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参加報告 平成20年9月23日
        ☆平成20年招魂祭☆

 今日は秋分の日、彼岸の中日という事で、秋も一段と深まり、これから冬に向かい、今年は去年にもまして、灯油の価格も上がって炒るので・・・・寒い冬になりそうですねぇ・・・

 毎年、実施されている招魂祭が、今年も開始されました。ある方に『なぜ、今日が招魂祭なんですか?』と聞かれましたが・・・私は、招魂祭に参加さするようになったのは、平成11年からですが、毎年、秋分の日にやっています。さて、なぜんなでしようか??
 
 
 
町長が入院中という事で・・・副町長がお出迎え・・・
                    初の参列?でしょうか(??)

 招魂祭にも様々な意見があります。肯定派・否定派とあります。それが良いか悪いかは別として、60年前は"戦死"された方が余市町でも現実的におり、遺族も間違いなく、おられます。
 ですが、年月の経過とともに、間違いなく、遺族の方の参列も減っており、私が初めて参列した時から見れば、半分くらいになったのではないか?と感じています。聞く及ぶ話しでは、近隣町村では遺族会も次々と解散しているようです。
 
国家斉唱と黙祷から始ります
 
 そう遠くない将来において、この招魂祭も中止となるかもしれません。
 
                   
 町長の式辞も副町長が行いました〜
    遺族から献花がされ、最後は奉納詩吟で1時間あまりで式は終了です

 


 さて、以外と町内には、戦前の軍関係の石碑があります。これが良いのか悪いのかは別として、終戦直後、よく壊されなかったなぁ。と感じています。

 戦前生まれの方は、戦中戦後の経験もあり、日の丸君が代問題も含めて、それぞれの『考え方』を持っておられるのでしょうが、自分の年代になると、さて、学校でも習ったのか?という記憶もないです。

忠魂碑 明治43年、余市戦友団によって建立されています
 
正面台座にはサクラの花びらを重ね、中心には戦の文字が彫ってあります
 
            明治時代という事で横書きは右から書かれています
忠魂碑がある場所からは、ジャンプ台とシリパ山が見えます・・・シリパもスキー場だった形跡も・・・後、数年のうちにこの形も見えなくなるんでしょうねぇ・・・

 

 町内の石碑について、その存在を知ったのは、議員職を預かってから、どちらかといえば、ごく最近でしたし、町内で知っている方は、何名いるんでしょうかねぇ・・・

 
聖論の碑 昭和7年、在郷軍人余市町分会建立
  一、軍人ハ・・・・

 
 一、軍人ハ・・・・  とあります

教育勅語の碑  昭和15年、余市町教育会建立

 
山頂にある事から、風当たりも強い?と思われ、文字は風化してほとんど分りませんが・・・ろうじて、『朕』という言葉がある事から判断出来ました。石碑の裏板が抜かれており、さて、何が書かれてあったんでしょうか・・・・
※本文の一部を平成11年発行の余市の石碑より引用しています


 こういう歴史があったんだなあ。という事だけですので、他意は、ありませんので・・・・