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町角ショット 平成27年6月14日UP
   ☆平成27年度余市神社例大祭・御本祭☆

 6月10日は御本祭ということで、神輿が神社から出て、黒川・大川のお旅所に宿泊する。つまり、神様が一年に一度だけ、外泊する。という事です。

 まずは、8時から神社本殿で、神事と玉串でスタートです。
 さて、御本祭は宮司が本殿に入って来る場所が違います。
 前日は、本殿の横の扉、余市神社の場合は、社務所に繋がる渡り廊下の扉から入って来ますが、今日は、本殿の正面、つまり、外から入って来て、神事がスタートします。
 
 その後は、昨晩と同じく、供物は、宮司の手で運ばれます。
 上右写真ですが、この場面ですが、宮司が玉串をしている時ですが、余市神社例大祭の場合、余市神社の宮司が赤い衣を来ており、また、次席宮司は小樽の住吉神社の宮司で、同じく、赤い衣を来ています。それ以外の宮司は、緑色の衣を付けています。
 この他に、写真に写っていない、陰の方にも2〜3名の宮司がおり、陰の宮司は雅楽をやっています。
 玉串の時、緑色の衣を着た宮司の数によって、並び方が違っています。最大6名で、6名の場合は、3名3名の2列。5名の場合は前2名と後3名の2列。4名の場合は4名1列となっていました。
 
 神事が終わると、宮司の挨拶で、この場は終了で、いよいよ出発です


     
奴一同で、今年の奴は去年より多いです


 市橋道議が、出発間際に来たので、神社前で1枚。自分はしっかり、タスキ着用です。


 神輿一同。今年は・・・・平日という事で、参加は少ないのですが、北海信用金庫さんが、ある程度、人員を出してくれていました。

 
 神社の階段を降りて・・・いよいよ神輿担ぎのスタートです。

 
 シリパを背にして・・・海沿いを進み・・・

 奴の休憩の時、このように組まれて、おきます
 

 

 
 10日という事で各地の子ども神輿もあって沢地区でまず、すれ違いましたぁ〜
 
水産試験場の職員の方も参加して・・・保育所の子どもたちが来たので、神輿の下を潜っています〜

浜中町の福原魚場の前の国道は、道路も狭く・・・歩道も一人分の幅しかありません〜
 
浜中町の海岸、夏場の海水浴場に入ると、交通量も少なくなって・・

 
フイッシャリーナの海岸には、竜神様が鎮座しており、余市祭りの時だけ、幟があがります。だれが管理しているんでしょうかねぇ?

 大川橋を渡り、大川商店街を通り、国道5号線を駅方向に進みます。
 
 途中、奴がタオルをもらうと、巻きつけていきます。そして、子ども神輿にもすれ違って・・

 
 北海信用金庫本店前、再出発の時には、信金幹部の方に拍子木を鳴らしてもらい出発です。
 
 信金の職員が先棒です!!そして、農協会館前で神事。嶋町長が来ていたので、町長にも玉串をやってもらいます。

 予定より30分も遅れています!食指時間も含めて、30分で出発ですわwwww
 
   中道仏壇店の前のお地蔵さんもお祭りバージョンです〜
 
 スズは奴さんからもらいます〜 勇気を出して、声をかけてね〜
 
 タオルもたくさんになってくると、だんだんと重くなる・・・のでしょうねぇ・・雨が降ったら・・・大変でしょうねぇ・・

 
 小嶋病院前で神輿があがり、 ニッカ工場内では、練りこみがされます。
マッサン効果で、工場内見学の方も多く、ここでも、神事をしましたが、人が多いと、声が通らないんだよねぇ〜
 

 ニッカを出発して、大川と黒川班の二組に別れて・・・
 
        奴は店舗の中にも入ります
 
 神輿行列には、各地に接待所があるのですが、ニッカを出た後、2時間はなく、ようやく、休憩所に入ったのですが・・・『時間遅れているので、すぐに出発!!』の号令・・・キビシイです・・・
 
 
 神輿は町道黒川7丁目2号線を通ります。車1台しか通れない細道をなぜ、神輿が通るのか・・・この地域は明治時代には侍小路と呼ばれ、会津開拓団の幹部宅があった地域です。そして、この会津藩の幹部の一人が、明治8年から余市神社の禰宜(宮司の次の位の人)をしていた事実があり、その関係で、ここを通るのだと思っていますが・・・

 
 午後6時半頃、黒川お旅所に到着。神事をやって、神輿は、今晩は、ここにお泊りです。ちなみに、奴は、華街で舞っていましたぁ〜

 毎朝、出かけるときに万歩計を付けて出て、9日は10457歩。本日、10日は20064歩の歩数でした。 明日、一日、足が持つかなぁ・・・タコも出来はじめて、それなりに痛みが・・・

                     翌日に続きます〜