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平成15年6月23日UP
    ☆ひろかずニュース第17号☆

ニュース17号発行によせて

 定例会も終わり、実質選挙戦に突入しました。
 町長選は現時点で3名の候補予定者が名乗りを上げています。
 議員の方は、引退される方をも数名おられるようで、また、新人も多数名乗りを上げており、一時は無投票か?とも思われましたが、定数を越える立候補がある見込で選挙は確実です。

 さて、私は、議員就任以来、ひろかずニュースを発行し続け、今回で17号目となりました。
 ニュース発行は1期目としては公約にした訳ではありませんでしたが、自らにそれを貸し、また、ニュースを配布して歩くことによって、自然に町を見て回る事が出来、そして、それによって、住民の方々からご意見を頂いてまいりました。
 この活動が、どれくらい町のためになったのかは分かりませんし、また、このニュースもすぐにゴミ箱行きになっていたかもしれません。しかしながら、余市の議会に、そして、行政に、また、良かったのは悪かったのか別として、今までと違った意味の風を吹き込む事が出来たのではないかと思っております。

 私の4年間の活動については、総じて「頑張っているね」という事を言われますが、選挙はやってみなければ分かりませんし、また、出る杭はうたれますが、出過ぎた杭は抜かれるとも言われます。

 選挙を控え、色々な面で忙しいのですが、後援会活動と本来の政治活動は別であると考えて、ニュースもいつも通りに発行致しました。
 
 どちらにせよ、一つの区切りであり、また、今回のニュースが最後の発行になるかもしれません。ありがとうございました。

 
後志タイムスの廃刊
 町内並びに北後志管内の政治的ニュースを伝える後志タイムス。この廃刊を伝える案内が5月31日に郵送されて来ました。

 後志タイムス廃刊のお知らせについて
 陽春のみぎり、貴職には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
 さて、後志タイムス社は北後志を中心とする政治・経済・社会の動向を鋭く捉え、地方紙としての役割を果たすべく昭和58年5月15日に創刊し、昭和63年8月19日第三種郵便物の認可を受け、旬刊紙として477号にわたる発行を重ねて参りました。
 創刊以来、今日まであらゆる角度から問題点をご指摘したり、お叱りを覚悟でご提言をさせて頂いた後志タイムスを、ご愛顧、ご愛読賜り衷心より厚くお礼申し上げる次第でございます。
 この度、私儀、病を得まして一日も早く復帰をと、入院加療を続けて参りましたが、新聞の発行を続ける体力の回復が得られないことから、断腸の思いではありますが、後志タイムスを廃刊致すことに相成りました。
 創刊から今日まで、ご購読者の方々には並々ならぬお世話になり、心から深く感謝申し上げる次第でございます。
 本来ならば、一々拝眉の上、今日までのお礼を申し上げなければならないところではありますが、甚だ勝手ながら事情ご賢察頂きご容敵の程お願い申し上げます。
 創刊以来、2l年間の長きに亘り後志タイムスをご愛顧、ご愛読たまわりまして重ねて厚くお礼申し上げ、廃刊の御挨拶に換えさせて頂きます。
                 後志タイムス社社主 伊藤勝美  (※一部省略)


 さて、余市町から見た場合、後志タイムスの位置付けはどうだったのかといえば“報道”という扱いをしていたのではないかと思います。
 本会議を開催する場合、各議員には事前に議案書が配付されますが、報道各社にも議員に配布される議案書と同じものが用意されています。
 さらに、本会議開催の傍聴に入る場合、議会事務局で住所氏名を記入し“傍聴券”をもらい議場に入室するのですが、報道の場合、これが省かれ、さらに傍聴席には報道専用のイスと机が用意されていて、ここでノートを広げる事が出来ます。
 後志タイムスの場合にも、議案書が用意されており、また、社主も記者席に座っていた事から“公”なのか“慣例”なのかは分かりませんが報道としての扱いをされていたようですし、さらに、第三種郵便物の認可を受けていたという事もあります。
 さて、実は私は後志タイムスの廃刊については、案内状が送られてくる2週間ほど前に、知っていました。だれから話を聞いたのか?といえば、当事者である伊藤勝美氏本人からでした。
 5月18日に伊藤勝美氏本人から電話があり、
 『吉田議員、話があるので、一度、来ないか?』
 『こっちには何も話しは無いですよ。用件はなんですか?』
 『実は、病気も重くなり、後志タイムスを廃刊しようと思うが、吉田議員のニュースも読ましてもらっている。今の議員で出来るのは、吉田議員しかいない。後志タイムスをやらないか?』
 『そうですか。そういう用件ならば、後日、伺います。』

 私の所持している資料では、伊藤勝美氏は昭和46年の議員選挙で当選をしており、現在の野呂議長が初当選した時であって、以後、当落を繰り返し、平成3年の当選が最後の当選となっているようです。
 伊藤勝美氏とは個人的にも、私が議員就任以前はまったく付き合いは無かったのですが、議員当選以来、不思議な縁を持つようになりました。
 伊藤勝美氏側から始めてアクションがあったのは、平成11年8月からで、当選してすぐに後志タイムスが申し込みもしていないのに郵送されて来ました。(この辺が伊藤氏らしい)
 そして、8月24日、改選後の臨時会の朝、議長選挙における、圧力とも思える電話が入って来て、初めて本人と直接話をしました。
 その後、その年の10月25日農業委員会が終了後に、委員全員が帰った後、役場3階で大激論を交わし、翌年の平成12年8月30日の後志タイムス416号に突如としてバッシングをされました。
 これに対し、私も自らのニュース6号(12年9月)で指摘された総ての事項に対し、明確に反論をしましたが、後にも先にも共産党以外で、後志タイムスに公式に反論をしたのは私だけのようでした。
 その後は、役場に来庁して来た時に、私のニュースを手渡しし、また、喧嘩腰では無く話しもするようになっていましたが、それ以上の付き合いはありませんでした。
 次に伊藤勝美氏から電話があったのは、平成14年3月2日であり、『会派の退会届けを出したというウワサを聞いたが・・・』との電話取材があり、「受理はされていないが、出すことは出した』と一番早く取材を申し込んで来ました。

 後志タイムスの記事の正確さという事項については、起因される事項が必ずあり、また、片方のみだけを取材し、自らの主観を入れ過ぎて、ネジ曲がった論調は多分にあったようです。しかし起因された事項がある事から100%ウソは無く、ある記事では100%に近い正確さも持ち合わせていた事は事実であり、良いか悪いかは別として情報源の一つでもあった事は事実でした。
 そんな過去があり、また、伊藤勝美氏から『やらないか』という話しをもらうとは思ってもいませんでしたので、ある面では非常に嬉しく思ったのも事実で、数人の方に相談もしてみました。
 結論としては“お断り”をする事になり、過日、伊藤氏宅を訪ね、正式に断って来ましたが、裏社会の情報が集まっている場所である事は事実のようでした。
 昔の議員は、強い個性を持っていた。と聞きますが、伊藤勝美氏という元町議会議員は、極めて強烈な個性を持っておられた事は事実であり、また、自らの主張が正しいのか間違っているのか。世間一般に通る理論なのかどうかは別として、自らの主張を強烈に押し通したという事は、間違いのない事実であったと思い、さらに、今の議員の中には存在しないタイプの議員であったと感じています。
 伊藤勝美氏と別れる時、自分の方から「伊藤さん、もっと、伊藤さんがもっと元気な時に出会いたかったね。また来るよ」と握手をして別れました。
 後志タイムスが廃刊となってホッとしている方もいるのではないでしょうか。


平成11年選挙結果
 今年は統一地方選挙の年で、大方の自治体では4月に選挙が行われましたが、なぜ、余市町は4月選挙ではなく、8月選挙なのか?という事を考えた事がありますか。
 現在、余市町議会で一番議員歴が長い議員は、野呂議長で、議員在職30年表彰を受けておられ現在8期目ですが、渡辺正治副議長も野呂議長も同期当選組です。
 渡辺副議長は、昭和58年の20年前の道議選に立候補をした事と、同年8月の選挙では議員ではなく町長に立候補した関係で、現在7期目で、安宅議員も7期目です。
 そして、今回の余市町の選挙は8月5日告示で、10日が投票日ですが、隣町の仁木町の議員選挙は余市より1週間早く8月3日が投票日の予定です。
 さて、なぜ仁木町の議員選挙と一週間ずれているのか?ですが、当選歴の古い議員に聞いてみました。
 先輩議員いわく、『俺が初当選をした時には、すでに8月選挙だった。おそらく、昭和30年台の昭和の合併の時に、余市と仁木とが合併するとかしないとかの話になって、選挙が先送りにされた。(この時の議員は4年以上の任期をしたのではないか?)結果としては、合併をしない事となり、8月に選挙となったのではないか?』との事でした。

 今、町村合併の話が進んでいますが、町村合併をした場合、当然、選挙もやり直しという事になるでしょうが、人口の多い地区から出馬する者が絶対に有利になります。そして、それが総ての民意を反映出来るのか。といえば、非常に難しい問題です。
 憲法第15条には『公務員は全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない』とあり、議員は選挙という直接的な行為によって選ばれる以上、これは当然であり、一部では無く常に全体の立場に立たなければなりません。
 しかしながら、実際の議員活動や採決の面においてこれが総て出来るのか。といった場合、今日、極めて難しいのもがあります。
 提案された議案は最終的に議会で採決されますが、採決に際しては議員はいくつかの側面から判断をしていかなければなりません。
 一つは全体的という側面。もう一つは限定された範囲(地域や支持層)という側面。さらには、提案における背景等があります。
 仮に、町内に最終処分場や特殊事業の建設が持ち上がった時、どう判断するのか。総論としては“賛成”ですが各論になると“反対”であり、さらに議員の所には、ウワサを含め、かなりの事前情報が入って来ますので、その過程の中で、ワイロ等の授受があるとされるならば、どうするのでしょうか。
 全体の福祉になるので、地域や個人の福祉は無視して良い。とは絶対にならないでしょうし、最終的には、声の無い所や弱い地域に押し付ける。という結末になるのではないでしょうか。
 町村合併をする事により、事業をされている方は商圏の拡大等、事業の拡大が出来る事、また、ある面では効率化も出来るでしょう。ですが、単に多数決の論理だけで、地域全体が良くなるとは思えませんし、また、議員が地域全体の代表をするというのであれば、仮に北後志全域となれば、それこそ、物理的に町村議員の行動範囲を越えてしまうのではないでしようか。
 どちらにせよ、選挙によって選ばれた者が行政を司る以上、次回の選挙においては、棄権すること無く、さらに、以外と無効票が多いので、無効にならないようにお願いしたいと思っています。


§平成11年選挙結果§
当日有権者数19,315人 投票者15,376人 
投票率79.61%

余市町長選開票結果  (年齢は当時)
当選 大谷   覚(58)  5428
次点 上野   盛(60) 5391
    近藤 徹哉(60)  2281
    辻井   潤(52)  1817
    前鼻 一男(78)   155
      無効票      304

余市町議会議員順位当選者
 1位 野呂  栄  (66) 1095
 2位 吉田広之丞 (65) 1002
 3位 白川栄美子 (44)  894
 4位 吉田  浩一 (37)  857
 5位 佐藤    敏 (65)  849
 6位 渡辺  秀郎 (72)   775
 7位 安宅  俊威 (61)  720
 8位 吉田   豊 (54)   672
 9位 佐藤  一夫 (58)   658
10位 渡辺  正治 (61)   651
11位 岩戸てる子  (48    628
12位 松原  友香 (59)   624
13位 川原木五郎 (69)   624
14位 納谷  準一 (59)    619
15位 熊倉  義城 (69)   612
16位 佐々木正江 (55)   577
17位 島   鉄雄 (72)   548
18位 中根   力 (69)   479
19位 中谷  栄利 (41)   455
20位 掘  幸次郎 (66)   405
21位 佐藤   博 (56)   372
22位 藤井  良一 (65)   344
次点  斎藤  宗利 (63)   321
    小林  悦子 (57)   223
     関   安雄 (62)    93
    無効票          279


§平成7年選挙結果§
当日有権者数19,324人 投票者16,317人 
投票率84.44%

余市町長選開票結果  
当選 阿部 省吾  5907
次点 松平 武敏 5445
    大谷   覚 4431
    前鼻 一男   279
    無効票     251


余市町議会議員順位当選者
 1位 野呂  栄   1155
 2位 吉田広之丞   923
 3位 樋口 義信   861
 4位 川原木五郎   815
 5位 吉田  豊     797
 6位 佐藤  敏     778
 7位 安宅 俊威   765
 8位 熊倉 義城    742
 9位 西崎 量一   741
10位 渡辺 秀郎   719
11位 渡辺 正治   668
12位 納谷 準一   660
13位 安達 尚男   653
14位 辻井  潤    649
15位 葛西 庸三   610
16位 三上  孝    601
17位 藤田 賢一   600
18位 島  鉄雄    581
19位 佐藤 一夫    560
20位 松原 友香   498
21位 中根  力    447
22位 堀幸 次郎   390
 次点 佐藤  博   291
     伊藤 勝美   282
     藤井 良一   265


選挙に立候補するまで

立候補までの事務的手続き
 選挙に立候補するのは、告示日に立候補届けを出すのですが、その前に事務的手続きが必要です。
 どの選挙でも事前の手続きは同じで、まず支庁に政治団体の届けが必要です。
 名称・代表者・会計責任者・さらには規約が必要で、通常は◎◎◎後援会とし、代表者は候補者本人でもOKです。
 この支庁への届けが終了した後に、町の選挙管理委員会(以下・選管)に、支庁への届け出書のコピーを提出します。
 選挙前になると、町内のあちらこちらに名前の立て看板が上がりますが、この看板は、許可証が付けてあり、付いていないものは違反です。
 この許可証は町選管から交付され、候補者本人が4枚、後援会として4枚と枚数が決まっていますし看板の大きさも決まっていますが、支庁への届けがなければ交付されません。
 立候補を決めてからの活動は、後援会活動となりますが、最優先で決めなければならない事は、届け出の名前をどうするか?という事です。
 看板の大きさは、名前の立て看板、並びに選挙カーに付ける看板の大きさも決まっているので、字数が少ない方が一文字を大きく書くことが出来ますが、読みちがえる場合がある場合は、平仮名にしたりします。
 私の場合、名前の読み方は“ひろかず”ですが、漢字では“浩一”で、一般的には“こういち”と読まれます。
 実際の投票において“吉田ヒロカズ”“吉田浩一”は有効ですが“よしだこういち”では無効になってしまいます。
 どのようにするかは本人の自由ですが、総て統一した方が良く、さらに有権者に誤解を招かないようにする必要があります。
 なぜ、早めに決めないとならないのか?といえば看板等の発注には時間かかり、また以外と気が付かない事ですが、候補者が掛けるタスキは、候補者自身が用意しなければなりません。
 看板屋さんは町内にもありますが、タスキは通常売っているものではないので、発注から納品まで2週間以上という時間がかかってしまいます。
 さて、選挙の1ケ月程前には、役場で立候補の説明会が開催され、選挙戦における注意等の説明がなされます。質疑応答もあり、自分の経験上では選挙違反の事例の質問が多いです。また、この日に立候補用の書類も渡されます。
 立候補当日は、定められた書類に記入し、届けを出すのですが、多数の候補者が集まり、また、けっこう書類のミスが多いために、事前審査を受け、訂正する箇所は訂正します。
 また、事前審査の時に掲示板に張るポスターも提出しなければならず、この時までポスターも作っておかなければなりません。
 ポスターの枚数ですが、外に掲示出来るのは、町で立てた掲示板以外には貼ることが出来ません。余市町の場合、掲示板は119箇所あり、119枚のポスターが必要という事になりますが、印刷する枚数にも上限があり、最大でも500枚という事になっています。尚、町長・議員も枚数は同じです。
 また、選挙が始まると、選挙管理委員会が発行する選挙公報が配られますが、この広報用の原稿や写真もこの頃までに用意しておかなければなりません。
 次に、告示の一週間ほど前には、選挙カーの点検が行われます。看板の大きさが計られ、また、改造車となのるので、車体の寸法等を計測しなければなりません。この時点で、違反項目があれば、再度、改装しなければならなくなります。
 つまり、選挙カーは、車両点検の前までに作っておかなければならない事になりますが、選挙告示日までは看板等が見えないようにしておかなければならず、通常の場合は、紙や布で覆い隠しておきます。

選挙告示日
 選挙告示日は、8時前に届け出場所(通常は役場3階)に来た人は、くじ引きをして、受付される順番を決めます。8時以降に来た人は先着順という事で、順番で届け出書類の審査と受付が行われます。
 くじ引きをして、自分の番号が決まれば、支持者等に番号を伝え、掲示板の番号の所に自分のポスターを張りますが、書類受付が終わらなければ、選挙カーを動かすことは出来ません。
 余市町の場合、町長も同日選挙という事で、まず町長の方が先に事務処理がされ、その後、議員となりますが、町長候補も入れれば、30人前後の候補者が集まりますので、最初と最後の候補者は、2時間近くの時間差が出来てしまう事になります。
 立候補の届けは、候補者本人でも、また、代理の者でも、どちらでも構いませんが、代理者の場合は、委任状等の書類も出すために、書類を多く書かなければなりません。
 また、届け出の日は、届け出書と一緒に、選挙カーも役場まで出向かなければなりません。そして、この時点では、まだ選挙カーに覆いをしていなければなりません。
 届け出が終了した時点で、俗に言う、選挙の七つ道具が渡され、次に、選挙カーの再度の点検が行われます。事前審査をしているのですが、審査後に、再度の改造がされていないかをチェックされますが、この時に、始めて選挙カーの覆いを外すことが出来、総て終了した後に、役場の駐車場から出た時点から、スピーカーから声を出す事が許されます。

 選挙に立候補の場合『供託金を支払う』という行為がありますが、正確には“一時預け”という事で、この供託金は町長のみで、議員の方にはありません。
 町長選の供託金は乱立を押さえる。という意味があり、金額は50万円で、小樽の法務局に収め、その預かり証を立候補届けと一緒に提出します。つまりこの預かり証が無ければ町長選には立候補出来ない事になります。
 この供託金は“一時預け”という事で、総得票数の十分の一が得票出来れば、戻されますが、得票出来なければ没収される事になります。

 この他、以外に知られていないのは、選挙依頼のハガキで選挙期間中に投票依頼をするハガキを出すことが出来ます。
 無論、枚数制限があり、議員で800枚。町長で2500枚を出すことが出来ますが、郵送費は公費から出されますが、通常のハガキではなく、選挙専用ハガキのみとなっており、印刷費は各自負担で、投函は枚数の確認をするために、郵便局本局の窓口のみで受け付けられます。

選挙費用と選挙後
 さて、選挙にはいくらお金が使えるのか?ですが、今回の選挙の日は、8月5日告示、8月10日投票日で、選挙運動が出来る日数は5日間ですが、この5日間で使える金額の上限も決まっています。
 算出方法は、単価×有権者数×率で出されるために、有権者数によって、多少の増減がありますが、大まかな数値で、町長は330万円。議員は180万円。という事になっています。
 この180万円に含める事が出来るのは、選挙カーの看板、広報運動員(ウグイス嬢・運転手)に対価を支払う場合の人件費。掲示板用のポスター代金。食料費等がありますが、人員数や対価の上限等が総て決まっていて、また、事前に届け出を出した者に対してのみ、対価を支払うことが出来ます。
 そして選挙が終了して、3ケ月以内に、選挙費用の届けを、後志支庁の方に提出しなければなりません。この支庁への届け出は、当選しても落選しても行わなければなりません。

年末と年度末
 選挙に立候補する場合、支庁に対し政治団体の届け出が必要ですが、政治団体の収支決算日は1月1日より12月31日までと決まっており、この届けを3月末までに、収支決算書として支庁に届けなければなりません。
 政治団体の届け出をした以上、収支が“0”でも“0”円として届けが必要で、2年連続して届けが無い場合、見なし解散と見なされ、再度、立候補する場合は、最初から、規約等の届けが必要となります。
 選挙前に、良く、後援会のチラシを配りますが、このチラシ代金は後援会活動費に含まれ、選挙後の届けには記載の必要がありませんが、年度末には届けが必要で、さらに、後援会として人件費等がかかった場合も、人件費として届けが必要です。

 選挙の5日間の期間内での規制はかなり厳しいものであり、また、これに反すると選挙違反となり、場合によっては逮捕されますが、後援会活動費の方は、その幅も大きく、主に収入の方が問題となります。
 これに対し、選挙期間中は、出費の方が問題となり、資金が買収等に使われたのではないか。という点が問題とされます。


15年第2回定例会終了
 本年第2回定例会が6月12日から20日までの実質5日間行われました。
 今期定例会は、町長から市町村合併の行政報告。大型工事の請負契約、各種条例改正。さらには、一般質問は7名の議員が行いましたが、今回の定例会は改選前の最後の定例会となる事もあり、一般質問を提出した議員はいつもより少なめでした。
 条例改正では、昨年9月定例会で設置された議会改革・活性化委員会の方針に基づき、議員の各種報酬減額や長期欠席議員の報酬減額等の改正がされました。
 今回の定例会は議会傍聴者が非常に多く、初日は傍聴席の半分以上が埋っていました。傍聴者の顔触れも様々なようで、議会の様子を社会見学に来た方。興味のある質問と答弁を聞きに来た方。自らの勉強のために来た方。さらには、足跡をたどられた方もおられたようです。
 どのような理由で傍聴に来られても、議場で起こる事は筋書きの無いドラマであり、議場にいる議員21名、町長以下、役場職員25名が、余市の明日を決めている場所であり、形式ばかりかもしれませんが、見た者のみが語れる真実があるのではないでしょうか。
 この他、審議以外では、第一会派であった新政会が6月15日付けを持って解散する事が報告され、所属議員5名は全員無会派となりました。これに伴い、議会運営委員会にも欠員が出たため(無会派議員は出席の権利がないため)新たに推薦され、2ケ月間だけですが、私と佐藤敏議員が議会運営委員会所属委員となりました。

 さて、私は、平成11年に当選以来、議員の使命は住民の声を行政に届ける。とう事を第一に考え、議員側が自由に質問テーマを決めることの出来る一般質問を、この4年間一度も休む事なく実施しました。
 今期のメンバーの中で、この4年間、一度も休まず一般質問を提出したのは、私、吉田ひろかずの他、吉田豊・中谷栄利・佐々木正江・松原友香の5議員のみでした。この5名という数が多いのか、少ないのかは分かりませんが、公式の場所で質問してこそ、議員であると私は考えています。


フゴッペ洞窟第2期工事
 昨年から始まったフゴッペ洞窟の保存工事。昨年は、洞窟の保存工事がメインに行われ、外観は完成しています。
 今年は見学施設等の内部工事がおこなわれ、工事終了後、あらたにオープンします。
 5千万円以上の工事請負契約は議会の同意が必要で、第2回定例会で提案され、全会一致で可決されました。

契約の目的 平成15年度
         史跡フゴッペ洞窟保存施設改修(建築主体)工事
         構  造 鉄筋コンクリート造平屋建て
延ベ面積   430.49u
契約の方法 指名競争入札
契約金類  一金 5607万円也(消費税込)
工  期   自 平成15年6月19日
        至  平成16年2月27日
契約者者  余市町長 大谷 覚
契約相手側 地崎・松岡特定建設工事共同企業体
          代表者 札幌市中央区南4条西7丁目6番地
                 株式会社地崎工業北海道本店
入札経過   6企業体で入札
        入札一回目で落札
予定価格   5617万5千円
落 札 率   99.81%
 余市町の文化財であり、また、観光資源でもある事から、一日でも早い完成が待たれますし、完成後は以前の施設より刻画が身近に感じられるそうです。


リサイクル問題について
 昨年12月の定例会から公式問題となったリサイクル事業については、今回の定例会でも私と渡辺正治議員の2名が一般質問を提出しました。
 現在、この問題は北後志リサイクル組合と北後志衛生施設組合との間で係争中ですが、議会とは別次元の問題も発生して来ました。
 まず、5月10日に、大谷覚後援会が発行したチラシに、『公式に発表された事』としてこのリサイクル問題が報じられました。
 次に、6月号の広報内のチラシとして“北後志衛生施設組合のお知らせ”と題し、この件が報じられました。
 これに加え、15年度事業は企業体の契約でしたが、一方の建設業者が産業廃棄物を許可を得ずして投棄したとして、過日、余市町としてはこの町内建設業者に対し、2ケ月間の指名停止措置を行いました。尚、今回の業者の行為が不法投棄に当たる事例なのかという事については、すでに警察と道が入っており、その結果を見て判断される事になるそうです。
 さて、今回の私のリサイクル問題関係の質問については、大きく4点の質問をしました。尚、再質問を実施した後、答弁調整休憩が取られましたが、昼食休憩を挟み、2時間もの時間がかかっていました。尚、議場での書き取りのため、不正確な所もあります。

T係争中の裁判について
Q・北後志衛生施設組合で支払われた弁護士の着手金、並びに余市町としての負担分は
A・全体で787万円 余市町507万円
Q・どこに予算措置がしてあったのか
A・15年度の予算の中で、予算の組替
Q・前衛生施設組合助役の退職の話をいつ聞いたのか
A・13年の12月中旬

U15年度の事業について
Q・住民からの苦情は無いのか
A・数件あったが、現在は無い
Q・収集カゴの洗浄はどうなっているのか
A・業者に指示。特に汚れのひどいものは、他の場所で行っている。

Vリサイクルセンターについて
Q・仁木センターには看板が無く、分かりづらい
A・申し入れをする
Q・新センターに移動する事は、いつ決められたことなのか
A・4月21日の施設組合議会で。栄町に新設。8月中旬より稼働

W15年度の落札業者について
Q・投棄した事実確認はしたのか
A・確認した
Q・投棄されていた場所は農地であるが、どういった対応をしたのか
A・後志支庁より6月中旬まで原状回復を指示
Q・リサイクル事業の継続については
A・法に基づく判断によって、構成町村で考える。

     以上1回目

再質問
T係争中の裁判について
Q・施設組合にこれだけの残がなぜあるのか。予算の流用に当たるので、執行残は返すべきではないか。
A・2月21日の業務委託の執行残。
Q・裁判はリサイクル組合が一方的に悪いという認識なのか
A・答弁無し
Q・退職する事を知っていながら、まかせっきりにしたのは、任命者の責任放棄ではないのか
A・裁判にかかわる事なので答弁を控える

U15年度の事業について
Q・私の所には苦情が寄せられている
A・今後一層の啓発
Q・収集カゴが洗われなければ、ハチ等がよって来る状況にあるが
A・現在の状況は過渡的なもの。新センターに移動したのち実施する

Vリサイクルセンターについて
Q・新センターに移動する事は、だれが決めたことなのか。その過程に透明性があるのか。
A・機能的に整ったもの。4月21日に施設組合議会で。栄町に新設。8月中旬より稼働
Q・広報6月号に入れられたチラシの前に、なぜ、大谷さとる後援会で同じ内容のチラシを出すことが出来たのか。
A・答弁無し
Q・後援会チラシで発行した文章は、だれが作り、だれが発行を認めたのか
A・後援会長がその責任において入手した

W15年度の落札業者について
Q・余市町から見て、好ましい行為と思うのか。
A・残念に思う
Q・リサイクル事業を継続させることについて、どう考えるのか。
A・過程の話であり、答弁は差し控える。

  再々質問
裁判費用
Q・なぜ、執行残を裁判費用に当てる事が出来るのか。法的根拠は
A・基本的には返すが、今回の業務委託の執行残を当てた。組合議会で承認された

カゴの洗浄について
Q・だれが洗浄する仕様になっているのか。
A・業者の責任において

業者について
Q・警察の判断とは別に、余市町としてどう考えているのか。
A・一回目の答弁のとおり、余市町として2ケ月間の指名停止を行った。

チラシについて
Q・他町村では5月広報に入れられたという噂があるが、5月1日付けで印刷したものがあったのか。その経費はだれが出したのか
Q・立場を利用した私的流用ではないのか
A・どちらも答弁無し

 議事進行発言
Q・業者の指名停止についは、一回目の答弁ではされていませんが、どうなのか。
A・先ほどの答弁を取り消し、余市町としては指名停止にしたが、リサイクル業務は司法の判断が出たのちに、関係町村と協議。
Q・カゴの洗浄は、収集業務担当か選別担当のどちらがするのか
A・収集業務が担当する

 以上でしたが、やはり、肝心な所になると答弁がされない。という事が今回も繰り返されました。
 そして、私の次に渡辺正治議員が同様の質問をしましたが、渡辺議員は『係争中の事項にもかかわらず、自らの後援会報で一方的に述べ、さらに、広報に公費を使ってチラシを入れた以上、明確に答える義務がある』と前置きをした上で、不明瞭な点を問いただしましたが、やはり『係争中』という理由で答弁をしませんでした。尚、私も質問した、広報6月号に入れられたチラシが5月に一度印刷されたのではないか。の事項については、渡辺議員は『5月号印刷した経費はいくらかかったのか。』と質問し、これに対する答弁は『施設組合に聞かなければ、答えられない。』との事で、5月に印刷して破棄された事が明確にされました。

 このリサイクル問題は、昨年12月定例会から一般質問が行われ、今回の定例会までにのべ7議員が一般質問を行い、さらに、3月の新年度予算委員会では、この問題で暗礁に乗り上げ、実質62時間の審議時間のうち、29時間30分が答弁調整についやされました。
 そして、今回の渡辺議員の質問に対しても1時間の答弁調整休憩が取られ回答されましたが、やはり、肝心な所では、『答えられない』と答弁拒否をしていました。
 定例会としては、改選前は最後となりました。選挙という関門がある以上、私も含め8月には議場にいない可能性もあり、明快な回答を得られたかった事については、非常に残念であり、また、結果的に、何が正しい事なのか。真実はどうだったのか。という事について報告出来ない結果となってしまいました。
 お詫び致すとともに、議員としての力のなさを感じてなりませんでした。


決算書の数値の差し替え?
 平成15年第2回定例会は当初日程では、17日に終了予定でしたが、第三セクターの決算報告書を巡り紛糾、20日まで会期の延期がされました。
 問題となった事項は、宇宙記念館の第5期決算書の一部である第6期予定入館見込金額と第6期決算数値の関係でした。
 第6期の予定見込数値(単位は千円)は、
  入館料  1,750
  受託料  1,131
  物品収入 2,115  小計4,996
となっていました。
 これに対し第6期の決算書数値(単位は円)は、 
  売上  1,750,020
  売上  1,131,823
  売上     41,700
  売上  2,073,012
          4,995,555
となっており、吉田豊議員より『なぜ予定数値と、実績数値が同じなのか。実績は実際に行ってみなければ分からず、予定数と違っているのが当たり前ではないか。』との質問が出されました。
 第5期の決算書(第6期予定を含む)は5月30日開催の臨時会で提出され承認されていました。
 第6期は、決算日を“年”から“年度”に変えた関係で、15年1月1日より3月31日までの期間しかなく、その関係で6月定例会に提案されたのでした。
 この質問に対し、5時間もの答弁調整が取られた後、町長は『2月21日3月末までの実績が把握出来たので、差し替えをした。承認を頂きたい。』との事で、5月30日に提出された決算書は、差し替えをしたものが提案された事を自ら認めました。
 差し替えをした決算書が議会に提案された事。そして、その承認を求める事そのものが、異常な事態ではないでしようか。(6月18日作成)


この4年間の余市町
 前阿部町政時代が終了し、大谷町政となったこの4年間。箱物等の建設については、阿部時代からの継続事業に関しては、ほぼ完成し、また、取水場や沢町小学校の建設に関しても、阿部時代の計画が実施されました。
 財政的には4年前は100億円あった一般会計予算も80億円台となり収入面では一段と厳しく、反対に公債費である借金の返済額が増額し他の支出を圧迫。それによって、各種補助金等についても、見直しがされ、一層厳しさを感じた4年間ではなかったでしょうか。
 これに対し、議会側としては、乳幼児の医療費の拡大。沢町小学校の建設促進に対しは、理事者側を動かし予算の前倒しをさせる等、積極的に動いたのではないかと思われます。
 また、この4年間は、過去の事項に対する清算という意味も含まれるのでしょうが、各種公共料金の値上げ、汚泥特別委員会の設置、港保育所の閉鎖には1年間もの時間を要し、さらには、各種事項で余市町が訴えられ事項もありました。
 この他、現在係争中である一連のリサイクル問題に関しては、何度一般質問をしても肝心な部分になると、明快な答弁が一切されない中での任期満了となってしいました。
 尚、先輩議員に言わせれば「これだけ混乱した議会はなかった」そうです。

 ひろかずニュースは、通常では外部に出ない議会内部の様々な模様を綴って来ました。『そういう話では無かった』『そうは聞いていない』等々の対する意見を持たれている方もおられると思いますが、それを否定するものはありません。ただ、あくまでも、当事者の一人として、その場所で感じたままを、綴って来たつもりです。
 どちらにせよ、選挙という関門がある以上、これが最後のニュースになるかもしれません。4年間ご愛読に感謝申し上げます。ありがとうございました。
 最後に、8月10日の投票日には、もれなく、選挙に行かれますようお願い致します。私は、選挙で町は必ず良くなると信じています。

                                         完