ひろかずニュース 平成25年10月4日UP
      
☆ニュース第58号発刊☆

 10月に入り、初雪や初霜のニュースを耳にするようになりました。まもなく、季節は『冬』ですが、今は、秋の収穫真っ最中であり、色々な面で、毎日忙しく・・・・

 さて、ニュース58号をUPしました。毎回、そうですが、作成は、なかなか難しいのですが、今回は、前の57号よりは、書く事があったので、ページ敵には、かなり窮屈になってしまいました。
 作成のときに、気を使っているのは、内容的には堅いものだけなので、紙面の場合は、表を入れたり、書式をかえたりしていますが・・・なかなか難しいというか、どうしても、文字ばかりなってしまい、作成している方では「う〜ん」と考えてしまいます。
 ちなみに、発行までは10回くらい印刷して、確認をするのですが、何度やっても、やはり誤字や脱字があると感じており、いつまでたっても進歩しないなぁ。と感じています。

 さて、議会も4年任期の折り返しを過ぎて後期に入りました。そして、今回のニュースでは、各常任委員会の編成における顛末を掲載しています。
 ちなみに、新聞には掲載されませんでしたが、それなりに・・・・混乱というか、自身でも「なんで?」という所がありました。
 まぁ、ニュースの著者としは、前後を知っているので、「そのつもり」で作成しているのですが、読まれる人が、本当に理解出来るのか・・・と考えれば、「う〜ん、どうかなぁ」という事となってしまいます。
 
 それでも、出来るだけ経過が理解してもらえるように、綴っているつもりなんですが・・・・

 さて、後期も始まり、各委員会も始まったのですが・・・・ニュース内部にも綴ったように、委員会運営というか、委員会の進め方についても、色々とあって、けっしてスムーズではない。と感じています。
 具体的な事項は、ここでは避けますが、一番の問題は、3つの常任委員会があり、会派で3名の所属がいない事から、総ての委員会に会派として議員を送り込めなかった。そして、委員会の開催時には、員外として入らなければならない。という事です。

 それだけ負担が多くなり、また、この時の委員長の仕切りの問題もあって・・・・さて、どうなるのかは・・・出たとこ勝負!となる可能性もあります。

 まぁ、これは、無会派である自分としても同じ事が言えるのですが、ニュース内にあるように、余計な事で腹を立てる事が無くなった。という事は、気分的には楽になったと感じています。


 さて、さて、町長の任期も、残すところ1年を切りました。来年の今頃は、現職が再選をしているのか、新しい町長になっているのかは、わかりませんが、とりあえず1年を切った。という事で選挙モードは・・・少し早いでしょうが、年明け、また、年度末明けには、それなりの動きがあると感じています。

 そして、町長選挙と同時に、議員の補欠選挙も実施されます。ただし、町長選挙も議員の補欠選挙も、無投票の可能性も残されていますが・・・・まだ、わかりませんね。
 ちなみに、町長の任期は選挙後4年間ですが、議員の補欠選挙の方は、残任期間という事で、11カ月くらいになります。


 どちらにしても、来年は、町内の選挙関係という事で、少し賑やかになるでしょうし、また、議員定数の問題も、出て来るのでは?とも推測しています。
 また、消費税の引き上げも決定されたようですが・・・・報道の通り、8%になって、次ぎに10%という事ですが・・・・
 消費税の引き上げもさる事ながら、税率の変更が1年ごとに行われる・・・これは自治体にとても、また、商売をしている方も大変です。
 単に税の負担が増える。という事だけではなく、率の変更がされれば、コンピューターの設定変更やレジの買い替え・・・・自治体にとっては、コンピューターの設定変更に、ハンパないだけ経費がかかります。
 ・・・・そして、税率の変更がされれば、コンピューターの設定ミス等があって、それなりの問題があります。

 消費税だけてなく、制度の変更は、自治体にとってはかなりの負担で、毎年のように制度が変更される事によって、この設定変更だけで、毎年ウン千万円が使われています。
 国は簡単に言うけれども、大変なんですょ〜

 ちなみに、余市町としては、現時点で消費税は課税していないのですが、今後、どうするのか・・・という議論にもなって来ると推測しています。


 来週には、昨年に続いて、原子力防災非難訓練があります。去年は赤井川に非難で、お昼にカレーライスが食べられたのですが、今年は小樽で、バスの中でパンが配布されるそうです。
 ・・・片方では、明確に経費削減であり、もう一方では、増税と負担増・・・どうなる事やら・・・・


☆お詫びと訂正☆
平成25年10月6日追記  吉田ひろかず
 今回発行しましたひろかずニュース第58号において、紙面の方ですが、紙面3ページ目にあります、常任委員会の編成表におきまして、総務文教常任委員会内において、所属委員が6名の所、5名しか掲載しておらず、近藤議員の氏名が掲載されておりませんでした。
 原案を作成していた時には間違いなく掲載しており、インターネット上のニュースには掲載されてあるのですが、紙面編集時において構成ミスにより、氏名を落としてしまいました。
 近藤議員にはお詫び申し上げ、関係される方に対してもお詫びもう上げます。申し訳ありませんでした。




ひろかずニュース第58号

平成25年第3回定例会
 平成25年第3回(9月)定例会が9月17日から20日までの間、開催されました。
 今回の定例会での議案は、各会計の補正予算案、法律改正に伴う条例改正案、平成24年度の水道決算が上程され、水道決算は特別委員会に付託され、後日、議員全員による特別委員会として開催されます。
 この他、8月26日に第4回臨時会が開催された後に、会長・辻井議員、幹事長・野呂議員、吉田豊議員、近藤議員の4名により『新自治研究会』として会派届けが提出された旨の報告が議長からありました。
 現時点で4名は単独の最大会派となり、この関係により、議会運営委員会の委員の変更がされ、さらに、本会議場の議席の移動もされました。
 尚、これにより、会派に所属しない議員は、安宅議員と、私、吉田ひろかずの2名となりました。
◎本会議場の議席の移動(数値は議席番号)
・変更前
 18   17   16      15  14  13
 吉田浩一 岸本   土屋      渡辺  佐々木 中谷 

 12  11   10        9   8    7
 白川  野崎   近藤       彫谷  佐藤   安宅

  6   5    4        3   2    1
 溝口  中井   藤野       辻井  吉田豊  野呂

経済部長 民生部長 教育長  演壇 町長 副町長 総務部長 建水部長
              議長席


・変更後、9月17日より(太字は移動した議員)
 18   17   16       15  14  13
 吉田浩一 中井  安宅       空席  佐々木 中谷 

 12  11   10        9   8   7
 土屋  白川  野崎       彫谷  佐藤   近藤

  6   5    4       3   2   1
 岸本  溝口   藤野      辻井  吉田豊  野呂

経済部長 民生部長 教育長  演壇 町長 副町長 総務部長 建水部長
              議長席


会派に所属しない議員となりました
 私は現在4期目ですが、8月6日付けで、所属会派である『よいち未来』に対し「会派脱会届」を提出。8月26日開催の第4回臨時会において、議長より正式に報告され、4度目の会派に所属しない議員、いわゆる無会派議員となりました。
 今回の会派離脱については、会派運営上において、常に会派内の協議がされなかった事によります。
 この2年間、人事案件や議員の身分等、議員自らにかかわる事項について、会派からの報告・相談が無く、事後報告、または、私の同意無くして会派の意志として決定されていた事が繰り返されていました。
 この状況により、常に、その場で判断せねばならず、議員活動上においては支障があり、当然、「どうなっているんだ」と苦言を呈しても一向に直らずにいました。
 本年9月からは、議会も後期を迎えるに当たり、会派内の役職交代を提案した処、拒否された事により、脱会を選択せざるを得ない事となってしまいました。


後期の委員会編成
 議会の任期は4年間ですが、3っの常設委員会と議会運営委員会は任期2年間で、前期・後期へと分けられます。
 前期委員会の任期は8月29日までとなっている事から、8月26日開催の第4回臨時会において、後期委員会への議員の割り振りが行われました。
 委員か変われば、新たな正副委員長が選ばれるのですが、8月30日に各委員会が招集され、新しい正副委員長が決定されました。尚、議長・副議長・議会推薦の監査委員については、任期4年となっており、変更はありません。

 ところが、無会派だった4議員が9月4日付けで『新自治研究会』という会派名で会派届けが提出されました。私は一切係わっていないので、よく解りませんが、益々、解らない状況となってしまいました。

◎総務・文教常任委員会 (所属会派名)
委員長  野呂議員(無会派→新自治研究会)   
副委員長 安宅議員(無会派は変わらず)
     吉田豊議員(無会派→新自治研究会)
     辻井議員(無会派→新自治研究会)
     溝口議員(明政会)
     近藤議員(無会派→新自治研究会)

◎民生環境常任委員会
委員長  土屋議員(よいち未来)  副委員長 佐々木議員(共産党議員団)
     佐藤副議長(明友会)        白川議員(公明党)
     吉田浩一(無会派)         中井議長(明政会)
※中井議員は議長のため、議長の公平制を担保する為に9月17日付けで委員会を辞任しており、5名編成の委員会です。 

◎産業建設常任委員会
委員長  中谷議員(共産党議員団) 副委員長 彫谷議員(明友会)
     藤野議員(明政会)         野崎議員(公明党)
     岸本議員(よいち未来)
※議員定数18名なので、一つの委員会は6名定員となりますが、欠員1名のため、この委員会は5名編成となりました。



 議会運営委員会は7名の定数となっており、また、会派運営のために、会派に所属している議員のみが委員となれるのですが、8月30日の時点では次の通りでした。

委員長  藤野議員(明政会)    副委員長 野崎議員(公明党)
     溝口議員(明政会)         彫谷議員(明友会)
     中谷議員(共産党議員団)      土屋議員(よいち未来)
     岸本議員(よいち未来)


 ところが、『新自治研究会』が結成された関係で、この会派は4名の議員が所属している事により、単独で第一会派となりました。その結果、9月17日時点では次のような編成となりました。

委員長  藤野議員(明政会)    副委員長 野崎議員(公明党)
     辻井議員(新自治研究会) 野呂議員(新自治研究会)
     溝口議員(明政会)    彫谷議員(明友会)
     中谷議員(共産党議員団) 岸本議員(よいち未来)


 議会運営委員会は、議長会派が受けるものが本来の姿だと、私は考えています。ですが、今期の前期においては、議長会派は『明政会』で、議会運営委員長は『よいち未来』から出されていました。尚、私の知っている範囲の中では、議会運営委員会の委員長が議長会派ではない事は、今期の前期が初めてでした。
 そして、届出がされた『新自治研究会』は、現状では所属議員が一番多い会派となっており、では、なぜ今回は第一会派から委員長を出さないのか。という事にもなります。
 さらに、委員会定数は町条例によって決められており、議会運営委員会は7名の委員数でしたが、今回、8名となってしまいました。
 7名から8名への改正に際しては議員発議で改正案が提案され、全会一致で可決されましたが、私は「今回の改正はやむをえないとも感じているが、今後も会派数が増えたらその都度、委員定数を変えるのか。また、改選の時はどうするのか。その辺の質疑は出なかったのか」と、提案者である議会運営委員会委員長に対して質問をした処、『代表者会議で決まった事なので、議運の中では質疑は無かった』との事でした。
 特別反対する事由も無いのですが、仮にもう一つ、会派が出来たとするならば、さらにもう一人の委員が追加される。つまり、9名での委員会となるのでしょうが、現時点で17名の議員数で、半分以上の議員が議会運営委員会に所属するという事となり、ならば、本会議で質疑をする必要があるのか。という事にもなると感じています。


委員会編成時の問題点
 余市町議会は会派運営をしている以上、正副委員長は、本来的には会派所属の議員という事になるのですが、今回、総務文教常任委員会においては、当初、無会派議員が正副委員長に就任し、その後、会派から出されたという結果となってしまいました。
 過去においては、話し合いによって、無会派議員が委員長に就任した事はありましたが、今回の場合は、過去の事例と違い、委員会編成時において、会派所属の議員が、委員長になれないように編成した事によって、このような結果となってしまいました。
 また、過去における委員会編成時には、無会派から委員会を選べたものです。これは、『少数意見の尊重』という事の表れであって、これによって、議会運営をスムーズにしようとしていたものです。
 ですが、最近では『空いている所に入れ』という風潮が強く、会派所属の議員を決めてから、無会派議員がその後を選ぶ。という事となっています。
 今回の委員会への割り振りについては、8月6日に会派代表者会議の中で行われたのですが、当時は議員総数の1/3が無会派となっている事と、また、会派運営を主張するのであれば、最低でも、会派所属の議員が正副委員長を取れるように割り振りをしなければならなかったはずです。
 ところが6日の終了時点では以下の通りとなっていました。なお、各常設委員会の定数は6名となっています。

     会派所属議員    空き数
総務文教   2        4
民生環境   5        1
産業建設   4(議長含む)  2 


 委員会の正副委員長は、本会議ではなく、各委員会の中で選ばれます。つまり、選挙となった場合は多数を獲得した者。さらに同数となった場合はくじ引きとなる事から、最低でも会派所属の議員を3名は送り込んでいなければならなかった。ですが、総務文教委員会では会派所属の議員が2名となっていました。
 会派所属の議員が選んだ後に、無会派議員が選べたのは8月9日であり、結果、自分は最初から民生環境常任委員会を選んだのですが、他の無会派議員5名は事前に口頭で希望が出されており、当時、私を除く5名の無会派議員は総務文教常任委員会を希望していました。
 つまり、8月9日10時の時点では、総務文教常任委員会は1名のオーバーとなり、民生環境常任委員会と産業建設常任委員会しか空いていない状況で、私の希望が取られたという事となっていました。
 これらの経過によって、8月22日に再度、各会派の代表者が招集され、かなりの時間をかけて調整された結果、8月26日の本会議での報告となりました。

 正副委員長の選任については、会派代表者会議の中では、『指名推薦』方式とされたのですが、私は承服出来ませんでした。
 これは、事前の代表者間の話し合いで、民生環境委員長には土屋議員が就任すると聞いており、後段に掲載しておりますが、土屋議員は会派代表者として、会派運営上において極めて意図的で不公正な会派運営をしていたと感じており、そのような者が、委員長として公平な委員会運営は出来ないだろうと考えていた事によります。

 これらの過程を経て、委員長の選出については、どう話し合いがされたのかは、私は解りませんが、総務文教常任委員会では無会派議員(その時点で)が正副委員長となりました。
 民生環境常任委員会においては、投票の結果、土屋議員4票・私が1票という事となり、土屋議員が委員長となりました。
 産業建設常任委員会では、会派所属の議員が正副委員長となり、議会運営委員会は、元々会派所属の議員しかいないので、その通りとなりました。

 ところが、9月4日付けで会派届が出された関係で、総務文教委員会に一つの会派が集中する結果となってしまいました。
 この状態をどう考えれば良いのか。また、会派代表者会議は議長が主催するのですが、8月6日の時点で、会派側が、こう決めた事が混乱の始まりであり、その後の委員長の選出、そして、一つの会派によって、委員会が占められるという事態に至っては今後の議会運営も微妙になるのではないかと推測しています。


会派制度は維持出来るのか
 今回の混乱は、新聞には掲載されませんでしたが、会派制度を唱える側が、会派制度を維持するような手法を取らなかった。つまり、最低でも3名の議員を各委員会に配置しなかった事に端を発しています。

 会派制度が取られるようになったのかは、遠い昔の話しでしょうから知る由もありませんが、おそらく、『少数意見の尊重』という事で、少数にも配慮する。という考え方でスタートしたのではないか。また、その時代は議員数も多かった事もあると推測されます。
 ですが、これを成立させるためには、多人数なるが故、会派側が積極的に話し合いに出向かなければならないでしょうし、また、議長も積極的仲介をしていかなければ成り立たない話しです。
 自分が経験した中では、平成15年の改選期までは、その考え方があったと思いますが、平成19年の改選以後は、議員定数が22名から18名となった事もあって、少数会派や無会派議員への配慮は無くなりつつあると感じ、そして、平成23年以後は、『会派が絶対』というような雰囲気になって来たと感じています。
 では、現実問題として、今後、会派が維持出来るのか。については時間が経過すればするほど、崩れて来ていると感じています。
 余市町議会は会派制度と委員会制度を取っている事により、会派から各委員会に議員を送り、その議員が会派を代表して質疑を行っています。
 つまり、3っの常設委員会があるならば、最低3名の議員がいなければ、各委員会に議員を送り込めない。という事となります。
 今期の改選直後では、3っの委員会に委員を送れるのは4会派があったのですが、すぐに、これが壊れ始め、本年8月末に後期を迎えるにあたっては、3委員会、全てに委員を送り込める会派は無くなってしまいました。

会派名              所属議員数   
     平成23年  平成23年  平成25年     平成25年
     8月末時点 9月末時点  8月末時点    9月末時点
明政会    4    3     3(議長含む)  3
新自治研究会 4   解散     −        4
共産党議員団 3    3     2        2
よいち未来  3    3     2        2
明友会    2    2     2        2
公明党    2    2     2        2
無会派    0    5     6        2


 委員会制度を引いている以上、そして、各会派から委員を送り込む事になっているにもかかわらず、それをしなかった、出来なかった事は、会派の意見を委員会で反映させる事が出来ない可能性があり、送り込めない以上、逆に会派の負担が多くなってしまいます。
 今後、会派制度と委員会制度を維持して行くためには、相当な努力が必要だと考えています。

 また、議会での決定事項はすべて本会議によって決まりますが、一般的には、担当委員会で審議を経て、本会議にかけられます。
 この時、委員会と本会議の採決結果は、必ず同じでなければならないことはないのですが、特に総務文教常任委員会では一つの会派が多数を占める事となった事により、どうなるのかが、まったく予想が出来ません。

 議会は過去の慣例や先例を重視してきました。特に、議会の運営上では、それを大切にしていたものですが、今期になって、全てが崩れて来ている。それも、話し合いではなく、なし崩しに発生していると感じています。
 過去の慣例等は、時代に合わないものもありますが、議会全体としては、話し合いをせず、多数側が数の論理によって『何でも出来る』と押し切ると行った風潮が蔓延していると感じています。
 そして、議会も後期に入ったばかりですが、委員会の編成においても、極めて『いびつ』な形となってしまい、このままの状態で会派制が維持出来のかどうかは、よく分かりません。
 私は、議会という場所は、ルールが重要視される世界だと思っていますし、そして、それを支えるのは、議員各々の『信義』であると考えています。


会派制度は今後も必要なのか
 一般的に『会派』と呼ばれますが、正式には『議会交渉会派』が正式名称となり、2名以上の議員で構成されるグループを『会派』と呼びます。
 『交渉会派』という事は、会派間の交渉をするものであって、その前提となるのは、議員個々の考え方や選挙における政党の支持や支援を受ける立場によって左右されます。代表的なものは、共産党や公明党という、政党=会派なります。
 議会は組織・団体である以上、運営して行くためには、各種の『長』が必要であって、『長』を取りに行く場合、個人として、また、組織・グループとして取りに行く場合もあるのですが、当然、数の理論、多数決というもので決まるのであれば、多数派工作で、会派も組織して行く。という面も否定出来ません。

 平成19年の改選までは、それなりの議員数となる会派が存在していたのですが、今期に入り、会派もより小さくなり、さらに時間経過とともに会派が分裂した事は、議長選挙始めとする、各種の『長』の決定過程にあると、私は考えていますが、もう一方では、時代的にも一つの方向性が見いだせなくなっているからだと考えています。
 生活上における、インフラ整備も、ある程度そろい、住民要望も多種多様ですが、絶対的なものは無い。個々が考える町づくりの方向が違うことが、その背景にあると考えています。
 そのような中で、政党会派を除けば、会派を組む事そのものに無理があると考えています。
 これは、いくら会派といえども、選挙というものをくぐり抜ける以上は、当然、個々の戦いとなるからです。まして、時代背景もあり、議員定数も減少傾向にあり、さらに、若い新人候補者が出て来ない状況の中では、今のような状況となるのは、ある面では自然の流れであるとも感じています。
 そして、今後さらに定数が削減されるとするならば、会派制を維持して行くことそのものが難しいと考えています。

 では、どうすれば良いのか。ですが、余市町議会では、各会派代表者会議の他に、議員全員が参加する、議員協議会という会議があります。
 余市町議会では、平成23年12月、北海道新幹線着工決定時において、議員協議会が開催されましたが、余市町議会の議員協議会では、『議案』を審議することはありません。あくまでも、理事者側が議案とは別な面で議員の意見を聞きたい。または、議員間のルールを決める時に開催されるものです。
 そして本年6月からは、議員協議会も『申し入れがあれば許可する』という取り決めがされ、物事の決定の過程を含め、住民の方が知ることが出来るようになった事もあります。
 時代の流れ、そして、今後も議員定数が減るとするならば、物事を決めるのは、代表者会議ではなく、議員全員参加の議員協議会を行う方が、よりスムーズに運営されると私は考えています。


候補者に求められる事項と議員定数について
 会派制の今後は、議員定数との係わりあいもあると思いますが、今後、話題となるのは、人口2万人を切る事が目前となった余市町において、議員定数の問題であろうと考えています。
 人口と議員定数の問題は、永遠のテーマであり、また、定数と議員報酬の兼ね合いもあり、『正解』は無いと考えています。

   現在の月額報酬(総支給額) 
町 長 66万6千円   議 長   28万0千円
副町長 56万3千円   副議長   22万6千円
教育長 51万9千円   常任委員会委員長 21万0千円
             議 員   19万5千円
 この他に、6月に1.9カ月分、12月に2カ月分の賞与が支給されます。なお、余市町の議員には、政務調査費等は無く、月額としてはこの金額以上のものはありません。



 よく耳にするのが『報酬の分だけ働いていない』とか『生活のために議員をやっている』という声が多いのですが、現実問題として、この金額が高いのか安いのかも、個人の感覚によって違いますが、手取りとしては、この金額より2割ほど下がる事により、他の収入、これは年金や他報酬を得ていなければ、子育て世代が議員をすることは、かなり厳しい生活となります。

 では、報酬額を高くして、議員で生活出来るようにするとしても、では、どれくらいの金額が妥当なのかは、わかりませんが、仮に手取り30万円とするならば、月額では40万円の報酬となります。
 では、40万円という月額報酬が妥当な金額なのか。また、選挙で当選出来る方が必ずしも優秀な議員となり得るのかは、解らないと感じています。
 この場合は、当然、今より議員定数が減ることになると予測しますが、少数にする事によって、議員一人が持つ権限が大きくなる事が、果たしてよいのか。つまり、議員の主張は必ずしも総ての住民の意見を代弁している訳ではないのですが、少数の議員の意見によって、町としての意志が決定されてしまう恐れもあります。

 余市町議会において、30歳台で立候補した議員は、現職で新しい順番で、土屋議員、私、安宅議員となっており、また、引退した議員では、三上議長、野呂栄議長、他数名しかおらず、けっして多くありません。
 また、投票する傾向としても、若い世代になるほど投票率が低く、また、投票傾向としては同世代に投票する傾向があるとするならば、年齢が若い程、有権者数も少なくなる傾向であり、そのような背景の中で、住民の方が期待するような若い候補者が立候補するのか。そして、仮に議員報酬が上がったからと言って、若い人が立候補をするのか。という事に関しては、私は、その可能性は低い。と見ています。
 
 どの手法を取ろうとも、一長一短がありますが、私の考えとしては、思い切って給料を下げて、定数を逆に増やすべきだと考え、さらに、現在は『長』が高くなっていますが、役職によって、差を付けるべきでは無い。と考えています。つまり、議長であろうが、委員長であろうが、報酬は一律に同額にすべきだと考えています。

 最近の議員選挙では、一部の大都市を除いて、無投票、もしくは、定数割れがおきています。報酬を高額にすれば、立候補をしようと考える人は増えるとは思いますが、これから、人口減と高齢化が進む中では、税収の落ち込み、そして、会計全体としては、今よりさらに小さくなる中で、高齢化に伴う経費が増大して行く事は、はっきりしています。
 そのような中で議員報酬を上げることは、私は許されないと考えていますし、逆に『報酬は不要』『やる気はある』という方がおれば、その方がやれば良いのではないか。と考えています。
 こうなれば、年齢を問わず、だれにでもチャンスがある事になりますが、議員に立候補するに当たっては当然ですが、各種税金の滞納があってはならない。滞納が無い。という証明も必要だと考えています。これは、どういう形であれ、税金から報酬をもらうのであれば、尚更の事だと考えています。
 さて、皆さんはどうお考えですか。 
 

なぜ無会派となったのか
 今回の自分の無会派の選択は、最終的には会派内での話し合が決裂した事によって、無会派を選択せざるを得ない状況となった事。そして、会派に対しては、『退会』ではなく、『脱会』としました。
 この2年間、常に「会派とは何か」「なぜ、いつも事後報告や時間が無い所で話し合いをしなければならないのか」という事が毎回、繰り返され、その都度、会派の2名の議員には苦情を言っていたのですが、最後までこれが改善されなかった事によります。

 『よいち未来』は改選後に、3期目の土屋議員と新人である岸本議員と共に3名で結成した会派で、土屋議員が会派代表者となりました。
 その理由として、民主系議員が2名という事と、前期(19年8月から23年7月)、私は無会派だった事もあって、土屋議員を会派代表者と決めました。

 何を持って『会派』とするのかですが、選挙区が同じ候補者は、選挙ではライバルとなり、また、個々の考え方も違う事から、同一歩調を歩むためには、話し合いが必要不可欠となります。
 ですが、今回、組んだ会派は、結果としては政策の一致でもなく、話し合いでも無く、役職取りに結成された会派と言わざるを得ないと今は感じています。
 これは、今期のスタートから、そう感じていた事が多分にありました。そして、互いに意図していた訳ではないのでしょうが、重要な問題では常に意見が別れていました。

 意見が合わなくなった最初は平成23年11月末からの北海道新幹線同意問題でした。
 この問題は議案としてではなく、議員協議会で、町長が議員の意見を聴取したのですが、都合2回の協議会が開催され、この時も会派で話し合いが持たれたのは、1回目協議会の後で、この時は、報道各社が大挙して押し寄せており、結果として、会派としては、一回目と二回目の意見が違った結果となってしまいました。

 次ぎに私が問題視したのは平成24年2月24日で、この日、第2回臨時会が開催されたのですが、当日、議場に着席すると、議員報酬の削減案の議案が上がっていました。
 議会の議題は、突然と来る場合もありますが、議長から会派代表者会議で事前に『次の本会議において、○○という議案が提案されますので、会派で調整をお願いします』という場合もあります。
 人事にかかわる事項、議員自らにかかわる事項が多いのですが、この時の議員報酬の削減提案は、まったく知りませんでした。
 議案の中身としては、新規の提案ではなく、今まで削減していたのが、時限条例だった事もあって、再度の期日の延期という事なので、特別、どうこう言う問題ではありません。
 この議案について、当時の無会派議員に聞くと「議長から聞いていて、事前に了解したよ」との事で、私には会派から一切の報告も相談も無く、結果として、知らなかったのは私だけ。という始末でした。
 記憶では、この時に町が委嘱する人事案件もあって、この人事案件も、事前に連絡が来る事になっているのですが、この時の人事案件の連絡も無かったように記憶しています。

 当然ですが、会派の2名の議員に対しては、「俺がいつ同意したのよ?なんでこんな議案が出ているんだ?会派ってなんだ!なんで、事後報告や直前でなければ連絡が来ないのか!よその会派とは、勉強会や懇親会はするに、なんで会派では、連絡も無いのよ」と言えば、平謝りでしたが、結果としては、最後の最後まで変わらなかった。という事でした。ちなみに、人事案件の連絡無しは、幾度もあり、その都度、苦言を呈していました。

 そして、次ぎに問題となったのは、24年8月に発覚した職員の不正経理問題での特別職の処分案の議題についてでした。
 この問題についても、過去のニュース等で私の考え方は表明していましたが、私としては「ここまでの処分は必要ない」という事で反対しましたが、会派の二人が賛成した理由としては『理事者側の提案だから賛成』というような事由で、会派内の結果として2対1となったので、私は退席しましたが、この問題でも事前に役場で数分話し合っただけでした。

 3度目は平成24年10月の渡辺議員の逝去に伴う、後任の委員長決定に至る過程でした。
 後任の委員長の人選は、会派代表者会議の中で、方針が決められたのですが、会派代表者会議が終わった後、『代表者会議で○○と決まったけれども、どうしたら良いか』と、会派間の取り決めが済んでからの電話連絡でした。
 当時、渡辺議員は総務文教常任委員会の委員長だった事により、療養中は、副委員長が代行していましたが、亡くなった事は、委員長席が空席になった事であり、次の委員長をすぐに決めなければならない事は、当たり前の話しです。ですが、会派内の事前協議は一切ありませんでした。
 電話で呼び出された格好となり、役場に行った所、すでに二人は揃っていて、その経過を話して来ましたが、「何も、俺は自分の意見が通らないからと言って、怒っている訳ではない。委員長が空席になったら、次の委員長を決めるのは当然の話しであって、会派なら、なぜ、先にその相談をしないのか?会派で話しを決めて、その方針を持って代表者会議に臨み、代表者会議の結果、会派の意見が通らない。とするのは、これは、相手もいるので、致し方ないだろう。だが、代表者会議で方針を決めた上で、『だれがイィ?』では話しにならない!」と言いましたが・・・・これは当然の話しだと思っています。

 その後、24年11月末から開催された、23年度各会計決算委員会。この委員会での出来事は、過去のニュースでも触れているので、改めて触れませんが、土屋議員にその自覚があるのかどうかは、分かりませんが、少なくとも、混乱をさせた発端と拍車をかけた一人であったと感じています。
 そして、この時、「土屋議員とこれ以上、一緒にやっていたらマズイだろう」という事も強烈に感じ始めていしました。

 23年度の決算委員会は25年1月に終了しましたが、その後に、議長不信任案が本会議で提案される等、議会の混乱も続き、新聞にも連日のように掲載されるに至り、他会派の議員や一般の方からも『なぜ会派の代表をやらないのか』という質問を受けるようになっていました。
 これに対し私は「民主二人だし、第一、今やっている土屋議員自身が『変わって』と言って来ない以上、こちらから言い出す話しでもないだろう」と返答していました。
 そして、様々な方とも、『よいち未来』という会派について、今後の『会派としてどうあるべきなのか』という事について話し合いもされましたが、話しは決まっても、実働がされない。という状況でした。

 そうこうしているうちに、今年の冬は除雪に明け暮れた毎日であり、さらに、これに起因すると思われますが、右足の静脈炎となってしまいました。
 この病気によって、議会も欠席する事が多くなったのですが、『今日はこうだった』という連絡もありません。
 そして、会派を組んでいる以上、会派としての一番大切な行事である、会派要望書の提出についても、役場側で予算の骨格を作った後の2月に入ってから提出する始末では、もはや会派としての体をなしていない状況となっていました。

 平成25年3月の定例会が終わり、その後も、様々な出来事があり、本年6月の定例会前に、3名で昼食を兼ねて1時間ほど集まりました。
 結論としては、「前期(25年8月)で会派解散」という結論を出しましたが、岸本議員だけは『解散に反対』を表明していました。
 「何も連絡がない」のは、年度が変わっても同じであり、会派代表者へは、代表者会議の件や理事者側から様々な伝達事項が来るのでしょうが、私には相変わらず連絡もなく、回りから聞いて知る状況が続いていました。
 これも改善される様子がない以上、会派とし共にて歩む必要性はまったくありませんし、個人的には会派に所属しなければならない意味も見当たりません。
 ただ、この時の取り決めとしては「解散までは、このままで協力して行く」という合意もされました。

 ところが、この話が済んだ後、各委員会の報告がされた中で、またもや「なんだこれは?俺は賛成しない」という事態が発覚したのでした。
 今期の議会運営委員会の中で、議員協議会の公開について議論がされており、6月定例会の期間中に一部変更がされ決定されましたが、私は、この話しは一切聞いていなかったので、前掲の発言となったのでした。
 かなり以前から議会運営委員会の中で話し合われていたようでが、会派の中では事前協議も無く、議会運営委員会で提案された改正案を出して来て、『こうなると思います』と知らされました。
 「この内容ではダメだ。俺は反対。改正案まで出来ていて、変更出来るのか」と問い詰めても『うーん』とうなるだけでした。
 改正案は議会運営委員会の正副委員長が提案しており、その委員会を主催しているのは、土屋議員であって、自ら提案したものを「会派内がまとまっていません」とは、言えないのは、分かり切った話しです。
 ちなみに、この案件は議案ではないために、今年の6月定例会の期間中に議員控室の各自の机の上に配布されたものをもって決定されました。結果として、自分としては、意見すら言えなかった事という事となっていました。


 これからの過程があり、そして、無会派とになる直接の経過としては、後期の委員会の編成替えに伴うものでした。
 8月6日、午前10時から開催された会派代表者会議で、後期委員会の編成が話し合われたのですが、この日時までに会派内の結論を出していなければならない問題を、私は会派からの連絡で知った訳ではなく、私自身が議会事務局に行った時、事務局員からこの話を聞いて、開催の日時等を知ったのでした。

 これに至る経過としては、7月16日に会派代表者会議が開催され、その中で、『8月上旬に、委員会の改選に向けての協議を行う』と議長から伝達されたそうで、その後、7月30日に会派代表者に文章で案内が出され、その中で『8月6日に後期委員会の編成を行う』と書かれてあったそうです。
 ですが、私の所には会派からの連絡は無く、6月に解散を決めた事もあり、「「解散」をするのであれば、連絡も無いもの」と解釈していました。

 ところが、8月1日の夕方に、岸本議員が来て、8月6日の件と『後期で会派から委員長をやってほしい』との依頼がされました。
 「6月の定例会の前に「会派解散」を決めていたのに、なぜ委員長を受ける必要があるのか?」「会派解散はどうなったのか?なぜ、土屋議員は来ないのか?」との質問には明確に答えが無く、結果として意見の一致を見ることなく別れました。
 その後、私は8月2日の夜は所用があって不在でしたが、それ以外は町内にいたのですが、再度、岸本議員と会って話をしたのは、5日の午後7時でした。

 話しの内容は8月1日の繰り返しでしたが「土屋議員は会派について、なんと言っているのか?」と聞くと『『解散はしない』と言っている』と始めて方針を変更したと聞かされました。
 「だったら、なんで本人が来ないのか?3人で話をしなければ、話しにならないだろう」とは当然の話だと思っています。そして、この時に「会派代表」についても、土屋議員が不在でしたが意見を出し合い、岸本議員も『土屋議員にも話してみる』との事で、岸本議員は一度、帰ったのでした。
 そして、ようやく会派3名が揃ったのは8月5日、午後9時でした。

 「会派解散の方針を転換したのはいつなのか?」と私が質問した処、土屋議員は『7月30日で、前期が全部終わってから、後期の委員会編成を決めると思っていたので、今、解散出来ない』との言い分でしたが、これは、ウソであると思っています。
 議会の委員会編成を『よ〜いドン』で始めるのは選挙が終わった後の初議会の時だけで、すでに過去2回、それを経験している土屋議員は、『勘違いをしていた』とはウソであって、「会派で話す前に、また、他の会派と話しをしたな」と感じていました。そして、後日、「やっぱり、そうであったか」と感じる事項もありました。

 それはそれとして、1時間あまり押し問答をしていましたが、『会派代表』の件は、一切、相手側から言い出してこない。こちらもシビレを切らして、「会派代表は岸本議員。そしたら、俺が会派として委員長をやる」と発言したのでした。つまり、「会派はそのままで行く」という事を、暗に了解したのでした。
 これに対し土屋議員は、即答で『会派代表者の交代は出来ない』との事で、岸本議員も会派代表を『受ける』とも言いません。
 「会派の代表も交代しない。会派解散もしない。という事であるならば会派を抜ける。明日、10時からの代表者会議だから、その前に、議長には伝える」と言うと『しょうがないですね』という結論に達しました。

 これ以上、話す必要も無くなったので、別れましたが、会派運営をしてゆく前提としては、会派からの連絡が無ければ出来ない話であって、何度、苦言を呈しても一向に変わらない。会派代表の辞任の意志も無い。というのではあれば、話し合いの余地はありません。
 私としては、過去の経験から無会派となっても困らないのも事実ですが、現在の議会全体の様子から「無会派」はマズイ結果になるだろう。と予想していました。

 6月に話し合った時も、「一度、解散した上で、あなたたち二人で新会派を立ち上げなさい」とも言ってきました。つまり、分裂解散ではなく「話し合い解散」にすれば、「話し合いによって、解散したとしても、以後も協力関係を維持して行きましょう」という考えの元、そう発言していたのですが、これも相手が理解出来なかった。
 そして、私の会派離脱によって、『よいち未来』という会派が2名となった事が、後期委員会編成時における混乱の一因になった事は否定出来ません。

 二人が帰った後、退会届けの作成に入りましたが、今回は「退会届」ではなく「脱会届」としました。言葉としては同じような言葉でしょうが、明確に意志を持って行います。という意味で「脱会届」としました。
 最終的に3名で集まったのは5日の午後9時からでしたが、もし、もう一日早かったら、第三者の斡旋も頼めたのかもしれませんが、結果として、ここでも、時間切れによって、策を打つ時間も無かった。という事でした。


私の一般質問
 今回の定例会において、私は2件の一般質問を行いました。

1.区会の街路灯設置と料金負担について
 町内の街路灯は、大きく分けて、余市町が設置し料金も負担する交通安全灯と区会が電気料金を負担する街路灯の2種類があります。
 街路灯の設置は、区会や学校等の要望によっても設置されていると推測していますが、区会が負担する街路灯に関しては、町条例において、規定されており、設置の場合は1/2以内の補助、街灯料については2/3以内と規定されております。
 この条例上での街路灯の設置は新設であって、修理、または、同じ場所で設置、つまり交換設置は該当していない事となっております。
 これは、その当時、また、今でもそうでしょうが、道路延長としては、伸びることはあっても、短くなる事はなく、また、この条例が設定されたのは、昭和40年から施行され、昭和40年代に数回見直しがされ、そして、平成4年に最後の改正があり、現在に至っておりますが、当時は、人口がこれだけ減るとは予想していなかった事もあると推測していますが、当時と現在の状況が変わり、今は新設より補修交換の方が多くなって来ていると推測しています。
 電気料金も今月に入り、値上げとなった事により、電気料金が安く、そして明るいLED街灯への設置もされており、交通安全灯については、逐次、LEDタイプに変更されているようですが、区会の場合は、補修交換の場合は、補助が無いために、全額を区会が負担しなければならない、そして、街路灯の要望としては、少なくなる事はなく、今後も増える事が予想されます。
Q・街路灯設置の場合は、既存位置での交換の場合は、なぜ補助の対象としないのか。
A・街路灯は夜間の安全・保安に必要という認識を持っており、LEDタイプへの交換要望も多くなって来ており、見直すじきにと認識している。
Q・料金の助成については、2/3以内となっていますが、町としては、補助金決定に至る過程の中で、各区会の電気料金をどう把握しているのか。
A・料金申請時に年間の領収書を確認して支払いをしている。


区会街灯再質問以降
Q・町の人口も減っており、区会の人口も減ることはあっても増える事はなく、区会費の減少となるが、防犯の関係も有り、街路灯を減らす訳には行かない。
 5年ほど前に北電によって、街路灯数が正確に数えられ、料金の見直しがされて、区会の負担が倍増した。現行では新設のみとなっているが、なぜ、同じ場所での変更が認められないのか。また、『新設のみ』という条例は、どこに書いてあるのか。
A・条例制定当時と時代の変化があり、現状では新設分の予算を使い切っておらず、更新に対する補助要望があります。更新についての検討は、所管の委員会や議会と相談して進めたい。街路灯の新設については、町条例の第1条に明記してある。

質問後の感想
 街路灯は防犯上も必要ですが、人口が減っている中、維持管理は大変となっています。街の体系も変わって来ている事から、条例運営に当たっては、時代に適したものに、使いやすいようにして行く必要があると感じています。


2.町営の合同墓の新設について
 高齢化が一段と進み、町内でも、孤独死が報じられるようになりました。
 人は生まれ、いつか亡くなるのですが、少子化、核家族化の流れと、そして、仕事の関係もあり、身内は都市部へと転居、結果として、年老いた者だけが残される事となっています。
 亡くなった後は一般的にお墓に入る事となりますが、残された者も、住居の関係もあり、亡くなった後までの面倒が見られるのか。という事も含め、年々、難しくなって行くのではないか。と予想されます。
 さらに、この墓地の建設にしても、核家族化によって、新しい墓石を建設するにしても、墓地用地の問題、そして、墓地も整備しなければならず、個々に管理するにしても管理者が不在となれば、結果として、荒れ果て、さらには、一般的に墓地は傾斜面に建てられるために、隣接の墓石にも悪影響を及ぼす場合があります。

Q・余市町には現在、公営墓地は何カ所あり、総数としては何区画があって、空き区画は、どれくらいあるのか。
A・6カ所。3071区画で87区画が空いている
Q・現在、余市町には何基の墓石があるのか。また、この中で管理者不在と推測される墓石はどれくらいあるのか。
A・約2700墓で100墓ほどが管理者不在
Q・余市町で公営の合同墓の設置はどう考えているのか。
A・全国的に注目されており、人口規模の大きな所では設置されているようで、近隣では札幌・小樽にもあり、今後検討して行きたい。

町営墓再質問
Q・小樽市は昨年10月よりスタートしており、農地を取得された方の中でも、都市部を捨てて、一人暮らし。という方も多いのではないか。実際にどれくらいの要望があるのかは、解らないが、今後、絶対に必要になって来ると推測している。仮にこれから検討したとしても、また、火葬場の問題もあり、建設するとしてもそれなりの時間が必要となるのではないか。
A・葬儀の在り方も変わって来ており、小樽の事例も参考にしたい。必要性は認識しました。

質問後の感想
 この質問は、住民の方から頂いた質問でしたが、自分が質問した後、『イィ質問したね』と何名かの住民の方から声をかけられましたし、地元新聞に合同墓の件が掲載されるなど、時代が欲している事項だと感じています。
 北海道という移民の土地では、墓に対する考え方も違うと思っていますが、合同墓が出来れば、選択肢が増える事になると感じています。


第10回 吉田ひろかず町政議会報告会
 議員就任以来、開催している議員報告会。今回で10回目の開催となります。
月日 平成23年11月14日 木曜日
時間 午後6時00分から90分程度
場所 余市町中央公民館201号室
会費 300円 ※飲み物とオニギリ等です

 今回のテーマは現時点で考慮中ですが、住民の方が興味をもって頂けるもの。また、『へぇ〜、そうなんだぁ』と感じてもらえる内容にしたいと考えております。
 どうぞ、多くの方にお運びを頂けますよう、ご案内申し上げます。


                          ニュース第58号完

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