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町角シヨット 平成21年6月16日UP
       ☆シリパヒュッテ解体へ☆

 『何でも昔のものを壊す!!』とお叱りを受けるとは考えていますが・・・・
 本日、余市町立シリパ国民スキー場ヒュッテの解体が行われました。

過去の自分の莫大な写真ファイルの中から、このヒュッテを探したのですが・・・・
一番古いのは平成16年2月のスキー大会の時のものでした。
 

 シリパスキー場については、ジャンプ台と共に、余市町のスキーを支えて来た場所ですが、数年前から使用中止となっていました。

 過去の議会の中で私は「年間ヒュッテの利用料金収入が何千円台で、100万台の管理費はいかがなものか」と発言した記憶があります。


シリパヒュッテを直接的に写したものは無く・・・・     
 
      
平成18年6月               平成19年9月
      平成21年5月・・・・         それを拡大して・・・

 

 この背景には、このスキー場が利用されなくなった。というのが背景にあります。
 利用されなくなった理由としては・・・・
・子どもの総数が減った事により、スキーをする子どもたちが減少した。
・スキー場入口からゲレンデまで、約500メートルの距離と
           かなりの高低差があるが、徒歩でしか移動手段が無い。
・リフトも無く、また、ゲレンデの傾斜がきつい。
・近隣にリフト付きのスキー場が出来た。
                 等々が上げられると考えます。
 
神社横の細道を・・・車1台しか通れませんし、かなりの勾配と曲がりくねっています〜
 

 さてさて、このシリパスキー場は、近隣の小学校から高校まで、スキー授業に使われていた事もあり、余市町の住民なら、一度は訪れた事があるスキー場でしょうが、自分がスキーをした記憶としは、高校時代という事で30年前ですし、また、最近では、平成16年2月の町民スキー大会でした。
 
            
 到着した時には、すでに工事は始まっていました・・・

 この時の模様は、リンクしてあるとおりでしたが、現実問題として、このスキー大会の時抱け、人が集まるような状態だったそうですが、結果として、この場所での開催は、不評という事もあって、以後、使用される事も無くなってしまい、スキー場そのものが利用中止となってしまいました。

 ですが、昔は、大変な賑わいがあったようです。今回の解体に当たり、町の資料をもらって来ました。
  
梁には鉄骨が各所に使われていました
 
     
 看板もありまして・・・・作業中も実は出没していましたぁ(^^;)

 
 余市町立シリパ国民スキー場ヒユツテ建設許可申請理由書
 昭和35年以降余市町民の体位体力の向上と冬季スポーツの場としてニセコ・積丹・小樽海岸国定公園特別地域国有林野余市産業区276林班内にシリパ山国民スキー場として広く町民に利用されておりますが、近年特にその利用率が激増して参りましたが休憩所並びに給水施設が無いため町民の利用に支障をきたしている現状にありますので、本スキー場を町民の憩いの場としての機能を十分に発揮させるために昭和42年度にヒュッテの建設事業を取り上げ工事費350万円の予算を計上して広く町民の体位体力の向上と冬季スポーツの振興を図る目的のため下記によりヒュッテを建設することになりましたので、本ヒュッテの建設を許可下さいますよう申請するものであります。
              記
1.ヒュッテ建設者
      北海道余市郡余市町 余市町長 海野幸雄
2.ヒュッテ建設面積
    地階94.77u(28.43坪) 1階94.77u(28.43坪)
    2階72.9u(21.87坪)   計262.44u(78.73坪)
3.工期
許可の日から約二カ月
4.工事費
     ヒュッテ建設工事費 3,300,000円
     給水工事費       200,000円
             計 3,350,000円
5.敷地使用面積
        0,0287ha
6.添付書類
  1)建設図       2)予算議決書
  3)建設位置実測図   4)写真
  5)運営計画書     6)事業計画書



 となっています。
 手書きの文章ですが、この場所は、本文の中にあるように、国有林の一部を借りて、スキー場として運営されており、今でも国有林です。
 スキー場廃止の場合、現状復帰が求められます。つまり、建造物等は撤去しなければならない事となっており、数年間から撤去計画はありましたが、予算が無く、今まで、放置された状態になっていました。

 

 
重機のバケットで押しても煙突が倒れず・・・・最後はワイヤーを掛けて、引っ張りました。煙突にはけっこうな鉄筋が入っていたようですね。

 

 

また、昭和43年2月の広報には、写真入りで以下の記事が掲載されていました。
 
 本年1月から開設された国民スキー場ヒュッテは、連日スキーを楽しむ人々で賑わっています。このヒュッテは、ニッカウヰスキー株式会社の竹鶴社長が、第1回余市町名誉町民に推載された際本町の体育施設に寄付されました基金と町費をもって建てたものですが、スキーを楽しむ場合には、これまで疲れた身体をやすめる場所がなかっただけに、一階二階とも暖房の完備や売店施設のあるこのヒュッテはスキーを楽しむ人々から大変よろこばれています。
 使用料は、一日こども10円、大人20円で、使用券はヒュッテ内の管理室で発売しておりますのでこの冬のスキーは、ぜひ、ご家族連れで国民スキー場へおいでください。



 この本文の中にあるように、竹鶴氏が寄付し、これを基金として建設されました。寄付された金額は300万円だったそうで、あと不足分の50万円を町費で補った。という事になります。
 ・・・・昭和40年代の初頭では、新卒者の月給が1万円〜2万円の時代であった事から、現在の金額に換算すれば3000万円?を越える金額であったという事になります。
 
 また、当時、大人20円という一日の利用料金は・・・・100円前後でラーメンが食べられた時代であった事から、けっして安くは無かった。という事になります。

ちなみに、この利用料金、平成16年の時も20円でしたので・・・うーん、一度も見直しをしなかった。という事になりますね。
 
 なんとなく、白いものがあったので、写したのですが・・・偶然ですね。この看板の金額は、やはり最後まで20円だったという事ですね。  

 
       
数年後には・・・この形も分からなくなるでしょうねぇ・・・
               
来た道を戻ります〜
 

 多くの方が集った場所も、二度と足を踏み入れる場所ではなくなるでしょう
・・・・そして・・・・自然に帰ってゆくのでしょうね・・・・ありがとうございました