参加報告 平成25年10月8日UP
    ☆平成25年 北海道原子力防災避難訓練☆

 昨年に続いて、北海道が主催し後志全域で行われた、原子力防災避難訓練。昨年に続いて、自分もしっかり参加してきました。ちなみに、自分の住む区会役員として参加しました。

 昨年の経験があるので、まぁ・・たいした事ないだろうなぁ。特に、避難する一人としては、バスに乗って、帰って来るだけ・・・という事になるのだろうと思っていましたが、やっぱり、その通りでした。
 ですが、2回目の訓練という事で、全体としても昨年の経験があるので、それなりの余裕があったのでは?とも考えています。

 さて、訓練という事で、本日の想定としては、北海道の内陸部において巨大地震が発生。泊原子力発電所で、『すべての電源喪失』となり、発電所から5キロ、また、30キロ以内の住民の避難という事でした。
 ちなみに、避難先は泊発電所から30キロ以上離れた所という事で、札幌・小樽方面となっていました。
 
 
・・・まぁ、訓練という事で・・・午前8時半となり、時間になったので、町長以下、役場幹部が3階に集まって・・・地震発生と、泊原発に異状が発生しつつある・・・という報告がされて・・・ 
 

 
 各個人の携帯電話にエリアメールが送信された時間は8時43分で、発信者は北海道でした。メールには『5キロ圏内の要援護者は避難準備を始めて下さい』との内容でしたが、この時は、町内の避難指示は出されておりません。ちなみに、各自治体を結んだテレビも準備をしていて・・・

 その後、北海道から『電源喪失、避難準備』との連絡が入り、ここから消防署が参加してきました。
 

 
 ・・・でも、シナリオ通りに進むので、けっこう待ち時間も多くて・・・町長もカメラPCの前に移動して、PCの上にはカメラがあって・・・16箇所と繋いでのテレビ会議です。

 さて、一方、住民への避難連絡は・・・・町の広報車で行う事となっていて、今回は、白岩・潮見・豊浜地区に広報車が出ていました。
 
 車には、役場職員が運転で、消防職員がマイクを握って、周知をしていますが・・・
 
 この車のスピーカーでは、音量が小さいような気がします。野外では聞こえますが、住宅の中、そして、最近の住宅は機密性が高いので・・・さらに、高齢者となれば、耳も遠いので・・・果たして、聞こえるのかなぁ・・・もっとも、訓練だから、あえて大きな音を出さなかったのかなぁ・・・

 さて、豊浜に向かうときは、何事も無かったのですが、町中に戻ってくると、潮見・白岩の間のワッカケトンネルで・・・「えっ?事故?」と思いつつ、速度を落としたら、係員が『進め』との合図がありトンネルに入り、トンネルを抜けてから停車しましたが・・・
 
 で、偶然、係員が来たので「今日の防災訓練と関係あるんですか?」と聞いた所『単独で、土現の方でやっています』との事でした。
 
 大きな地震が発生したら、トンネル内も調査してからでなければ、安全に通り抜け出来ないでしょう。また、トンネル手前と、出入口の壁には信号もついていますが、この信号や掲示板を見る・・・のかどうかは、微妙でしょうねぇ・・・


 さて、昨年は、午前中にバスに乗り込んだのですが、今回、バスでの避難は午後からでした。自分は体育館前でバスに乗り込みという事で、体育館前で待っていました。

 
余市町の職員も来て、点呼等を取り・・・ちなみに、管理職のヘルメットには、氏名も書かれているんですねぇ〜

 で、午後0時30分、再びエリアメールが届きました。発信者は、余市町で『バスで避難される方は、指定場所に集まって下さい』との指示でした。

 今回の避難では、車椅子の方も参加です。消防の指令車が迎えに来て、援護者を乗せて行きました。
 
 ちなみに、この車椅子の方は、午後1時過ぎに、農道空港に大型ヘリコプターが来て、乗せられて、小樽のフェリー乗り場まで来ることになっていました。
 
 ほぼ、時間通りにバスが迎えに来ていて、バスに乗り込んで・・・
 
 バスの中では、余市町の職員が色々と配りました。
 
 乗ったバスの番号で、余市・バス・3号車という意味で、用紙の方には、氏名・住所・生年月日等を記入して、この紙が、まぁ、住民票というか、避難所における証明書となりうるものです。

 小樽のフェリーターミナルでは、午後1時40分に到着。バスから降りて、テントで受付をして・・・

 

 
 自衛隊の車両も来ていて、除染作業等の訓練をやっていたのでしょうが・・・グループ事に、放射能測定や除染の仕方が違っていたようです。

 ・・・という訳で、我々のグループは、この車両の裏のに停車していた車両でやったのですが・・・
 
 この車両は、内部被爆の自動計測器という事です。ちなみに、車両ナンバーは『水戸』でした。
 

 で、我々のグループは、自動測定器に通されて・・・一人15秒ほどで計測終了。『異状なし』の場合は、その通りに表示されます。
 
 レントゲン撮影のように・・・ちなみに、入口と出口の扉があり、中に入ると、手のひらを広げていれる場所があって・・・
 
 計測の時間表示もあって・・・『はい、お疲れ様です〜』で、終了です。昨年手動で、時間がかかったのですが、すぐに終わりましたが・・・・
 で、ここで問題というか「話、違うぞ!!」という事で・・・

 9月27日に開催された、本日の訓練の説明会。この時、自分は「去年はホテルの中での測定だったけれども、今回はどこで測定するの?室内?野外?野外なら、服装を考えないと・・」と質問した所、『室内です』との事でした。
 余市からのバスは3台出たので、他のバスの避難者がどういう形で放射能の測定をしたのかは、分かりませんが、少なくとも、自分のグループは室内ではなく、野外での測定でした。
 今日は気温も高かったので、寒くは無かったけれども、雨でも降っていたら、気温も低く・・・うーん、当日にならなければ、分からない事もあるのでしょうが・・・ちなみに、去年も今年も10月だけれども、次にやる時は、真冬でやらないと、本当の訓練にはならないでしょうね〜
 
 

 
 測定が終わって、フェリーターミナル内に移動となりましたが、丁度、村田道議も来ていたので、1枚〜

 室内でも、放射能測定をしていたようですが・・・フェリーターミナルという事で、写真は、建物の中の2階へのエスカレーターと、さらに3階に移動して・・・
 


 
 3階の会議室のような部屋で、勉強会です。研修もバスのグループ毎にするので、前のグループが終わるまで、前室で待っていて・・・ここには、色々と展示がされていました。ちなみに、放射能は、ハンカチで口をふさぐだけで、内部被爆をかなり防げるようです。

 
 1枚、写してもらいました。で、自分の後ろの最後部に町長が座っていたのは、写真を見てから、わかりましたぁ〜

 
研修が終わって、建物の窓から見たら・・・ヘリコプターが来て、避難者を降ろしていました。ちなみに、自分の乗ってきたバスは3時には出発したのですが、余市の農道空港を飛んだヘリコプターは3時過ぎに、この場所に到着したようで、写真は撮影出来ませんでした。

 研修がわって部屋を出たら、積丹町の小学生が上がってきました。

 建物の外には足場が組まれ、カメラがセットされて・・・衛星を通じて、各所に放送されているのでしょうが・・ちなみに、パラボラアンテナには、北海道のマークがありましたが・・・カメラマンも吹きっさらしの高所という所で大変でしょうねぇ〜

 
 我々のグループは、早く到着したので、待ち時間もほとんど無く、乗ってきたバスに乗り込み・・・帰路につきます。ちなみに、バスに乗る前にテレビのインタビューを受けられた方もおりましたが・・・質問は『フルーツ街道を通って来たんですか?』との事のようでした。倶知安方面からの道路は限られるので、国道とフルーツ街道しかないのでしょうが・・・大型車がフルーツ街道を通るのは、結構厳しいでしょうねぇ・・・
 
 帰りのバスの中で、パンと水が配られて・・・小腹がすいていたので、すぐに食べました。ちなみに、写真はありませんが、午前11時頃、余市のイオンに行った所、避難の大型バスが3台、走ってきました。ここで、食料が積み込まれたようです。

 さて、午後3時51分に、三度目のエリアメールが入って来ました。発信者は北海道で、内容は『避難指示解除』との内容で、本日の訓練は終了〜という事ですね。もっとも、避難先では、まだ色々とやってるんでしょうが・・・

 さて、確かに避難訓練は必要だと考えていますが、これだけの人員と経費をかけて、その効果は、どうなのか。という事が、いまひとつ理解できないというか、成果が伝わって来ません。
 実際に放射能汚染が発生したとするならば、最初に避難をさせるべきは、未成年者であって、確かに、昨年は余市町でも小学生がバスで避難をしていましたが、今回はどうだったのか。また、地震は前触れ無く発生するものであって、これに対応出来るのか。
 地震で被害が出れば、末端自治体とすれば、まずは、目前の被害処理であって放射能被害による避難までは、手が回らないのではないか。と思っています。

 来年以降に再々度、訓練をするとするならば、パフォーマンスではない、厳しい状況を想定した中での訓練でなければ、意味がない。と考えますが・・・さて、みなさんはどうお考えでしょうか・・


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