参加報告 平成19年3月24日UP
     ☆豊丘小学校卒業式・閉校式☆


 明治34年3月に北海道庁から認可され、同年6月に民家を校舎として、大江村字下山道番外地に『下山道簡易教育場』として開校した豊丘小学校。
 昭和10年代には分教場や、昭和30年代には全校生徒200名近くもいた学校でしたが、少子化と過疎化の進行により、今年の卒業生を送り出した後、在校生は10名を切る事と、また、入学予定者が不在という事もあり、106年という歴史に幕を閉じることとなりました。

 18年度は、閉校記念という事で、様々な記念行事が行われており、そのフィナーレとなる、卒業式と閉校式が行われました。
 いわゆる僻地校は、地元密着型の学校であり、地域の行事=学校の行事という事もあって、生徒数より、地域の方の出席が多く、また、その声に答えるべく、子供たちも本当に一生懸命で、参列者一同、涙・涙の式典となっていました。


☆第59回卒業式☆
 余市町の小学校は、僻地校も合わせて、全部で6校あるのですが、卒業式は、別々の日程であり、豊丘小学校は3月21日・水曜日・春分の日に行われました。
 
 午前10時からの開始でしたが、卒業証書授与の後、生徒全員による楽器演奏や合唱、さらには、お礼の言葉と、全部で1時間30分にも渡る卒業式でした。
 ですが、けっして“長い”とは感じない、正に子供たちが主役の卒業式でした。

 
                   
今時、珍しく、紅白餅が配られました
時間となったので、体育館に移動です

 
 尚、卒業の期数としては、今回の卒業式は第59回となっていますが、幾度の制度の変更によるもので、以下の通りになっています。
                    
4名の卒業生が入場しました
 

下山道簡易教育所
    ※尋常科4学年
    明治35年・第1回〜明治41年・第7回
  ◎明治34年3月、民家を改築してスタート
  ◎明治35年6月、校舎増築

下山道小学校
    ※尋常科6学年
    明治42年・第8回(第1回)〜昭和7年・第31回(第24回)
  ◎明治41年4月、学制変更
  ◎大正15年4月、大江村から分離、余市町に編入

山道尋常小学校
    昭和8年・第32回(第25回)〜昭和16年・第40回(第32回)
  ◎昭和6年5月、名称変更
  ◎昭和6年8月、現在地に校舎移転
  ◎昭和8年から、在籍数100名台となり、昭和36年まで続く
  ◎昭和12年4月、町役場旧庁舎の下附により、運動場設置
  ◎昭和12年5月、住友鉱山に桜ヶ丘分教所新設
  ◎昭和13年、在籍数199名で最大

18年度在校生の力作であり、18年度小樽児童版画コンクール「青年会特別賞」受賞体育館に掲示してありました。
 
町役場旧庁舎の資材を使った体育館。でも、いつの時代の役場でしょうか?

山道国民学校
    ※初等科6学年
    昭和17年・第41回(第1回)〜昭和22年・第46回(第6回)
  ◎昭和16年4月、名称変更
   ◎昭和16年9月、40周年に合わせて、校旗・初代校歌(それまで校歌 
          は無かった)・校章制定の他、校門新設、二宮尊徳銅像
          建設
   ◎昭和21年1月、二宮尊徳銅像代替石像除幕式
              (戦時中に物資として出された)
山道小学校
    昭和23年・第47回(第1回)〜昭和30年・第54回(第8回)
  ◎昭和22年4月、新学制により名称変更
  ◎昭和23年4月〜新校舎(現校舎)建設に着手
  ◎昭和24年1月、新校舎落成
  ◎昭和26年9月、50周年に合わせて、2代目校歌制定


豊丘小学校
   昭和31年・第55回(第9回)〜平成19年・第106回(第59回)
  ◎昭和30年9月、町名変更により、名称変更
  ◎昭和33年11月、バス路線開通
  ◎昭和36年9月、校庭拡張整備完了、校旗・3代目校歌・校章制定
  ◎昭和43年7月、ビニールプール新設

豊丘小学校としての卒業生番号は608号が最後でしたが、卒業生の総数としては1179名です。

学校長式辞
 
                     PTAより来賓の方が多いです

教育委員長告辞              PTA会長挨拶
 

同窓会長挨拶          卒業生からの呼びかけとそれに答える在校生
 
呼びかけの内容は一年の行事を振り返っていましたが“原稿無し”でやっていました。

ちなみに、今日、来ていた議員は、私と土屋議員だけでした。
 
            その後、器楽演奏・歌の合唱と、盛りだくさんでした

卒業生へ各種の記念品贈呈

 
今日は祝日という事で、3月議会も休み。という事で、教育長も出席していました


☆閉校式☆
 閉校の期日としては、平成19年3月31日ですが、一足早く、3月24日・土曜日、午前10時から、豊丘小学校体育館において、閉校式が行われました。

 
校門の手前にある二宮尊徳石像          校門・右側

 
 閉校式次第
・開式の辞
・黙  祷
・国歌斉唱
・閉校宣言
・学校長挨拶
・式  辞
・PTA会長挨拶
・感謝状贈呈ならびに謝辞
・電文披露
・児童発表
・校札返還
・校歌斉唱
・閉式の辞
 

 
これらの看板は生徒手作りで、制作者の氏名も明記してありました
 
小さい学校でも、保健室にはベッドが用意されていました

 

 
学校の廊下には昔の写真も掲示されていました。卒業式の話ですが、来賓として来ていた、おばあさんが「これが、初代の校長先生で、この女性が校長先生の娘さんで、娘さんも一緒に教えていたよ〜」と話していました。歴史を感じる話しですねぇ。

 
テレビカメラとしてはHTBさんが取材に来ており、また、数社の報道も来ていました

本日の出席者は、名簿上では212名という事で、体育館はビッシリでした
 
               教育委員長から『閉校宣言』が発せられました

学校長の挨拶は『赴任した時に、『最後の校長になるかもしれないよ』と言われて、そうなってしまった。』と複雑な心境を表されておられました。
 
                       上野町長の挨拶
各種の感謝状の贈呈がされ、謝辞の代表として前々の学校長が挨拶されました。
 

卒業したばかりの6年生も式典には参加して、豊丘小学校の歴史のスライドを交えて、発表していました。その中で2代目校歌の斉唱も行われました。
 


 
『人生のメーリーゴーランド』という曲の演奏と『はばたこう明日へ』の合唱が行われました。


校札返還、学校長から町長に手渡されました
 
『校札返還』?と何を返すのか?という事が判りませんでしたが、学校長から町長に手渡されたものが、ステージ上の演台に置かれて、初めてわかりました。学校の表札です。
 今日、学校に来たときに、校門の外に車を駐車したのですが、その時、校門を見て「あれ?ここに張り付けてあった、看板が無くなったなぁ」と感じて、シヤッターを切ったのですが・・・・後で、閉校記念誌を見たら、正面左側についてあったんですねぇ。写したのは右側でした。


最後は校歌の大合唱で終了しましたが、この時は動画があるんですが、どうやってUPするのかが、分かりません。どなたか、教えて下さい〜
 
今日の司会は、町教育委員会職員でしたが「本校の卒業生です」と自己紹介をしていました。

今日の式典も1時間30分にも及ぶ式典でしたが、参加者全員、涙・涙の閉校式となっていました。


☆閉校偲ぶ会☆
と き 平成19年3月24日・土曜日 午後1時〜
ところ ホテル水明閣
 

学校長挨拶               上野町長挨拶
 
 『閉校式の挨拶は考えていたが、偲ぶ会までは考える時間は無かった。卒業式、閉校式と子供たちは本当によくやってくれました。きっと、新しい学校でも、やってくれると思っています。教頭先生以下、先生方もありがとうございました。今は頭の中が真っ白です。』との挨拶をされておられました。

豊丘区会の区会長も挨拶されました。 渡辺副議長の乾杯の挨拶。
 
乾杯は議長の発生でしたが、議長は2月10日に骨折して、入院中という事で、副議長が議長代理で行いました。ちなみに、議長は近々退院するそうです。


開宴の中では、本日配布されたDVDの一部が放映されていました。
 
 
記念品として、閉校記念誌とDVDが2枚でした。

 歴史ある学校の閉校に際しては、新入学生が不在という現状があります。これは、どうにもならない事です。ですが、記憶に残る式典だった事は、間違いありませんでした。
 尚、現在の校舎は、地域とも話し合いのうえ、地域の福祉施設が譲り受ける事となっており、校舎としては、今後も歴史を刻むことになっています。

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