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参加報告 平成29年9月24日UP
     
☆余市・出雲神社平成29年秋季祭典☆

 秋も本番を迎えて・・・先日、沢町にある出雲神社の秋季祭典のご案内を頂きました。日程は、平成29年9月23日 土曜日 午前11時から との事で、出かけてみました。
 

 過去に何度か、お邪魔した事はあるのですが、日程的に、例えば、9月の第三土曜日とかに、決まっている訳ではないようで、他の行事と重なったりして、自分も必ずお邪魔している訳ではありません。
 ですが、今回は時間があったので、出かけてみました。

 さて、神社は山にあるのかどうかは、わかりませんが、やはり、高い場所にあって、この神社も道路から30メートルくらい上にあります。石段があるのですが・・・正直、かなりキツく、足元を見て登らないと危険です。
 そして、この神社の境内には、余市町の指定文化財である、芭蕉句碑があり、その案内板もあります。

 
 いゃ〜、キツイですね。坂は30メートルくらいでしょうが・・・むろん、ちょっと、遠回りになりますが、脇に坂道もあるのですが・・・・

 

 本殿を向いて、右側奥に、芭蕉句の石碑があります。余市町指定文化財には、昭和55年に指定されています。年数も経過しており、また、光の加減で、何を掘っているのかは・・・よく、わかりません。

 
 町の記録として、この石碑が立てられたのは明治23年3月だそうです。建設者は当時の俳句会である『松柏社』、明治23年建立となっています。
 書かれている、いぇ、彫ってある文面は、『郭公(ほととぎす)万祢久可(まねくか)、麦のむら尾花』と書いてあるそうですが・・・意味は解りません。
 この俳句会は、明治11年に永全寺、出雲神社に納めた句額があるそうで、歌人が集まっていたのは、確かなようですが、今は、この神社を訪れる方は、ほとんど居ないと思います。

 祭典というか祝詞を上げる順番としては、太鼓を叩いて開始。その後、祝詞奏上・・・
 
 

 
 玉串を捧げて、最後は太鼓で終了〜と、まぁ、通常の順番とやり方で、「オッ」という事はありませんでした。
 

 なぜ、出雲神社という名前にしたのか。また、宇宙記念館で見た、明治43年の地図には、出雲神社の記しは、付いていませんでした。
 明治初期の頃には、沢町はそれなりに人が住んでいた地域でしょうから、明治後期の地図に、この神社の記しが無い・・・訳がないと思うのですが・・・
 そして、島根県にある出雲大社との関係はどうなのか・・・という事も、この神社関係者の方も、解らないそうですが、それなりのいわれがあって、建てられたものだと推測しています。

 どちらにせよ、細々としてでも続けていかれる事を念じております。秋季祭典、お疲れ様でした。