独り言 平成26年4月1日UP
  ☆平成26年度暫定予算成立、賛成討論☆

 明治33年に一級町村制度がひかれて以来、新年度予算が通らなかった。という事は、余市町では始めての出来事でした。
 新年度予算が通らない事は、国レベルではありますが、末端の町村で通らない。という事は、聞いた事がありません。
 ただ、今月に後志管内の泊村でも、新年度予算が否決されて、修正されて提案された。という事があり、管内では2例目となりましたが、泊村の場合は、何が問題だったのかという事が明白だったので、その部分を取り除いての再提案となって、可決となったと聞いております。
 
今回の定例会での前半、本会議の議会傍聴の来た方に対して、アンケートが取られました。本会議場の隣の301号室が控え室となっており、ここで記入してもらい、回収ボックスに入れる事となっていました。どんな意見があったのかは・・・まぁ、忙しかったので、確認していませんが、頂いたご意見は、これからの議会運営に参考にされると考えています。

 今回の余市町の予算案として、何が問題だったのかは?という事は、よく解らない。また、個人的には、大変申し訳なかったと思っていますが、予算委員会が始まった3月17日、午後から自分の質疑を終わらせて、その後、急に熱が出てしまいました。
 持病となってしまった、静脈炎。前の晩からその兆候を感じていましたが、質疑をしている時は緊張しているために、それを感じなかったのですが、質疑が終わった所でホッとしたという事もあるのでしょう。「あれ、おかしいなぁ・・ヤバイなぁ」と思いつつ、予算委員会を早退。病院に行った頃には、高熱の為に、震えが来ており、39度台の熱となっていました。
 いつもは、点滴をするだけなのですが、今回は血液検査の結果、『血液にばい菌が入っている』との事で、即、入院となってしまいました。
 静脈炎が発症するのは、議会中や、その前後が多いのですが、今回は入院という事となってしまい、動きが取れなくなってしまいました。

 
3月13日・木曜日、定例会の休会日でしたので、倶知安の後志振興局に、議員の収支報告の提出に行きました。倶知安町は、雪が多いと聞いていましたが、いゃ〜、本当に多かったです。この時でも、2メートル近い積雪があったと思います。
 
でも、この日に提出に行っていなかったら、入院と議会延期という事で、年度内に提出、出来なかった所でしたぁ〜


 3月18日に入院して、一週間後の25日に退院しましたが、予算委員会の進捗状況としては、極めて順調に進んでいたようで、当初の予定通り、26日に最終日の質疑と委員会採決を迎える所まで進んでいました。
 今までの、決算・予算委員会では、それなりの問題が発生して、特定の問題に対して、質疑が集中する。という傾向がありました。
 自分が休んでいる期間の中で、質疑が集中した箇所はなかったようで、委員会も極めて順調に進んだそうです。まぁ、自分が出席していたとするならば、予算委員会全部を通じて、トータルで5時間は使ったでしょうから、(過去においても、それくらいの時間を使っていました)自分が不在だった事も、委員会が順調に進んだと要因も一つとも言えると思っています。
 まぁ、それはさておき、とにかく、過去に無いだけ順調に進み、当然、会議時間の午後5時を過ぎる事も無かったようですが、これとて、余市町の予算委員会では、過去になった事だと思っています。

 退院して、考えました。「委員会の大半を欠席して、採決に加わる事が可能なのか」という事です。結論から言えば、欠席し質疑に加わっていない以上、「退席」というのが筋です。
 ですが、本当にこれで良いのか。また、昨年の決算委員会では、いわゆる『0決算』問題において、紛糾。昨年2月の臨時会において、決算の本会議採決が行われましたが、この時の本会議採決においては、退席者が続出した関係で、会議の定足数(会議を開ける人数)のギリギリの所で、本会議の採決が行われた経過もありました。
 「採決に加わるべきなのか、退席するべきなのか」と悩み、また、色々な方の意見も参考にさせて頂きました。
 その結果、「委員会の採決に参加する」という事の決断をしました。が、休んで居たものが、簡単に「参加する」という事にはならず、当然、それなりの質疑をしなければ参加出来ないものと考えますが、かといって、休んでいた時の経過が解らない以上、質疑がチグハグになる可能性もあります。
 まぁ、参加すると決めた以上、質疑を考え、結果として、上・下水道の部門で、1時間を越える質疑を行いましたが、結果として、自分より、多くの質疑時間を有した議員はいませんでした。ちなみに、質疑をやっている最中は、当然立ってしなければならない事から、「また、熱が出たら、どうすべ〜」と思いながらやっていました。

 
小学生の頃、伝染病で入院した事がありましたが、それ以来の入院生活でした。一日3回の点滴という事で、針はさしっぱなし〜となっていました。

 予算委員会の最終日である26日、委員会に出席して、質疑をして、質疑が終結したのは、午後2時半頃でした。
 委員会の進み方としては、委員会採決に当たり、付帯意見をつけるのか付けないのか。という事が議題となります。また、同時に、採決の結果を見越しての票読みもします。

 結論として『付帯意見は付けない』と決まったようですが、採決の見込みとして、委員会では起立多数で『可決』が見込まれました。
 ですが、この日、病欠で欠席していた議員もおり、さらには、採決に際し、退席する議員もいたようで、最終的には、委員会採決では起立多数で『原案可決』となりましたが、欠席・退席・反対を合わせた数として、本会議では、『否決』される可能性が高い事となってしまいました。特に、委員会採決時においては、議長会派から『異議あり』の声が出され、結果として、正副議長会派が反対に回る。という事態に発展してしまいました。

 委員会採決における結果の感想としては、『集中した議論は無かった』という事であり、「何が原因なの?」という事が、自身でも解りませんでした。まぁ、休んでいた事もあって、委員会がどんな雰囲気だったのかも、解らないので、「否決の理由は何?」と考えていました。

 そして、自分が思う事ですが、委員会運営上のミスがあったとも、感じています。
 今回の予算委員会の委員長は、よいち未来の土屋議員でしたが、採決状況を見越して、委員長としては、『付帯意見は付けない』という結論となっていたとしても、委員長が付帯意見の原案を出して、反対する側に斡旋しなければならない。という事を、土屋議員はしていなかった。と見ていました。
 当然、この作業は、正副委員長がする事になるのですが、今回の副委員長は明政会の藤野議員であって、藤野議員は『反対』という立場を取ったのでしょうから、委員長に協力しなかった。としても、委員長は、一人でも、この作業をやらなければならなかったと感じています。

 委員会の質疑終了は午後2時半で、当然、委員長は、『可決』に向けて、その努力をしているのだろう。と思っており、「今日は深夜だなぁ」と思っていました。
 ところが、午後5時過ぎに、時間延長がかけられ、いったん休憩。その後、すぐに採決に入ってしまいました。
 結果としては、すべての会計において、起立多数で『可決』となりましたが、本会議採決では、否決が見込まれる結果となってしまいました。
 仮に、採決結果は変わらずとも、委員長としては、粘りに粘って、斡旋しなければならないものを、「やらなかった」と自分は見ており、採決に入る時も「え?採決するの?」と思いましたが、委員長が『本会議で否決されても良い』と考えたのかどうかは、解りませんが、委員長が進めている以上、それは、どうにもならない事でした。

 委員会の閉会は『これで委員会を閉じます』と委員長が発言した時点となります。その後、委員長が挨拶をするのですが、自分は、「委員長はその責務を果たしていない」と考えたので、委員長の挨拶を聞かず、席を立ちました。

 
春という事で、天気も良く・・・入院生活は・・・暇でした。それでも、窓際のベッドだったので、外を見られてよかったです。


 さて、28日、定例会の当初予定の最終日の様子ですが、午前10時開会しましたが、議案の配付にミスがあり、いったん休憩となりました。
 まぁ、こういう時は、すべての流れが悪くなるのかどうかは、わかりませんが、議会は天候が悪い時、悪い方向に向かう時、さらには流れが悪い時は、結果として結論も、好ましいものではない。と感じています。
 この日も、朝のうちは穏やかでしたが、時間とともに、強風となって来て、役場3階にいても、風の音が聞こえて来ていました。

 議案の配布が終わって、すぐに再開しましたが、再び『議事取り扱い上、暫時休憩』がかかり、結果、再開したのが午後2時20分でした。
 その間に、何をやっていたのかは、解りませんが、『可決』に向けて、調整がされていたと思いますが、少なくとも、自分の所には、議長からの斡旋もありませんでした。ただ、思う事は「否決されるなら、早くやって、結論を出すべ。そしたら、次のステップに進めるだろう。もし、このまま引っ張って、仮に31日まで引っ張って、否決されたら、まったく動きは取れなくなるだろう」という考えを持っていました。

 本会議が始まり、反対討論は藤野議員が行いましたが、『財政調整金』の在り方が問題で『反対』との意見でした。正直、よく解らない事由というか、「なぜ?それが理由になるのかい」と思っていました。
 
 平成11年から15年の大谷町政時代、景気が悪くなっていましたが、余市町の財政としては、沢町小学校の建設もあり、一般会計の予算総額は100億を突破して、過去最高の予算編成をしていました。
その後、地方自治法等の改正によって、国から来る交付税等が急激に減少。その結果、財政調整基金を『0円』にして、予算編成をした。という経過があります。
 財政調整基金は、あまった予算を積んでおいて、将来に備えましょう。というもので、それぞれの町の規模によって、その目安の金額がありますが、『残金0』でも、違法ではなく、過去において、余市町議会は、それを認めていた経過もあります。
 まして、その当時、新政会という会派は、その時々の予算案に採決に当たり、賛成討論をして予算に賛成していた。という経過もあります。
 また、職員の給与削減の事も言っていましたが、昨年12月の人事院勧告によっての議案が、提案直前に撤回された。という事もありました。
 撤回された背景は色々とあるのでしょうが、議案の提案や撤回については、議会運営委員会で行われ、今、議会運営委員会の委員長は、明政会でやっており、では、明政会の委員長は、撤回について、どういう意見をもっていたのか。
 そして、結果として、これによって、給与を上げざるを得なくなっしまった。という事実もあります。ちなみに、この関係は、31日の本会議で自分が質疑をして、『撤回によって、若干の金額が上がった』という答弁をもらっています。

 つまり28日の採決前の反対討論を聞いていて、「うーん、そうだよねぇ」と思う所がありませんでしたし、過去の経過からして、「これが反対理由なのか?」と疑問を感じていました。

 28日の午後3時前に、26年度の予算案の採決が全て終わったところで、役場側は暫定予算の作成に入る。という事で、『31日の午後1時から本会議を再開する』という事となり、28日は延会となりました。

 
入院中は病院食以外は、食べませんでした。すっかり病院食にもなれてしまい、5キロのダイエットに成功しましたぁ〜でも、見た目は、さほど変わらないです・・・

 31日は年度末の晦日という事で、退職者に対しての辞令交付もあった事から、午後1時から。という事になったのでしょうが、通常では、退職者は、花束をもらって、正面玄関から出る。というセレモニーがあるのですが、このセレモニーも当然中止。いゃ〜、ある面では思い出に残る退職日となったと思っています。

 29日・30日は、土曜日、日曜日ですが、役場では暫定予算の策定作業に入っていました。また、町広報も全面的に手直し。予算の部分等は、削除しなければならず、結果として、区会の役員の方にも迷惑をかけた事となっていました。
 前掲の泊村の否決は、否決理由もはっきりしていたので、その部分を修正しての提案だったという事で、手直しする部分は、はっきりしていたと思います。 
 ですが、余市町の場合、何が原因なのかが、よく解らない。『財政調整基金』を『使ってはダメ』という理論だとするならば、それはどの部分に、それが当たるのか。職員給与は、独自削減をしていたので、今回、その削減期間が終了した事によって、『上がった』のではなく『戻した』だけであって、また、その金額、財政調整期基金を使ったとしても、取り崩した金額と給料分との金額が合いません。
 つまり、どの部分がダメなのかが、解らない中での、暫定予算の策定作業という事で、役場側は苦労したと思いますが、とにかく、31日までやらなければ、ダメという事で、各部各課、大半の職員が出ての作業であったと感じています。
 当然、これによって、役場以外の方でも、徹夜作業をしなければならない方もいたでしょうし、様々な面で影響や被害を受けた町民やお店の方もいたと思っています。

 日付は変わって、31日は午後1時から定例会の本当の最終日が再開しました。一般議案の審議から入り、ある程度の所まで進み、午後2時から休憩となりました。
 まだ、暫定予算書が完成しない。という事で、その間、待機となり、結果、午後4時20分に完成して、本会議の再開となりました。

 初めての暫定予算という事で、どうなのか?という事は、だれも解らず、また、議員も予算書が届いて、始めて見るので、それを質疑しなければならない。という事で、どっちも大変です。

 さて、本会議は午後4時過ぎから始まりました。提出されたのは、暫定予算書本編だけで、参考資料等はありません。

 余市町一般会計暫定予算書
   歳入・32億0309万円  歳出・35億7912万円

 との内容で、普通は歳入歳出が同額なのですが、あくまでも『暫定』という事で、こういう金額で提案されました。
 また、期間としては『3カ月』という事で、経常経費の他に、4月1日に契約しなければならないもの。年度当初から始めなければ、支障をきたすもの。の事業費については、一部計上されていました。

 審議の仕方としては、予算委員会では、歳出部分を3分割と歳入に別けて、審議をするのですが、そこまでの時間も無い。という事で、本会議での一発審議となりました。

 質疑は自分を含め、6名の議員が行いましたが、自分は以下の通りの質疑をしています。
Q暫定予算という事で、『事業に影響があるものは、契約する』との事だったが、4月1日に契約したのも、「暫定契約」なのか
A契約は契約で、『暫定』ではない。

Q私は、体調不良によって、予算委員会の最中に入院しておりましたが、否決された予算の中に、埋蔵文化財発掘調査事業として、これは、予算参考資料の中の事業番号34番となりますが、事業費として1億2853万円が計上されていましたが、暫定予算では6600万円の計上がされています。この事業は、高速道路の関係があり、高速道路の建設促進という意味合いがあり、工事の早期着工と開通を目指しての予算配分と考えています。まず、これに間違いはないのか。
 さらに、もし、この事業が遅れた場合、発掘という特殊な作業という事では、8月に入れば、日に日に陽が短くなって来て、おもうように作業も出来なくなるでしょうし、次の雪のシーズンが来る前に作業が終わらなければ、翌年に持ち越しにでもなったら、それこそ、関係町村だけでは無く、北海道や国からも、責められる事になるのではないのかと考えています。
A高速道路建設に支障がないように行いたい。
Q暫定予算の期間は『三カ月』という事だが、本予算は、いつ提案して、いつまで成立させる考えなのか。答弁としては『一日でも早く成立させたい』という答弁となるのでしょうが、嶋町長となってから、何事に対しても、常に時間ギリギリの所でしたか、提案してこなかったという過去の事実があります。
 今回の予算の否決を受け、自分の所には、中小事業者からは、『どうなっているんだ』と問い合わせと苦情が入って来ています。
 特に、建設事業者は、昨年行われたリフォーム助成に対し、当初の見込みを大幅に上回る申し込みがされ、追加計上がされた経過もあります。
 当然、26年度も、この事業を宛てにしていた中小の建設事業者からは、『困った』との悲鳴が上がっています。
 本当に3カ月もなったら、町内経済は、破綻してしまいます。
 ネット上検索で調べた範囲ですが、暫定予算の範囲は、10日から2カ月くらいが多いようですが、どうして3カ月の提案としたのか。
 さらに、暫定予算については、専決も可能だと思いますが、なぜ、専決処分としなかったのか。
A一日でも早く本提案をしたい。専決をすれば、経常経費と義務的経費しか提案できない事から、それでは事業は一切出来ない事となるので、専決処分はしなかった。

 との事でした。

 質疑か終わって、討論と進みますが、この時点で、各議員が賛成なのか反対なのかは、解らなかった事もあって、自分は討論をするという考え方もあり、結果として採決前に討論を実施しました。
 無論、質疑を聞いてからでなければ、討論は出来ない事から、ある程度の原稿は用意していたものの、各議員の質疑を聞いて、その場で原稿を修正をするという作業もしていました。
 そして、討論をするかしないか、また、各議員が賛成するのか反対するのかも解らなかった状況でしたし、そして、事前に議長に「討論します」との通告もしていませんでした。
 そして、議長の『討論ありませんか?』との問いに「議長、賛成討論あり」と声を出しましたが、ここで討論がある。などとは、だれも思ってもいなかったでしょうし、びっくりしたと思っていますが、予算の否決があった事によって、暫定予算が組まれた事をもあり、賛成・反対の意思と、なぜ賛成しなければならないのか。という事を明確にしておかなければならないと考えました。ちなみに、討論は自分だけが行ないました。

 また、先の28日の本会議採決に当たり、否決される事は、ある程度事前に予想はしていましたが、討論内容を聞いていて、「なんで反対なの?」また、賛成討論も「そんな理由で賛成なの?」と聞いていた事もありました。
 本文中に『パフォーマンス優先』という言葉を使っていますが、自分も、パフォーマンスであったかもしれませんが、これをやらなければ、原案に賛成した者としては、暫定を含め、今後提案される修正された本予算に賛成出来なくなる。と考えてもいました。

 そして、採決結果としては、
『全会一致』で暫定予算は可決されました。



☆暫定予算案、賛成討論☆
平成26年3月31日実施
 暫定予算の提案を受け、賛成という立場で討論致したいと存じます。
 さて、この度の平成26年度の一般会計の予算案否決における影響。それは、計り知れないものであると考えております。
 年度末という事で、社会一般の行事としても、歓送迎会もあるでしょうが、今回の余波で、中止された所もあると聞き及んでおります。事業者側から見れば、これらの会合が無ければ、見込んでいた売上が減ってしまうだけではなく、仕入れたものを捨てるという、単に売上が無くなっただけではなく、逆に損失が出てしまった所もあるのではないかと考えております。
 そして、当然でしょうが、町広報等の印刷のやり直し。そして、時間のない所での作業をしなければならないのは、まさに、役場職員以外の町民の方でも、寝ないで作業をしなければならない事態となってしまった事は、単に経済的な損失というだけではなく、精神的にも肉体的にも、荷重をかけてしまった。という事となっていると感じています。
 すでに、その影響が出ていると推測していますが、本当の影響は、4月1日からであり、それが、どんな影響となるのかは、まさに予想が付かない事ではありますが、ボディブローのごとく、また、真綿で首を締めるがごとく、遅くなれば遅くなるほど、深刻な状況に陥る事だけは、想像が出来ます。

 各団体に対する補助金等が無ければ、各団体の総会も開催出来ない。また、広報を配布している、各区会の役員さん方にも、多大な迷惑をかける事となります。
 その影響は、年齢の高い方になればなるほど、影響が多分に出ることは、十分に予想されます。
 そして、それは余市町だけに止まらず、小樽市を含めた広域連合や北後志の各組合議会の事業も進められない事となってしまうだけではなく、地域として早期完成を要望している高速道路の完成にも影響を及ぼす可能性もあり、これによって、工事の延長や期限を過ぎた場合、余市町としては、どこにも顔向けが出来ない事となってしまいます。
 答弁の中では『住民生活に支障が無いように最低限の予算』との事ではありましたが、住民から見れば、良く変わらないのが実態だと思います。

 今回の事態を招いた要因はどこにあるのか。まずは、嶋町長の行政運営のマズサがあると感じております。
 これは、何事についても、問題の先送りとなって、時間ギリギリでなければ、提案をして来ない。また、どこにその考え方があるのかも、まったく解らない。パフォーマンス優先とも見えるような行動もあったと感じています。
 特に、インターネット上での発言については、いかがなものか。と思われるものも多分にあり、1年前の議会では、インターネット上の発言によって、新聞に掲載された事もありました。

 前回の町長選挙においては、町民は、行政経験を生かした、若さと行動力に期待をして、嶋保と書いたのではないか。と、想像しております。
 無論、若さ故の失敗もあるであろうと思いますが、それを糧にして、前に進んで行ってくれるであろうという期待感があったと考えます。
 しかしながら、現実的には、「なぜ?どうして?」という事が先行し、特に、本年2月末の第1回臨時会においての、賠償金問題では、まったく理解出来ない。その真相に蓋をするような姿勢では、議会、住民の理解も得られません。
 そして、その時の質疑でも、私は、申し上げました。「1億2千万円もの支出をしても、だれも幸せにならない。だれも、「よかったね」とは言わない」と発言しております。
 まさに、町長が自ら、解決するという姿勢が無ければ、解決しない問題でもあります。

 無論、すべての事項において、町長の行動や発言が、起因している訳ではない事も理解しています。
 町長就任後、すぐに新幹線の同意問題。その翌年は、職員の流用事件。さらに今回の賠償金問題と、突如として、降ってわいた問題によって、本来的に解決しなければならい行政課題が、その都度先送りにせざるを得なかった事も上げられます。
 しかしながら、町長の信念を持っての決断があれば、早期に解決出来た問題もあったのではなかと考えます。

 今、ここに至っては、過去を言っても、どうにもなりませんが、議員として、暫定予算の採決の判断を迫られてしまった事は、非常にやりきれない気持ちで一杯です。

 今回の26年度の予算案の賛否は、議員それぞれの信念の元に、態度を表した結果であり、賛成した側としても、「すべて納得」して賛成した訳ではなく、また、反対した側も、「すべて反対」して反対した訳ではないと考えます。
 ギリギリの判断で、賛否を表した結果であって、議員各々が、どのような背景や理由、言い分があったにせよ、議員の理解を得られなかったのは事実であり、これは、町長、並びに理事者側全体としての責任があったと言わざるを得ません。
 しかしながら、その結果として、住民が困る、将来への不安を、結果として招いた事は、これは、議会にも責任があるとも感じております。

 さて、明治33年、一級町村制がひかれた余市町にとって、年度当初予算が否決されたのは、始まって以来の出来事であります。
 そして、原案が否決された事は、当然、暫定予算を含め、予算の組み替えがされる事を意味しており、そうなった場合、原案賛成者として、原案を変えることについて、同意出来るのか。と、考えた場合、さらに、暫定予算は、予算が可決されると同時に、自動的に本予算に組み込まれる事となれば、筋目から言えば、難しい判断をしなければならないと考えておりました。

 一方、今、ここで暫定予算が編成されるという事は、新年度に入り、
当然、新年度に行われる契約や仕事について、それが出来ない事であり、それは、事業者にとって、また、地元で働く人達にとっては、死活問題と言わざるを得ません。
 『最低限の事業』との答弁がありましたが、先の見えない、行政に対しての不信感がつのっていると考えます。
 そして、サービスを受ける権利がある、住民が、そのサービスを、滞りなく、受けることが出来なくなってしまったのも、厳然たる事実であります。

 原案に賛成した一人として、自らの意地を通したい。とも考えますが、もし、暫定予算も否決されるとしたならば、これは、住民に対して、顔向けが出来ない事となってしまいます。
 なぜなら、理事者側も含め、議員は、住民が安心して、暮らせる町を運営していかなければならない、義務と責任があり、それを否定するとするならば、議員の資格をも、問われてしまいます。
 当初予算に賛成した私にとりましては、まさに断腸のおもいでありますが、一日でも早く、通常の姿に戻すことが、今、議会に求められる事項であると、私は考えております。
 そして、賛成・反対された議員、それぞれにとりましても、納得の行かない部分は、多分にあるとは推測していますが、余市町の行政が崩壊する寸前である事だけは明らかであり、小論をすて、住民の生活第一、住民にこれ以上の不安を与えてはならない。という一点において、この暫定予算に付きましては、賛成致したいと考えます。また、これが住民に対しての議会の意思表示となるのではないでしょうか。
 そして、理事者側には、3カ月の期間という事ではなく、一日でも早く、本予算の提案をお願いして、終了致します。




 久々に討論をしましたが、緊張でノドがカラカラになっていました。知らず知らずのうちに興奮していたのでしょう。元々、デカイ声が、さらに大きくなっていたようです。

 とりあえず、最悪の事態は回避出来たとは思っていますが、これからが、もっと大変です。そして、住民の方からは、『そんな事やっている暇はないでしょう』という言葉を頂いており、その通りだと考えてはいますが、最終的には『過半数の方』に進まざるをえないのも、また、議会の宿命だと考えています。

 平成26年3月31日、午後6時10分、余市町議会第1回定例会は、混乱の中、そして問題を先送りにした中で、終了しました。

 以上、今回の報告と致します。


 ちなみに・・・・28日の予算案否決を受け、新聞報道もあったと思いますが、自分のホームページのアクセスは・・・・29日・土曜日150アクセス。31日・月曜日は234と、オッと驚きの数値でした。
 まぁ、それだけ、情報がほしい〜という事でしょうね。


 4月1日にアップしましたが、相変わらず、誤字や送り仮名のミスが多く、2日に修正しました。

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