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町角シヨット 平成16年1月18日
       ☆流雪溝供用開始☆

 平成11年から工事の始まった融雪溝と流雪溝。工事が終了した事により、今期の冬から供用が開始されました。
 融雪溝は国道5号線上の黒川8・9丁目交差点から大川十字街まで。流雪溝は大川橋から大川小学校手前までの区間となっています。
 この二つの違いは、字のごとく、融雪溝は雪を溶かす方式で、登町にある公共下水道処理場の水を使用し、雪を溶かす方式が取られ、水温は夏場で20度前後。冬場は13度前後となっているそうです。
 もう一つの流雪溝は、こちらも字のごとく、水を流し、水の勢いで雪を流す方式が取られています。
 融雪溝も流雪溝も供用開始に伴い、設置されている地区の排雪はしない事になっていました。つまり、地区に住まわれている方が、雪を溝に投入する事が設置される時の条件でした。

 この事業は国・道の直轄事業で始まり、工事終了に伴い、町が管理する事になっており、維持管理課の管轄となりました。
 雪の降る前に、この維持管理課が、庁舎2階から地下1階に引っ越しをしました。引っ越しをした理由は、この流雪溝の監視のために、大型モニターが設置される事となり、設置場所の関係で引っ越しをしたのでした。

 
役場地下に引っ越しをした維持管理課の流雪溝監視モニター。パソコンで画面操作用を行います。カメラは数箇所設置されているようで、大型モニターは1画面と4画面にも出来ます。また、方向転換や画像拡大も出来ます。
 

 さて、12月に入り降雪の時期となりましたが、雪が降る時と海が時化る時は同じであり、12月初旬の降雪時期に、供用開始となりましたが、なんと、予定水量が取れない状況になっていました。
 その理由は、取水口近辺に砂が堆積してしまったためです。
 この状況に対し、重機を投入して取水口近辺の砂の排除したようですが、一時は良くても、所詮自然には勝てない状況だったようです。


 取水口の位置は、大川橋の下流、約100メートルの小樽側に設置されていますが、この場所に設置する事に対し、『砂がたまりやすく取水出来なくなるのではないか?』と建設当時から指摘がされていました。
 流雪溝の建設が実質的に始まったのは平成13年からであり、当時の大谷町長は、この事項に対し、どう判断をしていたのかは、今となっては聞くことが出来ませんが、我が会派の会長である吉田豊議員は12月定例会において次のような一般質問をしました。


☆大川地域の海岸保全と大川橋下流の土砂のたい積について☆
質問(一回目)
 大川地域の海岸は余市川河口近辺は土砂のたい積が進み、数年前と比較すると大きく砂海が広がっておりますが、その反面大川小学校方面はしん触が激しく波が護岸の近くまで来ており時化の時にはしぶきが護岸をこえる現状であります。侵食から地域を守るという意味で、海岸保全事業が必要であると同時に貝類資源増大の重要な漁場でもありますので両方の調和のとれた施策を早急に研究すべきと考えますが、町理事者の見解を伺い致します。更に今年度から流融雪溝が供用開始ということになっておりますが、大川橋下流の流雪溝位置は最も土砂流木等のたい積地帯であります。また過去においてはこの地域に斜路を設置したが効果を上げるまでにはならなかった所でもあります。今回供用開始となった流雪溝の取水排水に支障は生じないのか合わせ伺うものです。

答弁(流雪溝に関する事項のみ、また、要約です)
 流溶雪溝整備事業は平成6年度に計画されたもので、平成11年度より各道路管理者(国と道)により着手いたしたものです。
 流溶雪溝は主要幹線道路の除排雪について行政側が行わず沿線住民の協力を得た中で・・・・・
 ご質問のありました大川橋下流の土砂の堆積における流雪溝への支障でありますが、本施設は開発建設局と北海道の共有財産として平成13年度に着手、本年度完成したもので、位置(給水口)の決定に当たっては当初現在の位置より上流で計画されましたが、交渉の中で地権者の了解が得られなかったことから、現在の位置に決定したと事業主体より伺っております。
 本年11月末、本施設の供用開始を目前にして付近に砂が堆積し、この除去作業と砂の流入を防止するためのブロックの設置など、事業主体では早急な対応、処置を行ってまいりましたが、当初予定されていた開始日が若干おくれ、12月11日からの供用開始となったものでございます。
 ・・・・今後の対策として本施設の維持管理を行う町として、今後も同様なことが懸念されるため、管理者である小樽開発建設部及び北海道に対し、施設の改良を強く要望するとともに、より一層連携の中で町民皆さんにご不便をかけることのないよう監視体制に万全を図り、維持管理を遂行してまいりたく、ご理解をいただきたいと存じます。


再質問
 余市川の基本的な考え方、今までの過去の事を見ますと、昭和15年〜25年までの10年間でモイレ側が侵食されたので、そこを手直し(護岸工事)している。
 昭和38年に現在の流雪溝のある場所の隣のところに船揚げ場を作り、昭和40年に今の大川の根っこと船揚げ場との間に113.9メートルの物揚げ場もつくっている。
 しかし、昭和40年に作った物揚げ場と昭和38年に作った船揚げ場が失敗した。船揚げ場は、今はすっかり砂で埋まって、はだしで歩ける。
 当時からここは砂が堆積している場所なのだ。それで基本的に余市川の流心というのは川の中心よりモイレ山にぶつかっているわけだ。
 現実的に堆積すれば全部金がかかるわけだから、その金が道が負担しょうが、町が負担しょうが、国が負担しようが、全部払った金は(工事費)は国民の金(税金)だから、だからそれのやり返しでは困るのだ。そいうことで私は上部機関での研究不足ではないかと思う・・・・・
 
答弁
 議員のおっしゃるとおりに研究不足と言われても仕方のない事ではないかと思っております・・・・
 除雪等に迷惑がかかるようなことであっては、私も指摘される立場になりますので、これは北海道、小樽開発建設部にきっちりと、砂が堆積して機械に影響があって水を流すこととが出来なければ、もとに戻ってきちんと道路の除排雪を徹底してやっていただくと、こんな考えでもおりますので、この部分については私も非常にこれからどうなるのか、また2回も3回もこういうことが続くのではないだろうかと心配もしておりますけれども、担当課と協議しながら万全の対策を講じていきたいと思っています。


15日、午後2時ころの大川商店街。画面奥が大川橋ですが、吹雪のため、100メートル先が見えませんでした。

 
流雪溝設置地域には電柱に黄色の回転灯が設置されています。このライトが点灯している時は、流雪溝の水は流れていませんつまり、使用出来ない事であり、雪を投入してはダメという事です。流雪溝の場合、水の勢いで雪を流すために、水を流す前に雪を入れられると、詰まってしまうからです。


 今回の14・15日の低気圧に伴う猛吹雪は、小雪だった今期の冬も、一気に例年通りの降雪状況になってしまいましたが、14日には流雪溝は稼働停止状態になったとの情報を聞き、15日の午後から吉田豊議員、土屋美奈子議員と私の3名で現地視察に行ってみました。
 吉田豊議員の一般質問の指摘のとおり、取水口は砂で埋まっていました。
 下の2枚の写真は取水口の正面から撮影している訳ですが、撮影位置は本来なら、水につかっていなければなりませんが、20メートル程、水が無く(無論、波によって、水は来ます)歩ける状態でした。

 

対岸から撮影。取水口の手前に波がおしよせています。
 
                         役場の担当課でも、現地確認に来ていました。

対岸から視察、吉田豊議員と土屋美奈子議員
 
  強風と雪で完全武装で出掛けました。ちなみに、ヘルメットは各議員に貸与されており、各自のヘルメットがあります。

その後、フイッシャリーナも視察に行きましたが、吹雪で顔が上げられません!!
 
            旧大川橋の撤去も進み、今は川中の橋げたのみが残っています。

 12月の定例会では、流溶雪溝に関する補正予算も提案されており、私も「流雪溝が使えない場合の除排雪はどうなるのか?」と質問をしました。『そうなった場合は、すぐに道(道道のため)が除雪をします』との事でした。

 さて、吹雪も要約収まり、流雪溝はこれからどうするのか?ですが、基本的にこの場所に取水口を作ったのが根本的な間違いだと思いますが、再度の工事をして取水をするのか?という事になると思います。

 いくら重機で砂を取っても、海が時化れば何度も同じことが繰り返される事になり、根本的な解決にはならないはずです。
 仮に再度の工事をして、砂の入らないような枠を作ったとしても、川の中心がモイレ山側にある以上、さらに、構築物が出来ると、そこに砂がたまるという性質がある以上、一度、工事をすれば済むのか?という事が懸念されます。

 国・道が費用を出すので、町としては直接的に費用はかかりませんが、どちらも税金ですし、さらにこれに対応しているのは町の職員ということで、人件費がかかっています。

 どちらにしても、雪が降る時に使えないのであれば、無用の長物ではないでしよか。