・
 ・選挙戦の変化
  ・議員は、いくら(報酬)もらっているの
  ・住民の方がすべき事は・・・
 ・議員の技量とは
  ・議会改革はどうなのか
◎余市町のこれからの課題はなに
 ・火葬場の新築について
 ・国民健康保険について(全道化への移行は)
 ・高速道路の開通について 高速の出入り口は?
              町道の拡幅は?
 ・会津若松市との関係

 報告会では毎回、原稿を用意しており、今回は13枚を作成していました。すべてやれば講演だけで90分となってしまう事から、所々飛ばして、正味、60分の講演をしました。
 また、配布資料として、今回は、皆さんが『あっ』と驚くというか、『こんなもの、出してイィの』という資料も出しました。それは、役場からもらう年末調整の伝票で、議員の年間報酬がズバリわかります。実態を知ってもらうためには、事実を隠さず公開する事が第一ではないでしょうか。

 今年は、会派報告会と個人報告会と2度の報告会を開催しましたが、準備も含めて、正直、大変忙しい思いをしましたが、住民の方と身近に、そして、住民の方の前で公に話すことによって、要望・要求をより強く感じます。
 さらに、議員としては、頂いた意見を、議会という場所に反映させて行く事が、今の議員に最も、求められる事項であると考えています。
 どちらにせよ、自身にとって、一年の最大行事である議員報告会を無事、終わることが出来て、ホッとしています。
 来年も開催する予定ですので、どうぞ、機会がございますれば、お運び下さい。

 寒い日が続いていて、今年は29日からアイスキャドルを灯しました。
 
 作り方はバケツに水を張って、3日くらい放置でOKです〜

忙しい・・・秋でした
 9月の定例会が終わると、一般的には11月末までは、議会的には、時間に余裕が持てる期間です。
 この要因としては、この時期は、来年に向けての、首長、議長の全国大会が開催されるために、議会が開催されない。という理由です。
 ですが、今年は所属の民生環境常任委員会の活動も含めて、様々な行事があり、「忙しいなぁ」と感じる秋で、次のような日程等がありました。

〇9月中旬 9月定例会。
・8月に実施した会派「民友クラブの会報作成と発行」。初めての発行で、作成から印刷まで、すべて自身で行いました。
・定例会終了後、ニュース70号の作成。

〇9月定例会において、介護関係の条例改正案が民生環境常任委員会に付託される。
・都合3回の委員会を開催して審議を行う。

〇9月25日 味覚マラソンと味覚祭り
・毎年、実施されていますが、自宅前が通行止めとなる事、また、人出も多いことから、何かと忙しい。

〇10月2日〜3日、11月12日、会津若松市関係者来町。
・10月は市民団一行93名で、2日から会津藩士関係箇所の町内ガイド。私費で歓迎幟の作成やら、順路の確認等を行う。来町された会津若松市の方は、みなさん歴史に詳しいので間違いは許されず。なんと言っても、人数が多いので、大きな声を出さなければ、後ろまで聞こえない事もあって、汗だくで説明をしていました。
 11月は、会津若松市の商工課長さん一人でしたが、連続テレビ小説「マッサン」応援推進協議会主催のセミナーに参加。セミナー開催までの間、町内の関係箇所の総てのガイドをする。

〇10月17日〜20日 民生環境常任委員会、先進地行政視察
・先進地の各地を行政視察。委員長は一行の全てにおいての責任者。また、当然、視察先では公式な挨拶もしなければならず、気が休まる事はありません。ですが、無事、視察を終えて、また、大変、勉強になった視察でした。
 当然ですが、帰宅後、報告書の作成で、これまた、なかなか難しい。

〇11月14日 原子力防災訓練
・毎年実施されている泊発電所の避難訓練で、余市町に高橋知事、来町。ホームページの掲載もあって、二日間、カメラを持って、走り回っていました。

〇11月17日 第13回、議員報告会
・前掲の通りですが、開催のために、ニュースとチラシ配布が大変。また、会派報告書も一緒に配布していたので、都度、印刷していました。

〇11月24日〜30日
・平成27年度、決算特別委員会。また、25日には民生環境常任委員会の開催もあり、9月定例会の付託案件の採決。条例案はかなりの分量があった事により、委員長報告の原稿は8枚にもなってしまい、12月定例会での報告時間は20分でした。

〇12月13日〜16日
・12月定例会開催。一般質問の作成と提出。
・定例会最終日の16日、所属会派の民友クラブで、町長・教育長に対して、来年度に向けた会派要望書の提出のための調整と作成。ちなみに、定例会最終日の12月16日、他の会派に先んじて役場側に提出しました。

 ざっと見れば、これだけですが、この他に、町主催の講演会等にも参加していますし、ニュースの原稿は、作成段階では、16ページ前後の分量となるのですが、ニュース以外に、議員報告会を含めて、10ページ前後の原稿作成をしたのが、全部で4回もありました。

 この期間、体調もパッとせず、11月上旬に、二十年来の付き合いである尿道結石が再発で点滴治療を受けました。そして、12月10日、今シーズン初の大雪と吹雪の日の朝、ショベルカーで除雪をしていて、中途半端にドアを開けていた所、強風でドアがあおられてしまい、左小指がドアに挟まれてしまいました。
 定例会も始まっていたので、病院にも行けずに、数日間、そのままにしておいたのですが、内出血もしていたので、病院に行ってレントゲンを写してもらうと『骨折していますね』との診断でした。 
 小指という事で、隣の薬指とテープで巻いての固定という事で、日常生活上では、さほど困らないのですが、左小指はキーボードを操作する上では、多用しているので、かなりの支障が出ており、今回のニュースの執筆時は、なかなか大変でした。
 さらに、13日にはショベルカーが段差のある雪の中に埋まってしまい、大型のショベルカーに来てもらい脱出しました。
 みなさん、除雪中の事故には、注意しましょうね。


原子力防災訓練
 平成28年1月14日、午後12時25分に携帯電話やスマートホンの方に、地震速報が入って来た事は、覚えておられますか。
 内容は『浦河沖で地震発生。強い揺れに備えて下さい・気象庁』というものでした。そして、数十秒後には余市地方でも、大きくはありませんでしたが揺れを感じました。
 メールを見て、「どうしょう!」と思いましたが、何も出来ずにいて、すぐに揺れてしまいましたが、このメールが『ある』と『無い』では、心構えも違うのではないかと思います。
 さて、ここ数年、雪の積る前に、泊原子力発電所の放射能漏れ事故を想定しての避難訓練が行われており、今年は11月13・14日と行われました。
 この訓練が始まった当初、余市町としての訓練対応としては、泊発電所から30キロ以上の圏外に、大型バスで避難という事で、避難者は各区会からの選抜でした。
 避難といっても、単に、集合場所に集り、バスに乗って目的地まで行って、到着後、放射能が体に付着していないか。という検査をした後、同じバスに乗って帰って来る。というものであり、私は過去において、二度、このバスに乗車して避難した経験がありますが、住民の訓練というより、除染作業に当たる自衛隊や自治体職員のための訓練だと、感じていました。
 今年の訓練は、余市町からは住民避難のバスは出されなかったものの、宇宙記念館を含む道の駅で、自衛隊による除染訓練が行われて、大型バスの除染作業もされていました。
 また、神恵内村からヘリコプターで避難した住民が陸上競技場に着陸し、その後、バスで移動する訓練。さらには、外国人観光客の避難という事で、マッサンで多くの外国人観光客が集まる、ニッカウヰスキー工場内でも、ガイドさんが事故発生を告げたプレートを出して、あらかじめ録音していた数カ国語の言語を流して、バスに誘導して安全の地域までの避難をする。という訓練をしていました。

 今回の訓練の特徴としては、まず、日曜日から始まって、各自治体を繋いでのテレビ会議がメインのようで、町長以下、役場幹部と担当課、さらには余市消防署員が集まり、役場3階で机上訓練をしていました。
 ちなみに、日曜日と月曜日に、『原発事故発生』と『屋内避難』を即するエリアメールが配信されましたが、11月末に開催された決算委員会で、私は「このエリアメールは、発信場所はどこか」と質問した所、『余市町でも発信機能があり、余市町が発信しました』との答弁でした。
 月曜日は、前掲のように、町内各所での訓練となり、ニッカ工場での避難では内閣府のテレビクルーも入り、映像を国に直送していたようです。
 そして、高橋知事も来町しての視察。さらには、市橋道議を始めとする北海道議会総務委員会メンバー、学識経験者、申し込みをして訓練を見学する一般参加の方など、大型バス3台で移動する見学者も来ていました。
 これに加え、新聞・テレビの報道各社、反原発の市民団体の方と、正直、訓練者より、見学者の方が多く、そちらの方が驚きました。
 ちなみに、前掲のヘリコプターでの避難訓練は、陸上競技場が会場だった事もあり、バスの駐車場として、私の所の土地を提供し、さらには、町の施設の保全にも一役買っていましたが、大型ヘリの発着を目前で見られたのは圧巻でした。

 11月14日は、天候も良く、気温も高かった事から"訓練日より"でしたし、また、訓練は訓練として無事、完了したのでしょうが、では、住民の方が『これで安心』という心理になっているのでしょうか。
 11月22日、午前6時前に東北地方太平洋側で発生した海底地震によって『津波発生!避難せよ!』とのテレビから流れる情報に、恐怖心を覚えたのは、私だけでしょうか。
 様々な事項がからむ原子力の問題、みんなが納得出来る方策はどこにあるのでしょうか。


会津若松市民親善訪問団来町
 昨年の秋に、福島県会津若松市と余市町で親善交流都市の調印を結び、本年8月には会津若松市内の中学生33名が町内に2泊して行きました。
 そして、『第17回 会津若松市民親善交流推進事業 余市町と親善交流都市締結』と題して福島県内で旅行募集がされ、10月2・3日と室井会津若松市長、目黒会津若松市議会議長以下、総勢92名にもおよぶ市民団が余市町を訪問しました。
 
 江戸から明治に変わる頃、会津戦争に敗れた会津藩士の一団は、会津→東京→小樽と移動して、最終的には、明治4年に余市町に入植。JR駅近辺から山田町にかけて、荒地を開墾し、明治12年、日本における民間で初となる西洋リンゴの栽培に成功し、余市町は、漁業と果樹栽培を基幹産業として発展して来ました。
 余市町に入った、会津藩士の一団の事は、会津本国でも、『入植して荒地を開墾しリンゴ作りに成功した』という事は、知られていますが、では、どんな経緯で入植したのか。また、どういった方が入植したのか。という事は、ほとんど知られていませんでした。
 これは、余市町に入植した藩士は、会津敗戦直後に東京に移動した、青少年の団体であり、家老級の役職者がいなかった事により、その記録が残らなかったのではないか。と推測されています。
 会津藩士の団体入植者として有名なのは、青森県の斗南ですが、明治4年に廃藩置県により、藩が解体されたのもあり、明治8年以後に札幌の琴似・山鼻地区へ、屯田兵として入植した事が一般的に知られています。
 余市に入植した会津藩士は、明治4・5年で、約200戸・800名と言われており、入植年月、人数ともに、斗南を除いて、最大の規模だったようです。
 現在、水産博物館で展示されている、小樽から余市に入植する際に、開拓使(現在の北海道庁)に提出された『御受書』(おんうけしょ)は、早い時期から、その存在は知られていたようですが、世に出されたのは、昭和30年代という事で、歴史的には最近の話であり、さらに、昭和40年代に入り、余市町として町史編纂のために、会津若松市を訪問した際には、『正式な記録なし』との事で、余市会津は、会津本国にとっては、未知のベールに包まれた先祖。という事のようです。

 元々、会津若松市では、縁のある自治体と積極的に交流がされており、さらに、会津戦争終結150年の節目の年を迎えるに当たり、さらに、積極的な交流促進が行われようとしています。
 それらの背景によって、旅行の企画がされ、募集した所、10分かからずに定員に達してしまい、キャンセル待ちも多数で定員を増やしたそうです。ちなみに、人数としては、余市町内の3箇所の宿泊所に宿泊出来る、最大人数だったそうでした。
 一行は10月1日の早朝、会津若松市を出発。1日は、函館市内に宿泊して、会津藩ゆかりの地を訪問。
 2日の午後に、余市町に入り、ニッカ工場の見学と、夜には、余市町の議員も含めて町民50名余りと懇親会の開催。
 3日は、会津藩士の墓の参拝と、当家の緋の衣の原木の見学。水産博物館、福原漁場の見学後、余市を離れ、札幌琴似神社を参拝して、会津に戻る。という行程でした。
 ちなみに、会津藩士の墓と緋の衣の原木の見学に当たっては、スペースの関係もあり、2組に別けて見学。私はリンゴの出来た経過のガイドをさせて頂きましたが、人数が多く、大きな声で説明しなければ、後ろの方が聞こえない事もあり、同じ内容で、2回、1時間あまりのガイドとなり、汗だくでやっていました。

 これに続き、11月12日・土曜日に、連続テレビ小説「マッサン」応援推進協議会が主催して「歴史文化の観光資源と地域経済〜余市と小樽での竹鶴政孝・リタ夫妻の観光資源化の取り組みから」と題しての講演とパネルディスカッションが、余市経済センター(商工会議所)で行われました。
 この関係で、広島県竹原市観光協会理事の方と会津若松市観光商工部商工課長が遠路から出席。それぞれの立場から意見を述べられておりました。
 当日、開催まで時間があった事から、会津若松市の課長さんを、町内ガイドをしましたが、ガイドする側が、教えられる事項もたくさんあり、また、本番では、会津の歴史にふれ、会津人の生きざまを、目の当たりにして、人として感動すら覚えました。
 そして『原子力発電所の事故後、会津若松に来ていた修学旅行は1/10となってしまった』との言葉には、改めて衝撃をうけました。

 会津若松の人は、どなたも幕末から明治の歴史に詳しく、また、誇り高く実直である中で、明治維新という荒波を被り、いわれの無い汚名の謗りを受け苦難を味わった。そして、平成に入り、福島原子力発電所の事故と風評被害とで、二度にわたる地域崩壊の中に立ち向かおうという気構えを強く感じています。

 余市町は『マッサン』効果はあったのでしょうが、閉塞感が漂い、どう打破して行くのかが、これからの課題である事は、間違いありません。
 前掲の会津若松市の商工課長さんは、パネルディスカッションの中で『大河ドラマ「八重の桜」が終わってから、女性を集めて、「ハンサムウーマン」と名付け、女性の研修会を開催、カイドとして育てた』と、事例を紹介していました。
 地域の素材を生かして、また、余市町は、北海道の中では、歴史と物語がある地域であり、これを利用して行くことが、地域活性化に繋がるのではないか。と考えております。
 それには、自らが学び、町民全てが町のガイド役として、訪問する方の『満足度』向上に寄与出来たとすれば、必ずや、町は活性化すると、私は考えています。
 そして、議会的にも会津若松市議会は、改革度の高い議会として有名であり、総てにおいて、見本となるべき、また、見習う自治体であると感じています。


会津若松市より鶴ヶ城のポスターを頂きました。また、左は今年の札幌雪祭りのポスターです。どちらも、お城ですね。


民生環境常任委員会、先進地行政視察
 議会の行政視察は、常任委員会3つと議会運営委員会の計4つの委員会で実施され、この4つの委員会は任期2年となっています。
 常任委員会は、ダブって所属することはできない事から、2年に一回は、視察に行ける事となり、これに議会運営委員会に所属している議員は、もう一回、行く事となりますが、予算配分の関係で、一年に2つの委員会が行くこととなっています。

 さて、出発は10月17日・月曜日で、20日・木曜日までの3泊4日。視察地は静岡県2か所、山梨県1か所。移動は往復飛行機で、行きは富士山静岡空港着で、帰りは、長野県松本空港からの離陸でした。現地に到着してからの移動は、行程の関係もあって、18日からジャンボタクシーで移動をしました。
 視察の目的は、余市町も様々な課題がある中、それぞれの部門で、先進的な取り組みをしている自治体で、さらに、出来るだけ町村規模が近い自治体を探して、さらには、移動距離としても、移動出来る範囲という事で探します。
 ちなみに、マッサンの関係で、全国的に有名になった余市町ですので、余市町への視察希望が多く、県議会・市議会・町村議会と多種多様な団体の行政視察を受け、今年は年間では20件の視察を受け、例年の4倍程となっていました。

 さて、余市町における民生部門の問題・課題も多いのですが、人は産まれ、老いて、そして、終焉を迎える事は、自然の流れであり、それぞれにおいて、少子化の問題、老後における介護の問題、そして、余市町としても斎場(火葬場)の建て替えの要望も多く、本年度、この斎場建設における基本計画の策定に入った事から、この3点に絞って、先進地といわれている自治体を訪問し、研修をする事としました。

 今回の視察の概要等は以下の通りでした。
〇静岡県森町
 介護の問題で『地域包括ケアシステム構築に関する取り組みについて』研修。町の規模等は余市町と酷似しており、視察先に選定しました。
 研修の説明員は、担当の女性係長で、この町で介護関係が上手く行っている背景に、町立病院の存在があり、この病院を中心に事業を展開。社協にも協力を仰ぎ、一体となって介護問題の解決に当たっている。という事でした。

〇静岡県伊豆市
 火葬場の新築で『斎場(火葬場)について』研修。余市町でも、本年、斎場(火葬場)の基本計画の策定に入った関係で視察先を探しました。視察のメインは「施設の見学」であり、最新の設備を導入した施設を探しましたが、場所柄、視察先もなかなか見つからず、伝をたよって、選定しました。
 場所柄、また、当日の施設の使用状況によって、どうなるのかは、行ってみなければ分からなかったのですが、運よく、友引で当日は使用されておらず、伊豆市役所の担当課、並びに施設管理者の対応を頂き、建設の経過、概要、並びに、施設全体の見学もさせて頂きました。
 葬儀の仕方が、こちらとは違うので、一概には言えませんが、地域の実状に合わせたコンセプトで建設されており、大変、参考になりました。
 
〇山梨県北杜市
 『妊娠・出産包括支援に関する取り組みについて』研修。余市町でも、年々、生まれて来る子どもが減少しています。人口減は、町の衰退を意味し、なんとか、くい止めなければなりません。
 ここでも、研修の説明員は、担当の女性係長でしたが、近隣の8町村が合併した町で、合併した当初は、この仕事に関係する職員が30名を超えていたそうです。
 合併という事もあり、関係者を会しての話し合いが行われ、また、国の子育て支援の事業の指定がされた事もあいまって、出産から子育て全般の支援が充実していました。
 出産先としては、出産に関する医療機関(病院)は市内になく、車で30分程度の所という事でしたが、市内に助産院があるそうです。北杜市は、自然豊かな所で、この地を選んで新に助産院を開院した方もいるそうです。
 妊娠から出産、子育てまでの切れ目ない支援を行っており、先に研修した森町も同じでしたが、中学生までの医療費無料化が行われており、出産祝金は第2子で5万円、第3子で30万円、第4子以降は一人50万円の支給をしているそうで、ここまでやらなければ、本当の少子化対策にならないようでした。

 さて、視察地の選定は、事前に調査をするのですが、実際に行ってみなければ分からない事項です。そして、現地に行って、研修して、参考にはなるけれども、地元に適さない。または、背景によって現実的には難しい。という事もあります。
 ですが、現地に行けば、当初の目的以外にも、「なるほどなぁ」と感心する事や参考になる事もたくさんあります。
 森町では、議会側で対応して下った方が副議長で『余市もアユが獲れますよねぇ。私は、アユの仕事もしています』と、意外な所で共通点がありました。
 北杜市は、サントリー白州工場がある所で、また、ワインブドウの生産地と、個人ワイナリーも多数ある事から、移動途中で、ワイナリーにも立ち寄ってみました。
 そして、今、どの自治体でも『町の宣伝、活性化』という事に力を入れており、パンフレット等も充実しているだけではなく、アイデアを絞り出して、町の宣伝等をしていました。
 森町では、資料入れが薄手のプラケースとなっており、切り取ってファイルケースに出来るもの。北杜市では、ボールペンの中に巻紙が入って広告するタイプのボールペンを頂いてきました。
 余市町の場合はというと、視察に来た方には、単に、余市町のA4サイズの役場封筒に入れるだけとなっており、この点も考えていかなければならないと思っています。

 さて、視察とは直接関係ありませんが、北杜市に到着して、会議室で担当者を待っていたところ、一人の男性が入って来て、自己紹介をされました。
 『東京の荒川区の区議会議員です。北杜市さんには姉妹都市の関係で来ていました。余市町さんと聞いたので挨拶にうかがいました』との事でした。
 「東京の区議さんが、余市町の議員に挨拶?なんで?」と思っていたら、『私、会津出身です』との事で、名刺交換をしたところ、名刺の裏には『会津若松市出身』と記載されていました。
 視察先で、このような形で名刺交換をする事も多分になく、会津若松市では、緋の衣は有名な木であり、その原木所有者が"たまたまいた"とは、相手も驚いたと思っています。
 
 さて、議員の視察は、『慰安旅行ではないか』と指摘される事もよくありますし、以前は、そういう側面も多分に含んでいた時代もあっただろうと推測しています。
 ですが、余市町議会では、上野町長時代に、財政再建に取り組んだ事もあり、旅費等の見直しがされて、旅費としては、ビジネスホテルに宿泊する程度の予算しか出ていませんので、ビジネスホテルでの宿泊となっています。
 また、視察先から『市内宿泊が視察の条件』という場合もありますし、また、温泉地をもっている自治体では『〇〇温泉に宿泊』と明確に指定して来る所もあります。
 この場合でも、ビジネスホテルを探しますが、無い場合は、やむをえず、温泉ホテルとなりますが、経費削減のために『相部屋』とします。
 今回の民生委員会での視察では、伊豆市からこの条件が出され、私と庄議員、大物議員と3名での相部屋として、なんとか予算内に収めるようにしました。
 
 視察から戻ると、当然ですが委員会視察報告書の作成をします。どこかの議会では、別な書物から丸ごとコピーして作成して問題となった事もあります。
 今回の委員会視察では、事前に、それぞれ担当を決めて、担当した場所について、各議員が責任をもって注視した点、着目すべき点を掲載する事にして作成しています。
 
 行ってみなければ分からない事もあり、結果として、「期待外れ」という事も少なくない先進地行政視察ですが、すべての面で「当たり」だったと感じています。
 以上、民生環境常任委員会、先進地行政視察でした。


区会からの要望事項
 今回の私の報告会で出されて質問の中に『町政懇談会の中で、区会からの要望事項として、議員定数に関する事は無かったか』という質問が出ました。
 この質問に対して「ありました。定数の問題は、現時点では話し合っておりません」と、いうような答弁をしたと記憶しています。

 さて、毎年10月に、役場は各区会に対して『余市町への要望事項』が聞かれます。 各区会がどのように、区会内に周知しているかは、分かりませんが、山田町区会では回覧板が回され、各自が、思ったことを書いて提出。区会役員会で検討された後、役場へ提出されています。
 区会から提出された中に、議会に関する事項があり、前掲のような要望が出されたのですが、役場側としては、組織が違うために、議会の事は回答できませんし、その中身は、役場側から議長に伝達され、議長は各会派の代表者会議、または、議会運営委員会の中で、『こういう事項がありました』と伝達します。

 この要望の中身としては、一口で言えば『議員が多い』という内容で、昨年は一区会から提出されましたが、その理由としては『財政が厳しい中で、財政面からの議員定数の見直し』という理由でした。
 そして、今年は二つの区会より提出され、中身としては前回と同じなのですが、今年の二件は、どちらも『議員の活動が見えない』との理由でした。
 議会改革については、常に議会の中で、話し合いはされています。その結果、9月定例会より議会周知のポスターを掲示したり、傍聴にお見えになった方に対して、議員と同じ議案書の閲覧が出来るように、傍聴席に設置したりして、少しずつ、変わって来てはいます。
 ですが、本来的に住民の方が求めている議員像と今の議員の活動には、乖離があるので、このような意見が出されるのであろうと考えています。
 議員の活動をどう考えるのか。また、何をもって、議員が活動している。と言えるのかは、人それぞれでしょうし、また、議員の考え方も様々です。
 よく、『議会で何も質問しない議員がいる』との話を耳にしますが、では、その議員が再選を目指したとした場合、次の選挙で落選するのか。という事は、多分に無いのが現状です。
 再選した議員としては、4年毎の選挙で再選を果たせば、当然、過去4年間の活動は認められたもの。として判断します。

 では、住民の方は、実際に何を求めているのか。という事ですが、これは、『目に見える活動』という事で、様々な場面で顔を出して、色々な議会や行政の話をしてほしい。という事だと私は判断しています。
 今は、一昔前と比較し社会情勢も大きく変わってきていて、ご近所どうしの会話というのが、少なくなってきており、当然、その中で議員と触れ合う機会も少なくなってきていると思います。
 一例ですが、以前は、葬儀に際して、葬儀委員長を議員がやっていた時代もあり、これは、一定期間、拘束されることから、議員との触れ合う時間も、それなりにあったのでしょうが、今は、議員も一参列者。という事で、触れ合う時間的なものが、無くなっているのも、現実ではないでしょうか。
 
 社会的情勢として、議員が出歩く機会、チャンスが少なくなって来ているのであれば、これは、議員自らが、なんらかの行動を取らなければならない。それが、取れていないことによって、住民の方の不満が積もっていると、私は、そう考えています。
 仮に「そうである」としても、議員が減ることは、さらに、議員との接触機会が減ることとなり、恒常的な議員削減に繋がる可能性もあります。
 一方、間違いなく、余市町も人口2万人を切ってしまった事もあり、人口数から見た議員定数の問題もあります。
 議員定数は常に見直しをしなければならない問題ではありますが、議員自らが、住民に飛び込んで、見える活動をする事が問題解決の早道だと考えています。


平成27年度決算委員会
 決算時期を迎えると、「いよいよ年末だなぁ」と感じます。そして、役場側としては、決算委員会で出された意見を参考にして、さらに、12月の定例会が終わって、来年度に向けての予算編成を本格的に開始します。
 そして、12月定例会が終わると、来年度に向けて、日頃、議員活動をして感じている事項を、文章として作成、個人でも出来ますが、一般的には、会派として役場側に『要望書』または『建議』という形で提出します。
 つまり、決算委員会と12月定例会、そして、要望書の提出。さらには、3月の定例会には翌年度の行政執行方針が出るために、それに対しての会派による代表質問となり、一連の締めくくりとして、3月定例会期間中に開催される予算委員会で、具体的に質問をつめて行くのが、年末から年度末にかけての議員の仕事という事となります。

 さて、本年の決算は、11月24日に水道事業会計が行われ、11月28日から3日間、一般会計を含む他の会計の決算を行いました。
 前年の決算委員会では、私は委員長だったことによって、質疑は出来なく、5期目となって、初の決算質疑でした。
 私は、議員選挙に立候補する当たり、選挙公報上で、「税制上の不公平感の解消に努める」と明記しており、当然、決算委員会の時には、必ず税の未収と不納欠損についての質問をしています。

税の徴収は、納税キップを出して、5年間が有効(時効停止の場合を除く)ですが、不納欠損とは5年を経過して、結果として徴収出来なかった税の事をいい、27年度における、不納欠損金額は、別表の通りです。


         一般会計  下水道会計  国民健康会計  介護保健会計 後期高齢者医療会計 合計
町税収入未済額 1億5301万円  1422万円  1億8075万円   1402万円  303万円  3億6230万円
不能欠損額      993万円   66万円    1573万円   677万円  80万円   3389万円
件数
       253件    28件     156件   846件   111件    1166件
※千の位、切り捨て。
※町税収入未済額は、平成27年から平成23年分と、時効停止をかけたものが含まれます。
※町税は、個人住民税、法人住民税、固定資産税、軽自動車税、都市計画税、入湯税があります。


 この他に、水道事業があり、水道会計は複式簿記を採用している事から、全額が未収金として計上されるので、他の会計のように、一覧で見ることは出来ませんが、不納欠損額としては、50万円がありました。
 請求途中のもの、結果として徴収出来なかった額と合わせれば、全ての会計では年に4億円に近い金額となります。

 これに加え、一般会計の中で、使用料的なもの、つまり、使用する事によって、手数料が発生するものとして、住宅使用料と保育料である児童福祉負担金がありますが、こちらも、毎年のように、不納欠損額が発生しています。
 保育料は子どもの面倒を見てもらい、また、所得があれば一定程度の保育料が発生して、また、制度として年度をまたいでの未収は原則として、あり得ないはずなのですが、毎年、一定程度の不納欠損が発生しています。
 この他に、特に、今回の決算で目についたのが入湯税で、滞納分だけで2300万円あまりの金額となっており、この関係での質疑では『時効停止をかけました』との答弁でしたので、すぐに不納欠損になる事は、一先ず、避けられた事となっていました。

    児童福祉負担金  老人福祉施設負担金  住宅使用料家賃分 総務(督促)手数料
収入未済額 418万円      283万円     734万円     113万円
不納欠損額  61万円          0円       47万円      11万円

 件数      4件        0件      6件    
1133件
 不納欠損は、たとえば、本人死亡で回収できない場合でも、税務上では5年間の期間は帳面上、残しておかなければならず、不納欠損の金額が、すべて、その年に発生した。とはいえないものです。
 ただ、支払える能力がありながら、本人が逃げて回り、結果として、5年間を過ぎたことによって、徴収出来なかった。という事は、許されないことだと思っています。厳しい時代だからこそ、税の公平感は、保ってもらいたいものです、

 この他、別表の通り、余市町の公債費、つまり借金額ですが、年々減少しています。元金が少なくなる事は、借入利息も少なくてすむ。という事となりますが、事業をしないので借金も増えない。という側面もあります。

☆各会計町債残高☆
        
平成25年度     平成26年度     平成27年度
一般会計   77億8306万円   73億9428万円  71億2755万円
下水道会計   91億9993万円   89億2304万円  86億2151万円
水道会計   57億9112万円   55億9877万円  53億5783万円



私の一般質問
 町村議員が議員として持っている権利の中で、最大なものが、一般質問だと私は思っています。なぜなら、議会という場所は、議題が決まっており、その議題に即した質問しか出来ないものですが、一般質問は、議員側が自由にテーマを選んで質問できる、唯一のものであるからです。
 さて、何を一般質問のテーマとするのか。ですが、私は、住民の方との会話の中から、そのヒントを頂きます。
 過去の一般質問で『良かったよ、なんとか実現してほしい』と声をかけられたのは、町営墓地の件でした。また、本年9月定例会で行った、「駅前のバスターミナル化」の質問も、『これからを見越してのイィ質問だったね』と声をかけて頂きました。
 そして、今回の平成28年第4回定例会では、『栄小学校の校舎等の今後の活用について』と『高齢者の自動車運転免許証の自主返納について』の2件の一般質問を提出しました。

〇栄小学校について
 12月15日の新聞の"議会だより"の記事に掲載されていましたが、栄小学校は28年3月31日に閉校をしています。
 この問題は、27年度をもっての閉校だった事により、11月末に開催された決算委員会の中でも質問が出来た事項でしたが、会派の中での話し合いでは「一般質問をするので、質問はしないでほしい」と所属会派の議員にはお願いをしていましたが、残りの他の議員が質問するかどうかは、分かりませんでした。ですが、結果として、だれも質問をしなかった事によって、一般質問を提出出来た。という背景もありました。
 質問としては、「閉校した校舎を含む、校長住宅等は、今後、どうするのか」という質問でしたが、町の答弁としては『現時点では決まっておらず、様々の視点で検討中』との事でした。
 私としては「フゴッペ洞窟も近い事、また、余市町は土器の発掘物も多いので、その展示場所としては、どうか」という提案をしました。
 ちなみに、栄小学校は小柄元町長と嶋町長の出身校でもあります。

〇自動車運転免許証の自主返納について
 質問としては、「高齢者の足をどう確保するのか。また、免許証の自主返納促進のための政策は無いのか」という質問で、答弁としては『地域全体を考えた公共交通の協議会を立ち上げる。免許証の返納の際、新たな身分証明書発行の発行手数料については、前向きに考えたい』との答弁でした。
 この質問に対して「タクシー業界もあまり、活気が無く、返納者にはタクシーチケットを出してはどうか」と再度の質問をしましたが、町長からは明確な答弁は頂けませんでした。
 
 一般質問は議員固有の権利であり、特に、新人の時は、休まず提出すべきだと思っていますが、提出していない議員もいるのも事実です。


国民健康保険の問題
 国民健康保険(以下、国保)は、各自治体で運営されています。そして、加入している方は、自営業の方、また、現役を引退した、高齢者世帯が多いのが特徴です。
 医療関係の健康保険は、加入者が保険税という形で収めて運営されています。そして、加入者が多く、病気等が少なければ、支出の方が少ない事となり、保険料としては安くなります。
 この典型が、介護保険で町内にヘルパー事業所くらいしかない場合は、介護保険を使いたくとも使えない事から、結果として、保険料としては、低く押さえられます。
 国保は、度重なる制度改正があり国の補助率の低下、高度医療の普及があって、常に赤字体質となっていますが、平成20年に、後期高齢者医療制度が始まって、医療区分と国保の税率改正がありましたが、結果として一人当たりの医療費が高い75歳以上の方が、そちらに移行した事によって、なんとか、黒字を維持して来ました。
 ところが、平成26年度から赤字に転落、平成27年度決算においては、累積も含め▲1億4千万円余りとなっています。

 国保の赤字の要因は、何といっても、人口減と高齢化ですが、特定の町村という事ではなく、今は、どの自治体でも収支均衡が難しくなって来ました。
 このままでは制度そのものが維持出来なくなる事から、その結果、平成30年度から、都道府県を単位として運営する予定となっています。

 全道一区での運営となると、国保税(料金)が、下がる所、上がる所とあるのですが、11月上旬に新聞に掲載された記事上で、中間ラインの階層では、余市町は下がる方に分類されていました。ですが、新聞の通りに、実際に下がるのか。は微妙な状況となっています。
 なぜ微妙なのか。ですが、一つは、前掲のように、累計赤字があって、この対策が求められ、当然、全道一区の運営開始時までに、収支均衡、つまり、±0にしなければならない。という事。
 次に、新聞に掲載された件は、あくまでも"モデルケース"であって、国のモデルケースを実施していれば、『下がるのではないか』という事でした。
 では、モデルケースとは何か。という事となりますが、これは国保の上限の設定であって、余市町は最高額65万円で頭打ちとしていますが、国の方針では89万円となっています。
 見方を変えれば、余市町の国保は、上限金額を低く設定している事によって、中間層の負担額が大きくなっている。という側面もあります。
 
 ちなみに、この上限である89万円と設定している自治体は、道内では9割以上となっているそうで、この上限に該当する方は、はっきりしませんが、おそらく、年間所得で1000万円前後の方でしょうから、総所得としは1500万円前後の方ではないか、と推測しています。

 そして、余市町としては、今回の12月定例会において、議案第12号として『余市町国民健康保険税条例の一部を改正する条例案』として提案しました。中身については、いきなり、上限の89万円までには、いくらなんでも出来ないので、数年をかけて、上限を上げて行く。という中身の第一弾となっています。
 これを受けて、議会としては、議長を除く、議員17名で構成する『余市町国民健康保険審査特別委員会』を設置して、審議をする事となりました。

 決算・予算は会派構成によって、任期初めに、委員長を会派毎に割り振っているのですが、今回のような条例改正の場合は、最近は所管の委員長が、特別委員会の委員長に就任する。という事となっています。
 という事で、結果として、私が、この特別委員会の委員長という事となったのですが、この委員長を決める各会派代表者会議の中で、「責任ある会派が委員長をすべきである」と発言しまたしが、結果として、他の会派から、『所管の正副委員長でお願いしたい』との発言があって、結果として、私が就任する事となってしまいました。
 私は議員職を預かるようになって、直接的に住民に負担を求めるような場合は、本会議で「討論」を行ってきました。主に賛成討論が多かったのですが、この手の議案の賛成討論を実施した議員は、私を除いて、誰もおりません。
 なぜ実施するのか。ですが、討論をするには、質疑を必ずしなければ、討論原稿を作成することが出来ません。
 そして、討論を通じて、条例の中身と考え方、どういった質疑をしたのか。そして、どう考え結論を出したのか。という事を、明確に説明することが出来ますし、また、それを持って住民の方に「〇〇という理由なので、ご理解下さい」と説明する事が出来ます。単に「しょうがないだろう」というのでは住民の方は、納得してくれないと、私は考えています。
 ですから、代表者会議の中で、理由をつけて、なんとか委員長は外れたかったのは事実でしたが、これもまた議会ルール上では、致し方なかった事でした。

 定例会最終日、特別委員会が設置され、委員長の就任挨拶として「前回の国保の条例改正は平成20年でありました、委員長としては慎重審議を行いたいと考えており、各委員には、積極的な議論をお願いしたい」との挨拶をさせて頂きました。

                        ニュース第71号 完