ひろかずニュース 平成24年7月6日UP
     ☆ひろかずニュース第53号発行☆

 早いもので、平成24年も残り半年となりました。この半年、様々な出来事がありましたが、自分が感じるものとしては、国際的には金融危機、国内的には、いわゆる「脱法薬物」による事件、また、政治的には政党間の垣根が無くなったというか、「どこの政党も同じ」と感じています。

 政権政党の民主党は、身内を切って自民党や公明党と組む。造反者に対しては処分しても『選挙の時は、チャラですよ〜』という始末。
 一方、自民党はというと、自分の党員を選挙で公認せずに、よその党の候補者を公認する・・・・これじゃあ、党の為に、命を張って政治をする。という人はいなくなるのではないでしょうかねぇ。
 おまけに、可決となった消費税も、またもや『衆議院の解散』の条件にされて、右往左往・・・・・次の選挙で、投票率を延ばすのは・・・共産党かなぁ・・・

本文とは関係ありませんが・・・
 

トンネルか切り替わり、訪れる人も少なくなっと思いますが・・・ここの看板も以前「作り直さないのか?」と質問した事がありました。で、今度は痛まない看板に掛け替えられていました〜
 
ここのトンネルはトンネルの看板も外されていました・・・


 さて、干支でいうなら、60年で一回り。60年前が繰り返される。とするならば、60年前も国際的・国どうしの交渉が多く、決してうまく行っていなかった事が、歴史を見れば感じられます。
 今から60年前、国内的には衆議院の抜き打ち解散から、現在の公職選挙法の形になってからの1回目の衆議院選挙となっています。
 この時の選挙結果としては、定数466に対し、吉田茂率いる自由党が240議席を確保。改進党が85。社会党が右派・左派合計で111となっていました。ちなみに、当選者の名前を見てみれば、現在の国会議員の父親の名前が多く見受けられます。

 今、衆議院の選挙をすれば、結果は、だれもが予測出来ないと思っていますが・・・・


 さて、では、町内的にはどうだったのか。ですが、まずは、経済面ですが、景気の低迷によって、一段と活気が無くなっているようにも見えるのですが・・・・
 自分は、余市農協の監事職も預かっているのですが、先日、農協に対して、上部関係機関の監査があって、自分も立ち会う事となって、立ち会いをしていました。
 まぁ、立ち会いと言っても、何もする事が無く、ただ、座っているだけなのですが、休憩中に、監査をしていた、民間の監査会社の方と話しをして、その中に・・・
 『余市町は、けっこう活気がありますねぇ』と言われて「えっ?全然無いですよ」と言うと『そんな事はないですよ。私は、あっちこっちの町に監査の仕事で行きますが、まぁ、空知が多いですが、市であっても、本当にシャッター通りです。余市は商店も開いていますからねぇ』と言われました。

 この発言をどう受け取るか?ですが、思っているより、余市町というのは、まだ活気があるのかもしれませんし、やりようによっては、まだ、盛り返す事が出来るのかも・・・しれません。

 では、町内の政治面はどうなのか。ですが、これは、表面的には、さほど、混乱はしていない。というように見受けられます。
 確かに議会の審議時間としては、議員全員参加の本会議や特別委員会でも、午後5時を過ぎて、また、「今日は何時におわる事やら・・・」というような事態は発生していません。
 
 ですが、住民が期待する議会とは何でしょうか。住民が期待している議会としては、『まとまって一つになって動く議会』ではないかと、予想しています。

 さて、まもなくソーラン祭りが始まります。2年前までは、富沢町の国道のパレードから始まり、途中でバスで移動して、その後、黒川駐車場から、駅前、大川十字街を左折、大川橋に至るまでの間のパレードをしていました。
 2年前、平成22年にパレードに参加して感じた事は、確かに、パレードに直接参加する人も少なくなりましたが、それ以上に、見学する人は半分になった。と感じていました。
 そして、昨年は運上家の前で行ったのですが、自分の感想としては、安全面では良かったし、また、一つの会場で出来た事も良かったと思います。ですが、駐車場の関係と、その場所までの移動手段。また、開催の時間という問題もあったと思います。

 そして、今年は、黒川駐車場から、飲食店街を抜けて、旧協会病院の前までの往復というコースになりました。
 『そんな所で出来るのか』という声もありますが、確かに道路幅も狭いのですが、自分が子供の頃は、ここでお祭りの出店・露天があったと記憶してます。
 また、時代は、はっきりしていませんが、商工会議所が、今の前の事務所の時、つまり、旧登川と国道が交差する所にあった時には、道路向かいの中央公園で開催されていました。ちなみに、その当時、中央公園には、遊具も無く、また、中心にある小山も無かったので、ここで輪踊りをやっており、その写真も見せてもらいました。

 さて、今年は、どうなるのか・・・・ですが、去年よりは、人出は多いのでは?と予想していますが・・・・

 さて、話題がそれたようですが、『住民は議会に対して何を望むか?』ですが、例えば、町の産業祭でもある、ソーラン祭りのようなイベントに議会が議会としてまとまって出る事を望んでいると考えています。

 自分は、仕事がら、7月はサクランボの収穫季節とサクランボ狩りのお客さんか来るので、子供の頃を除いて、ソーラン祭りは、見学にも行った事がありませんでした。
 で、平成11年に議員職を預かるようになって、当時の会派会長であった島議員から『町の産業祭りに議員が出なくて、どうするんだ!!』と強く言われ、当然ですが、浴衣等の一式が無かったので、購入して参加するようになりました。

 自分が議員職を預かる前は、『議会丸』という山車も出ていて、議員も参加していたそうですが、自分が参加するようになってから、議会の山車は無く、パレードのみに参加していたのですが、一応の議会内部の取り決めとして、『10名以上の希望があれば、議会として参加する』という事となっていました。

 政治的な側面から、共産党は参加しない事となっていたようですが、他の議員は、それなりに参加表明をして、ほぼ毎年、パレードに参加していたようです。
 そして、平成15年の選挙では、新人で若い議員も増えた事によって、パレードに参加の議員も増えたのですが、平成16年からは『議会では参加せず、違う団体で参加する』という議員も出始めました。

 その分、減ったのですが、人員としては10名を越えていたのは平成18年まで、議会、議員会としてパレードに参加していました。
 そして、19年の年は、その年が選挙という事もあって、10名が集まらず、不参加という事となり、自分としても、結果として参加しませんでした。

 19年の改選の時、定数が22名だったのが、18名となりました。そして18名中、共産党は4名という事で、14名の中で、10名を越える参加がなければ、議会・議員会として参加しない申し合わせなのですが・・・・
 さて、選挙は前年8月という事で、ソーラン祭は、平成20年からとなるのですが、この年は、北海道サミット等があった関係で、1カ月、延期され、また、区切りの40回目という事でした。
 議員定数削減もあり、また、40回目という節目という事もあって、「10名にこだわる必要は無いのではないか」と意見を出しましたが、結果として、8名しか集まらず、議会としては参加しない事となりました。ちなみに、この時も、最初から『議会では参加せず、他の団体で参加する』という議員もいました。
 結果としてですが、平成20年のオンパレードは、当日、雨という事もあって、パレードは中止となってしまいました。

 で、以後は、同じ状況となってしまった事もあって、また、自分は、観光協会にも所属しているという事で、以後、議会からの参加ではなく、観光協会からの参加をする事にしました。

 さて、昨年、改選があって、改選後、始めてのソーラン祭りとなりましたが、議会としてどうなのか。ですが、結果として、参加表明をした議員は、10名にはほど遠い数だったようですし、結果として、『議会として参加しない』、ようになったようです。
 ちなみに、自分の所には、だれからも『議会として参加しましょう』という話も掛けられなかったですし、当初から、「観光協会から参加します」と表明していたのもありました。

 『なったようです』というのは、正式に、どこからも伝達も無かったですし、会派からの連絡も、個別にはありましたが、正式に会派として集まった訳でもありません。

 どちらにせよ、それぞれが、それぞれの形で参加するのでしょうが、まぁ、住民の期待している議会の姿とは、ほど遠いと感じています。

 さて、明日のソーラン祭。自分はカメラを持って、色々と回って来ます〜

大川小学校裏近辺より撮影・・
 
モイレ山とふもとには運上家が見えるんですねぇ〜

 
シリパ山も・・・アップで写すと、けっこう白い岩と言うことは・・・もしかしたら、地下に鍾乳洞〜な〜んて、あるかもしれないですね・・

ニュース53号

平成24年第2回定例会終了

 平成24年第2回定例会が6月19日・火曜日から22日・金曜日までの4日間開催されました。
 6月の定例会は、新年度が始まってまもないという事で議案としてはさほど多くありません。それでも、一般会計と公共下水道会計の補正予算、公共下水道の水処理施設にかかわる汚泥脱水設備機械の更新工事請負契約の議会承認、赤井川へ向かう道道において、新たにトンネルが開通した関係での町道認定、第三セクター3社からの決算報告書が議会に提出されました。
 この他、定例会に行われる一般質問は12名の議員から23問が提出されました。
 定例会全般としては、日程通りに進みましたが、今回は各公社の決算認定で、私を含め、他の議員からも質問が出され、かなりの審議時間を必要としました。
 また、定例会の最後の日程で行われる意見案の採択については、よく分からない状況となっていました。

公社の決算承認
 余市町が出資している第三セクター。現時点で、余市町には、燃えるゴミ・燃えないゴミを収集している『株式会社 北後志第一清掃公社』。余市駅・道の駅の売店を持っている『株式会社 余市振興公社』。黒川第一土地区画整理事業から保留地を引き継いだ『株式会社 まほろば宅地管理公社』の3社があり、これらの会社は4月1日から年度の切り替えという事で、年度末をもって決算が行われ、決算は議会の承認が求められます。
 尚、私の知っている範囲の中では、過去において、株式会社宇宙記念館、株式会社余市土地開発公社がありましたが、宇宙記念館は会社としては解散し、現在は余市町が直営で運営をしています。土地開発公社は町の見直しにより解散し現在はありません。
 さて、公社は株式会社となっている事から、経理的には複式簿記で掲載され、一般の会社のように、貸借対照表や損益表が作成されており、また、株式会社である以上、赤字を出さないように運営されなければなりません。
 議会での審議の仕方としては、決算書が冊子として配布され、『質疑ありませんか?』と議長が発し、さほど質疑も出ず承認されます。ただ、過去において、宇宙記念館の決算書で、決算に係わりのない箇所の数値が意図的に改ざんされた事によって『承認せず』とされた事はありましたが、よほどの事が無い限り、『承認せず』という事にはなりません。
 ところが、今回の公社の決算審議では質疑がどんどん出ました。振興公社では辻井議員と渡辺議員。まほろば宅地管理公社では吉田豊議員と近藤議員。そして、第一清掃公社では、吉田豊議員と私が質疑をしました。
 採決の結果、第一清掃公社を除いた二つは『異議なし』で承認されましたが、第一清掃公社は、私が「異議あり」と言い、結果として、私を含め3名の議員が起立しませんでしたが『賛成多数』で承認されました。

 さて、なぜ私が第一清掃公社で「異議あり」を唱えたのかですが、事業の在り方や決算書の数値の問題ではなく、単純に『監査の在り方』について「おかしい」と感じたからでした。
 そして、本会議が閉じた後、担当の部課長、また、監査委員事務局にも改めて質問してみましたが、思わず「え?そうなんだぁ」と感じました。それは、「民間と役所の感覚の違い」であって、いわば、かみ合うことのない議論だったということでした。
 また、本会議場にいた、役場職員、また、他の議員も『なぜ、吉田議員は、そんな質問をするのか?』と言う事を感じていたと思いますし、また、私の質問の仕方も悪く、要点が明確では無かった。さらには、役場側の答弁も、『認識の違い』によって、『なぜ、そんな質問をするのか』というような感覚で答弁をしていたのだろうと思っています。

 このニュースの紙面で、改めて、質問したかった事と疑問に感じた事を明確にし、役場も認識を改めてもらいたいと考えています。

 まず、当日の質疑として、次のようなやり取りをしました。尚、すべては私の記憶ですので、議事録と違う場合があります。尚、帳簿の閉め日は平成24年3月31日となっております。

Q・貸借対照表に現金2万円とあるが、この金額は、何月何日、何時頃、だれが確認したのか
A・2万円は釣銭用として用意してあるものです。書類上で確認しており、当日、現金は確認しておりません。
Q・この場所では、ゴミの搬入者が料金を支払う場合もあり、レジの中に2万100円があったとしたら、どう処理して行くのか。3月31日は土曜日であり、この施設は土曜日は休みなので、前日の30日の午後5時過ぎに確認しなければならないと考えるが、100円多かったら、どう処理をするのか。
A・監査は報告書内にある通り、4月27日に監査しており、適正に処理されております。また、現金は先程、釣銭用と言いましたが、両替においてあるものです。
Q・監査した日はわかります。そうではなくて、2万円が釣銭であろうが、両替であろうが、30日の午後5時頃、現金が2万円とゴミ処理料が100円あったとしたら、それを、どうやって証明するのか。監査は課長でしょう。
A・適正に処理されています。


 さて、どこが納得出来なかったのか。ですが、まず、この会社の役員にその背景があります。
 各公社は株式会社ですので、代表取締役以下、各取締役と監査役がいます。
 『余市振興公社』は代表取締役以下、監査役まで全員、民間の方で組織されています。『まほろば公社』は代表取締役は民間の方ですが、取締役の方には、役場の担当部課長が役職割りで、取締役を兼任しており、監査役は民間の銀行関係からの出向となっています。
 『第一公社』の代表取締役は民間の方ですが元役場職員、つまり役場OBの方です。取締役は4名で、2名は役場OB、もう2名は役場役職割りで役場幹部が兼任。監査役は、2名で1名は民間の方、もう1名は役場の担当課長という事になっており、代表取締役は常勤ですが、後は非常勤となっています。
 
 まず、民間会社は『閉め日』には、棚卸しを行います。不動産は別でしょうし、また、預金は通帳をもって確認が出来ますので、棚卸しをする品目としては、売買出来る株券、仕入在庫、資産的価値がある備品や在庫品、そして、現金もそれに該当すると考えます。
 閉め日は毎月であって、本来的には毎月しなければならないものでしょうが、1年に一度、決算日には実数を数えなければならないものだと考えます。
 実数を数える事になって、帳簿上より少ない場合は、損失として計上しなければならないでしょうし、逆に多い場合は雑益として計上するものと考えます。
 また、これを数える場合は、その日の営業を終えた後となりますが、翌日が休日等の場合もあるでしょうから、必ずしも、その日のうちに。とはならないでしょうが、早急にする必要があると考えます。
 だれが数えるのか。ですが、当然、そこの社員や従業員という事にはなりますが、では、監査役とはなんのためにいるのか。という事は、経理上でいうのであれば、『その数値が間違いないかどうかの確認する』のが監査役の仕事だと考えます。

 さて、今回の場合、『両替金は2万円と確定しているから』との事由で、『確認は監査の時にした』との事でしたが、では、100円足りなかった場合は、どうするのでしょうか。
 会社経理である以上、また、それを扱っているのは人間であって、気が付かないで『多く渡した。少なく渡した』という事もありうる話で、現金過不足は、個人が弁済したりするものではないと考えます。
 そして、株式会社とはいえ、この業務は民間では無く、公的業務をしている事であれば、なおさら、社員や従業員では無い第三者が『間違いありません』という証明をしなければならないと、私は考えます。
 問題は、『だれが、いつ確認するのか』なのですが、この第一公社は、役場からの委託業務のみをしている事、そして監査役が役場の課長という事であれば、決算日の日付を過ぎてから、速やかに現金や各種在庫の動産品の確認をする必要があると考えます。
 今回の場合、決算の日付は3月31日であり、確認をしたのは約一カ月後であり、また、『書類で確認』という事は、現金を見ていない事であり、「その日に2万円という現金があったという証明にはならない」と私は考え、決算承認には「異議あり」と発言したのでした。

 この会社は、会社資産としても、また、業務的にも、利益追求をしている会社ではない事から、資産もごくわずかでしょうから、さほど監査をする必要は無いと思いますし、また、監査業務の規程が、会社の規程によって、どう取り決められてあるかが分かりません。例えば、『監査は書類をもって監査をする』と明文化がされてある場合もあるとするならば、また、監査役が必ずしも現金を数える必要は無いのかもしれません。
 ですが、釣銭でも両替でもかまいませんが、現金が2万円でなく100万円だったらどうするのでしょうか。『会社側で数えて100万円あったので、間違いありません』と、言えるものなのでしょうか。
 やはり、『数える時、立ち会いました』とか『私が実際に数えました』と監査役が言うのであれば、第三者は「間違いないね」と同調出来る事だと思います。

 この議案が終わった後、役場幹部の何名かと話しましたが、『えっ?閉め日に現金を数えるんですか?』と逆に聞かれました。
 役場の出納では、基本的には現金を扱いません。現金は、現在では北海信用金庫の職員が役場窓口に執行して、この方がやっており、役場職員が直接数える事は無いのではないかと推測しています。
 役所業務は『公務員として、業務執行に当たって間違いは絶対に無い』という前提で業務執行をしているのでしょうし、また、大半の公務員はそうでしょうが、公的機関での横領事件も後を断たないのも現実ではないでしょうか。
 私は『現金を数える』という感覚が無い限り、この手の事件は無くならないと考えています。
 さて、皆さんはどう考えますか?


選挙が終わって、定例会は一回りしました
 余市町の議会議員選挙は8月です。選挙が終わって、議長以下の議会内部の役職を決める初議会が招集され、その後、定例会が開催されるのは9月です。
 定例会は3の倍数月という事で、今年の6月の定例会が終了した事によって、定例会的には一回りした事になります。
 ちなみに、昨年8月の選挙結果としては、引退・落選した議員が3名、返り咲いた議員が2名、初当選をした議員が2名となりました。

 さて、一回りをして、議会としては何が変わったのかですが、選挙が終わって、議会の役職も決まったのですが、前期と比較して一番の違いとしては、議会として安定運営が出来ていない。と私は感じています。
 その理由として、余市町議会としては会派運営をしているのですが、議長選挙の余波もあって、現時点では最大会派が無会派となっている事が上げられます。

             ◎議長会派 〇副議長会派 ☆監査委員会派
11年選挙後 ◎☆町政クラブ7 新政会6 〇共産党4 町民連合3 公明党2
15年選挙前 ○共産党4 ◎町政クラブ3 ☆民友クラブ3 
                  町民連合3  公明党1 無会派5 
         ※新政会は選挙前に解散 
         ※元新政会・町政クラブ・公明党の各1は病気等で欠員
15年選挙後 ☆明政会8 ◎新自治研究会7 〇共産党4 公明党2 無会派1
19年選挙前 ☆明政会8 ◎新自治研究会6 〇共産党4 公明党2 無会派2
19年選挙後 ◎新自治研究会5 明政会4 〇共産党3 
                   ☆清新会3  公明党2 無会派1
23年選挙前 ◎☆新自治研究会7 明政会4 〇共産党3 
                      公明党2 無会派2
         ※清新会は任期途中で解散
23年選挙後 ◎明政会4 新自治研究会4 共産党3 よいち未来3
                ☆公明党2 〇明友会2
         ※新自治研究会はすぐに解散
24年6月   無会派5 ◎明政会3 共産党3 よいち未来3 
                         ☆公明党2 〇明友会2


 政治の世界は、多数決の世界なのですが、前期と今期を比較した時、大きな違いがあります。
 11年・15年・19年までは、議長選出会派と副議長選出会派の議員数の合計で、過半数、もしくは、それに近い数でした。
 意見が過半数で決するとするならば、また、数少ない会派で過半数を越えれるとするならば、絶対とは言い切れませんが、議会としては安定運営が可能です。
 ですが、今期では、議長選出会派と副議長選出会派の議員数の合計では5しか無く、過半数を越える数を確保するためには、現状では、さらに2会派以上の協力が必要となっています。 
 過半数を確保出来ない場合は、政治的安定が出来なく、どんな議会でも安定運営は難しいものです。
 役場側としては、議案が議会を通過しなければ執行が出来ないことから、様々な形で議員にアプローチをしてきますが、議会がどういう反応を示すのか。という予想が付かなければ、『打つ手が無い』という事となります。

 昨年の議会改選後の中で、結果において役場側の議案が否決されるという事態は発生しておりませんが、採決に際しては、結果がどうなるのか、参加している自分でも予想が付きません。
 そのような背景の中で、議長がどう動くのかは、議長の手腕の見せ所となるのでしょうが、少なくとも、自分は議長から個人的に、個別に依頼をされた事はありません。
 
 役場側の議案は、前掲のように、『議案が通らなかった』という事は、今のところありませんが、定例会最後の議題となる意見案については、よく分からない結果となっています。


意見案とは
 定例会の都度、『意見案』というものが諮られます。議会の意思というか、『〇〇の問題はこう考えます』と議会の意思として決定し、それが可決されれば、要望書として関係機関に送られます。
 送り先ですが、上級の関係機関となっており、北海道であったり、総理大臣、または、関係する省庁や大臣宛に郵送で送られます。
 この結果については、年4回発行される『議会だより』の後段にテーマと結果のみ掲載されていますが、余市町の場合、議会に持ち込まれた意見案は、基本的に全て本会議において採決されます。
 採決の結果、1票差を含め『可決』されたものは余市町議会の意思として郵送されるのですが、当日の出席議員の状況によって、同じ内容のものでも、時には『可決』、時には『否決』という場合もあります。
 他の町村が、意見案をどう扱っているのかは、よく分かりませんが、全会一致となるものだけを本会議で諮る事となっている議会もあるようです。

 さて、この意見案ですが、政治的色合いが強く、その時々の世相が反映されます。今は原子力発電関係のものが多くなっています。
 では、この意見案はどこから来るのか?ですが、それぞれの団体から郵送で『次の議会(定例会)で、私共の意見に賛同し、余市町議会の意思として可決して下さい』と送られて来ます。
 郵送元は個人の場合もありますし、また、医師会、トラック協会、消費者団体というように、世間にある程度認知されている団体で機関決定されたもの。まったく知らない、聞いた事も無い団体からも送られて来る場合もあります。
 この他に、各政党の支部から送られて来る場合もありますが、平均的に多いのは共産党となっていますが、政党の場合は、野党側が多くなる傾向です。
 政党系の場合は、政党所属の議員が持ち込む事となり、また、町内の在住者の方が、議員を通さずに、直接、持ち込む場合もあります。

 持ち込まれた意見案は、まず、議長が主催する会派代表者会議で諮られます。議員が持ち込んでいる場合は、『この部分を修正出来ないか』『この部分をカットしてほしい』『これを付け加えてほしい』というように、賛成出来るよう話し合いが持たれ修正されます。無論、提出側の意思もあるので、『これはOK』『これは修正しない』というように交渉して、それを元に『賛成』するか『反対』するかを会派ごとに決めて行きます。尚、郵送されて来たものは、確認のしようがないので、そのままの原案で判断されるのですが、内容的に同じものがあれば、一つにまとめられます。

 内容的に賛成出来る議員が『提出者』となって本会議で提案されますが、事前に会派代表者で構成される代表者会議で話し合われるために、賛成出来る場合は、共同提案という形で『提出賛同者』として加わります。つまり、本会議採決前には、ある程度の結果予測が付きます。
 ところが、今回の6月定例会の意見案については、全会一致を除いた3本の意見案が、当初と違う、反対の結果となってしまいました。
 この事由としては二つの要素があると考えます。一つは現時点では無会派が5議員という事で、この5議員は、代表者会議に入っていないために、事前の予測が付かない。
 もう一つは、採決は本会議で行われますので、いくら事前に話し合いをしていたとしても、採決が行われて始めて決定される。という理由によるものです。


議長の采配について
 意見案の扱いは、前掲のように会派代表者会議で取り扱いがされ、また、この会派代表者会議は議長が主催するものであるにもかかわらず、その話し合いがホゴにされているとするならば、議長としては代表者会議の在り方、そして、議長の采配について、疑念を抱かざるを得ないと、私は感じています。
 今回の場合、意見案において、提出の賛同者となっていた議員が、本会議において逆の結果を出した事によって、予測と反対となってしまったという結果になってしまいました。無論、議会の意思は本会議で決定するので、なんらかの事由によって、逆の態度を取らざるを得ない状況になったのかもしれませんが、少なくとも議会運営上は「どうなっているんだ?」という所です。

 昨年8月に新しい議長が誕生しました。現在の議長は議員経験としては3期目に入った所で、また、年齢としても議長就任年齢としても若い方だと思います。そして、就任時の挨拶としては『議会改革に取り組んでまいります』と発言されていましたが、現状として、前期より議会内の混乱は多くなっていると感じていますし、また、議長の采配に疑念を感じたのは、今回の定例会が始めてでは無く、自分にとっては2回目でした。

 最初に感じたのは、昨年11月末から起こった、また、連日、テレビでも取り上げられた新幹線問題の時でした。
 昨年12月19日、私は、議長に対し、「音声を使ったテレビ局に対して、抗議しないのか」と申し入れをしました。
 これは、新幹線の政治的決断が迫る中、嶋町長としても、ギリギリの判断をしなければならず、一方では連日、報道陣が押し寄せて来ていました。
 報道を含め、北海道としても注目されている中、町長の最終判断の場面は、本会議場ではなく、301会議室で、議員協議会の中で行われました。ちなみに、議員協議会は議長が主催するものです。
 余市町議会は、本会議では議事録。委員会では委員会記録が作成されて公開されています。ですが、議員協議会は議会内部の取り決め事項をすることもある事から、公開の対象とはしていません。
 新幹線問題の最終決定の日、平成23年12月16日でしたが、議員協議会が始まる前、町長が最終判断を発表する前に、私は議長に対して、「本日はどのような形で報道各社に公開するのか。公開に当たっての注意点は、どうなのか」と質問をしました。

 なぜ、この質問を議長にしたのか。ですが、定例会において、一部報道社に対し「いかがなものか」と感じていたからです。
 平成23年第4回定例会が始まった日、これは12月13日ですが、定例会初日からテレビカメラ1台を含め報道各社が傍聴に入って来ていました。
 自分の議席は一番後ろにあり、また、記者席にもっとも近い事もあるのですが、この時に取材に入っていた一人の新聞記者は、本会議場で居眠りをしていました。
 居眠りするのを、とやかく言う必要はありませんが、なんとイビキをかきだしました。自分としては、非常にウルサク感じていましたが、傍聴席とは壁があるので注意も出来ませんでした。ですが、タイミングを見て、「イヒギかいているから、寝るなら、外に出ろ」とメモを渡しました。
 そして、その日は一般質問が日程で、私が一番手で登壇しての質問でした。
 町長が答弁に立つと、その記者は本会議場の傍聴席内を移動しながらカメラのフラッシュを発光しながら、何度も写真を撮影し続け、それが終わる気配がありません。その行動は、自分としては気に障っており、再質問をする前に、議長に対して「取材の自由があるが、フラッシュ撮影をする必要があるのか。議長から注意願いたい」と発言して、議長から注意が発せられました。そんな経過があり、協議会が始まる前に、あえて議長に質問をしたのでした。

 議長は数点の注意点を読み上げ、その中に『テレビ放送する場合、画像は認めますが、音声は認めません』と発言して、結果、単独の録音機を持っていた報道人は、室外へと出された経過がありました。
 なお、本会議は『公開』がされる事が取り決められているので、この注意事項は該当しませんし、さらに、一連の新幹線問題は議案でない事から、議員協議会で開催されていた事により、報道陣が入って来た当初から、この注意は何度も繰り返されていたものでした。

 さて、その日の夜、報道各社のテレビを見てみました。どの時間帯でテレビに出るのか分からず、また、複数の番組を同時に見る事が出来ないので、インターネットの動画を確認しました。
 一社は町長の言葉と映像、音声をそのまま使って報道しており、もう1社は町長の言葉にアナウンサーの声を被せて使用していました。あとは確認した限りでは、映像は使っていましたが、音声は使っていませんでした。つまり、当日の注意を無視して音声を使ったテレビ局は2社あった事を確認しました。

 報道各社では一連の取材に対し、議員協議会での音声使用不可については『なぜなのか』と詰めよっていた事も見ていましたが、公開を前提としていない議員協議会で行われた事と、開始前にルールを確認したのにもかかわらず、それが守られなかったとするならば、議長は議会の責任者として明確に抗議をする必要と義務を有していると考えます。
 
 その背景があり、会派を経由して、また、最後は議長に直接、「音声を使用したテレビ局に対し抗議せよ」と詰め寄ったのが、昨年12月19日の定例会終了後でした。
 議長からはその場で『音声使用については確認と協議をして』との意見でしたが、議員協議会の公開をどうするのか。は問題のすり替えであって、議長の発言が無視された。という現実に対して、どう対処するのかが問題であって、問題が発生して、すぐに対処しなければならない問題です。
 あれから半年以上が経過しましたが、議長からは『抗議をした』という報告は、会派に対しても、また、個人的に無いと、私は認識しています。

 全ての問題が先送りにされ、また、議会内部の取り決めもなし崩し的に、その時の流れによって流される。とするならば、議会ルールも何もあったものではなく、必然的に議会は混乱するでしょうし、さらに、議会改革など出来ない話だと私は感じています。


議員の平均年齢
 年 議員定数 立候補者数 新人候補者数 新人当選数 選挙終了時平均年齢
11年 22名 25名     8名     5名  59.6歳
15年 22名 27名    10名      7名  57.3歳
19年 18名 21名     1名     1名  60.6歳
23年 18名 20名     3名     2名  62.0歳


 この表でも分かるとおり、新人候補者が多いときは、選挙戦も激烈になり、選挙結果としても、年齢の若い方が当選出来る傾向にあるようです。そして議員の平均年齢も下がる傾向にあります。
 ですが、19年と23年では、現役世代を引退した方が新人候補者であったために、議員の平均年齢も上がって来たといえます。

 余市町議会は、女性議員の比率は多い、特に平成15年の時は、22名中、5名が女性議員で、今も3名の女性議員がおり、他町村と比較して多い方といえますが、議会は、性別・年齢・職業も様々な方がいて、民意の平準化が図られると感じています。
 そして、今、言えることは、若い方が出馬をしなくなったといえます。よく『生活出来るように、議員報酬を上げなければ、若い人は出ない』という意見もありますが、確かに、それも一理あると思います。では、議員報酬がいくらであれば良いのでしょうか。そしてその金額にしたからと言っても、若い方が多数出馬するという保証はありません。

 議員の年齢と共に、言われることは『普段、議員が何をやっているのかが、わからない』ということです。
 選挙の都度、新しい方が当選し、また、現在はインターネットの世界である事から、議員活動の報告等についても、インターネットによる発信が増えており、昨年は統一地方選挙の年でしたので、余市町の議員では、私以外にインターネットで発信している議員はおりませんが、管内では初当選をした議員の方がインターネットで発信しており、以前よりは確実に増えています。
 インターネット議員に共通している事は、「活動をする事=発信する事」であり、結果として、出費も増えているようで、議員歳費だけでは賄えていないようですが、それぞれが、それぞれに考える信念に基づき、発信している議員が多いようです。
 どんな世界でもそうでしょうが、年齢が若い人がいなければ、活性化には繋がらないのかもしれませんが、では、年齢が高い方が、それをしないのか。ということも、当てはまらず、現役世代を引退されているような年齢の方でもインターネットで発信している新人議員もおります。
 ようは、年齢は関係なく、発信出来る議員は発信するでしょうし、発信出来ない議員は発信出来ない。という事だけであると私は考えています。
 インターネットは「発信する」という一つの手法であり、議員に求められる要素の一つである事には違いないのでしょうが、それが「絶対」とは言えません。
 ですが、そう遠くない時代には、そうなるのではないかと考えています。


私の一般質問
 平成24年第2回定例会において、私は次の一般質問を行いました。背景としては、一連の天文ショーで、多くの方がボランティアで参加をしてくれており、また、自分の予想を越える子供たちも集まっていた。という事によります。

余市町の天文教育について
 今年は天文ショーの当たり年ということで、5月21日の朝に太陽の金環日食、6月4月の夕方からは月食、そして、6月6日の朝から昼過ぎにかけては太陽の前を金星が通過するということがありました。
 最後の太陽の前を金星が通過の時は、当日、雲が多く観測できませんでしたが、一連の天文ショーにおいて、宇宙記念館前には各種の望遠鏡が設置され、多くの町民が足を運ばれ、天文ショーを楽しんでおりました。
 さて、余市町には水産博物館の屋上に、天体観測所が設置されております。これは昭和45年9月に北海道の補助金を含め、400万円で建設され、直径4メートル、高さ5メートルで面積16.51平方メートル、銀色に輝くドームの中には8センチ望遠鏡2基、6センチ望遠鏡2基が設置され、同年11月に完成しております。
 翌年の昭和46年3月には余市町天体観測所として開所され、15センチ望遠鏡も設置され、平成14年頃までは夜間観望会も開催されていたようです。
 さて、今回の一連の天文観測には、余市宇宙記念館が企画した観測会が行われ、金環日食の前の5月20日は宇宙記念館内で太陽メガネの作成から始まり、21日の金環日食当日は登校前の小学生を中心として、100人を越える住民の方が集まって来て、宇宙記念館で設置した望遠鏡を代わる代わるのぞき込み、さらに、記念館職員を中心に解説をしたりして、大変な盛り上がりを見せておりました。
 それに続く6月4日の月食でも、大型の望遠鏡を設置して観測。大人子供合わせ30人ほどの方が集まりっておりました。
 水産博物館屋上の天文観測所についてお聞き致します。
Q現在、この施設は使用不能と聞いておりますが、いつまで使用していたのか。また、使用が出来ない理由としては何なのか。
A昭和45年完成、翌年3月から使用開始。平成3年ころまで使用していが、設備や望遠鏡が老朽化によって、傷みが激しく、使用困難。
Q修理が可能なのか。この場合、修理金額は見積等を出した経過はあるのか。
A大型望遠鏡は設備と一体となっており、修理は見込めない。また、周りの環境が変化して、修理したとしても環境的に利用出来ない。
Q内部の備品を含め、どの課の管理となっているのか。
A教育委員会の社会教育課で管理をしている。
Q一部の備品等は他の部署で使用しているのか。
A現在の活動実績は無いが、昭和48年に設立された『余市町天文クラブ』が所有しているものが、宇宙記念館に貸出がされている。

 今回の天文観測についてお聞き致します。
Q町内の学校では、この関係の授業はどう行ったのか。
A小学校は3・4・6年生の理科の時間。中学校では3年の理科で授業を行った。一連の天文ショーは、それぞれの時間があったので、自由観測としたが、話題提供や観測時の注意を行い、観測グラスも貸し出した。
Q今回の一連の天文観測の企画は、どの課で行ったのか。
A商工観光課の宇宙記念館で行った。
Q宇宙少年団の人数と、日頃、どんな活動をしているのか。
A小学校6名、中学校2名。月に一度、水ロケットの作成等の自主活動をしている。
Q今回の企画で、宇宙記念館の職員以外で、子供たちに指導等をしていた方は、どんなポジションにある方だったのか。
A宇宙記念館ボランティアスタッフ、及び宇宙少年団の指導者の方々。
Q今後、この手の事業があった場合、どのように周知と、また、子供たちを含む町民に対して、どういった企画を考えているのか。
A今までと同様に、ポスター、チラシ、ホームページを利用して周知。月に一度程度の割合で天体・太陽観測会を宇宙記念館で実施。希望によっては各学校への出前講座も実施したい。


再質問 
 ※色々と発言しましたが、質問事項のみ
Q水産博物館屋上の天体観測所は使用される事は無い。と考えられ、『余市町天体観測所条例』『余市町天体観測所条例施行規則』の条例は廃止しないのか。
A廃止を前提に検討したい。
Q教育委員会で貸し出しした機材があるのであれば、所管等を移すべきではないか。
A貸し出したものは、固有クラブのものであり、教育委員会には貸し出せるものは無い。
Q町外の方がボランティアで指導に来ており、しっかりとした立場を与えるのが良いのではないか。正式に余市町から委嘱状を出しているのかどうかはわかりませんが、出していないのであれば、きちんとした立場を与えるべきではないか。
Aボランティアなので、報酬はありませんが、ボランティア保険等の加入は考えていきたい。

再々質問
Qボランティアスタッフの方から、『ここにある太陽望遠鏡は、非常に良いものである』と話しておられました。これらの機材を有効に利用して行くべきではないか。
A今年の予算査定時に、教育委員会から協力を求められ、今回に合わせ購入した。利用する事を前提に企画等を検討したい。

質問を終わって
 私も一連の天文ショーに参加をしました。特に、日食には、大人子供を問わず、宇宙記念館前に集まって来ていました。宇宙記念館の在り方、また、ボランティアの方の想い入れ等、改めて考えさせられる事が多かったです。


豊浜町防災避難訓練
 近年多発するゲリラ豪雨。余市町でも、平成22年7月29日に山間部を中心に大雨となり、ヌッチ川では水が堤防を越え、多くの田畑を含め地域の集会所も冠水。さらに梅川町では町河川が氾濫して、国道229号が通行止めとなりました。そして、その一週間後に、再び大雨となり、前回の被害復旧が出来ていない中での連続しての大雨という事もあって、さらに護岸が崩れる等の被害が発生しました。
 昨年9月には台風12号と秋雨前線の影響によって、余市町でも災害対策本部が設置され、住民生活に直接的に影響を及ぼす土砂災害の発生は無かったものの、住民としては、不安の中、空を見上げていました。

 50年・100年に一度という大雨も、頻繁に発生するようになり、これに対処出来る土木工事は、なかなか進まないのも現実です。工事的に対処が出来なければ、後は『逃げる』しかありません。
 では、どういう形で避難するのか。となれば、書類や机上計画では出来ていても、現実としては、難しい場合もあります。
 余市町としては、本年度の町政執行方針の中に、以下の文章があり、災害発生に対し対処する事を明記しておりました。

 ◎防災に関する施策
 近年、国内外において、地震や津波、大雨による河川の氾濫など、大規模な災害が相次いで発生しています。・・・・・
 こうした災害や事故による一連の事態を教訓として、従来の地域防災計画や原子力防災計画の大幅な見直しが必要となっており、本町においても、様々な災害の発生時に迅速かつ的確な対策を行うことができるよう、国や道、近隣自治体など、開係機関と密接な連携を図りながら、地域防災計画の見直し作業を進めていきます。
 また、町民が災害発生時に安全に避難することができるよう、分かりやすい情報の提供と防災意識の啓発に努めるとともに、これまで区会などを単位として行っている「災害図上訓練」のほか、防災関係機関との連携のもと、地域住民の参加による避難訓練を行うなど、災害に備えたまちづくりを進めます。


 さて、この執行方針に基づき、6月26日・火曜日の午前中をかけて、豊浜町の住民を対象として、また、実際に住民が参加しての避難訓練が行われました。
 豊浜が選ばれた理由としては、地理的に孤立するおそれがある。高齢世帯が大半をしめる。また、平成22年7月29日の大雨の時、降水量としては午前5時から午後7時までの間での降水量は162ミリ、午後1時には、1時間当たり32ミリの最大降雨を記録。これによって、地区内を走る湯内川が一気に増水、地区内を走る町道上の橋で地域が分断されそうになり、一部地域でも床上浸水となってしまった事がありました。これらの事例もあった事から、豊浜町が選ばれたと、私は推測しています。

今回の参加は、場所的には、余市町役場、沢町福祉センター、豊浜町区会、豊浜幸住学園で、同時進行で進みました。また、参加者としては、余市町役場の他、余市消防署、余市警察署、日赤奉仕団、幸住学園を含む豊浜住民となっておりました。
 
 想定では、『降り始めからの総雨量が100ミリを超え、1時間当たりで、32ミリ(実際に2年前に降った数値)を観測』という前提でスタートしました。
 以下、時系列で進行しました。

午前 8時00分 大雨によって役場担当課情報収集を開始
午前 9時20分 役場では役場3階に災害本部設置に向け準備
午前 9時35分 札幌管区気象台より『大雨洪水警報発令』
午前 9時39分 豊浜地区1時間当たりの降水量が32ミリに達する
午前 9時40分 余市町災害対策本部設置
午前 9時50分 パトロールに出ていた、消防・町パトロールから、
        『豊浜、湯内川の水位上昇、氾濫の危険大』の報告
午前 9時51分 担当課長より『豊浜地区の住民に対し、避難の必要性あり』
        との報告
午前 9時52分 本部長(町長)より『豊浜地区住民に対し生活改善センター
        への避難勧告(強制力あり)関係職員は、ただちに出動!』
午前 9時53分 後志総合振興局に状況報告
午前 9時53分 豊浜では、改善センターに役場職員到着後、
        すぐに避難所開設。
        避難者名簿作成。近隣住民も生活改善センターに集まり始める。
午前 9時53分 消防では、豊浜町内を広報車で避難の呼びかけ、また
        消防隊員は個別に玄関を叩いて住民の所在確認をして行く
午前10時10分 豊浜幸住学園と豊浜生活改善センターに集まった住民に対し
        沢町福祉センターへの避難勧告。
         沢町福祉センターでは、通報を受けた日赤奉仕団によって
        炊き出しが始まる。
午前10時13分 改善センターでは、避難人員の最終確認、また、移動用の
        町のマイクロバス到着後、すぐに乗り込み。
午前10時14分 余市町に対し、土砂災害警戒情報発令
午前10時15分 生活改善センターから出発したバスは下りながら、途中の
        住民も乗車させながら進み、消防隊員は、バスと併走して、
        住宅の個別確認。また、自力歩行出来ない方は、消防隊員が
        介助してバスに乗せる。
午前10時26分 国道に町のマイクロバス到着。すでに到着していた幸住学
        園のバスと共に、パトカーの先導の元、沢町福祉センターに
        向かう。
午前10時38分 計画より5分ほど早く、沢町福祉センターに到着。
         役場保健師により避難住民の血圧等を計測し健康チェック。
        オニギリ・飲み物が配布される。
         避難活動終了


 さて、実際に避難行動を伴う実践的訓練がされたのは、余市町では、約15年ぶりだったそうです。尚、豊浜地区には57世帯があり、今日の訓練でバス乗車をした住民の方は19名でした。
 この訓練に際し、私は個人的に豊浜町において見学してきました。
 実施された日は『土砂降り』の想定ですが、実際の天気は、晴天で気温も丁度良く、気持ちのイィ天気でした。ですが、本当に避難する必要があるとするならば、避難者数は今回の倍はいるでしょうし、当然、土砂降りであり、さらに、夜間であれば、雨もあって真っ暗闇ではないでしょうか。
 さらに、避難勧告が出るくらいならば、豊浜地区だけが単独で雨が降っている訳ではなく、全町で土砂降りでしょうから、役場には、全町からSOS情報が届いて、おそらく、処理出来ないだけ集中していると推測されます。
 今回の訓練では、消防署員が5名配置され、上手側から順次、下りながら全戸を確認、また、車椅子の方も隊員2名で担いでバスに乗せていました。
 役場職員は、避難所開設に時間通りに到着し、さらにマイクロバスも時間通りに到着しましたが、全町で土砂降りの中で、特定の地域に、消防隊員を含め、これだけの職員が配置出来るのか。という事も感じました。
 その中で、高齢化が顕著な豊浜地区で、どうやって住民を避難させるのか。また、逃げ遅れが無いように確認して行くのかは、まさに時間と人員の勝負であり、極論をすれば、ドアを破って、土足で上がり込んで確認。そして運び出していかなければ、とても間に合うものではないと感じました。

 今回、実践的訓練を体験した事によって、良かった点、悪かった点、そして改善点も見えたのではないかと推測しています。
 そして、願わくば、現実の出動が無い事を祈りたいものです。

                            ニュース53号完



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