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独り言 平成24年2月13日UP
      ☆平成24年2月の議会☆

 HPの更新もなかなか出来なくって・・・というより、「これ!」と言った更新のネタが無く、さぁて、どうしょうかなぁ〜と思っています。

 そんな中、やはり議会的な事項の更新という事で・・・


 さて、今年の雪は、降り始めから、また、降雪状況としては、比較的少ないとういうか、“ドカ雪”が無い事によって、1月中としては、積雪量としては、例年よくチョット少なめでした。また、排雪は比較的順調に進んでいたようですが、2月3日の臨時会で約5千万円の除雪費の追加がありました。

 2月に入って、10センチ台の降雪が、ほぼ毎日、続いていて、積雪状況としては、例年並というか、平均的な積雪量となってしまいました。

 さて、積雪が増えた理由として、例年より、かなり寒いというか気温が低い日が続いています。これによって雪が融けない・・・という事で積雪が増えているのが今の状況です。

 
これだけ寒いと・・・よく出来るとのアイスキャンドルだです〜 毎日、ローソクの火を入れていて、けっこう使います。ちなみに、匂いがついていますが、アロマテラピー等の大型ロウソク、500円くらいかなぁ・・これが一番良いでしょうね〜


 これだけ寒い年も珍しいのでしょうが・・・・余市町の2月は、もっとも注意をしなきゃならない月というか、厳冬の2月は、どういう訳か記憶に残る大きな事項が多い月となっています。

 寒い2月で記憶にあるのは、平成8年2月10日に発生した豊浜トンネル崩落事故。全国に放送され、地域としても有名になってしまいました。
 この時、自分は議員ではなかったので、テレビから流れてくる情報しかわかりませんでしだが、厳冬期という事で、ご遺族も、また、復旧に当たった方々も、様々な面で本当に大変であったと感じています。ちなみに、一番困った事は、関係者の宿泊先だったと記憶していますが・・・

 
単にバケツに水を入れて、マイナス10度で二晩、放置すれば完成です。ちなみに、取り出しは、チョット暖かな所に入れて、回りが溶けたら、逆さまにしたら、出て来ます。バケツの中心部は凍っていないので、中の水を捨てればOKです。ちなみに、写真はフラッシュ有りと無しで、同じ被写体ですわぁ〜

 次ぎに、2月の事件となれば、確か、平成10年だっと記憶していますが、水道への汚水混入事故でした。
 赤井川にある、余市川沿いの養豚場で、糞尿のため池が決壊、大量の糞尿が余市川に入り、余市町の水道が使えなくなった。というものでした。
 ちなみに、余市川の水を水道に使用しているのは、余市町だけでしたし、当時の浄水場では、処理しきれなくなってしまいました。
 余市町の水道は、豊丘浄水場と、当時は役場裏の朝日浄水場があったたために、西部地区はなんとか水が出ていましたが、中心部を中心に、断水となってしまい、自衛隊の給水が行われました。断水は3日ほどで終了したように記憶していますが、この為に、『余市町の水道はおしいくない』との悪評となってしまいました。
 今は、新しい、あゆ場浄水場が完成したので、この悪評は無くなりましたが、豊浜トンネル事故の記憶も新しく、『また2月だね』という話になていました。


 
最初に、この川の下で漏水が発生したようですが・・・分からないなぁ・・・

 さて、これだけ気温が下がると、発生するので水道凍結です。おそらく、凍結した家庭が多いと推測していますが、水道凍結の影響は、家庭だけではなく、様々な形で表れます。
 水道管は、年中、漏水をしているようで、その要因としては、老朽化もあれば、凍結もあります。そして、夏場は、すぐに復旧工事となりますが、冬場は最低限の処理ですませ、雪が融けてからの工事をする場合も多いようです。

 そんな中、先日、かなりの漏水があったようで、漏水箇所の発見にまる二日以上、かかっていたようです。
 漏水すると『水があふれて来ている』『水が出ない』等の情報が寄せられ、ある程度、場所の特定出来るのですが、冬場という事もあるのでしょう。それらの情報がまたくありませんでした。
 万が一、水が地下にたまっているとするならば、いつかの時に、ドンと道路の陥没が発生する可能性もあったのですが・・・
 結果として、漏水箇所は、川の側で、漏れた水は川に流れ込んだために、情報も寄せられなかったのですが、幸いにして大事には至りませんでした。

水道課の車にはスピーカーが付いています。なぜなら『断水ですょ〜』と近所に放送するために付いています
 
             
金属探知機で水止弁の場所を探して・・・

 所が、その数日後、数軒の民家で『水が出ない』という事態が発生。数日前の漏水の影響でした。
 その理由として、数日前の漏水で、場所は特定出来た事により、漏水箇所の両サイドの本管のバルブを閉じた事によって、水が流れなくなった。
 一方側は、ある程度、民家があって、水が使われていましたが、もう一方側は民家が2軒しかなく、つまり、水が流れなかった事によって、本管の一部が凍結してしまった。という事です。
 ちなみに、凍りついたのは、午前8時頃で、午前6時頃までは出ており、最近の傾向としては、日の出ころより、午前8時前後が、さらに気温が下がる傾向です。

 午前9時頃から役場水道課で来て、凍結場所を探したのですが、どこが凍っているのかが、解らず、あちらこちらのバルブを開けて、確認したのですが、なかなか発見出来ませんでした。
 
ハンドルで回して弁の調整を・・・凍結している所はガスバーナーであぶって・・・蒸気で見えない・・・

 そして、ついに重機投入!!という事態に発展してしてしまいました。
 結果として、ようやく、凍結箇所が発見されて、一部、掘り返された道路の所では無く、すぐに埋め戻されました。


 とりあえず、住宅には、給水が出来るようになったのですが、完全修理としては、雪が融けてから。という事となり、それまでの間は、再度、凍結しないように、チョロチョロ放水を続ける。という事となりました。

 余市町の水道は、漏水が多いようで、漏水の部分は、経費として決算書上には計上されません。ですが、吸水と配水の数値が合わない事は、やはり収支に影響をしています。
 でも、この冷え込む中で、バブルを掘り出しての野外での作業は、本当にしばれます。

 
なんか、大事になって来ました・・・水蒸気発生装置で、穴の中にホースの先を入れて、氷を溶かす装置だそうです・・

 ちなみに、凍結が解除したのは、『この付近ではないか?』とガスバーナー2台で1時近く炎を当てていたら、民家から『出ましょ〜』と来たので、作業は終了となりましたが、150ミリの本管だったので、一歩間違えば大変な事になっていました。

 
真冬の穴掘りは・・・キビシイ〜の一言です・・

 さてさて、最近、新聞にも余市町の行政の関連記事が掲載されています。某掲示板にも、その『評価』が書かれてありました。

 2月に入り、余市町としても、連日、議会(委員会を含む)が開催されています。そして、今は、第4次総合計画の委員会を開催中です
 さて、総合計画は10年に一回、作成しなければならないもので、以下の通りの時期に策定されています。

 年号    西暦   町長名 何期目か?
昭和57年・1982年  小柄 2期目
平成 4年・1992年  阿部 2期目
平成14年・2002年  大谷 1期目
平成24年・2012年  嶋  1期目

 現在の議員の中で、前回、つまり平成14年の策定時に在職していた議員は、当選回数としては4期目以上の議員となり自分を含め、半分の8議員しかおりません。ちなみに、今期で10期目の安宅・渡辺議員は、総ての総合計画にかかわっている。という事になります。

 小柄・阿部時代に策定されたものは、時代的にも、発展・成長期であった事から、また、当時の作成は、コンサルタントが主流で作成していたようです。
 この時代は、おそらく、やる事がまだまだあった。また、税収も多かったでしょうから、ドンドンやれた。いわゆる箱物建設がメインだったのでしょうが、それが求められていた時代でもあったと思います。

 これが大谷時代になると、財政的には厳しい状況になっていましたが、また、財政としても預金的なものもあり、若干の余裕があった。また、経済としても、今ほどの落ち込みは無かったです。
 時代的には高齢化に向かっており、介護保険がスタートしたのですが、後期高齢者医療制度はまだですし、新規事業としても、沢町小学校の建設や大川橋・余市橋・あゆ見橋の掛け替えもありましたし、また、豊浜トンネルの関係で、新たなるトンネルも掘られ続けていました。
 この時の総合計画の記憶として、当時の大谷町長は、強烈に『今までは、コンサルタントに依頼をしていたが、今回は職員の手作りであった』と主張し、さらには、自身の選挙の関係もあったと推測されますが、『住民に協力いただき、ワークショップ等の手法を用いて、原案をつくった』と胸を張って主張をしていました。


 さて、総合計画は、とんな審議をするのか。ですが、計画書は大きく3部門に別れます。『基本構想・基本計画・実施計画』です。
 この中で、議決対象となるのは、前回までは『基本構想』だけだったのですが、今回は、これに『基本計画』が加わっています。つまり、これを中心に議論がされ、『どういった考え方なのか?』という質問がメインであって、つまり、具体的な事例では無く、『考え方』を聞くのがメインの質疑となります。
 なお、実施計画は議決対象になっていません。なぜなら、実施するには財源が必要であって、つまり、収入と支出の関係となるのですが、収入は少な目に、また、支出は多めに見る事によって、どうしても、『予算の範囲の中で』としか見れず、また、将来の財源をどう見極めるのか?がなかなか出来ない。という事によります。


 さて、基本構想ですが、第3次・第4次は以下の通りとなっています。また、10年後の人口を推計も出されています。

第3次
『未来につなげるいきいき“余市” 共生・協同・自律』
平成23年度の想定人口 2万3000人

第4次
1.住み良く安心して暮らせる町を創る
2.多様な資源と人的パワーを活かした元気なまちを創る
3.町民と行政が連携して歩むまちを創る
平成33年度の想定人口 1万9000人

 24年1月現在の人口は、約2万1000人ですから、目標数値から2000名が減少しているという結果となっています。
 総合計画では、人口をどうみるのか。という事で、この部分の質疑もされていますが、なんといっても10年後の予想をどう見立てるのか。という所に難しさがあります。
 
 質問する議員の側も、半数が始めて経験する委員会であって、また、答弁する役場の部課長も、10年前の委員会に参加していた職員は、おそらく、5名ほどしかいないのでは無いか。と記憶しています。

 『考え方』ですので、『正解』は無いのが現状ですが、ここ数日間に新聞に掲載されている事項の質問も出されています。

 また、最近の議会の傾向としてですが、やはり無会派議員が多いというより、第一会派が無会派という現状があり、採決をした時に、どんな結果になるのかは、よく、解りませんし、また、議会の進め方という点でも、なんとなくスムーズでは無い。と感じています。
 この委員会の日程としては14日の火曜日までという予定にはなっていますが、まぁ、年度内に議決すれば良いのであろうと、自分では考えています。

 どちらによせ、世情としても厳しいですし、また、国の方針も定まらない。我慢と忍耐の時代の中で、いかにして街を創っていくのかが、問われて来るのであろうと考えています。

 今後の予定としは、今回の総合計画の委員会が終わった後、民生委員会、また、各種の常設委員会、そして臨時会や特別委員会の開催が予定されており、そして3月定例会・予算委員会と、3月末までビッシリ議会が続く予定です。
 ちなみに、どの議会でも議会傍聴が出来ますので、役場3階にお運び下さい。