独り言 15年11月9日UP
☆第43回衆議院選挙☆
第43回の衆議院選挙が、本日の午後8時の投票締め切り、開票もほぼ終わった。という事で、このHPをUPした。
さて、今回の選挙においては、私は鉢呂吉雄氏を全面に出て応援した。なぜ、鉢呂氏なのか。という事だが、これには非常に長い経歴がある。
まず、自分が選挙とかかわり出したのは、箕輪登氏から始まり、その後、箕輪氏の引退によって、松浦昭氏となった。
松浦氏の時に当時の竹下派の経世会の研修会にも参加した事もあった。
時代は中選挙区から小選挙区になり、松浦氏は、羽田孜氏や小沢一朗氏とともに、新生党と変わっていったために、自分もそのように変わっていったが、現時点ではどの政党の党籍も持っていない。
10月28日・火曜日
倶知安町事務所の出陣式 お茶で必勝祈願

倶知安町市街で第一声

中選挙区から小選挙区になった事の一番の弊害は、政党で選ぶのか、または、候補者個人を選ぶのかという時代となったが、これが一致している場合は、問題が無いが、そうでない場合も多いのでないか。そして、そう思っている人もかなりいると思っている。
10月30日・木曜日
小樽市内の国道で 余市町モイレ山で

今回の衆議院選挙においては、自分の中で、一つの決意とまでは言わないが、どの候補者でも良いが、態度を明確にして、応援をしようと思っていた。
今年、余市町としては、選挙の当たり年で、8月は自身の選挙であったが、4月の道議選では余市町から出馬をする候補者が3名いた。
中村氏・野原氏・市橋氏であったが、中村氏・市橋氏はそれぞれ、個人的な付き合いがあり、また野原氏も議員としての素質は両氏より上と判断していた。
結局は、どの候補者に対しても応援はしなかった。つまり、まったく中立でいたが、世間では落選した候補者という事になっている。
結局は、どちらからも悪く言われるであれば、どちらかに旗を上げた方が良いと思っていた。
10月30日 小樽市民会館での決起大会
元自由党幹事長の藤井さんの応援演説が一番面白かったです。また、横路候補も応援に来ていました。

そんな過去や流れがあり、また、今回の候補者である鉢呂氏は、農家生まれの農協出身という経歴がある事から、農業の事は、やはり農家か農業関係に従事した者のみが実態を理解してくれている。という現状があり、今回は鉢呂氏という事で、早い時点で明確に応援する事を決めた。
そんな訳で、10月14日に開催した“はちろと語ろう”から始まり、告示の日は倶知安で届け出という事で、倶知安事務所においての出陣式から第一声まで出向いていた。
余市町は手稲・小樽と後志を繋ぐ経由地という事で、余市町では鉢呂候補の3回の街頭演説が行われ、その総てに参加をして、カメラ小僧宜しく、写しまくっていた。
11月1日・土曜日
余市町ホーマック前で


今回の選挙はマスコミもけっこう付いていて、10月14日のディスカッションからカメラが入っており、この日もインタビューが行われていました。
11月6日・木曜日
古平町市街で

ウグイスのみなさん、ご苦労様でした。4月選挙よりは寒くなかったけれども、やっぱり、寒い選挙でしたネ。

さて今回の選挙では、色々な事を感じたが、驚いたのは、国会議員の能力の高さというか、人を覚えるという事に関しては、一言、スゴイという事を感じていた。
また、その反面、広域選挙という事に関してどのように攻めるのか。という事に関しても勉強をさせてもらった気がした。
11月6日・木曜日
余市町北海信用金庫前。余市町での最後の街頭演説

余市町の最後という事で後援会から花束の贈呈がありました

余市町の選挙情勢としては複雑で、毎回、状況が変わっている。選挙結果としては、総体では10万票に乗せ、余市町としても5612対5476と辛うじて勝てたが、全般的な雰囲気としは5千を取れるような雰囲気ではなかったような気がしている。

はちろ候補と写したのは、この1枚だけでした。
全国・各地の民主党の選挙がどんなやり方をやっているのかは分からないし、それぞれの地区の事情というものもあると思う。そして、民主党としては善戦した結果となったが、本当に政権を取るとするならば、まずは選挙で勝たなければならない。
それには、もっと広い視野を持って、選挙をしなければならないと感じた選挙であった。
もう、15年も前の話であるが、経世会の研修会の時、『後援会の作り方』という講演があった。その中で、講師の方が『選挙は、旗本を作らなければならないし、みんな旗本になりたいんだよ。外様はダメなんだ』と話しておられた事を今でも覚えている。
選挙は勝たなきゃ、ダメだよねぇ。
そうそう、じつはデジカメで動画も撮影していたんだけれども、UPの仕方が解らないんだょねえ。だれか教えて〜!