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独り言 平成23年3月6日UP
       ☆高校卒業式と同窓会☆

 さぁて、どのページにUPしようかなぁ・・・と悩んでいましたが、まぁ、個人的な事なので、このページにUPする事にしました。
 個人的な事項や家族の事は、自分では、あまり掲載するつもりはないのですが、お許し頂きたいと思います。


 さて、時間は経過しましたが・・・・3月は別れの季節であり、また、旅立ちの季節でもあります。
 そのトップを切るのが、高校の卒業式です。

 それぞれの高校において、そのやり方は別でしょうが、高校卒業に当たり、同窓会入会式も行われます。
 出身高校である仁木商業高校では、同窓会入会式は、卒業式の前日、つまり、卒業式リハーサルが終了した後に、執り行われます。

 平成8年から、同窓会長職を預かるようになり、15年が経過しましたが、平成22年に北後志の高校は、新設の紅志高校のみが、生徒募集を行い、古平高校・仁木商業高校は、在校生が卒業した時点で廃校となります。
 少子化の影響もあって、また、廃校が決定されていることで、生徒の応募も減少して、今年は50名台の卒業生となり、見た目も「少ないなぁ」と感じていました。

 
桜陽高校生徒玄関。この校舎は5年程前に完成して、上靴に履き替えなくても良い公舎です。つまり、玄関に生徒用の下駄箱がありません。ちなみに、保護者は玄関でスリッパに履き替えました。

 仁木商業では本年度からは入学式は無く、卒業式のみ。そして、今回は見送る在校生は1学年のみ。という、誠に寂しい卒業式であったであろうと感じています・・・・

 さて、仁木商業では、今回の卒業式が59回目となり、来年、60回目の卒業式で、まぁ、ある意味では区切りの良い卒業式で"おしまい"となりますが、実は、同窓会長ではありますが、今回の卒業式には参加をしませんでした。
 なぜなら、自分の長男の高校卒業式が、同日、同時刻で開催されていた。また、当日は仕事が定休日だった事もあり、私事の方を優先させてもらい、当日は小樽桜陽高校の卒業式に参加をしていました。

 
多くの保護者はご夫婦で参加しており、卒業生より多い?ちなみに、自分の子供のクラスの後ろに座るようにイスが配置されていました。

 卒業式ですから、全体の流れはさほど変わりませんが、2クラスしかない高校と40名×7クラスという定数に近い高校とでは、やはり、違うものだなぁ。と感じていました。
 仁木商業は、卒業生一人ずつ卒業証書を手渡して、その他の挨拶や表彰を含めても1時間もかからず終了。
 桜陽の方も卒業生一人ずつに手渡しをしていますが、トータルの時間では2時間かかっていました。


 また、桜陽の方は、卒業生入場や校歌も在校生によるブラスバンドの生演奏でした。仁木も昔は在校生によるブラスバンドの生演奏があったと記憶していますが・・・
 また、来賓挨拶についても、PTA会長の挨拶は同じでしょうが、桜陽は同窓会会長で、仁木は町長となっていました。
 一番の違いは、在校生の出席で、これは会場である体育館のスペースの問題があるのでしょうが、仁木の場合は在校生も全員出席でしだが、桜陽は、保護者の数も多いことから、在校生は生徒会役員のみ?のようで、一般の生徒は式場には入っていませんでした。


 さて、卒業生は、卒業すると同時に同窓生となりますが、本来、同窓会とは、PTAや在校生を支援する会、これは各校で名称が違うでしょうが、いわゆる後援会とは違う位置付けにあります。
 後者は学校事務となりますが、同窓会は、あくまでも外郭団体であり、その事務については、便宜上、学校で行っていますが、大きな学校になると、独立して存在している所もあるようですし、この場合は独自で事務を執っている所もあるようです。

 学校における同窓会事務は、卒業生である事から、便宜上、学校側で受けていますが、庶務担当には『お願い』をして学校側がやっているだけに過ぎないと、私は認識しています。つまり、同窓会事務については庶務や事務を『断る』事も可能。という事です。


 さて、古平高校・仁木商業高校に限らず、現在、生徒数が少ない高校の閉鎖が進んでいますが、では、卒業証明書や成績証明書の扱いはどうなのか?といえば、それは、閉校した高校の事務を引き継いだ高校が発行する事になっています。つまり、北後志3高校の証明書関係は、紅志高校が発行する事になります。
 では、同窓会事務はどうなのか?ですが、これは、非常に微妙になって来ると考えています。

 先行して閉校、または合併した高校の同窓会を見た場合は、引き継がれた高校で行っている場合と、そうでない場合があるようです。

以下の写真は仁木商業で2月28日、同窓会入会式の時の撮影です〜
 
後1年でこの公舎も閉鎖なりますが、現時点で、その後の活用は・・・あるのかなぁ?払い下げ金額としては高くは無いと推測してますが・・・民間が購入しても、固定資産税は、かなり高くなるでしょうねぇ〜

 さてさて、余市高校同窓会は、紅志高校に切り替わった時点で、同窓会も名称変更をしていました。
 これは、余市高校の最後の同窓会長さんが、紅志高校の開校式において、紅志高校の初代同窓会会長として来賓紹介を受けていました。
 話では、開校の前年の同窓会総会において、機関決定がされたそうですが、この事実をしらない卒業生も多いようです。
 また、同窓会は任意団体である以上、本校とは別に、まったく別の形で支部が立ち上げられる場合があるようで、この場合は、本校の名称が変わった場合、自動的に支部の名称も変わる。というものでも無いようです。

 
 もともと3クラス用に作られた公舎と体育館なので、広々〜ですねぇ・・

 同窓会の今後ですが、3校閉校と、余市高校が母体校となる事が決定された時点で、自分を含む3校の同窓会長が集まり、話し合いがもたれました。
 この会合は平成20年10月に行われ、当時の余市高校の同窓会長からは『余市高校の同窓会は紅志高校同窓会として切り替えたい。その上で、古平も仁木も入ってもらいたい』との意見を言われました。
 この意見に対して、自分は「紅志高校同窓会に切り替えるのは、機関決定がされた事項ですか?」との質問には『これから決定するので、現時点では、個人的な考え』との事でした。
 そして「切り替えるかどうかは、外部(古平や仁木)の者が意見を言う問題ではないし、仮にそうなったとしても、古平・仁木は2年遅れて閉校となるので、後2年間は、現状の同窓会として続けて行きます。閉校後、改めて考えます」という意見を伝え、散会となりました。

 その後において、余市高校の同窓会が紅志高校同窓会として、切り替わったようですが、その正式な伝達もなければ、また、昨年、紅志高校の同窓会長が交替しましたが、前会長から、この件が引き継がれた様子もないようです。


 さて、では、古平、仁木は今後、どうするのか。ですが、古平は不明ですが、現状では在校生がいる限り、それぞれの同窓会として活動して行くのですが、来年の3月1日に在校生を全員、送り出した後はどうするのか。という事になります。


 考え方としては・・・
A 閉校と同時で解散
B 閉校後も単独で存続。この場合は、運営資金と事務処理の問題があります。
C 紅志高校同窓会に合併する
D 4高校の同窓会はそれぞれ独立して存続し、上部に連合体のような組織を新たに立ち上げる。
          の4ッと考えます。

 Dの場合は、余市・古平・仁木・紅志という考え方ですが、すでに余市高校が切り替えた以上、D案はありえない。という事になります。
 
         
同窓会入会の歓迎挨拶と、クラス幹事の委嘱

 さて、桜陽高校の卒業式において、卒業生が退場の時の音楽については、歴代校歌が流れました。
 戦後の新設校は別ですが、古い高校は明治時代に創立され、その時々の変遷によって、校名等を変更していました。桜陽高校もスタートは女子高であり、これは、余市高校も女子高としてスタートしています。
 
仁木商業では、卒業式に合せ、在校生が雪像を作るのが慣例となっています。逆光でよく分かりませんが、今年は『ゲゲゲの鬼太郎』でした。気温が高い日が続き、かなり苦労したようで。
・・・・でも、来年は在校生がいないので・・・だれが雪像を作るのかなぁ・・


 同窓生の繋がりは何があるのか。何をもって同窓生といえるのか。ですが、自分は『校歌』ではいなかと考えます。
 無論、時代時代によって変わる場合もあるでしょうが、では、これから紅志高校の行事において、古平・仁木の校歌が流れる事があるのか。は、無いのではないか。と考えます。
 なぜなら、余市高校の生徒のみが紅志高校に転校しており、古平・仁木としては紅志高校にお世話になった訳ではない。という現実もあります。


 結論としてですが、まだ正式決定ではありませんが、仁木商業同窓会としては、今後は、単独で組織して行くしかないと考えており、当然、機関決定も必要でしょうし、それに至る経過としては、卒業時におけるクラス幹事の方々に同意を求め、決定したいと考えています。
 無論、前掲のように、A案からD案の中で、余市高校出身者の中には、余市=紅志と考えておられない方も少なくないようですが、少なくとも、仁木商業の同窓生の中の意見としては、合併や同一歩調を望む声は、自分は耳にしておりません。

 まぁ、どちらにしても、もう少し先の話でしょうが、本年11月には、古平・仁木ともに閉校式の予定となっており、この頃までに最終結論を出したいと考えています。


 ・・・・そんな、独り言でした。