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参加報告 平成27年11月22日UP
        ☆栄小学校閉校式☆

 少子化の波を身近に感じること・・・それは、地域から一つの「物」が無くなると、いうことであり、また、建物があっても、それが本来の目的に利用されなくなる。という事だと、私は考えています。

 
 さて、私が議員職を預かって、二度目となる小学校の閉校式が行われました。ちなみに、最初の閉校式に立ち会ったのは、豊丘小学校でした。
 無論、閉校式があって、すぐに、閉校する訳ではなく、年度いっぱいは、生徒が通学していますが、準備等の関係が有り、閉校式典をする場合、今の時期が、多いのではないか。と考えています。

 
 学校名が入るように写してもらいましたが・・・一応、野呂議員と自分が写っています。

 現在は行われておりませんが、私が議員職を預かった当時、町内小学校の入学式には議員が参加していました。
 全部で6小学校があったので、議長と副議長、そして、所管の委員会の議員が手分けをして、参加しました。
 無論、入学式で挨拶もあって、まぁ、緊張した事を覚えていますが、議長、副議長、所管委員長は大規模小学校ということで、小規模校に行きました。
 自分は、豊丘小学校と栄小学校の2箇所の入学式に参加させて頂き、挨拶をしましたが、まぁ、自分より、新入生の方が、より緊張していたことを見ていました。

 この時の様子は平成16年4月で、もう10年も前だったんですねぇ・・・・・そして、初めて栄小学校の校歌を聴いて、「チョット変わった旋律をしているなぁ・・・」と思っていましたが、今回聞くと、なかなか味のある校歌だったんだなぁ・・と改めて感じました。

 
 職員玄関を入り、受付をして・・・校舎の中をみさせて頂きましたが・・・まぁ、小さい学校なので・・・
 

 

 
 
参加者には記念品や記念冊子、ファイル等が配布されました

 会場には地域の方も含めて200名くらいの方が集まっていました。
 
 最初の挨拶は嶋町長の式辞で、町長も緊張していることが、伝わって来ました。
 この手の式典は、どこが主催するのか。という事になりますが、今回の栄小の場合は、教育委員会が主催でした。ちなみに、協賛会は組織されており、協賛会で主催する場合もあります。
 尚、栄小学校の沿革等は上の16年4月のページの方に掲載しています。

 
 学校長の挨拶、来賓として、後志教育局長の挨拶と続き・・・

 たまたま自分の前の席に・・・市橋道議と野呂議員は、所管の委員長として座っています。「市橋道議は、たしか、ここの学校に勤務していんではないのかなぁ・・」と思っていました。
 
 司会は『お二人のご来賓からご挨拶を頂きます』とアナウンスがあり、教育局長が挨拶をしたので、もう一人は・・・と考えていたら、市橋道議が挨拶でした。
 市橋道議は挨拶の中で『3年ほど事務官で勤務をしていた』との事で、当時のエピソードを含めて、挨拶をしておられました。


式典は、平成27年11月21日 土曜日
午後10時から11時。場所は栄小学校体育館で開催されました。
参加者は全校生徒5名、現在の教職員、そして、元教員・職員、他、地域の方々、そして、来賓でした。

 
 挨拶の後、各種の表彰が行われ、嶋町長、また、栄小学校校長より伝達されました。

 挨拶が終わって、ステージ上では演題が片付けられ、スクリーンが用意されて・・・

 
 スライドが流され、それに合わせて生徒が解説を加える。という形で進みました。
 
 全校生徒5名では、学校としての維持が出来ない事であって、閉校止む無し。は、いたし方ないのでしょうが、正に万感胸にこみ上げるものがありました。

 スライド終了後、校歌斉唱。そして、余市町教育委員会委員長より、閉校宣言が発せられました。
 

 そして、学校長より校旗が嶋町長に返還されて、式典は終了となりましたが・・・町長はこの小学校の卒業生の一人ということで、複雑な心境であったと感じております。
 
 式典は11時には終了。最期に市橋道議に看板の横に立って頂き、写させて頂きました。市橋道議としても、議員になる前の最期の勤務地だったでしょうから、正に、想い出の場所であったと感じています。

午後1時から、場所を水明閣に移動して、「感謝の会」が行われました。こちらの方の参加者は100名ちょっと。という所でした。
 
 
町長が到着した所だったので1枚、はぃポ〜ズ その後、受付をして会費を支払って、席につきます。
 

 
協賛会長の挨拶、嶋町長の挨拶でスタートです。嶋町長は『へんに緊張して、挨拶をとちってしまった』との言葉がありました。また『小学校の担任の先生が、本日参加で、当日の通知表を見てきましたが、その当時、どうして、そういう評価をしたのか、後で聞きます』と会場の笑いを誘っていました。

 協賛会長の挨拶の中で、『14代の小柄町長、そして、18代町長の現嶋町長と、二人の町長を輩出した小学校でした』との挨拶がありました。
 明治40年に開校し、108年で閉じられる事になりました。卒業生のピークは、昭和34年159名がピークで、本年の生徒を入れて、総数1336名となっていました。
 地域の学校は、地域の文化の拠点でもあって、なくなる事は、地域の衰退・・・とはならないのでしょうが、少なくとも、地域の行事は減るということになるでしょう。
 行政を預かる者の一人として、どうすれば、この地域が衰退しないで行くのか。と考えて行きたいと考えていす。

 文章では言い尽くせない、閉校式でした。参加された皆さん、大変、お疲れ様でした。