参加報告 平成24年9月23日
      ☆平成24年余市町招魂祭☆

 『暑さ寒さも彼岸まで〜』と言われる通り、先週まで夏日となっていて、さらには湿気が多く、8月より暑かったのですが、一気に涼しくなって、夜、窓を開けて寝ていると風邪を引いてしまうくらい気温が下がってきました。

 ここ数年、何事に対しても『観測記録更新』とか『史上初めて』というような言葉、また、『100年に一度』といわれる事が、連続して発生しています。

 今年の秋分の日も、22日となるのが116年ぶり。という事ですし、空を見上げれば、月食・日食が今年は多かったですね。

 さて、余市町における秋分の日は、招魂祭が開催される事となっており、自分も議員職を預かるようになってから、毎年、かかさず出席しています。

 この関係は、明治神社大祭でUPしていますが、恐らく、戦後に始まったのではないか。と推測しています。

 という訳で、過去に写真をUPした事がありましたが、円山の山頂にある、忠魂碑を写して来ました。ちなみに、いつもは招魂祭が終わってから行っていたので、陽が登ってしまい、写真を写すと、どうしても暗くなってしまうので、今回は招魂祭の前に撮影してきました。
 
忠魂碑は余市戦友団が建設しており、おそらく、これが戦友団のマークだったんでしょうねぇ。
 
忠魂碑の基礎台座の真ん中、一カ所だけ不自然な石があります。軟石を積み上げている台座ですが、他の石は表面が整えられていますが、ここだけ、ガタガタです。おそらく、何かが彫ってあったのではないか。それを終戦後に削ったのではないか?と考えています。おそらく、16紋の菊ではないのかなぁ・・・と推測していますが、さぁて、どうでしょうかねぇ・・・

 
忠魂碑は円山公園の山頂にあるので、眼下には余市湾、また、沢町小学校やシリパ山も見えます。シリパも昔の滑走面がだんだんと分からなくなってきましたね。来年くらいで、その痕跡も無くなるのかなぁ・・・
 

場所を移動して・・・

 
 日章旗も軍艦旗も、今はよほどの事が無い限り、見なくなりました。軍艦旗は一般家庭にある方は・・・いるんでしょうかねぇ・・・最近、領土問題で、諸外国のデモ行進の中で、日章旗や軍艦旗を焼く姿が放映されますが、その中に軍艦旗もありますが、うーん、国内の家庭にも無い旗を、どうして外国の人が持っているのかが、不思議です。
 

 

日時 平成24年9月22日 土曜日 午前10時〜午前11時
場所 余市町福祉センター 富沢町5丁目
主催 余市町招魂祭奉賛会

 
議員の出席も年々少なくなって来ていますが、自分と野呂議員は、毎年かかさず出席しています。町長のモーニングも板についてきましたね〜


 
 さて、招魂祭は、毎年、同じ流れです。知事・遺族会・町長等の挨拶があって、その後、献花がされて、奉納詩吟が行われ、1時間程度で終了です。ですが、本当に参列者が少なくなって来ました。
 

 戦争犠牲者の慰霊祭では、どこでも高齢かがいわれていますが、あと10年もすれば、本当に参列される、関係者の方もいなくなるのではないか。と考えられます。
 
 政治の延長上にあるのが戦争だとするならば、また、相手側がある事から、好むと好まざると、その渦中に巻き込まれる可能性は、けっして否定出来ないはずです。過去から何を学び、何を伝えて、残して行かなければならないのか。という事も、考えて行かなければならないと感じています。


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