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独り言 平成20年7月2日UP
      ☆余市町農業委員会第20期委員選挙☆

 自分の事ですので・・・・このページに・・・

 
 第二次世界大戦以前は分かりませんが、戦後になって、農地に関しては"農地委員会"という組織で、農地の移動等の許可審査をしたそうです。

 農地委員会は昭和21年から始まり、昭和26年6月まで(2期)続いて、法律改正が行われ、昭和26年7月から農業委員会がスタートしました。
 そして、昭和26年7月が第1期となり、現在まで続いています。そして、任期の変わり目は7月19日という事で、現時点では第19期という事となり、今回の選挙は第20期の選挙を実施した。という事になります。

 選挙戦は説明会からスタートです。6月18日、午後から役場で立候補の説明会が開催されました。ちなみに定数14名で、14陣営のみが説明会に集まりました。
 
説明会では立候補届の書類が配布され、事前に記入して、点検を受けておきます。こうすると当日、受付がスムーズに行われます。ちなみに、書類の種類や枚数、方法は議員選挙と、ほぼ、同じです。右が立候補届け。左が道路使用許可証であり、自分の場合は、街宣車を出すので、事前に警察に道路使用届けを提出し、許可をもらいました。


 さて、農業委員の選挙は3年毎に行われます。定数に関しては、それぞれの自治体で条例で定められている事から、その時々によって変わって来ており、現在の余市町の選挙で選ばれる公選委員は14名となっています。


 選挙は公職選挙法を準用して行われており、定数を越える立候補届けがあれば、投票が行われる事になっていて、定数を越えなければ、全員、当選。という事になります。

 
立候補届け出の前の移動に際しては、覆いをして、見えないようにしています
 
   
ドアの部分には、しっかり、演説原稿のカンペも・・・はっています〜

 今回の選挙は、7月1日が告示日であり、当日の午前8時30分から立候補届けの受付がスタート。同日の午後5時までの受付時間までに、立候補届けを提出した人が14名であり、定数を越えなかった事により"全員当選"という事になり、余市町では投票は行われない事となりました。
 ・・・・ちなみに、正式には選挙会が開かれ、その中で確認された後に、当選証書が交付され、正式に"当選"という事になります。

 関連記事は、今回の"ひろかずニュース37号"にも掲載されていますが、余市町で、投票が行われたのは昭和57年が最後で、以後、投票は行われていません。つまり、定数のみの届け出でしかない。という事です。ですが、3年前の選挙では、近隣町村では、仁木町と赤井川村が選挙となり、投票が行われたそうですし、また、今回は小樽市が定数を越えての届け出があり、6日に投票が行われます。

 
立て看板には
 平成20年7月6日施行 余市町農業委員会委員一般選挙 と書いてあります
 
到着したら入室前に到着届けの氏名を書いて・・・書類の審査です。事前審査をしているので、問題はありません〜
   
全部で4ッの机を回って・・・・  受領報告をして終了です〜
 

 さて、巡り合わせ"とは不思議なもので、平成11年の6月に当時の藤田賢一町議から『俺の変わりに、議員をやらないか?』と声を掛けられたのですが、ほぼ、同時期に、農業委員にも地域から推薦されました。
 結果として二足のワラジを履く事になったのですが、当時、どちらも"選挙"というのは、自分が始めてであり、町選挙管理委員会に『選挙違反ではないか?』と多数の問い合わせが入って来たそうです。
 無論、選挙違反では無く、兼職は可能なのですが、現在に至るまで、議員と農業委員のどちらも選挙というのは"自分だけ"という事になっています。

 受付後、選車もお披露目です!!顔写真のポスターを張って、完了です〜。ちなみに、ポスターはパソコンで分割印刷します。プリンターかA3までなので、A3を縦・横と組み合わせて、重ねて繋いで行きます。よく見たら、継ぎ目がズレています(^^;)
 
写真等は町議選挙のものを使い回しです。議員候補の所に上から農業委員候補とシールを張っています〜


 さて、始めての農業委員の選挙は、正直「よく、分からない世界」だった事もあり、選挙活動もしませんでしたが、以後、農業委員2期目の平成14年、3期目の平成17年、そして今回と3回続けて、選挙活動をしました。
 2期目時は、単に一人で回って、街頭演説をしただけでしたが、3期目以降は、車体に看板を付けて、また、ウグイスと運転手もお願いをして、本格的に?行いました。

 『そこまでする必要があるのか?』ですが、実際の投票には至っておりませんが、農業委員も"選挙"である以上、候補者は、全員ではないようですが、"氏名のみ"のポスターを用意している候補者も、けっこういるようで、選挙があった当時は、地域全員にポスター掲示をしたという話を聞いた事があります。
 また、3年前の選挙では、上川方面でも、激戦となって、各陣営、選挙カーを出して、選挙活動をした。という記事を読んだ事がありました。

 
 今回は開町記念日もあったために、街宣活動は午後2時から始めたので、3時間あまりしか出来ませんでした。ちなみに、街頭演説は12カ所で行いました。天気が良かったので、いゃ〜暑かった!!
 
 ウグイスも2名用意して・・スタッフジャンパーからタスキまで、本格的です〜・・・まぁ、町議選挙の使い回しですが・・・ちなみに、タスキは、通常の場合、『〇〇候補』と書いてあるのですが、自分の場合、使い回しが出来るように、あえて、入ていません〜

 なぜするのか?ですが・・・・考え方は色々ありますが、何事もその機会があれば、行うべき。だと考えているからであって、また、それを前提にしている訳ではありませんが、自分の車は、スピカーを積んでいる事もあって、簡単に出来る。という事も、その背景の一つです。
 『議員だから、簡単に出来るでしょう』と思われるかもしれませんが、出来そうで出来ないのが、街宣活動であって、やはり、何かの"きっかけ"が必要であって、ある意味、兼職しているからこそ、出来る事項であって、農業委員単独では、なかなか出来ない。のではないか?とも思っていますが・・・・

 
                         
第20期の農業委員です
 幸か不幸かは分かりませんが・・・告示日の5時で、終わっています・・・・毎度、お騒がせして、申し訳ありませんでした。
 ・・・・投票が行われなくて、一番助かったのは・・・・実は、余市町だったりして・・・投票が無ければ、入場券や投票所の立会人も不要になったので、経費がかからない。という事です。