他の参加報告をみる

参加報告 平成27年7月1日UP
      
☆平成27年度、余市町開町記念日☆

 余市町は、ニシンや漁業で栄えた西部方面から町が開けて来ており、江戸時代から、幕府の出先機関である、運上家が設置され、それなりの自治がありました。
 毎年、同じような写真ですが・・・野呂議員も、毎年、参加しています。
 
 早めに会場に到着したので、リハーサル風景を・・・


 
 リハーサルを終えて、町三役が玄関でお出迎え〜です。会場は、そこそこの方が集まっていました。

 そして、明治4年以後に、田川橋近辺の両岸に会津藩の開拓団が入植し、原野を開墾して行きました。
 会津藩の入植は、明治4年〜6年に多く、余市川をはさんで川東(現黒川町)と川西(現山田町)で約200戸が入植。
 入植した時から、5戸で1班を作り、何事をするにも5戸で動く。という事の申し合わせがされました。
 そして、5班で村を作り、そして、それぞれ代表者を決めて、東と西で代表者を決める。また、学校や浴場、食料の備蓄倉庫も作り、自治の先進として発展して行きました。
 
          
開会して町民憲章の朗読の後・・・

 元々、西部地域は、浜中、富沢、沢などに分けられており、時代が進むにつれて、人も増えて、自治組織としても、徐々に整って来て、また、上部の自治組織としても、北海道開拓使から、北海道と名称変更などの経過を経て、明治33年に、浜中町外11町村を合併しました。
 統合された戸数は1934戸。人口7482名、余市町と命名され、初代町長に西田菊馬氏が就任して、明治33年7月1日に、1級町村としてスタートしました。
 ちなみに、この時、札幌はまだ、2級町村であって、明治33年に1級町村制がスタートしたのは、日本海岸沿いの町村が主で19町が誕生した。という事となっています。
 議会の方は、明治33年9月に選挙が行われましたが、20名が選出され、1級議員と2級議員に分けられ、任期3年で、任期が来ると、半数ずつ、改選されたようです。

 
     
町長の祝辞、そして、表彰と進みます。

 ちなみに、この当時の議員は、当然ですが、高額納税者のみ。という事であって、当時の記録を読めば、基本的な予算があり、『物』は、『◎◎議員が、☆☆を寄付したいが、どうか』というような審議で、それが議会を通過すれば、新たな物が完成していったようです。
 ですから、当然でしょうが、財力と人力が無ければ、なれなかったのが、議会議員。という事だったようです。
 
 表彰が終わると、祝辞が述べられ、受賞者代表の謝辞があって、式典は1時間程度で終了しました。

 そんな過去があっての、今の余市町ですが、さて、この云われを知っている方は・・・・何名いるのでしょうかねぇ・・・・

 先人の想いを今に伝える、余市町表彰式。受賞された皆様、おめでとうございます。