町角シヨット 平成24年10月4日UP
     
☆第56回後志地区戦没者遺族大会☆

 今朝の道新・後志版に大きく掲載されていましたが・・・10月2日に公民館に行くと、会場作りをしていました。何のための会場作りなのかなぁ。と聞くと、『戦没者遺族会の大会』との事で、そうとなれば、カメラを持って、行ってみました。

 

と き 平成24年10月3日 水曜日 午後1時30分から
ところ 余市町中央公民館 
主 催 後志地区連合遺族会
    余市町殉国遺族会
後 援 北海道連合遺族会

 
町村別に場所が指定されています

 さて、9月22日に行われた、余市町の招魂祭でも、今回の件は報告されていたのを思い出しましたが、初めて参加したので、どんな事が行われるのかは、まったく分かりませんでした。
 次第は以下の通りでしたが、後志各地から来ているので、その関係職員は、まぁ、年齢的には若いのですが、本来の参加者の方は・・・・全員、高齢の方ばかりでした。
 もっとも、兵隊さんは、大正時代に生まれた方がメインだったでしょうし、この方は、すでに90歳以上でしょうし、また、いわゆる少年兵と呼ばれた方も、昭和5年より前に生まれた方だけでしょうから、年齢からいっても、外出も難しい。
 また、遺族といっても、子供といっても、60歳以下の方は、まずいないのではないか。と推測されます。

 
   
主催者側席          来賓席で地域の道議も出席されていました

 
ステージ上には、大会決議と同じ内容のものが掲示されていました


大会次第
 1 開会の辞
 2 国歌斉唱
 3 黙とう
 4 大会長式辞
 5 実行委員長挨拶
 6 表 彰
 7 来賓祝辞
 8 祝電披露
 9 休 憩

10 第56回後志地区戦没者遺族会
11 議長団選出
12 スローガン朗読
13 議案提案
14 質疑応答
15 採 決
16 宣言文朗読
17 決議文朗読
18 議長団解散
19 万歳三唱
20 閉会の辞

国歌『君が代』斉唱。年配者がメインの君が代もなかなか、味のある歌声でした
 
大会長式辞の中で、『現在の名称での大会は、今回でおわり、今後は違う形で・・』との方針変更の説明がありました

実行委員長は余市町の遺族会会長さんでした
 
その後、各種の表彰がありましたが、足が不自由の方も多く、代表の方のみがステージ上に上り、表彰状を受け取っていました


 そんな中で、司会進行をしていた方は、余市町の職員ではなく、また、年齢的に若い方でしたので、聞いたみた所、後志総合振興局の職員の方でした。
 後志大会。という事もあったのでしょうが、この関係の事務局は、後志総合振興局の保健環境部社会福祉課が担当しているそうです。

 さて、今回の大会は56回目という事ですが、後志大会という事で、後志の各町村で持ち回りで実施しているとするならば、19年に一回しか回ってこない事であり、そう考えれば、この間、各町村、3回づつ開催したのかなぁ。と思います。
 これだけ期間が空けば、当然、『そんなのやってんだっけ〜』という事になるでしょうし、また、少なくとも、会員数としては、増える事はないでしょうし、また、増える事があるような事となれば、これは、大変な事です。

 それでも、町の招魂祭は、各区会長や町内の関係団体の方にも案内がされるので、町内にそれなりの認識があるかも、しれませんが、こちらの方は・・・・どうなんでしょうか・・・

 そんな背景もあるのでしょうが、大会長の挨拶の中で『現在のような形で、実施しているのは、この後志と道南で一カ所しかない。各町村の遺族会も会員数の減少によって、解散している所も多くなり、後志においても、来年以降は、別な形式で行う』との挨拶がされました。

 初めて参加した大会が、ラストの大会であり、これを見学出来たという事は、考え深いものがありました。

来賓祝辞として、後志振興局長代理で保健環境部社会福祉長の挨拶でした。北海道は女性管理職が多いですねぇ〜
 
続いて嶋余市町長の祝辞でしたが、町長も昭和30年生まれという事で、『両親からも戦争の話は聴いた事は無い』との話がありました



大会宣言
 先の大戦において焦土と化した日本。われわれ戦没者遺族をはじめ残された多くの国民は、祖国日本の復興を願い、ひたすら歩み続け六十六年が経過した。今では国民等しく平和と自由を享受しているが、この豊かな生活が、祖国の繁栄と安泰を念じつつ散華された英霊の尊い犠牲のうえに成り立っていることを、私たちは決して忘れてはならない。
 世界に目を向ければ、未だ紛争が絶えず、罪のない多くの生命が奪われている。二十一世紀を生きるわれわれ戦没者遺族は『二度と戦争を起こしてはならない、私たちのような遺族を出してはならない」と言う原点を決して忘れることなく、戦争の悲惨さと平和の尊さを次世代へと語り継ぎ、世界の恒久平和の実現に心血を注いで行かなければならない。このため、北海道連合遺族会が組織化する戦没者の孫、曾孫の会の結成に協力する。
 内閣総理大臣の靖国神社の参拝は、平成十八年八月以降途絶えており、極めて遺憾である。野田総理は、総理就任前までは靖国神社に参拝していたといわれるが、総理に就任するや『国に殉じた方々に感謝や敬意を表するのは当然だが、総合的に考慮すると首相や閣僚の公式参拝は差し控えなければならない』と述べるなど、内外の批判を恐れ、信念を曲げたと言わざるを得ない。いかなる困難があろうとも、国のために一命を捧げた英霊に対し、内閣総理大臣はじめ、各閣僚は靖国神社に参拝するのは当然である。われわれは、関係諸団体と連携を密にして総理、閣僚等の靖国神社参拝運動を推し進めなければならない。
 また、現政権は靖国神社に代わる新たな国立の戦没者追悼施設建設を政策に掲げている。われわれ遺族のみならず、多くの国民が靖国神社こそわが国唯一の戦没者追悼施設と考えており、靖国神社そのものを否定することになりかねない追悼施設の建設は断じて容認することはできない。今後とも政府・国会等の動向を注視し、断固阻止する。
 一方戦没者遺族への処遇は逐年改善が図られているが、なお課題は山積みしている。一命を国家に捧げた戦没者の遺族に対する処遇は、国家補償の理念に基づき政府は今後とも改善に努力し、さらには、全国戦没者追悼式への国費参加者の対象範囲の拡大など、戦没者遺族に報いるべきである。また、戦没者遺児の慰霊友好親善事業は、国の慰籍事業であることから、一層の充実を図ることを求める。遺骨の帰還事業は、未だ海外等に残されている遺骨の収容が急務であり、積極的に取り組むべきである。
 他方、戦没者等の妻等に対する特別給付金は、国から戦没者の妻等への慰籍であり、平成二十五年以降も継統・増額されるよう、要望して行かなければならない。
 われわれは、ここに第五十六回後志地区戦没者遺族大会を開催し組織の総力を結集し、要望貫徹に邁進することを誓う。

 以上宣言する。
        平成24年10月3日 第56回後志地区戦没者遺族大会



 
休憩をはさんで、議案審議です。役割分担がされており各地区の代表者の方が、提案をされていました。


 大会は、戦没者の関係だから、慰霊祭的なものかなぁ。と考えていましたが、前半は式典と表彰。そして、後半は議事でした。
 議事においては、議長を選出して、議案の提案も読み上げられて、その後、質疑応答。もっとも、質疑は出されず、その後、採決というように、きちんと、会議の体裁は整えられていました。
 ちなみに、関係者の方の話では、『予算も無い事から、今は表彰だけで、手一杯』との事でした。
 御時世ですから、“お上”からの予算は削られるでしょうし、会員がいなければ、会費も集められないし、また、高齢となれば所得が無い方が大半でしょうから、会費の金額も上げられない。という事は、容易に想像出来ます。
 ですが高齢の方が大半なのですが、きちんと執り行われているのには、正直、驚きました。
 

大会決議
 われわれは、本日ここに第56回後志地区戦没者遺族大会を開催し、次の各項目の実現を期し、総力をあげて邁進する。
        記
1 戦後の恒久平和を目指し、戦争の悲惨さを戦後世代に語り継ぐこと
1 総理、閣僚等の靖国神社参拝の推進と、
      国立の戦没者追悼施設新設構想を断固阻止すること
1 戦没者遺族に対する処遇は・国家補償の理念に基づき改善すること
1 戦没者等の妻等に対する特別給付金を、平成二十五年以降も
                      継続・増額すること
1 慰霊友好親善事業の充実、遺骨帰還事業等を拡充強化すること
1 全国戦没者追悼式への国費参列者の対象範囲を拡大すること
1 戦没者の孫、曾孫の会の設立に向け、協力体制をとること
  以上、決議する。
        平成24年10月3日   第56回後志地区戦没者遺族大会



 さて、9月に入り、戦没者関係のホームページを3本上げた事となりましたが、自分の家では、祖父が徴兵されていましたが、無事、帰ることが出来ましたので、遺族にではありません。また、色々なお祭りの写真も撮っていますが、厳格な神道でもありません。
 たまたま、好奇心で行って、「なるほどね〜」と感心しているだけに過ぎません。

 ですが、大会宣言や大会決議を見た時、また、『戦没者・英霊とは何か』『公とは何か』という事を考えざるをえません。

 
議案審議も無事終了。満場一致で可決となり、再度、机が並び替えられ、閉会式。万歳三唱となりました。

 話は少し飛びますが、9月末まで水産博物館で、カラフトの写真展を開催していました。当初の入館者は少なかったわうですが、新聞にも掲載されてたこともあったようですが、その後は、かなりの方が入館したそうです。
 職員の話では、『涙を流しながら、笑いながら見ていた方が多かった』との事でした。それは、それだけの歴史がある。という事だと感じています。

 今、尖閣諸島や竹島、そして、北方領土と領土問題がクローズアップされる中、また、靖国問題は国内・国外ともに存在します。
 確かに、戦後、我々は自由だったと思いますが、何をもって自由というのか。そして、『公』とは何か。という事は教えられなかったのではないか。とも思っています。

 そんな事を感じた、遺族会後志大会でした。
 各地から参加の皆さん、大変、お疲れさまでした。

 ・・・う〜ん・・・ニュース作成に入れないぞ><


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