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ひろかずニュース 平成21年7月2日UP
      ☆ニュース第41号発刊☆

 最近、お風呂のお客さんから、色々と声をかけられます

 『ニュース、無いの?』『ホームページの更新していないねぇ』とか、はたまた、浴場の脱衣に、壁新聞を掲載しているのですが、『これをコピーしてちょうだい』等々です。

 コピーとニュースの要望については「この記事も、次のニュースに入れてあるので、もう少し待ってね〜」と言っています。
 ホームページの更新も「最近、ネタ、ないんだよねぇ」と返事はしますが・・・・

 言って頂けるのは、大変、有り難いのですが、正直「そんなに出来ません!!」と言いたいです〜  

 6月だって、ホームページは10回更新していますが、3日に1回という事です〜

 ニュースの方だって、A4、7ミリ間隔で15ページ前後の分量が必要で・・・


 それは、毎日更新しているブロクもありますが、ブログだって、毎日更新している人は、そんなに多くないんじゃぁないですか?
 おまけに、こっちは、ブログではなく、それなりに"気を使って"作成しなければならないし・・・・

 「だれが手伝ってよ〜」とも言いたいですし、「まぁ、好きで勝手にやっているだけだからぁ〜」という考え方と・・・・

 どちらにしても、反応がある。という事は、有り難いものです(^^)



 さてさて、初夏の訪れとともに、各地の神社の祭りもありますが、各地の夏祭りも始まります。
 北後志のトップを切って行われるのが、余市町の『北海ソーラン祭り』です。

 見所は・・・・1000人が参加するオン・パレード。そして、花火大会は打ち上がる数量も近郊では一番多いと聞いた事があります。


 仕事柄もあって、議員になる前は、子供の頃を除いて、ソーラン祭りは、見に行った事も、また、区会としても参加していないのもあって、どうやっているのかは、まったく分かりませんでした。

 で、議員になって、ソーラン祭りを迎えた時に、正直に言えば・・・・・
 時期的にサクランボの収穫時期と観光シーズンとも重なる。始めての時は、浴衣から一式の用意で、3万円くらいかかる・・・等々・・・

 ・・・初当選をして始めてソーラン祭りを迎えた平成12年の時、当時の所属会派の町政クラブ会長であった島議員からは『町の産業祭りに議員が出なくて、どうするんだ!!』と強く言われて・・・・

 初めての参加で、まぁ、面白かった。というより、やりとげた。という実感の方が強かったです。
 それ以来、出来得る限り、参加するようにしているのですが・・・・

 ちなみに、参加しても、しなくても議員という立場上、色々と言われてしまいます。
 大別すると『議員のくせに格好つけて!』という意見と『議員なのに、なぜ出ない!』という意見ですが・・・・さて、みなさんは、どちらでしょうか?
 自分としては、「どっちに転んだって、言われるんだったら、やって言われた方がマシじぁん」と思っていますが・・・


 昔の事はよく分かりませんが、昔は、議会にも船(山車)があって、その山車を議員みんなで引っ張ってパレードしたようです。
 ですが、それがパレード中に事故を起こして、議会としての山車は中止になって、以後は、踊りに参加するようになったそうです。

 で、議員が参加するかどうかは、各自の自由であって、議員として参加するのであれば、やはり、まとまって参加しましょう。という事になり、議員会として有志を募り、参加するようになったそうです。

 ですが、『2〜3名では、やはり格好が付かないだろう』という事になっていて、一応の目安として、参加人員が10名を越える場合は、議員会として参加する。それに満たない場合は、各自が加盟している各種団体や区会で参加をする。という申し合わせになっています。

 では、その10名が集まるのか?といえば、最後に議員会として参加したのは、平成18年の年でした。
 平成19年の年は、選挙を控えて『そんな暇ない〜』か、どうかは分かりませんが、とにかく、10名は集まらず不参加でした。

 平成20年の時は、19年の選挙で、定数が22名から18名と削減された事もあって、分母が減ったので、当然、分子も減って不参加。という結論に達してしまいました。
 ですが、この時、自分としては、「観光協会で参加します〜」と申し出をしていたのですが・・・結果として、この年は雨で中止となってしまいました。

 さて、今年はというと・・・・・議員会としては、参加しない事となってしまいました。無論、自分を含め、参加を表明した議員もいたのですが、10名には届かなかった。という事です。

 不参加の理由ですか?さぁ、無会派の自分は話した事はありませんので、参加しない議員に直接、聞いて見て下さいね〜

 さて、自分はどうしょうかなぁ?・・・・どこかで参加するかどうかは・・・・当日のお楽しみ〜〜ということで・・・・・
 



ひろかずニュース第41号

ホームページアクセス15万件突破!!
 平成14年3月に、余市町議会議員としては、始めてホームページを開設し、以来、滞りなく更新を続けています。
 インターネットによるホームページの閲覧者数は、電話回線の高速化とパソコンの進化によって、確実に増加しています。
 私のホームページは、行政・議会関係の発信ページとしては、更新の質・量・速度とも上位に位置していると自負しておりますが、“お気に入り”に登録されておられる方も多いようで、アクセス(閲覧)数として、この度、15万件を突破しました。

    アクセス到達日
 開 設 平成14年 3月23日
 3万件 平成16年 6月18日
 5万件 平成17年 7月28日
 7万件 平成18年10月12日
10万件 平成19年11月28日
11万件 平成20年 3月27日
12万件 平成20年 7月17日
13万件 平成20年11月 6日
14万件 平成21年 2月19日
15万件 平成21年 6月21日


 10万件を越える当たりから、4ヶ月前後で1万件を越えるようになり、行政的に混乱や問題が発生するとアクセス数も増える傾向にあります。
 また、平成15年3月からは、ご意見等を直接書き込めるように掲示板も設置しました。
 掲載ページ数が増えた事、また、現在、私のホームページ上のあるファイル数は8000ファイルを越えており、これに対応するためにプロバイダー等の変更行いました。
 掲示板の方も、無料の掲示板から平成17年1月に自己管理出来るものに変更し、こちらの方の投稿数としても400件を越え、また、このページだけの閲覧数としも、3万4千件を越えています。

 掲示板の方の分析としては、閲覧者数としては、一日、30名程度となっていますが、書き込み回数のトップ3として 
   その程度余市町民さん  64回
   NO−天気さん     33回
   余市原住民さん     11回 となっています。


 ☆月間アクセス解析☆
分析対象期間 2008/01/01 〜 2009/06/30

総アクセス数    47762 
一 日 平 均      87.32 
平均アクセス間隔    16分29秒に1アクセス 
一意の訪問者     3713
再  訪  問   44049 
再 訪 問 率      92.23% 
再訪問までの平均間隔  12時間15分49秒 


月別アクセス状況
2008年01月 2581
2008年02月 2127
2008年03月 2718
2008年04月 2588
2008年05月 2301
2008年06月 2811
2008年07月 3482
2008年08月 2638
2008年09月 2562
2008年10月 2661
2008年11月 3178
2008年12月 3164
2009年01月 2525
2009年02月 2407
2009年03月 2589
2009年04月 2292
2009年05月 2521
2009年06月 2617


 
 分析結果をさらに詳細に見て行くと、3千回を越えてアクセスされている方もおりますし、また、常に、新しい方が覗いておられるようです。
 また、最近は携帯電話からのアクセスも増えているようですが、残念ながら携帯サイト用には編集しておりません。


 アダルト系を除いて、地域発信の内容だけのホームページとしても、アクセス数は多い方ではないかと推測しておりますが、地域の写真が多い事も上げられ、余市町出身者で都市部で暮らす方も見られているようです。
 特に、古い物が被写体となる場合は、その建物や施設に“想い出”も重なる方も多いようで、多くのご意見を頂きます。

 現在、余市町には18名の議員がおり、2/3はパソコンを所持していると推測していますが、ホームページの開設をして、議会情報を発信している議員は、余市町議会議員としては、未だに私一人だけとなっています。
 これに加え、紙面の広報紙に関しても、以前は数名が各自の広報紙を出していましたが、こちらも、定期間隔で発行している議員もまた、私だけとなっているようです。

 より積極的な『公開』が求められる時代となり、また、『住民参加』も叫ばれるようになりましたが、住民が参加するために、積極的に情報を発信して行かなければならないと感じています。

 掲示板の方には、特定の方と限定している訳ではありませんが、ご意見を頂く方が限定されているようですが、多くのご意見を頂くことによって問題点が浮き彫りになったり、また、今、何が求められているのか?という事がリアルタイムで解ります。
 当然、役場側でもチェックしているようですので、この事が町の活性化に繋がると信じています。どうぞ、多くの方のご意見、ご要望をお寄せ下さい。


宇宙記念館は再開出来るのか
 昨年末に営業中止をした余市宇宙記念館。タイミング的には町長の入院時期とも重なった事もあり、会社清算、また、再開に向けての協議がなかなか進まない状況の中で、今回、の定例会の中で、町長・副町長の減給案が提案され可決されました。

 宇宙記念館の建設経過等
平成 4年 9月 スペースシャトルに日本人初の搭乗者として、余市町出身
        者の毛利衛氏が搭乗。地球に帰還後、余市町を訪れた際、名
        誉町民となる。
平成 6年 4月 今回の偉業を称えて、仮称・毛利記念館構想が出される
     10月 余市町議会でも、仮称・毛利記念館建設事業調査特別委員
        会設置される。尚、現在の5期生以上の5議員が審議に参加
平成 7年 8月 町長選挙で阿部町長3期目当選
      9月 議員も改選となった事により、前期に続いて、仮称・毛利
        記念館建設事業調査特別委員会設置される。
平成 8年 3月 新年度予算において、建設着手の議決。尚、前年立候補し
        た3議員が審議に参加(現在の議員18名の中で、宇宙記念
        館建設審議にかかわった議員は8名です)
平成 9年 6月 余市宇宙記念館条例が提案される
     12月 余市宇宙記念館条例が原案の通り可決される
平成10年 4月 余市宇宙記念館オープン
平成10年12月 初決算で黒字となり、余市町に1800万円を寄付
平成11年 8月 町長選挙で大谷町長初当選
     12月 2期目決算で赤字決算となる。以後、赤字が続くようになる
平成13年    年間入館者10万人を割り込む
平成14年    決算では黒字となる
平成15年 3月 決算時期を年から年度に変更され、決算時期が変更される。
        この時、決算書類の一部が書き換えられた事が発覚、議会で
        は採決の結果、決算書は『認定せず』という結果に
平成15年 8月 町長選挙で上野町長初当選
平成17年 3月 決算では黒字となる
平成19年 8月 町長選挙で上野町長2期目当選
平成20年 3月 年間入館者5万人を割り込む
平成20年 7月 上野町長入院。宇宙記念館の経営危機がウワサされはじめる
     11月 町長退院
     12月 会社として解散の決定、解散公告
平成21年 3月 株主へ残余財産の分配。会社閉鎖登記
      4月 4月22日開催の産業建設常任委員会で今後の見通しの
        答弁として『7月には再オープンしたい』
      5月 ゴールデンウィーク期間中はトイレのみの臨時解放
        5月22日開催の第3回臨時会において、平成20年度補正
        予算の中に、宇宙記念館からの残余財産分配で、余市町分の
        財産繰り入れを議決
      6月 町長、副町長、宇宙記念館解散の責任により減給、及び
        余市宇宙記念館調査特別委員会の設置

 さて、宇宙記念館がオープンしてから、当初計画は無かったのですが、国の方針にのっとり、道内で49番目の『道の駅』として機能も果たすようになり、道内ドライブ観光の中継所的なものになっています。
 今、道の駅は各自治体が積極的に設置するようになり、現時点では100カ所以上と増えましたが、小樽市を含めた北後志内では余市町だけにあり、宇宙記念館が閉館している今も、訪れて『やっていないんだぁ』という声が寄せられていると聞こえて来ています。
 宇宙記念館が機能していない現状と観光客の動向については、具体的な資料が無いのですが、経済的に影響は少なくない。と感じています。

 さて、宇宙記念館の所管としては観光がメインとなる事から、産業建設常任委員会において、所管、審議されていました。
 閉館に至る経過、並びに一連の報告については、産業建設常任委員会において報告がされていましたが、本年4月24日開催の第20回委員会の中で、私の質疑に対して『6月の定例会において、関係条例を整備して、7月上旬を目処に再開したい』との答弁がされました。
 時期的にゴールデンウィークを控えていた事もあり、野外のトイレだけでは対応出来ないという事から、施設南側(旧売店の所)のトイレを臨時的に解放し、その上でアンケート等が取られ、ゴールデンウィーク終了後に、再開に向け、役場側でも水面下で協議をしていたようです。
ですが、相手側もある事から事が進まなかったようで、結果として、条例提案を含む、宇宙記念館再開の見通しは現時点では立たなくなっています。


町長・副町長の減給
 今回の定例会において、町長・副町長の減給案が提案され可決されました。
 提案理由としては以下の通りであり、提案理由の説明は上野町長自身が行いました。

 ただいま上程になりました「議案第5号 余市町特別職の職員の給料の減額に関する特別措置条例案」につきまして、提案理由のご説明を申し上げます。
 本町が出資した第三セクター、「株式会社余市宇宙記念館」につきましては、これまでも行政報告で申し上げておりますが、昨年12月18日の臨時株主総会で解散が決議され、清算手続が進められ、本年3月16日には「残余財産の分配」等が承認され、その後4月末をもって最終事務処理が終了したところであります。
 私は、このたび町民に多大な損害を与え、また、これまでも申し上げておりますが、第3セクターが解散に至った責任、さらに、指導監督しなければならない立場の行政執行者として、かかる事態になったその責任を十分認識しているところでございます。
町政に対する信頼を損なう結果となりましたことを、議会はじめ町民皆様に深くお詫び申しあげる次第であります。
 したがいまして、このたび、町政を執行する責任ある者として、私と副町長について、その責任を明らかにするため、今回、「議案第5号 余市町特別職の職員の給料の減額に関する特別措置条例案」をご提案申し上げた次第でございます。
 私は、余市宇宙記念館の再生に向けて、議会とも十分に協議をさせていただきたいと考えておりますので、議員各位の特段のご理解をお願い申し上げます。
 何とぞご了承、ご理解を賜りますようお願いを申し上げまして、提案理由とさせていただきます。


議第5号 余市町特別職の職員の給料の減額に関する特別措置条例案

余市町特別職の職員の給料の減額に関する特別措置条例を次のとおり制定する
         平成21年6月19日提出  余市町長 上野 盛

    余市町特別職の職員の給料の減額に関する特別措置条例
 (町長の給料の減額)
第1条 町長の給料月額については、平成21年7月分及び8月分に限り、余市町特別職の職員の給与及び旅費並びにその支給方法に関する条例(昭和34年余市町条例第21号。以下「特別職の職員の給与条例」という。)附則第8項に規定する額にかかわらず、同項に規定する順に100分の30を乗じて得た額を減じた額を支給する。
 (副町長の給料の減額)
第2条 副町長の給料月額については、平成21年7月分及び8月分に限り、特別職の職員の給与条例附則第8項に規定する額にかかわらず、同項に規定する額に100分の20を乗じて得た額を減じた額を支給する。

 附則
1この条例は、公布の日から施行する。
2この条例は、平成21年8月31日限り、その効力を失う。


 さて、提案の中身ですが、内容的には、町長30%、副町長20%の減給を7月・8月の2ケ月行う。という内容です。

 この提案に対して、本会議での質疑は無く、また、全会一致で可決となりましたが、私だけは退席をしました。

 この問題が発生した以降の議会答弁の中で、町長は『全責任は私にあります』と明言していましたが、不幸な事に病気入院中とも重なってしまい、有効な手立てが打てなかった事もあります。
 また、建設当時の熱意や景気動向も大きく変わった事もありますが、結果として第三セクターの株式会社宇宙記念館という単独施設としては、2年目からの赤字となった事は、見通しが甘かったといわざるを得ないです。
 ですが、その反面、10年間に渡り、雇用の確保や地域に与えた経済的影響は、それなりにものがあったと考えています。
 そして、今回の会社解散については、逆の見方をすれば、現時点では新たな財政出動は無く、仕切り直しが出来る。という側面もあるのではないでしょうか。
 
 退席の理由ですが、提案としては理解出来ますが、責任を取るのは早すぎる。と考えたからであって、あくまでも、再オープンとセットでなければ意味が無いと考えました。
 逆の見方をすれば、「なぜ、今の時期に自らに懲戒処分を課すのか。別な意図が働いたのではないか」という事も考えられます。
 どちらによせ、同じ案件で何度も処分されるものでもないと、私は考えています。


これからの議会での対応は?
 今回の定例会において、議会としては『余市宇宙記念館調査特別委員会』が設置されました。

     余市宇宙記念館調査特別委員会設置に関する決議
1.本議会に7人の委員をもって構成する余市宇宙記念館調査特別委員会を
  設置する。
2.本委員会は次の事項について調査する。
 @余市宇宙記念館事業の経過と今後のあり方について
3.本委員会は各常任委員会の所管に関係する事務について連絡調整を行う。
4.本委員会は、閉会中も調査を行うことができることとし、議会において
 調査終了を議決するまで継続存置する。


     特別委員会所属議員
委員長  新自治研究会 土屋美奈子議員(2期目)
副委員長 明 政 会  近藤徹哉議員(2期目)
     新自治研究会 吉田 豊議員(4期目)
     明 政 会  吉田広之丞議員(7期目)
     共 産 党  渡辺正治議員(9期目)
     清 新 会  辻井 潤議員(2期目)
     公 明 党  野崎奎一議員(2期目)



 特別委員会の編成については、この問題が表面化して、一部会派から『特別委員会で協議すべし』提案されていまたしたが、3月の定例会までの経過としては『所管の委員会で積極的に審議すべし』という結論となっていました。
 ですが、4月末時点の理事者側答弁とは大きく予定が狂い、早期再開に向けては、目処が立たない状況になった事、そして、議会的には、8月に任期の折り返しを迎えることとなり、委員会の再編がされる時期とも重なってしまいました。
 さらに、産業建設常任委員会で審議したとしても、再開に向けては予算的な面があり、予算は総務委員会の所管となってしまうことから、これらを総合的に判断した結果、特別委員会の編成となったものです。

 さて、余市町議会では、過去において、特定の目的だけの特別委員会が設置されていた事がありました。
 今期はありませんが、前期では、沢町小学校建設推進特別委員会、地域開発特別委員会等でしたが、主に、建設や事業進捗に合わせて、委員会が持たれていましたが、この委員会の目的は、『余市宇宙記念館事業の経過と今後のあり方について』となっています。
 私の経験の中では、平成12年の時に『汚泥等調査特別委員会』が編成され、事業の在り方や過去の検証に多くの時間が費やされたのが実態でした。
 今回の場合は、過去の検証も大切でしょうが、宇宙記念館という建物をどうやって活用し、道の駅の活性化と、余市町に対しどういった経済効果をもたらすのか。という事を重点に議論していかなければならないと考えます。
 また、北海道の観光シーズンとしては秋までの期間であって、当然、このシーズンに間に合わなければならないとも考えます。
 建物は使用しなければ、痛みも早くなり、また、イメージ的にもけっしてプラスにはなりません。
 どちらにせよ、英知を結集し、一日でも早いオープンをしていかなければならないと考えますし、委員長の采配が大いに試される委員会となる事だけは確かなようです。

 尚、今回の特別委員会において、私は会派に所属しない議員であった事もあり、さらに正規の打診も無かった事もあり、この特別委員会には所属しませんでした。


私の一般質問
 定例会の都度、議員側から質問テーマを決めることが出来る一般質問。他町村議会と比べたとき、余市町議会としては提出する議員は少なくないようですが、最近の傾向としては、徐々に減少する傾向にあります。
 今回の定例会では9名の議員が提出しましたが、1期・2期生の議員の提出が少ない傾向になっています。ちなみに、私は3期生議員ですが、他に、佐々木議員、白川議員の3名がおりますが、3期生は全員が、ほぼ毎回提出しています。
 

1.町有地の活用について
 国の方針転換によって、末端自治体の財政状況は非常に厳しいものとなり、どの自治体でも財政再建を目指すために、財政の確保のため、インターネットによる公売等も行われるようになり、過日、旧小学校の校舎と土地が高額で落札される等の報道がされました。
 財政再建を含めた部分もあるでしょうが、今後必要とされない、しないと考えられる公有地・公有施設の処分は今後も進めていかなければならない事項であると考えられます。
 余市町としても、旧豊丘小学校については、地元の福祉施設に売却され、地域としては、地域のシンボルが今後も残ることについては、安堵とさらには、今後も地域の中に息づいて新たなる歴史を刻む事となると推測されますが、町有財産の公売等は地域との合意があって、初めて成り立つ事項であるとも考えられ、以下質問致します。
 余市町としては、未使用で今後利用が見込まれない、教育財産を含む公有財産の公売や貸借については、現状ではどのような考え方を持っているのか。また、この場合、制限についてはどのように考えているのか。そして、どのように地域の合意を得て、公売・貸借を進めてゆく考えなのか。

答弁
 本町は財政再建に向けた取り組みとして、町有財産の売却等を行い、財政の確保に努めている。
 不動産の売却に当たっては、一概に言えないが必要に応じて、地域や団体等との調整を行い、迷惑を及ぼさないように配慮し、問題が無いと判断した場合に売却を行っている。
 今後においても同様に売り払いを進め、自主財源の確保に努めたい。


再質問
 現実問題となるとなかなか難しいと考えます。例えば、古い教員住宅を個人が居住する場合は、さほど問題は無いと考えられますが、これが商売をする。または、宗教法人等が入る。となれば、いささか、問題があると考えます。
 無論、町としては、それなりに調査をして判断をすると考えますが、公有地・公有財産の売却や賃貸によって、特に結果として、『なぜ?どうして?』という事が発生する場合もあります。
 特に、営業活動上においては、近隣や地域で競合する店舗等が無い場合は、問題は無いでしょうが、新たに出店される事によって、既存店舗が影響を受けるようであれば、当然、『余市町は、どうして、地元業者をつぶそうとするのか?』という声が上がるのは当然だと考えます。
 民間であれば、これは『やもうえない』という事になりますが、公有財産は、町に住んでいる者であれば、その何分の一か何百分の一かは、権利がある事になるのではないでしょうか。

再質問答弁
 地域に迷惑を掛けるような事は出来ない。将来も見極め、さまざまな角度で検討し、みんなが理解を得られるように行いたい。



2.人為的要素による捜索派遣条例の設置について
 余市町としては、防災に際しては、条例としては、余市町防災会議条例、余市町災害対策本部条例の二つがあり、それを基に、地域防災計画を策定し、組織、運用については明確化、対応する事になっていますが、あくまでも、自然災害に対する計画となっております。
 近年、レジャーの多様化、また、機械設備の発達によって、今までは、人が入り込まない、考えられない地域まで人が込むようになり、それに伴うように、人的要因での災害出動も多発する傾向にあります。
 幸いにして余市町としては、発生しておりませんが、隣町の町村では、冬期間における雪崩や海水浴の救助、また、これからの季節では山菜狩りのシーズンもあって、いつ発生してもおかしくない状況となっております。
 人命に勝るものは無い事も事実ですが、救助・捜索に関しては、多額の経費がかかる事も現実問題であり、事故が個人の利益追求や趣味の範疇としての結果とするならば、そして、それに多額の費用負担があるとするならば、財政が厳しい中で、結果として住民に対して負担を求めることは、理解が得られない事項ではないかと考え、以下、質問致します。
@人的行為によって、救助・操作の出動要請がある場合、何に基づいて出動するのか
Aこの場合、経費はだれが負担する事になるのか
B要因を作り出した側に対しての請求は、現状で出来るのか
C救助・捜索に関する条例整備については、どのように考えているのか

答弁
@平成14年8月、16年9月、17年10月、20年は4月・9月に、入山された方が行方不明となり、町に捜索要請があったが、この場合、警察より余市町への捜索協力の依頼であって、消防署とも連携し、緊急性を考え職員の本来業務に支障が無いように出動している。
A出動した経費については、これまでは関係者には請求していない。
B警察からの協力依頼として出動しており、請求を行う事の想定はしていない
C入山者が多い町村では、遭難事故防止の要綱を定め、事故防止の啓発や協力体勢について規定し、捜索にかかった人件費を実費相当額を徴収している町村もあるようだが、今後の発生状況等を見極めながら研究したい


再質問
 災害が発生した場合、人命が最優先される事は、よく理解しているつもりですが、発生原因として、自然災害が起因する場合においては、これは該当しない事は理解しているつもりです。
 ですが、入山の許可が無い山に入って、個人的趣味を楽しむ、また、利益を目的にした行為の過程の中での発生。という事であれば、これは、いかがかと考えています。
 特に、近年、近隣町村では、冬山での遭難事故については、明らかに無謀な計画の中で、結果として巻き込まれてしまう。という事になっていると思います。さらに、今は通年を通して、海岸で趣味を楽しむ方も多いようです。
 これらの場合、人命優先で捜索する事と、結果として経費負担がされる場合、かかわりの無い住民から見れば、当然、請求せよ。という声が上がるのではないでしょうか。
 条例を整備して、その上で要綱等を作成した上で、減免要綱も作れば、問題はないと考え先ほどの答弁の中では『研究』との事だしてが、積極的な答弁をお願いしたいと思います。

再質問答弁
 後志管内の町村でも3年くらい前からあるようで、出動回数が多くなれば、町としても考えていかなければならない。
 人命優先を最優先に、依頼があれば、まずは捜索を実施する。
 水難救助会があって、今までは無いが、要請する事で経費が発生するならば、一定の対応を検討していかなければならない。
 余市町も要綱等の検討をしたい

※この一般質問は、6月17日の北海道新聞朝刊、後志版に掲載されました


3.公の業務についての在り方について
 余市町としては、公的仕事に対しては、ゴミ収集に代表されるように、公社・並びに専門の組合によって、収集業務が実施されています。
 一方、下水道管理業務の入札に際しては、この度の入札によって、今までの管理業務業者が交替することになったと聞き及んでおり、一方では公金の節約がされる事は、大変喜ばしい事ですが、もう一方では、長年、その業務に携わっていた者が職を失う結果となってしまったと聞き及んでおります。
 業務内容的に公的な仕事については、業務依頼先の方式も、事務組合方式、第三セクター、組合方式、そして、競争入札方式と多様であって、契約方法も、様々な仕方があり、それらの手法が常に議論の対象となっております。
 さらに、今後の事業展開を含めた場合、特に、屎尿・下水関係についは一部老朽化も著しい事から、いつかの時点で、再編をしなければならない時がそう遠くない将来において、やって来ると考えております。
 契約過程・契約方法も含めて、また、経費削減をした上で、将来における雇用の確保という問題を含めた場合、今までも違う、新しい考え方、手法が必要ではないかと考えます。 余市町としては、この点をどうとらえ、どのように考えているのかをお聞き致します。


答弁
 契約に関する事務取扱については、余市町建設工事請負等の契約に関する基本方針を定め、この中で出来るだけ町内業者に選定する事を定めており、町内業者で実施出来るものについては、競争が働く事を前提としている。
 屎尿処理施設や下水道処理施設は施設の老朽化も進んで降り、経費削減を十分検討して行きたい。


再質問
 ゴミや屎尿に関する事項は、業務的には必ず必要であって、また、運搬車両等にもそれなりの金額も必要であって、常に批判の対象とされているのが現状だと私は考えています。 将来的に全ての業務を統括する新しい組織、これは組合方式になるのかどうか別として、将来を見越した上で、新しい組織の立ち上げによって、一括して行う。という手法が、好ましいのではないか。と考えますが、再度、町長の考えをお聞き致します。

再質問答弁
 屎尿や下水道の一本化の検討の考え方は持っているが、他町村との関係もあるので、考え方は示している。



シリパヒュッテが解体されました
 昭和42年に使用が開始された、余市のシンボル山である、シリパ国民スキー場のヒュッテが本年6月15日に解体されました。
 シリパスキー場については、竹鶴ジャンプ台と共に、余市町のスキーを支えて来た場所ですが、平成に入り、徐々に利用されなくなり、私も過去の議会の中で、「年間ヒュッテの利用料金収入が何千円台で100万台の管理費はいかがなものか」と発言した記憶があります。

 ヒュッテの利用が無くなった事はスキー場が使用されなくなった。という事でもあり、利用されなくなった背景としては、
・子どもの総数が減った事によりスキーをする子どもたちが減少した。
・スキー場入口からゲレンデまでは、夏場でも車1台がやっと通れる幅の道路しかない。また、約500メートルの距離とかなりの高低差があるが冬期間は徒歩でしか移動手段が無い。
・リフトも無く、また、ゲレンデの傾斜がきつい。
・近隣にリフト付きのスキー場が出来た。
                 等々が上げられると考えます。

 
  
 解体直前のシリパヒュッテ。個人撮影のものをお借りして掲載しました

 さて、このヒュッテの建設に至る経過としては、
昭和35年    シリパ国設スキー場オープン
昭和40年 7月 竹鶴政孝氏、第1回名誉町民となり、個人の寄付により建設基金創設
昭和41年10月 ヒュッテ建設申請
昭和42年12月 ヒュッテ利用開始  
昭和50年 3月 このシーズンのスキー場利用者、1万人突破
平成 9年 3月 このシーズンのスキー場利用者、千人を切る
平成14年 3月 このシーズンのスキー場利用者、500人を切る
平成16年 3月 このシーズンのスキー場利用者、100人を切る
         ヒュッテ利用料金収入『0円』となる
平成17年 3月 スキー場閉鎖


 このシリパスキー場は、近隣の小学校から高校まで、スキー授業に使われていた事もあり、余市町の住民なら、一度は訪れた事があるスキー場だと推測しています。
 私自身がこの場所でスキーをした記憶は、高校時代の体育授業であって、その後、訪れたのは平成16年2月の町民スキー大会であり、実質的には、このスキー大会の時にしか使われなくなっていたようです。
 さらに、住み込みで管理されていた方も高齢のため、交替されたことにより、実質的に利用者の把握は困難の状況になっていたようですが、近隣の学生がスノーボードの練習場として使っていたようです。
 

 建設当時を含め、昔は、大変な賑わいがあったようです。今回の解体に当たり、色々と調べてみました。

 余市町立シリパ国民スキー場ヒユツテ建設許可申請理由書
 昭和35年以降余市町民の体位体力の向上と冬季スポーツの場としてニセコ・積丹・小樽海岸国定公園特別地域国有林野余市産業区276林班内にシリパ山国民スキー場として広く町民に利用されておりますが、近年特にその利用率が激増して参りましたが休憩所並びに給水施設が無いため町民の利用に支障をきたしている現状にありますので、本スキー場を町民の憩いの場としての機能を十分に発揮させるために昭和42年度にヒュッテの建設事業を取り上げ工事費350万円の予算を計上して広く町民の体位体力の向上と冬季スポーツの振興を図る目的のため下記によりヒュッテを建設することになりましたので、本ヒュッテの建設を許可下さいますよう申請するものであります。
              記
1.ヒュッテ建設者
      北海道余市郡余市町 余市町長 海野幸雄
2.ヒュッテ建設面積
    地階94.77u(28.43坪)
    1階94.77u(28.43坪)
    2階72.90u(21.87坪)
    計262.44u(78.73坪)
3.工期 許可の日から約二カ月
4.工事費    ヒュッテ建設工事費 3,300,000円
         給水工事費       200,000円
                 計 3,350,000円
5.敷地使用面積        0,0287ha




また、昭和43年2月の広報には、写真入りで以下の記事が掲載されていました。

 本年1月から開設された国民スキー場ヒュッテは、連日スキーを楽しむ人々で賑わっています。このヒュッテは、ニッカウヰスキー株式会社の竹鶴社長が、第1回余市町名誉町民に推載された際本町の体育施設に寄付されました基金と町費をもって建てたものですが、スキーを楽しむ場合には、これまで疲れた身体をやすめる場所がなかっただけに、一階二階とも暖房の完備や売店施設のあるこのヒュッテはスキーを楽しむ人々から大変よろこばれています。
 使用料は、一日こども10円(町内外小中学生)、大人20円で、使用券はヒュッテ内の管理室で発売しておりますのでこの冬のスキーは、ぜひ、ご家族連れで国民スキー場へおいでください。


 この本文の中にあるように、竹鶴氏が寄付し、これを基金としてヒュッテが建設されました。寄付された金額は300万円だったそうで、あと不足分の50万円を町費で補った。という事になります。ちなみに、昭和40年代の初頭では、新卒者の月給が1万円〜2万円の時代であった事から、現在の金額に換算すれば3000万円を越える金額であったと推測されます。
 尚、ヒュッテの利用料金は、オープン当時から一度も見直がされずに、最後まで大人20円でした。

 平成17年にスキー場としての利用が中止され、国に返される事となりますが、この場合、現状復帰が求められます。
 余市町教育委員会としても、スキー場閉鎖後に、ヒュッテ撤去の計画をしておりましたが、本年度、予算が付いた事から解体されました。

 青少年会館に続き、昭和の歴史が、また一つ、消えたことになりました。
昭和43年1月 町広報No183 のページを掲載しました。シリパだけでなく、うーん、想いで深い建物の写真もあり、こっちの方が興味を引きますねぇ・・・


                      ニュース第41号完