他の参加報告をみる

参加報告 平成26年9月23日UP
      ☆平成26年招魂祭☆

 今日は秋分の日。秋分の日は晴天の日が多いと言われています。そして、余市町では、この日に、毎年、招魂祭が執り行われます。

 余市町では招魂祭を主催するのは、招魂祭奉賛会で事務局としては役場民生部町民福祉課が担当していることもあって、今のところ、毎年、実施されています。
 ですが、小さな町村では、遺族会が主催でやっていた所も多く、結果、会員の高齢化もあって、中止された所も多いそうです。

 式典は10時からですが、その前に、円山公園の山頂にある、忠魂碑の写真を写しに行きました。場所柄、午前中でなければ、太陽の関係で、暗くしか写らないんですよねぇ〜
 
 台座を含め、全高7メートルと町内の石碑では、最も大きいもの?のようです。写真ではわかりずらいですが、明治43年建立という事で、明治30年代後半に日露戦争があった事から、この時に余市町から出征した兵士も多かった。当然、戦死者も増えた。という事もあって忠魂碑が建立されることになったのではないか。と想像されます。
 
 なぜ、ここに建てたのか。ですが、明治末期は、まだ、町の中心は、沢・富沢だったからでしょう。そして、円山は、山頂からのながめは、沢町・富沢町を一望できるので、この場所に建てたのでしょうが、うーん、そざ、時間と労力がかかったのではないか。と想像できます。
 ちなみに、余市町に鉄道が開通したのは、明治38年前後だと記録にあり、鉄道による列車輸送。という事は、料金や時間という面では、そんなに頻繁ではなかったのではないか。と考えられる事。つまり、現在の駅前は、さほど開発されていなかったのではないか。と推測されます。


 
 ジャンプ台は、ここか見れば、全景が見えます。そして、現在の沢町小学校。余市町では、最初に作られた学校ですね。

 草木の背丈も高くなって来ていますが、この木が無ければ、当時の町の中心部を見下ろす格好になるでしょうねぇ〜

 さて、招魂祭は、午前10時から福祉センターで開催されました。
 


 
 
市橋道議も来ていました。自分も1枚、写してもらって・・

 
 
受付をして、町長も含めて、奉賛会役員がお出迎えです。

 


 
 式典としては、式辞や追悼の言葉、それが終わってから献花という事で、粛々と進んで行きます。

 

 ちなみに、カメラとしては、祭壇に向かって行うもので、毎年同じような写真しかなく、写真的には、面白くない・・・ですよねぇ・・・
 

 室内という事で、望遠にすると、特に、ピントが合わないんですよねぇ・・・

 
 
最後は奉納詩吟という事で、今年は『嗚呼神風特攻隊』でした。

 ちなにみ、担当課の説明では、『式の前に、役員が円山忠魂碑のお参りをしております』とありました。さらに、『奉納柔道大会、奉納剣道大会』の日程のお知らせもあり、『観覧、お願い致します』との事でした。

 さて、自分のホームページにも掲載していますが、明治神社の例大祭、そして、この招魂祭と、余市町内での戦没者関係の行事は、一応、終了したこととなりました。
 明治神社例大祭より、今日の方が、いわゆる戦争遺族の方の出席は多いようですが、どちらにしても、参加人員としては、減ることはあっても増える事は無いでしょうし、万が一、増える事、つまり、日本を巻き込んだ武力衝突が発生したとするならば、それはそれで政治的には大変な事となります。
 遺族会では、『会員増のために、孫・ひ孫世代の参加』を募っているようですが、『なかなか増えない』そうです。
 それはそうでしょうし、自分の世代も、戦争を知らない世代であり、知らない所に『参加する』という事には、なかなかならないと思います。

 安倍総理の靖国神社参拝問題が、裁判問題に発展していますが、戦中・戦後の問題を日本という国は、議論をさけて来た経過もあり、このままで本当に良いのかどうか・・・という事は、本当に難しいと考えています。
 どちらにせよ、あと10年後には、参加者の様子も大きく変わって来るでしょうから、10年以内に、結論を出さなければならないのではないか。と考えています。


 招魂祭とは関係ありませんが、福祉センターのそばの電柱に・・・
 
 電柱に立てかけてある交通安全の看板は、ソーラン武士君が呼びかけていました。最近、作った看板なんでしょうねぇ〜