平成14年10月23日・作成
   ☆町村合併☆
 10月22日・火曜日に余市町が主催・企画した第2回市町村合併に関する町民研修会が、余市町中央公民館3階301号室で開催された。
 (当日の模様は参加報告に写真入りで掲載をしています)

 町長はこの講演会開催の挨拶の中で、町長は、町村合併に対し『各町村で温度差がある。』『情報提供をする。』との挨拶をしていた。
 この町長の挨拶は、挨拶としては理解出来るが・・・・・・

 後志タイムス10月15日号・通算467号に注目すべき記事が掲載されていた。(以下、要約)
 
仁木町定例議会は9月25日に開かれ、三浦町長は次のような注目すべき行政報告を行った。
 北後志6市町村広域問題研究会(事務局、小樽市役所企画部)は9月10日・火曜日、午後1時から小樽市役所において『第2回北後志6市町村長行政懇談会』が開かれ、次のような報告があった。
・担当者レベルでは考え方がなかなか息詰まってきたことを否めない。
・合併のメリット・デメリットを検討するにしても具体的な枠組み、合併相手の顔が見えて来なければ協議が進まない状況にある。
・これらについての考え方を率直に議論していただきたいという内容が報告され、今後の方針等について意見交換が行われた。
・小樽市と赤井川村の合併パターンについて小樽市がまとめ役となって協議をしてゆく。
・北後志5カ町村の合併パターンについては余市町がまとめ役となって研究協議をしていく。
・北後志6市町村広域問題協議会は今後も存続し、共通の課題について協議をしてゆく。
 以上、今後の検討方針等について確認され担当者レベルで検討させることとなりました・・・・との行政報告を行った。

 余市町の9月定例会は9月17日からであり、この6市町村長が集まったのは、定例会の丁度、一週間前であったが、余市町議会の定例会では、この件の行政報告はされていない。
 無論、仁木町で行政報告をしたからといって、余市町でも行政報告をしなければならない。ということは、ないだろう。しかし・・・・である。

 少なくとも9月定例会で、それに関する報告が行われた事実はないし、では、所管の総務委員会はではどうだったのか?といえば、有ったのかもしれないし、無かったのかのかも、わからない。少なくとも、自分の耳には入っていないのは事実である・・・・・。


 国は合併をさせたがっている。なぜ、合併をさせたがっているのか?と言えば、理由は簡単。財政難。それが全てである。


 合併までは行かずとも、市町村をまたがり、広域でやった場合の方が効率や総計費として削減になる場合もあり、総てがダメだとは言い切れない。しかし、すべての自治体がそれに当てはまるか?といえば、お家事情がまったく違う。

 先日、ある全国ネットのテレビ放送で淡路島の合併話が放送されていた。その中で印象に残った事は、昭和30年代の俗にいう昭和の大合併の影響で、隣家と町名が違うとい自体が発生してしまった。
 当時、それをなぜ認めたのかは分からないが、町の中に隣町を名乗る家が何件も出来てしまった事実がある。
 別に、町名が違っていても生活する上では別段困ることはないだろう。しかし、同じ地区に住んでいて、町の中に隣町の名前があるというのは、決してこのましい事ではない。
 また、この他の事例として、合併に当たり、どちらの側に付くのか?という事で選挙が行われ、今までの方針と反対側の方針の町長が当選をしたが、その差が数十票という事で、町を完全に二分している例も紹介された。


 さて、自分も議員という事で、自分の持論はどうなのか?という事だが、合併に対しては反対である。

 反対理由としてはいくつかあるが、最大の理由は距離の問題がある。この距離という物理的な問題は、いくらインターネットが発達しようが、解決の出来ない問題である。また、もう一つ、行政サービスという面で、間違いなく質・量とも落ちることは明白である。

 どの町村でも、概ね、そうだと思うが、役所はその町の中心に作られており、車で30分も移動すれば、だいたい到着出来る。
 しかし、今、言われるような町村合併をしたと仮定をした場合、この地域では、もっとも遠い所では片道2時間もかかる場所もある。役所に来るだけで、一日仕事になってしまう場合もありうるであろう。

 確かに、これからはネットの時代ではあり、パソコン等により、住民票は窓口に行かずとも、取れるようなると思うし、これからは住基ネットの関係で、住民票そのものが必要なくなると思う。
 では、その他の書類はどうなのか?と言えば、所詮、お役所仕事である。ハンコ一つ無くても『再提出』と言われるのが現状である。
 無論、合併しても、今ある各町村の役場は支所のような形で残るであろうが、最終的には“本庁”に集約され、『本庁に行って下さい。』といわれるのは、十分に想像出来る。 この時、役所の側にすんでいる人は良いだろうが、本人がそれを望んで山奥にすんでいるのならば別だが、不可抗力によって、結果的に離れてしまった。としたら、この逸失利益はだれが責任をとるのか?
 それに、パソコン時代とはいえ、100%の人がそれが出来るのか?と言えば、それこそ、100年かかるだろう。


 以前、今回と同様な合併の講演会で講師に対しこういう質問をした事があった。その講師の方は、合併推進派の人であった。
 「今でも、毎日、80キロを通学している高校生が現実的にいる。合併と教育はイコールにはならないが、合併をしてその地域には高校は一つとなった場合、どうするのか?80キロの通学路は常識の範囲を超えており合併が進めば、その可能性も十分ある。国は、こういう現状を知っていて、合併を言うのか?」と。
 講師の方の答えとしては『そこまで考えていないでしょう。』との事であった。

 学校問題は、基本的に一般行政とは異なっており、子供(生徒)一人に対して◎◎円という基準があり、町村合併と同一には語れないであろうが、所詮、子供や生徒の居ない学校は、無くされてしまうのが現状である。
 小学校は、さほどでも無いだろうが、中学・高校になると、これは、はっきりして来るのでは無いだろうか。特に、高校は絶好のターゲットであると考えている。
 今、管内には3校の公立高校があるが、子供の数そのものが少なくなって来ている現状、また、大学区(現在は、中学区制度です)となり、仮に、北後志5カ町村で合併をすれば、『新町で1校』といわれるのは明白だと思う。
 本人の学力の問題もあるが、学校が無ければ選べない。という事になるのではないか?選択の自由が無ければ、いっその事、高校も義務教育にすれば良いが、やはり、そうも出来ないだろう。となれば、入れる学校に遠くても通わなければならなくなる。
 確かに、学校の授業もテレビ・パソコン回線で出来る時代となったが、学校は、集団生活を身につける場所でもあり、テレビ授業だけやれれば良いものではない。
 また、学校はある意味、地域の中心であり、学校の無い地域は、衰退の道を歩むのは、過去の事例が証明している。

 以上のように、距離的問題は絶対に解決出来ない問題であるのではないか。


 現在は、民主主義という多数決の理論がある以上、どうしても、人数の多い方が優先されてしまうという事にある。行政は公平ではあるが、平等ではない。
 当然、合併をすれば、首長・議員・自治体職員と間違いなく削減出来る。しかし、自分の現状では、単独でこれ以上の働きは出来ない。
 今でさえも、町内の総てを回り切れない現状があり、これ以上に面積が広がれば、秘書を雇うかしなければならないが、その経費はだれが出すのか?これもまた物理的に不可能である。
 自分は議員として、議員の立場にしがみつこうとは思っていないし、また、報酬によって、議員をやっている訳ではない。そうではあるが、自ら持ち出しをしてまで議員をする必要はないと思う。
 現在、自分は一月、20万円の議員報酬を預かっているが、選挙というもので選ばれる立場として、もう一つ持っている。それは農業委員である。
 農業委員の報酬は一月、25000円であり、これが2カ月分まとめて預かっているが、当然、今回の合併人員削減という件に関しては、この農業委員も対象となっている。
 農業委員もなり手が居ないというのが現状だが、なぜ、なり手がいないのか?と言えば、報酬は別として、時間が取れるからである。
 現在でも多いときには月に4回も出ているが、農業は代理が出来ない。つまり、自分の仕事が遅れ、さらに農業である以上、天候にも左右され、タイミングを失えば、その年の営農に多大な悪影響を及ぼす場合がある。
 これが合併により広域となった時、今まで町内だけでなった事、つまり、移動時間についてはさほど考えないのが、片道2時間もかかる所まで、現地確認に行かなければならないとすれば、月、25000円の報酬で見合うのか?という事になる。


 町議であろうとも、農業委員であろうとも、選挙というものがある以上、選挙で勝ち残らねばならない宿命があり、勝ち抜くためには、多数決の多い方に与するしかないのも、これまた事実である。
 結局は、少数になった側は、どうしても「次ぎに」と後回しにされ、結局は、明暗の差が、益々激しくなって行くのが現実だと思う。


 国は合併特例というアメをぶら下げて、『今、合併をすれば、今後10年は保証しますょ』と言っているが、では、本当に10年間は保証してくれるのか?
 今、景気が悪く税収増は望めない。限られたパイを分配するのであるから、分母が小さくなれば、分子も小さくせざるを得ないし、この保証は100%国が保証する事でなく、あくまでも、各自治体が借りて、そのうちの何割かの部分だけを裏判を国が押すだけの話である。将来先払いの契約書に過ぎず、都合が悪くなれば、それをホゴにする書き換えも、作れるのである。
 10年の保証といっても、結局は、だれも保証をしてくれないだろうし、このような問題で、役人や国会議員が責任を取った事はあっただろうか。


 以上のような事由で合併には反対ではあるが、まぁ、言い分はなんとでも付けられるが、要は、合併に反対とか賛成とかの問題は無く、これからの町作りをどうするのか?ではないだろうか。
 明確なビジョンがあり、そのために現金が必要であれば、合併をして今後10年間で目標とする町を作り上げれば良いのであり、単に問題を10年先送りにするために合併をするというのであれば、何も問題解決にはならない。単に地域間の対立と遺恨を残すことだけにしかならないと思う。

 合併は、結婚と同じであると思う。人生を一緒に歩めるか?生涯、添い遂げる事が出来るのか?であり、ただし、離婚はなり得ない結婚である。そのためには、相手の懐具合も分からなければ、進められない話である事は間違いのない事実である。


 そのためには、しっかりとした情報公開と、首長は何を持って、当たるのか?だけしかないはずである。しかしである。言葉とは裏腹に、何も分からないではないか!!

 分からないものに、住民に対し説明が出来ない事項については、賛成は出来ないし、自分としは、この町の議員である以上、この余市町にとって、合併は良いのか悪いのか?だけしかない。

 生活レベルを昭和20年代に戻せば、何も難しい事は無いだろうに。どちらにしても、現金不足じゃぁ、無い袖は振れないョ。



 議員=政治家なのだけれども、今日の講師の先生に言わせば、政治家=利権である。確かに、議員は、利権かどうかは別として、己に不利になる事はやらないし、自分も含めて、選挙という事を常に意識しておかなければならない宿命がある。
 合併問題は、この国の未来を含め、今後の地方自治、政治の手法やあり方も、すべて、一変させる100年に一度の機会なのかもしれないなぁ。

                             作成・平成14年10月23日

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