ひろかずニュース 平成25年4月18日UP
   ☆ひろかずニュース第56号発刊☆

 何といっても、この話題から・・・・

 まちBBSの方にも書き込みがされていますが、全道版の某政治的雑誌の5月号に、余市町議会の話題が掲載されました。タイトルは"お騒がせ5人衆"でした。

 この記事を読んで、記事は間違っている・・・とは言いませんが、「うーん、少し感覚が違うなぁ」と感じています。
 これは、3月15日の北海道新聞にも掲載された事なので、記事そのものは、間違いはないし、一般的な解釈としては、その通りなんですが・・・・

 なぜ、町長のツィッターで空転したのかは、自分の今回のニュースの中に、その詳細が掲載されていますが、一口で言うのであれば、町長のツィッターは"オマケ"みたいなものです。
 ツィッター発言の前に、すでに議会は空転しており、また、その要因は、議会側ではなく、役場側の要因で空転していただけで、『たまたま』ツィッターの件が重なっただけでした。

 まぁ、記事としてはウソを書いている訳ではないですが、「3月の定例会で議会は、混乱していないぞ〜」というのが自分の感想です。


 3月下旬から、役場1階にテレビが設置されていました。「何かなあ?」と思っていました。そして、新年度が始まって電源が入れられ、画面が映っていました。
 よくよくみたら、マウスも付いていて・・・・北海道原子力環境センターからのリアルタイムの情報で、泊原子力発電所からの放射能関係の情報でした。
 

 
 マウスでメニューを選ぶことが出来て、現在の町村別の放射能情報を見ることが出来るので、役場に来たときには、やってみて下さい〜。ちなみに、各市町村にあるようですよ・・・


 さて、ようやく、ニュース56号を発刊します。
 昨年もそうですが、3月の定例会が終わって、年度末を迎え、何かと、気ぜわしいですし、また、実際問題としても、色々と忙しいです。
 という訳で、なかなか執筆活動に集中出来なくって・・・・けっこう時間がかかってしまいました。


 内容としては、すでにHPにUPしているものを、再編集して作成したのですが・・・
 HPは、ある面では勢いで書き綴るものですが、さすがに紙に落とす場合、それはそれで送り仮名や字句の問題、また、前後の文脈の整理と・・・・けっこう大変です。
 特に国語に弱い者にとっては、かなり面倒ですし、一応はチェックをしていますが、作成者は、『読む』のではなく『流す』となってしまう事から、間違いが発見出来ません。

 特に、内容が、微妙になればなるほど、『注意』して綴らなければ、後々、責任問題となってしまう可能性もあります。
 まぁ、どっかの町長みたく、誤解を招いたらタイヘンですから・・・・


 さて、最近の『選挙』における背景については、以前とは違う状況となってきているのではないか。と感じています。
 過日行われた、留寿都と黒松内の首長選挙においては、2期目を目指す現職が新人に敗れる。という結果となってしまいました。
 今までは、『2期目を目指す現職町長選挙は鉄板』と言われていましたが、それも当てにならないようになってきました。
 無論、相手候補の状況にもよるのでしょうが、今までは、『応援するのだから、1期という事はないでしょう』という事で、最低でも2期は応援してくれていたでしょうし、就任後も見る目としては『1期目だからねぇ〜』という事だったと思っています。

 ですが、今は・・・1期目から『成果』を出さなければ、結果として、支持者なのか、単に投票したのかは別として、離れて行く。というのが、今の現状だと推測しています。
 そういう面では、選挙で選ばれる人は・・・厳しいでしょうし、また、違う見方をすれば、なかなか立候補する人もいなくなるのでは・・・と考えています。


 そして・・・お隣の仁木町では町長選挙は無投票という結果で終わりましたが、新人の無投票という事をどう評価するのかは、「微妙だろうなぁ」と感じています。
 確かに、無投票はそれなりの結果でしょうが、政治家は、間違いなくある場面では『決断』をしなければならず、その時、後押しをしてくれるのは、やはり『選挙で多数の得票を得た』という事によって、決断も出来るものではないか。とも考えています。
 そして、町長選挙は終わりましたが、議員の補欠選挙は続いており、風の向きによって『よろしくお願いします〜〜』という声が流れて来ています。
 候補者2名で1議席を争っており、先日、1名の候補者の選挙カーを見かけましたが・・・・トラックでした。「いゃ〜、寒いだろうなぁ・・・」と感じて、つくづく、夏の選挙で有り難いなぁ。と感じています。


 積雪はゼロになりましたが、春が遅い。というか、一向に気温も上がって来ません。まぁ、去年の雪の降り始めも2週間遅かったでしょうし、また、雪の止まりも、今年は3月中旬までと、これまた2週間遅れていたと思っています。
 つまり、全体的に2週間遅れているのだろうと思っています。来週には、春になるでしょう。

 今年の積雪状態として、雪が締まっておらず、雪解けが一気に進みました。4月上旬、町河川では、雪解け水と一緒にゴミも流れて来て・・・川をせき止めてしまっていました。
 
かなりの量のゴミがたまり、手で取り除く・・レベルではなく、重機投入〜という事になってしまいました。
 
まだ、残雪がある時でしたので、まずは、作業場所の確保という事で、ローターで雪を飛ばして・・・その後、ショベルで引き上げていました。
 

 明日、19日は余市町議会の第2回臨時会の開催です。
 議題的には、国税の条例改正が、この時期、毎年、行われており、国の条例と末端自治体の条例を合わせるために、行われるもので、まぁ、質疑は・・・・無いと推測しています。
 ですが・・・・新人部課長の本会議デビューの日であって、業務能力と答弁能力はイコールにならないものであり、いくら業務が出来る職員でも、答弁がうまく出来なければ、本会議は、なかなか乗り切れないものです。

 さて、新人部課長さんの、デビューは・・・どうなるんでしょうかねぇ・・・


☆ひろかずニュース第56号☆
雪に苦労した冬でした
 今期の冬は、ドカ雪は無かったものの、連日のように降った事もあり『雪が多いねぇ〜』が挨拶言葉となっていましたが、1月までの積雪量としては、少ない方でした。
 ところが2月中旬以降から、再び連日の降雪によって、除雪の日々となり、例年では3月に入ってからの除雪車の出動はほとんど無いのですが、2月末から3月上旬にかけて、毎日、除雪出動となり、3月に入ってから2度目の除雪費の追加がされました。
 ようやく積雪も『0』となりましたが、今期の雪に関しては、次のような状況となりました。
                         
単位 センチメートル
 平成    12月  1月  2月  3月 シーズン最大 除雪回数
21年積雪量  56  96 113  79  113   全町13回 
   降雪量 172 167  91  65  499   部分11回
22年降雪量  99 134 172 162  172   全町21回 
   降雪量 242 235 155  73  720   部分 7回
23年積雪量  61 104 126 115  126   全町21回
   降雪量 254 258 196  43  802   部分28回
24年積雪量  87 110 151 161  161   全町25回
   降雪量 228 191 173  87  708   部分22回
※観測数値は余市町除雪センターにおいて余市町が独自に観測した数値。
※除雪回数部分は、全町とは別に出動した回数。


 除雪費(流融雪溝を含む)については、今期当初予算は1億9559万円でしたが、2度の追加がされ、最終的には2億8427万円となってしまいました。
               
 気温が低く雪が解けずにいた事によって、積雪量としては例年より多いと感じた方もおられましたが、降雪量としては、けっして多くはありませんでした。
 例年、1月中旬に最大積雪となる事から、3学期の始まる前に排雪は行われるのですが、今期は、12月末に排雪が入り、また、排雪回数も多かった地区もありました。
 今期もそうでしたが、12月に排雪しなければならないくらいの積雪となった場合、『今年は雪が多いねぇ』という事になりますし、また、除雪費全体としても増える傾向となってしまいます。
 最終的には3月中旬まで雪との格闘が続いたのですが、冬期間の仕事の経済効果としては、間違いなくあるのですが、消えて無くなるものに対して、これだけの経費をかけなければなりません。
 また、除排雪では、除雪のマナーの問題や、今後、さらに高齢化も進む事から、除雪作業も大変になって来るでしょうし、年々空き家も増加傾向にあります。
 道路は年々延長されるので、除排雪路線が短くなる事はありえず、どういった除雪の仕方が良いのか、根本的に見直さなければならない時期に来ていると感じています。


議会の混乱は続いたのか
 昨年の12月定例会において、議長不信任案が提案され、賛成少数で否決されましたが、その後の議会はやはり、混乱が続いていました。
 議会の日程としては、昨年11月末に開催された23年度の決算委員会については、当初の日程通りに終了しなかった事から、当然ですが、12月定例会において本会議採決は出来ませんでした。
 11月末の決算委員会終了後の議会の会議予定としては、12月定例会や衆議院選挙もあった事から、『おそらく年越しになるだろう』という予測をしていました。
 結果として、予測通りとなり決算委員会の続きは、年が明けた1月22日・23日となり、さらに、それでも終わらずに、結果として1月30日に、ようやく、委員会採決が行われ、審議を終える事が出来ました。

 決算は、前年の評価であって、その評価や成果を元に、次年度の予算編成が行われます。また、予算の基礎となる国の方針も、通常の場合、12月上旬頃までには『次年度の概要』が来る事になって、この両方を見ながら、役場側は次年度の予算を積み上げて行きます。
 ところが今回は、12月に入り衆議院選挙が行われ、選挙前から『民主党政権から自民党政権に移るだろう』という予測もあり、政権が変われば、当然ですが予算配分も変わって来ることが予想されていました。
 自分の知る限り、新年度予算審議前に審議を始めてから、決算委員会がここまで伸びた経験は無く、また、余市町としても初めて衆議院議員候補者が立った事により、それなりに選挙をしなければならなかった。という事もあって、行政側としては、動きが取れない状況となっていたのだろうと考えています。

 さて、余市町財政の特徴として、経常収支比率という数値が極めて高くなっています。この数値は、財政の弾力化を表わす一つの数値であって、毎年使う経常的な経費を収入で割る事によって出される数値で、この数値が高いという事は、毎年、決まった事業や補助しか出来ない。つまり、新規事業が、なかなか出来ない。という事が余市町財政の特徴となっています。
 限られた予算をどう配分するのかは、相当の時間が必要であって、さらには、書類の係数を総て整えなければなりません。
 整えるといっても、単に予算書本編だけではなく、参考資料や補助的資料の係数も合わせなければならず、手間と時間を要するものです。
 特に今回は様々な背景の中で、確定したものが無い中での作業は大変だったと推測しています。
 
 これに加えての議会関係の新聞報道は、本年に入って、かなりの回数に上り、多くの方から『どうなっているのか』と質問を受けました。
 確かに、決算委員会と、それに続く2月13日開催の平成25年第1回臨時会では、決算委員会の本会議採決という事で、それなりに混乱をしたのは事実ですが、3月に入っての第1回定例会と、その期間中に開催された25年度の予算委員会では、さほどの混乱は無かったと感じています。
 『え?新聞に何度も掲載されたのではないか』という意見を持たれる方もいると推測しますが、予算委員会を含め、混乱の要因は、議会側より役場側の準備不足によって、時間を費やした事。そして副次的事項として、町長自身のインターネット上の書き込みについて、誤解を招く記載があった事により、多少の時間は費やしたものの、議会側の混乱によって、空転した訳では無いですし、また、「動きが取れなかった」とは感じていません。


私の病気
 さて、余市町議会議員の中では、唯一インターネット発信をしているのは私だけですが、議会の出来事については、ある程度の詳細を含めて、その都度、自らのホームページ上において、「こういうやり取りがあって、結果はこうだった」と掲載しています。
 それなりの読者の方もおり、問い合わせ等があったりするのですが、年が明け1月〜2月は、返信が出来ない状況になってしまいました。
 決算委員会再開の前日である、1月21日、朝目覚めると、38度の熱が出ていました。時期的に風邪が流行していた事もあって、「インフルエンザだろう」と思いつつ、病院に行ったところ、その様に診断を受けました。
 インフルエンザなので、当然、出歩くのも禁止という事で、結果として、1月22・23日の決算委員会は「欠席します」と議会事務局に連絡しました。
 ところが、どうもインフルエンザの症状とは少し違うような感じで、さらに、右ひざ下のふくらはぎが、ものすごく腫れていました。
 再度、診断を受けたところ、余市協会病院に行くように進められ、協会病院で再度の診断を受けた結果、『右足の静脈炎』と診断されてしまいました。
 簡単に言えば、右足のふくらはぎの静脈血管がつまり、これによって熱と腫れが出た。という事でした。
 治療としては、炎症を押さえる抗生物質の点滴と、血流を良くする薬が処方されましたが、発症の要因として考えられるのは『除雪』でした。

 冬期間の除雪は、どこも大変ですが、私の所は営業用の駐車場を含め、かなりの面積の除雪をしなければならないのですが、今年は、前年に比べ、除雪しなければならない面積が増えていました。
 当家の除雪は、40年ほど前のトラクターでやっており、運転席の覆いはなく、防寒ジャンパーを着込んでやっています。
 今期は、12月中旬から、連日の降雪によって、毎日、4〜5時間の除雪をしており、また、気温が低い中、大型車両は速度を出す訳でもない事から、アクセルとブレーキを使う右足は、あまり動かさない事が要因だったと推測しています。
 病院では『入院』を進められたのですが、入院する訳にも行かず、自宅療養をする事になり、結果として、この間、ニュース配布も、あまり出来なくなってしまいました。

 1月22・23日の決算委員会を休んだ事から、また、この続きである30日の決算委員会も諸事情がもあって欠席しました。
 この三日間を休んだ事もあり、この間において他の議員がどんな質疑をしたのかは、会派からの報告も無く、新聞紙上に報じられた以上の情報はありませんでした。

 ですから、他の議員が決算委員会で、どんな発言をしたのかも分かりませんし、委員会採決の前に、各議員がどう考えたのかも分かりませんでしたが、これが、2月13日の本会議での採決に影響したのは間違いないと考えています。

 病状の方は、一旦は良くなったのですが、3月4日に再び、熱が出て、「風邪かなぁ。足の方かなぁ」と思いつつ、足の方を見てもらうと、やはり再び悪化しており、点滴に一週間、通う事となってしまいました。
 3月4日からは定例会も始まりましたが、指定管理の議案について、翌日の新聞に掲載される事となり(後段に掲載)、さすがに、通院と議会、そして、仕事もしなければならない事は、それなりに大変でした。


2月13日開催の本会議
 決算は過ぎてしまった事であり、その成果をどう評価するのか。というものです。
 ですから、原案に対して、賛成=認定であり、反対=不認定という事となりますが、過ぎてしまった事項であり、『不認定』であっても、行政側としては直接的な影響はありません。
 早い話、不認定=赤点であって、赤点だからといって、追試がある訳でもないのですが、不認定は落第点であって、執行側としては、『はずかしい事』となります。
 ちなみに、決算の不認定は、余市町ではあまりませんでしたが、他の自治体では、けっして珍しいことではないようです。

 さて、1月30日に開催された、平成23年度各会計決算特別委員会の採決状況は次のような状況でした。

 当日の会派別の出席状況は次の通りでした。

明政会 2名 溝口 藤野  ※中井議長は委員会には加わらず
明友会 2名 佐藤 彫谷
公明党 1名 野崎     ※白川は監査委員のため、座る席は番外側という
              事で、委員会採決には加わらず
共産党 1名(+1名)佐々木 
           ※中谷は決算委員会委員長なので、
           同数になった場合のみ、採決を下す
よいち未来 1名 土屋  ※岸本は身内不幸のため欠席
             ※私、吉田浩一は所用のため欠席
無会派 5名 安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂

 そして、委員会採決結果としては、次の通りでした。

一般会計 認 定5名 明政会   溝口 藤野
           公明党   野崎
           共産党   佐々木
           よいち未来 土屋 
     不認定7名 無会派   安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂
           明友会   佐藤 彫谷

国民健康保険特別会計
介護保険特別会計
後期高齢者医療保険特別会計は同じ状況でした。
     認 定4名 明政会   溝口 藤野
           公明党   野崎
           よいち未来 土屋 
     不認定8名 無会派   安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂
           明友会   佐藤 彫谷
           共産党   佐々木

公共下水道特別会計

 
全会一致という事で、認定12名

 さて、私の考え方ですが、まず、1月22・23日の決算委員会の日は、静脈炎の熱で寝込んでいたために欠席しました。1月30日の欠席ですが、別に受けている団体の決算にかかわる監査業務の一環で、団体の棚卸しの業務が事前に入っていた事によります。
 事前の話では、『万が一、決算委員会が23日までに終了しない場合は、30日に開催する場合がある』と聞いていましたが、1月23日の委員会終了後に、会派も含めて、だれからも『30日に再度、開催』という連絡も入って来ませんでした。
 正式に知ったのは、1月24日の新聞で、「あぁ、延長になったんだなぁ」と知りましたが、前掲のように、外す事の出来ない業務と、また、22・23日の質疑に参加しなかった以上、今回の決算委員会で議論の中心となった、いわゆる『0決算』の関係については、他の議員の発言や監査委員を含む理事者側の答弁を聞いていませんでした。
 つまり、「判断出来る立場にない」とも考えた事によって、30日は欠席する事と決めました。
 ちなみに、30日の採決結果については、参加議員の関係で、こうなる場合もある事は、予想していましたので、別段、驚くことはありませんでしたし、仮に、自分が出席して、採決に際し、賛成・反対のどちらかに決めたとしても、結果においては、変わる事はありませんでした。
 さらには、本会議の採決では、反対の結果になるのではないかとも、ある程度、予測はしていました。

 さて、日付は進み、2月13日開催の余市町議会平成25年第1回臨時会を迎え、決算委員会が終了した事によって、平成23年度各会計決算認定の本会議採決が行われました。
 採決に参加する議員のメンバーは、委員会と変わりが無いのですが、委員会は委員会。本会議は本会議という事で採決され、最終結果は、本会議の結果という事となります。
 ちなみに、本編とは関係ありませんが、行政の期間は『年度』となっていますが、本会議の数え方は『暦年』となっています。なぜなのかは、よく解りません。

当日の会派の状況と出欠状況
明政会   2名+1名 溝口 藤野 中井 
             ※議長は同数になった場合のみ、採決を下す。
明友会   2名 佐藤 彫谷
公明党   2名 野崎 白川
共産党   2名 中谷 佐々木 
よいち未来 3名 土屋 岸本 吉田浩一
無会派   5名 安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂


 採決結果ですが、以下の通りです。

一般会計 認 定7名 明政会  溝口 藤野
           公明党  野崎
           共産党  中谷 佐々木
           よいち未来 土屋 岸本
     不認定1名 よいち未来 吉田浩一
     退 席8名 無会派  安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂
           明友会  佐藤 彫谷
           公明党  白川

国民健康保険特別会計
介護保険特別会計
後期高齢者医療保険特別会計の3会計は同じ結果でした。
     認 定5名 明政会  溝口 藤野
           公明党  野崎
           よいち未来 土屋 岸本
     不認定3名 共産党  中谷 佐々木
           よいち未来 吉田浩一
     退 席8名 無会派  安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂
           明友会  佐藤 彫谷
           公明党  白川

公共下水道会計
     認 定7名 明政会  溝口 藤野
           公明党  野崎
           共産党  中谷 佐々木
           よいち未来 土屋 岸本
     不認定1名 よいち未来 吉田浩一
     退 席8名 無会派  安宅 吉田豊 辻井 近藤 野呂
           明友会  佐藤 彫谷
           公明党  白川



 さて、決算委員会が終了して、2月13日の本会議を迎えるまでの間において、所属会派からは何も言って来ませんでしたが、他の議員からは『本会議はどうするのか?』と聞いて来た議員が数名おりました。
 決算委員会採決を欠席した以上、その理由を問わず、本会議において、採決に参加するのは、いかがなものか。とも考えていました。
 つまり、本会議採決については、「退席する」という考え方を当初は持っていました。

 ところが、2月13日の当日の朝、役場に行くと『大量の退席者が出るのではないか?』との話を耳にしました。
 現在の議員数は、1名欠員ですので、議長を含め17名であり、議会が成立数としては、議長を含め9名となります。
 つまり、9名が退席すれは、議会は成立しない事となるのですが、実際に何名の議員が退席するのかは、その時になってみなければ分かりませんでした。

 さて、本会議での採決の仕方ですが、まずは決算委員会の委員長であった、中谷議員による、委員会審査結果報告から始まります。
 常設委員会では、出席している議員が、全体数の1/3くらいなので、『◎◎という質問が出されて、☆☆という答弁がされました』との内容報告となりますが、全員参加の委員会では『全員参加の特別委員会ですので、内容は省略します』となります。
 その後、採決に入りますが、採決は1議案毎に行われ、最初に一般会計が採決されます。
 採決前には討論が出来るのですが、ルールとして原案に対して、『反対』から行い、次に『賛成』の順で行われます。
 この流れによって、まず、議長は『反対討論はありますか?』と発しましたが、今回の場合、反対討論はありませんでした。
 次ぎに『賛成討論』となるのですが、今回の場合は、事前に2会派から一般会計の賛成討論の申し出があり、明政会、共産党の順に2会派が行いました。

 さて、『退席があるのではないか?』とのウワサがあったのですが、退席するタイミングとしては、議案が提案された直後、つまり、議長が『〇〇を議題とします』と発した後に退席するのが一般的です。
 ですが、今回の場合、どういう訳か席を立つ議員がおらず、「あれ。退席はないのかなぁ」と感じていましたが、明政会が討論している最中に、退席が始まったと思ったら、なんと8名の議員が退席してしまいました。
 結果、議員席は半分、空になってしまい、かろうじて議長を含め9名が議場に残った事によって議事が進められました。

 『議案に対して退席する』という行為は、珍しい事ではありません。退席の考え方としては、意志としては『反対』となるのですが、様々な経過の中で、『賛成も反対も表明しない』という場合もありますし、会派所属の議員の場合、会派の中で意見調整が出来ず、反対の者が退席をする。という場合もあります。
 これを取る事によって、会派の意志を表したり、また、余計な混乱を起こさないために行う場合が多いのですが、人事案件の場合が比較的多い傾向となっています。
 そして、私の考え方ですが、前掲のように、当初は「退席」という考え方を持っていましたが、現実的に私が退席する事によって議会が成立しない。とするならば、これもいかがなものか。という事により議場に残る判断をしました。

 さて、一般的に議案の採決においては、議長は『原案に賛成の議員の起立を求めます』と口述します。
 また、委員会で『可(賛成多数)』となった場合は『委員長に報告の通りに、『可』と決する事にご異議ありませんか?』と口述します。
 今回の場合は、委員会では『不認定(起立少数)』となったので、議長は『委員長の報告は『不認定』でしたので、原案に対して、賛成の議員の起立を求めます』と発して、採決に入ります。

 ここで、私は考えました。議場に残った議員は決算委員会で態度を表していますが、私は、初めて態度を表す事となります。
 当初は、これを想定してなかったこともあって、「やはり判断出来る立場にない」という考え方。また、23年度の行政執行に当たっては、職員の不祥事もあり、さらには、今回問題となった業者の決算の仕方についても、その指導を怠った役場側にも当然、責任はある。と考えており、昨年11月に行われた決算委員会冒頭で、私はこの件について質疑をしていました。
 さらには、「私が賛成した場合、決算委員会で不認定となったものが、本会議では全会一致で認定となるのも、いかがなものか」とも考えました。
 これによって「反対」を表明する事を決め、結果、すべての議案に対して、すべて着席、つまり反対する事としました。

 議事が進み討論も終了し、採決に入りましたが、今回の採決は、8名が退席した事によって、8名の議員で表決される事から、5名以上となった側の結果となります。
 結果については、一般会計は起立多数で『認定』となりました。そして、一般会計の採決の後、退席した議員は、議席に戻るのではないか。とも考えていましたが、結果として、戻りませんでした。
 戻らなかった事により、一般会計を含む、すべての会計について『起立多数で認定』という、決算委員会と逆の結果となってしまいましたが、仮に、一般会計の採決が終了した後に、退席議員が席に戻った場合は、民生部関係の特別会計は全て『不認定』となる見込みでした。

 なぜ、8名もの議員が退席をしたのかについては、退席した議員と、この件について話もしませんが、昨年12月の定例会に提出された『議長不信任案』の流れを汲んでいると推測しています。
 議長不信任案の時の提案説明だったのか、質疑の中だったのかは記憶が定かではありませんが、不信任案の理由の一つとして『余市町議会は会派運営をしているが、これが機能していない』との事で、これは、提案者が無会派だから。という事ではないと考えていますし、本年3月の定例会において、再び、会派制度を揺るがしかねない状況があり、この状況は今後も続くのではないか。とも考えています。

 議会は生き物であって、たった一言の言葉によって、また、ちょっとした態度や行動によって『賛成』から『反対』に変わる場合もあり、私は1期生の時から、それを経験しています。
 そして、それは、その場にいなければ感じる事の出来ない、また、言葉では説明出来ない感情や背景の中で、議員は判断して行かなければならないものです。
 この状況を住民の方が、どう解釈して、理解を得られるものなのかは、説明をするにしても、非常に難しいでしょうし、昨日・今日、始まった訳ではないと、私はそう考えています。
 長い議会の歴史と、それぞれの考え方の違いによって現在に至っている。そして、今までも、これに近い状況はありましたが、表面に出なかった。それは、議会内部で調整する役をする議員がいた事によって、遂げられていたのですが、今は、調整役の議員が不在となっているのが、今の状態であると考えています。


予算委員会の空転のわけ
 平成25年余市町議会第1回定例会(3月議会)は3月4日に始まり3月23日までの間、開催されました。この期間の中で12日から21日までの間は新年度の予算特別委員会が含まれており、当初計画の日程通りに終了しました。とにかく、終わってホッとしています。
 ホッとした理由として、一つは日程通りに終了出来たこと。また、最大の案件であった、新年度の予算が無事に成立した。という事でした。

 しかしながら、この期間内に、数度に渡り新聞記事となりました。
 一度目は定例会初日に提案された指定管理の議案において質疑が集中した事。二度目は予算委員会の中での出来事で、町長のインターネット上の発言が予算委員会で追求された旨の記事となっていました。
 空転の要因は結論からいえば、役場側の準備や用意不足によって混乱しただけであり、また、町長の件はオマケみたいなもので、それが起因して空転した訳でもなく、別な要因によって空転したものであって、議会側が混乱した訳ではないと、私は感じています。

 ただ、感じることは、年度末はどの団体でもそれなりに忙しいのですが、嶋町長になってからは、「タイミングが悪いなぁ」と如実に感じています。
 嶋町長が就任して、周期的に回って来る課題も多く、また、イレギュラー的に発生する事項はさらに多い状態が続いています。それらに翻弄され、そういう"巡り合わせ"なのでしょうが、何をするにも"時間切れ"という側面が多分にあります。
 平成23年の12月からは北海道新幹線の同意問題で、新聞だけでなく、テレビも大挙して押し寄せる。24年に入ってからは、10年に一度の総合計画の策定と3年に一度の介護保険の見直しの年となって、この審議にかなりの時間を費やしましたが、難しい問題は先送りになった感がしました。
 24年度の途中には、職員の不適切な業務等によって、この処分に時間を費やし、結果として部長クラスの人事異動もしなければならない事となりました。
 そして、年末近くになって、当初予定に無かった原子力関係の防災訓練を後志全域で行わなければならなくなり、さらには年度末までに、その防災計画の策定も入って来ました。
 余市町の課題の一つとして、平成30年に開通する高速道路と、その出入口となる黒川地域は、長年に渡り黒川土地区画整理事業が行われており、すでにかなりの時間が経過した事もあり、この事業の早期終了に向けて、また近辺一帯は、総合的に開発して行かなければなりません。
 今回の予算委員会での空転は、黒川土地区画整理事業に起因しており、この事業はすでに終了していなければならない問題なのですが、前掲のように、イレギュラー的に発生する、すぐにやってしまわなければならない問題が発生して、どうしても後回しにせざるを得なかった。という側面がありました。

 そんな背景の中で、始まった3月定例会。新聞にも掲載されましたが、初日に『指定管理者の指定について』で議論が集中しました。
 余市町の指定管理業務は現時点で、駅のエルラプラザ、総合体育館、温水プールと町営駐車場(第一と第二の2カ所)の4箇所が指定され業務されています。そして、この指定管理の期間は3年間となっています。
 つまり、3年に一度、指定の見直しと契約更新がされるのですが、25年度から新たに3年間の指定がされます。ちなみに、ここでも、やはり、タイミングが悪いといえば悪く、決算委員会の件を引きずる形となってしまいました。
 さて、この日、3月4日ですが、前掲の通り、私は右足の静脈炎が再発してしまい、午前中は通院をしていたために午後から役場に行きました。
 役場に到着すると『開会してすぐに、議会運営委員会の報告に対し、議事進行発言があって、議運で精査中なので止まっている』との事でした。
 どういった発言だったのかは、その時、議席にいなかったのですが、聞き及ぶ範囲として『決算委員会で問題のあった業者の議案が、なぜ、議題として提案されているのか』という内容だったそうです。
 断続的に議会運営委員会が開かれ、結果として、午後2時頃から、ようやく議案審議に入りましたが、私としては、熱もあった事から、正直、「早く帰りたいなぁ」と思っていました。
 そして、問題となった指定管理の議案となりました。他の議員の質疑としては『決算委員会で問題となった業者をなぜ、指名したのか。町の人は、この事態を理解してくれる人はいないのではないか』というのがメインであったと記憶しています。
 役場側の答弁としては『応募願いを出して来たのは、この会社の一社のみで、選定委員会で決定された。直営より指定管理の方が有利』との答弁が繰り返されていましたが、どうも良く分からない答弁というか、何度も答弁調整休憩を取っていましたが、「役場側の答弁は説得力が無いなぁ」と感じていました。
 私は体調も良くなかったので、当初は質疑をするつもりは無かったのですが、どうしても納得出来ないこともあって、挙手をしました。
 「選定委員会のメンバーはどうなっているのか」「指定管理が経費面で有利という答弁だが、直営でやった場合の金額と指定管理に出した場合の金額」と質問をしました。
 答弁としては『委員会のメンバーは、副町長、4部長と教育委員会から1名と、民間団体から3名の合計9名』『具体的な金額は持ち合わせていない』との事でした。
 再質問では「議事録は取ってあるのか。役場主導で決めた訳ではない。と言い切れるのか。金額は、なぜ無いのか」と再質問をしました。
 答弁としては『要点記録は取ってあります。委員全員から意見が出されました。金額は、持ち合わせていない』との答弁でした。
 これ以上、聞いても、答弁に進歩はないと感じたので、3回目の質問はしなかったのですが、私の後に、中谷議員が、再び、金額の件の質問をしました。
 そして、答弁調整の休憩が入り、再開したら、中谷議員の質疑に対して、『直営では572万円、指定管理では413万円です』と金額が出ました。
 この答弁に対して、他の議員から『議事進行。なぜ、先に同じ質問をした吉田浩一議員に答えず、中谷議員には答えるのか。議会軽視ではないか』との意見が2議員から出されました。
 本来的に、この議事進行発言は私がしなければならなかったのでしょうが、役場側が議会の中で、この様な答弁の仕方は過去にもあり、私としては、さほど気分は害しませんでしたが、正直、「がっせーな」と感じていました。
 この議案が問題とされる事は、事前に予測出来たでしょうし、別角度から見ても、提案するに当たっては、経費の比較をしておかなければならない事だと考えます。
 「なんで準備しておかないのか」というのが、率直な感想でしたが、選定に当たっては民間の方が入っていたという事は、議案に対して賛成する根拠の一つとなりました。
 最終的な採決としては、賛成9票、反対7票となって、賛成多数で可決となりましたが、質疑は2時間近くもかかり、役場側の準備不足が非常に目につきました。

 次に問題となったのは、これも新聞に掲載されましたが、予算委員会における町長のインターネット上のブログ(活動日誌的に書き込みをするもの)発言でしたが、発信されたのは3月15日の早朝でした。
 3月定例会は前掲の指定管理の問題で初日にある程度の時間を費やしましたが、以後は順調に進み、12日から始まった予算委員会も、14日の午後2時頃までは、答弁調整休憩も少なく進んでいました。
 余市町議会では、予算委員会の審議は数分割で審議をしており、この時までの進捗状況としては、一般会計歳出の総務・民生部関係・農林・商工・労働部門まで終了し、残すところは土木・建設・消防・教育となっていました。
 土木・建設部門に入って所で、吉田豊議員より、『予算計上している土地借上金について、土地所有者と公社との間に交わされた契約書のコピー』の資料が求められ、これによって、空転を始めました。
 結果としては、『資料は無い』との事となり、週明けの18日、月曜日の午後から質疑が始まりましたが、最終的には19日に本会議を開催して、予算案の修正を行う事となりました。ちなみに、当初予算の修正は、末端の自治体では多分にある事ではありませんし、余市町でも、昭和中期に一度行われただけのようです。
 実質的には二日間が空転したのですが、15日の朝の町長ブログの中で、前日の予算委員会での感想を短く綴ったもので、見方、見る人によっては誤解を招く表記がありました。
 書き込みは数時間で削除されたようなので、私も直接は見てはいません。閲覧した方はごく少数だったのでしょうが、それが印刷され、決算委員会の中で指摘されたのでした。
 この件で町長は『自らを戒めるつもりだった。誤解を招いた事は、申し訳ない』との答弁がされましたが、書き込みでの件で空転した訳ではなく、あくまでも、資料要求に対して、どう対処をするのか。という結論を役場側が出せずに、時間だけが過ぎていった。という事でした。

 空転の直接的な部分は土地区画整理事業に係わり、土木費・都市計画費・保留地管理法人費の中で、使用料及び賃借料で、用地借上料として1820万円が計上されていました。
 質問者の指摘は、簡単に言うと『貸し借りには、契約書が必要』であり、どういう訳か、これが無く、さらに、将来にわたる懸念事項を指摘された事により、役場側も動きが取れなくなってしまいました。
 結果として、この用地借上料の1820万円については本会議が臨時的に開かれ、予算案の訂正が行われ、予備費に移動されました。ちなみに、予算総額として変わりはありません。
 予備費に移動されましたが、事業そのものの考え方も含め、無くなった訳ではなく、再度、仕切り直しをして、委員会等の質疑を経て、全員の理解が得られれば、実行される事となります。
 当初予算の訂正や、また、臨時的に本会議が開催される事は、多分に無い事ですが、これによって、予算委員会は正常に戻り、その後の混乱無く進み、予算委員会も予定通り21日に終了しました。
 最終的な結論として、一般会計は『全会一致』で可決となり、無事、平成25年度を迎えられる事となりました。


4月1日付人事
 余市町では、特別職を除き、60歳を迎えた年の年度末が定年となっていますが、3月31日には、17名の一般職が退職。他に特別職2名と、新たに特別職となる2名が退職となりました。
 余市町は、昭和30年代末に、連続発生した水害により、財政再建団体となり、この時、職員採用が控えられました。
 時代的には右肩上がりの時代だった事により、数年間で財政再建団体から脱し、また、この間、新規職員採用を押さえていた事と、事業展開のために、大量の職員を採用しました。
 そして、この方々が定年を迎える事となりましたが、昨年から3年間で40名を越える職員が定年退職となります。
 特別職の任期は、就任から4年間となっており、前任の武藤教育長は任期満了までに若干の日数を残していました。また、渡辺副町長は北海道に戻るために、両名とも3月31日付けで退職しました。
 特別職の就任に当たっては、議会同意が必要で、今回、新たに特別職となった2名の職員は、一度退職となり、その後、新たに就任という形が取られます。
 就任に当たっての議会同意は、定例会最終日に人事案件として提案され、全会一致で可決となりました。尚、教育長は、教育委員会において、選任される事から、議会では教育委員の推薦という形で同意がされます。

新たに特別職に選任された方
 
副町長
  鍋谷 慎二(ナベヤ シンジ)
   昭和31年11月生まれ、56歳
   昭和50年 仁木商業高等学校卒業後、余市町役場に奉職
         以後、農林課・商工観光課・企画課・税務課を歴任
   平成 8年 議会事務局
   平成16年 議会事務長
   平成21年 行政改革推進課長
   平成23年 総務課長を歴任
   平成24年10月より総務部長

 教育長
  中村 寿仁(ナカムラ トシミ)
   昭和30年5月生まれ、57歳
   昭和51年 道都大学短期大学部(当時の名称は北海道産業短大)卒業
   昭和52年 余市町奉職。以後、社会課・農林課・財政課・企画課を歴任
   平成13年 出納室長
   平成16年 財政課長
   平成23年 総務部長
   平成24年10月より民生部長
   平成25年4月1日、教育委員会において、教育長に選出


 私的事項ですが、ご両名とも、自分の高校と大学の先輩にあたり、お二人のご活躍を願うものです。

 4月1日付け人事は、退職者と特別職への就任の関係によって、余市町の4部長が空席となり、新年度では、新たなる4部長が就任しました。
 機構改革としては、新たに『まちづくり計画課』が新設され、また、女性主幹(管理職)の登用も多くなっており、異動人数は新規採用を含め90名を越える大幅な異動となりましたが、紙面の関係で議会出席義務のある管理職の方のみ掲載しました。尚、(兼)→兼任、(併)→併任です。

余市町人事異動一覧(平成25年4月1日付発令)
  新役職名          氏 名    旧役職名
総務部長           佐々木 隆  民生部町民福祉課長
民生部長           澤谷 栄治  総務部税務課長
経済部長           飯野 徹郎  教育委員会社会教育課長
建設水道部長         柳田 義孝  民生部環境対策課長
(兼)行政改革推進課長   盛  昭史  総務部企画政策課長
                         (兼)町史編纂室長
総務部税務課長        秋元 直人  総務部税務課主幹
民生部町民福祉課長      細山 俊樹  経済部農林水産課主幹
(兼)老人福祉センター所長  永井 克憲  民生部高齢者福祉課長
民生部環境対策課長      前坂 伸也   議会事務局事務局次長
経済部商工観光課長      小林 英二  総務部行政改革推進課長
建設水道部建設課長      亀尾 次雄  建設水道部下水道課主任技師
建設水道部まちづくり計画課長 滝上 晃一  建設水道部建設課長
建設水道部下水道課長     澤辺 成徳  選挙管理委員会事務局長
建設水道部水道課長      久保  宏  建設水道部水道課主幹
会計管理者(併)会計課長    岩戸 宏平  経済部商工観光課長
社会教育課長         松井 正光  総務部企画政策課主幹

◎余市町議会
事務局次長          濱川 龍一  議会事務局議事係長

◎余市町選挙管理委員会
(併)事務局長         須貝 達哉   総務部総務課長

◎新規採用職員
佐藤 隆広   芳賀 昌史  永井 嘉一   栗田 一平
小玉 瑶子   大石 萌美  細川 雄哉   白鳥 雄太
渡邊 隆寛   井上 彩乃  山本 康介

平成25年3月31日付け退職者
武藤  寿  教育長
渡辺 秀樹  副町長
藤平 哲也  経済部長
新藤 耕二  建設水道部長
神山 廣美  会計管理者・会計課長   
池田  徹  建設水道部下水道課長
中村  淳  建設水道部水道課長   
          以上、議会出席をしていた特別職・管理職
松代 義晴    杉本 清治    佐々木 儀春  
高谷 眞優美   住友 義則    山田 浩司 
本多 重男    高谷 秀治    森谷 陽子 
長内 十糸子   葛西 恵美子   大津 るみ子 


 今回の人事によって、4月1日現在、余市町の職員数は、正職員192名、嘱託31名、その他、臨時27名の体制となりました。


アクセス27万件と選挙戦でのインターネットの解禁
 本年4月10日にアクセス27万件に到達しました。アクセス状況としては別表の通りでした。
 
26万件から27万件のホームページアクセスログ解析
解析対象期間:2012/12/21 00:10:40
          〜 2013/04/10 23:54:22
総アクセス数  10111 
一日平均       91.09 
平均アクセス間隔   15分48秒に1アクセス 
一意の訪問者   1147 
再訪問      8964 
再訪問率       88.66% 
再訪問までの平均間隔  4時間34分50秒 

 インターネットの世界も、携帯端末機の小型化と高速化が進み、情報の入手・発信をするのには、極めて優れたアイテムとなっており、より手軽に、そして、大量のデータの送受信が出来るようになりました。
 時代が求め、求められるものだとは思いますが、過日も、インターネット上の発言によって、議員活動停止となった議員の方がいたようですが、この世界に一番求められるのは、マナーだと考えています。
 一昔前は、著作権の問題によって、他所からの引用については、相手先の許可と承諾が必要だったのでしょうし、リンク等に関しても、当然、相手先への連絡が必要だったと思っていましたが、『公開されているものは、自由に使える』という考え方が主流になりつつあるようです。

 最近、とある議員のブログ等を見ていて、「おいおい、大丈夫か?」とか「マナー悪いなぁ」と感じる所があります。
 当然、自らにかかわる事であれば、相手先に連絡を入れますが、考え方の違いによって、話しても平行線であるとも感じています。

 この手の活動は、マナーの問題だけでなく、選挙違反という問題もありますが、では、どこまでが選挙違反になるのかは、買収等は論外ですが、文章等の配布は、配布方法も含め、解釈の仕方によっても見解が大きく変わります。
 また、個人という場合と組織の場合でも違い、組織も後援会という場合と政党という場合では違うようです。

 インターネット上の発信は、どちらかと言えば、当選回数が少ない議員の方が多いようですが、本人の誤解や勘違いによる発信も少なくないと感じています。
 そして、今後、解禁となるインターネット上の選挙においては、しっかりとしたルールの明確化が無ければ、トラブルの温床となりかねないと感じています。


                         ニュース56号完

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