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独り言 平成27年9月7日UP
   ☆アクセス34万件と議長選挙☆

 選挙があった関係でしょうが、33万件からの34万件のアクセスは、いつもより早かったです。
 さて、かなり時間が経過しましたが、34万件のアクセスは8月26日、20時36分でした。ありがとうございました。

アクセスログ解析
解析対象期間 2015/05/08 01:06:26
           〜 2015/08/26 23:54:58

総アクセス数  10411
一日平均       93.79
平均アクセス間隔   15分21秒に1アクセス
一意の訪問者   2495
再訪問      7916
再訪問率       76.03%
再訪問までの平均間隔 16時間6分54秒


月別アクセス状況 
2015年05月 1667
2015年06月 2333
2015年07月 2257
2015年08月 4154
 
曜日別アクセス状況 
日曜日 1456
月曜日 2446
火曜日 1563
水曜日 1351
木曜日 1280
金曜日 1361
土曜日  954
  
 
この期間中にアクセスが多かった日
15/05/19 (Tue) 127
15/06/15 (Mon) 144 お祭り関係のUPでしょう・・・
15/08/02 (Sun) 589 選挙投票日、以後アクセスが多くなっています
15/08/03 (Mon)1060 
15/08/04 (Tue) 173
15/08/05 (Wed) 121
15/08/06 (Thu) 130
15/08/07 (Fri) 152
15/08/08 (Sat)  94
15/08/09 (Sun)  87
15/08/10 (Mon) 139


 さて、今回の1万件のアクセスについては、「選挙があるので、多いだろうなぁ」とは予想はしていました。
 そして、開票日の午後10時くらいから、アクセスが急激に伸びだして、8月2日だけでも、600アクセスに近く。そして、翌日の3日は1000アクセスを越え、正直、ここまで伸びるとは思ってもいませんでした。
 これは、翌日、8月3日の新聞に各候補者の得票数が掲載されなかったことが主たる要因だとは考えていますが、4年前の選挙の時は選挙の翌日で500台のアクセスだったのが、4年を経過したことによって、倍のアクセスとなった。
 これは、それだけ、自分のホームページが定着した事と、また、固定式のインターネットだけではなく、持ち運びの出来る端末機が増えた事によるものと推測しています。
 どちらにしても、「早く知りたい」という要望に、応えたのが、自分のサイトだけであった。という事が1000件を超えるアクセスに繋がったのだと考えています。
 自分としても、一日1000件のアクセスには・・・・驚いています。
 
 ちなみに、自分の選挙結果は、8月2日の23時40分頃にはUP完了。つまり体育館で発表された後、10分程度でUPしましたが、余市町のホームページに選挙結果が掲載されたのは3日の12時頃。つまり、自分より12時間も遅くなっていました。



 さて、さて、選挙が終わった後、みなさんの注目としては、議会人事。という事だったと推測しています。
 8月27日・28日のアクセス数は、27日125アクセス、28日は152アクセスと、一日100件を越えれば多い方なのでしょうが、数値を見ても、それなりに注視されていた事が理解出来ます。

 そんな中で、議長が決まった8月27日以降、よく聞かれる事が『どうして中井議員が議長2期目なのか』という事ですし、また、『なぜ、第一会派から出さないのか』という事でした。


 今回の会派構成等についても、様々な過程があったのでしょうが、あくまでも、自分が直接的にかかわった事項だけ。という前提で・・・・

 今回の選挙結果から判断しても、「投票者数が落ちている中、また、大半の現職が票を落としている中で、自分の票が伸びたという結果から判断して、自分の票が伸びたのは、「自分に対しての期待票である」と感じていました。
 つまり、『吉田議員の持っている能力を、議会の中で、キチンと働かせてほしい』という事であろうという意味だと、理解していました。

 過去において、自分としても好きで無会派をやっている訳・・・ではないのですが、会派に所属すれば利点と不利点があります。
 また、これは末端の地方議員は同じなのでしょうが、議員専業で食べて行ける訳ではない。という実態もあります。

 会派に所属すれば、自分の意に反してでも、会派として同一行動を取らなければならないのがルールであって、また、議会の出来事を発信するにしても、ツイッターやブログといったように媒体での発信は、誤解を招く恐れがある。
 これを回避するには、過去の経過も含めて、その過程や考え方を明確にする必要があり、これを文章という形にするのには、相当な時間が必要となる。
 つまり、仕事と議員の仕事をどう両立させて行くのか。有権者の方が求める議員の理想像と現実、さらには、議員個々が持っている能力や性格という面もあると考えています。

 これらの問題を、どうバランスを取って、私生活・議員活動をして行くのかが、正直、難しく、特に自分の場合は、他の議員がやっていない活動、つまり、インターネットによる莫大な発信と紙面ニュースの配布は、それなりに負担となっています。
 当選回数が増え、また、会派に所属すれば、当然、会派内の役職や議会役職を受ける事になり・・・・正直、これがかなり面倒である。という面も間違いなくあります。
 
 さて、今回の議会の会派結成にいたる過程としては、前期の新自治研究会という会派が単に、新会派である民友クラブとなった訳ではありません。
 また、今回、自分としは、「どこかの会派に所属しなければならないだろうなぁ」と考えていました。これは、既存の会派もありうるし、また、新しい会派という考え方もありました。
 ちなみに、選挙結果を受けて、また、前期の流れの中から、選挙直後に会派に所属していなかった議員は、佐藤議員、庄議員、茅根議員と自分の4名だけでした。

 自分としては、会派制度の問題点もある事から、「さぁて、どうしましょうか」と考えていたのもありましたが、選挙が終わった翌日には『新しい会派が出来るみたいだ』というウワサでそのメンバーも耳にしました。
 それが事実なのかどうかは、分かりませんでしたが、時間経過と共に、そのウワサは確実なものとして聞こえて来ており、その過程の中で、結果として、新自治研究会という会派か、解散したという結果になったそうです。

 自分としては、1名の議員と「会派を組まないか」という話し合いはしましたが、他の議員には、接触も無かったですし、こちら側からの話し掛けもしなかったです。


 そして、8月20日の議員協議会へと進みます。

 議員の任期は8月18日まで。となっており、その間に、水面下では、それぞれが交渉をしているのでしょうが、今回の選挙では、政党所属や政党公認や推薦をもらった議員は共産党と公明党だけでした。
 前回の選挙では民主党の公認・推薦候補もいたのですが、今回は、民主党系候補者は、全員『無所属』となっていました。
 ですが、実際の選挙戦では民主党の国会議員が応援演説をした候補者が3名いた。という現実もあります。
 自分も国政レベルの選挙では、新党大地を応援している関係で、また、現在、大地所属の国会議員は、民主党に所属しているという現状もあります。

 選挙後は、無所属議員は、理論上では、どこの会派に所属しようが、これは、会派を移動しようが、新しい会派を立ち上げようが、自由であって、選挙後に会派の陣容が変わることは、珍しいことでもありません。
 また、現在の余市町の選挙では、選挙時点では会派に関しての争点、もしくは候補者からの主張は無いのが現状となっています。

 さて、こういう現状もあって、8月20日を迎えたのですが、20日前に聞いていた新会派の立ち上げは、20日の朝には、結果として、無くなってしまった。という結果となってしまいました。ちなみに、なぜ壊れたのかは、色々な話があるのですが、自分が直接かかわっていた事ではないので、話す立場にはありません。

 これを受けて、自分としては、前期に所属していた『よいち未来』に対しては、「今回の選挙の兼ね合いもあり、民主系(理由は前掲の通り)で集まる。という手法もあるのではないか」とは考えていましたが、会派は人の集まりである以上、好き・嫌い、得手・不得手という考え方もあり、結果としては、この話しは成り立ちませんでした。

 さて、20日の議員協議会では、『会派届け』が提出され、会派が出揃った時点で、各会派から出された代表者によって世話人会が組織され、その中で、議長を含めて役職については話し合われます。
 この時点では、『話し合いによって指名するのか。選挙をして決めるのか』という段階です。

 その話しに進むにしても、会派届けが出されなければ話しは進まず、結果として、20日に届け出がされた会派は、共産党と公明党、よいち未来の3会派で18名中、7名という状況でした。
 結果として、翌日の21日も、まずは会派届けの話し合いがされて、21日の朝の時点で、明政会は既存議員の3議員と2期目の庄議員と1期目の茅根議員が所属、5名として届け出がされました。
 
 さて、残された6名ですが、この時点では、前掲のように前期の新自治研究会という会派は、一応、解散していたという認識を自分はもっていました。

 20日の終了時点での自分の考え方としては、3ツありしまた。

 一つは、6人で新会派として組むこと。一つは6名の中から数名で新会派を組むこと。もう一つは無会派を選択する事。でした。
 ですが、どれも一長一短があると感じていて、「さぁて、どうすべきか」と決められないでいたのが、少なくとも、選挙結果から判断して、また、前期の経過もある事から、「自分も含め、今期は、一人の議員も無会派にしてはならない」とは、強く考えていました。

 最終決断を出来ないまま、21日の朝を迎えましたが、結果、21日の朝に、この時点で所属が決まっていない6議員が集まって、話し合いをした結果、6名で新会派を組む事となりました。

 急転直下、決まったのですが、話し合いの結果としては、8月27日に壁新聞に掲載した理由です。
 簡単に言えば、1・過去との決別。2・役職取りに奔走する事はしない。3・年齢の若い議員が主体的に動く。の3点において合意したものです。

 これを基にして、会派届けをした事によって、その後の、新しい議会の役職が決まって行きました。

 まず、今回の役職を決める過程の中で、4年前を知らない4名の議員を除いて、おそらく、全員が『選挙は避けよう』という考え方を持っていたと推測しています。
 これは、自分も同じですが、結果として第一会派となった所属する民友クラブがどう出るのか。という事では、21日の朝の短い時間の話し合いの中では、『議長は取りに行かない』という取り決めをしました。

 ここでなぜ『第一会派なのに議長を取りに行かなかったのか』という事ですが、選出方法としては、話し合いか選挙しかないのであって、話し合いが出来なければ、選挙となります。
 選挙となった時、果たして、選挙で勝てるのか。という問題があり、『勝てる』という保証が無かった。良くてイーブンであり、同数になった場合は、くじ引きで決められます。
 この選出の方法は、議長選挙と副議長選挙で行われる事から、借りに半数を確保しても、議長職が取れる。とは限りません。

 また、前期の人事で混乱をした事もあり、結果として、あえて選挙には持ち込まないという考え方が、強かった。という事も背景にはあると考えています。

 各議員がどう考えたのかは分かりませんし、また、前期の中井議員の議長をどう判断したのかは分かりません。

 自分としては、確かに前期4年間は、様々な面で混乱した議会となっていたとは感じていますが、中井議長が議長席に座って、本会議の議長口述が下手くそであった。という事は無かったと感じています。
 また、前期において、反発があったのは、3期目で議長となった事。一般的に議長席に座るとすれば、議会運営委員長、副議長と、これらの役職を経験した上で、議長席に座る。という事ではなく、いきなり議長席に座った。という事があったという側面も感じています。

 今回は議長席に座るとすれば2回目であって、さらに当選回数も4期目という事であれば、一応、4期目以上となれば、だれが議長席に座っても当選回数として問題はない。とも感じています。

 これらの背景もあって、とりあえずは、無投票の指名推薦で決着しましたが、無投票の議長選出は、平成8年以来、実に20年振。という事となりました。
 また、第二会派が議長となる事も、余市町議会では過去にもあった事でした。


 所属会派の民友クラブとしては、「副議長より監査委員の方が良いだろう」という意見となり、当然、「第二会派に議長を譲る」という事となれば、第二会派の明政会でも異論は無く、結果、民友クラブとしては、辻井議員を監査委員に推薦する事になったのですが、役職を決める順番としては、議長・副議長・監査委員という事となり、さらに、監査委員は理事者側の提案という事となります。

 そして、議長選挙の後、副議長の選出に進むのですが、議長が無投票だった事もあって、副議長も無投票の指名推薦。という事となりました。

 民友クラブとしては、監査という事ですので、残りの会派の中から。という事になるのですが、共産党・公明党・よいち未来の3会派の中から。いう事となり、自分としては、この中では、白川議員をイチオシとして考えていました。

 まず、今回の選挙戦を終えて、議員歴が長い順番として以下の通りですが、同じ期数といえども、途中で辞任等があれば変わって来ます。
6期目 佐藤議員
    吉田 豊議員
5期目 白川議員 吉田浩一
4期目 中谷議員 
    野呂委員 近藤議員 中井議員 溝口議員 藤野議員 野崎議員 土屋議員
    辻井議員
3期目 不在
2期目 岸本議員 
    庄議員
1期目 安久議員 大物議員 茅根議員

 つまり、現状の中では、第三会派以下では、白川議員が5期目という事。また、女性という事もあります。
 女性議員の立候補状況と当選状況では、余市町議会では、多い方であり、特に平成15年の選挙後では、定数22名中、5名が女性議員。占有率としは22%もありました。しかしながら、今回は18名中、2名という事で11%となってしまいました。
 また、白川議員は自分と同期当選組ですが、自分と同期で初当選をした議員は5名いたのですが、今は、白川議員と自分だけ。となっています。
 そして、白川議員は、選挙では常に上位当選をしており、今回は初めてですが、トップ当選をしています。
 当選出来れば、トップであろうと最下位であろうと同じ・・・ですが、やはり、それだけ支持を集めている。というのが現実だと思います。
 
 同期の議員が出世する。という事は、自分としては大変うれしく感じていますし、今回の副議長への選出には、強く、押したつもりです。
 ちなみに、余市町議会で、女性で副議長になったのは白川議員が初めてです。

 まぁ、どちらにしても、議会内部のパワーバランスと各々考え方が、珍しくまとまった。という事が、こういう結果となったと感じています。

 議会三役の任期は4年間であり、委員長の方は2年後に改選であり、この陣容で進んで行きます。
 
 今期、始まったばかりで、来週から9月定例会が始まる予定であり、新人議員も増えた事により、どう議会が進んで行くのか・・・自分としても注目していますし、そして、自分が選挙の時に、「議会改革を目指します」を公約として掲げましたので、これを目指して頑張って行きたいと考えております。