独り言 平成27年2月26日UP
      ☆議員15年在職表彰☆

 平成11年8月に、当時、37歳で立候補し初当選。以来、4期連続当選をさせて頂き、現在4期目。今年は議員選挙の年ですが、今は議員職を預かり16年目を迎えております。
 この度、議員在職15年目の表彰をうけました。

 
 2月23日開催の余市町議会第1回臨時会の前に、議長から伝達がされました。表彰を受けた議員は、同期当選組の佐々木議員、白川議員と自分の3名でした。ちなみに、B3版と大きいものです。


 さて、全国町村議会議長会(市は入っていません)では、毎年、この時期に各種の表彰がされており、長年に渡り、議員職や議会事務局にある者、また、広報紙のコンクールも合わせて実施されて、表彰されています。

 表彰される種類と基準としては、
◎自治功労者表彰
〇町村議会議員表彰
・都道府県町村議長会会長として3年以上在職し功労のあった者
・町村議会議長として7年以上在職し功労のあった者
・町村議会議員として27年以上在職し功労のあった者
・町村議会議員として15年以上在職し功労のあった者
・町村議会議員として議会の運営及び地域の振興発展に特に顕著なる功労のあった者
〇系統町村議会議長会事務局職員表彰
・系統町村議会議長会事務局長として10年以上在職し功労のあった者
・系統町村議会議長会事務局職員として15年以上在職し功労のあった者
〇町村議会事務局職員表彰
・町村議会事務局長として10年以上在職し功労のあった者
・町村議会事務局職員として15年以上在職し功労のあった者

◎町村議会表彰
・町村議会特別表彰
・町村議会表彰

◎町村議会広報表彰
・第29回町村議会広報全国コンクール入選
・第29回町村議会広報全国コンクール奨励賞

 となっています。表彰される総数としては、議員が1278名、職員関係は5名。議会としては51議会となっています。
 ちなみに、町村議会広報全国コンクールでは、仁木町議会が優良賞を受賞しております。

 さて、今回、自分が表彰を受けたのは、議員在職15年表彰という事で、15年表彰を受けた議員は、992名なっています。ちなみに、これが27年となると182名とグッと少なくなります。
 満15年を経過した時にもらえる。という事で、15年という事は4期目。27年であれば7期目という事で、また、現職にある時に、もらえる。という事となっています。


 さてさて、今回、余市町議員で、この15年表彰を受けたのは、同期当選組である、白川議員、佐々木議員と自分の3名でした。
 平成11年の選挙は自分も含め新人候補者が多数、立候補した年でもあり、このうち、新人で当選出来たのは5名でした。
 5名のうち、1名は3期目の選挙で落選、引退。もう一人の中谷議員は、3期目で落選したものの、前回の選挙で返り咲きをして、現在3期目となっています。

 余市町議会で議員在職の長い議員の順番としては、安宅議員、佐藤議員、吉田豊議員は佐藤議員と同期ですが町長選挙に出馬をした関係で議員在職年としては1年ほど、短いです。そして、我々3名が次に来る。という事となっています。
 ちなみに、余市町議会では現在3期目の議員が多く、野呂議員、溝口議員、近藤議員、野崎議員、土屋議員、中谷議員、中井議員、辻井議員となっています。

 一口に15年と言っても、様々な出来事がありました。
 町長としては、大谷・上野・嶋と変わっていった。2000年問題やまた、新に介護保険制度がスタート。
 財政的には、国の方針転換もあいまって、いわゆる交付金や補助金が少なくなり、自治体経営も厳しくなった。
 東北大震災の発生と、それに続く、原子力発電所の事故。それに伴う、非難訓練等の対応。余市町としては平成16年秋に風速40メートルを越える台風で大被害を受け、その前後にはいわゆるゲリラ豪雨で町内各所に被害も発生していました。
 台風被害では、昭和30年代末に駅近辺を中心に、水害被害が発生していましたが、余市川の治水と強制排水ポンプ場の完成によって、余市川河口近辺の水害の発生率とてしは、今は極めて低くなりました。

 
記念品としては、B3の額縁の他、議員バッチですが、真ん中に赤いルビーの入ったものです。

 議会の流れとしては、自分が初当選した時は、定数が22名だったのが現在は18名となり、また、人数は多かったものの、ある程度、会派運営や議会としては安定していたと感じています。
 それが現在は、人数が少なくなって、さらには、会派ばかりが増えてしまい、議会の安定という面では、採決もやってみなければ分からない。という事態になっていると感じています。
 役場側としても、ベテラン職員やベテラン部課長が多くいたのが、定年退職となり、15年前に番外にいた職員といえば、だれもいなくなった。しいていえば、現在の町長と副町長が、その当時の議会の事を、覚えている。というだけになってしまいました。

 さて、2月上旬の新聞のお悔やみ欄に、町外ですが、『島鉄雄・葬儀終了』と掲載されていました。
 自分が初当選をして、『町政クラブ』という会派に所属しました。この町政クラブは、この年の選挙後に、新に結成された会派であって、この時の会派会長が島鉄雄議員でした。
 独特の風貌と、また、新人議員に対して『議会はこうあるべきだ!』とか『こうしなさい』というように、多くの教えをしてくれた先輩議員でした。
 この島議員、平成11年の選挙の翌年、他町村で開催されていた議員研修会参加時に、突然倒れてしまい、以後、ベッド生活となってしまいました。
 新聞掲載もあった事から、ご自宅を訪ね、線香を上げさせてもらいましたが、遺影は、昔の元気な時の写真であり、奥様は『15年、寝ておりました。余市町の議会の事は気にかけており、『財界さっぽろ、買って来てくれ』と言われ、よく、読んでいました』と話して下さりました。

 

 今年は選挙の年ですが、地方議員に立候補をする方は、年々、少なくなって来ています。また、当選はしたものの、大泣きをして辞職した県議もおりましたが、地方議員にも、『いかがなものか』と感じる輩もたくさんいるようです。
 名指しこそはしませんが、前回の選挙で無投票がはっきりしたタイミングで立候補届けを提出して議員職を預かった。在職時点では、様々な発信をしていて、ネットの社会ではそれなりに、有名人?になったようで、当然、次も立候補すると思っていたら、『はぃ、さようなら〜』と去った議員もいます。
 こういう輩が、他にもいるのかどうかは、わかりませんが、まぁ、知らないだけで、たくさん、いるのであろう。とも思っています。

 地方自治とは何ぞや。また、地方議会は何のためにあるのか。という事も含めて、改めて15年の重みを感じ、気持ちを新に、今後もやって行きたいと考えております。

 この表彰を頂けたのは、自分が頑張ったのではなく、みなさんが選挙の都度、応援して頂き、それが積み重なったため、頂けたものだと考えております。
 皆様方に感謝申し上げます。大変、ありかどうございました。


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