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独り言 平成20年5月31日up
    
☆掲示板回答・余市川河口港のキャンプについて☆

5月30日、午後3時に掲示板の方に、以下の書き込みがありました。


余市川河口港にある公園の緑地がキャンプ禁止になった様ですか、なぜ今になって禁止されたのですか? 例年は今頃の季節からは多数のキャンプを楽しむ人々で賑わっていてキャンプ場としての町内外の人々に認知され既成事実化されていたと思いますし余市町とっては数少ない観光名所だと思います。
色々な理由があってキャンプ禁止しなければならないなら代替のキャンプ場を整備するなり又理由等を明確に町民に示し最低でも余市町民が納得してからするべきと思いますが?
 この付近にあった岩山が無くなり何時の間にか民宿が建ちましたがあの岩山は希少鉱石等が露出していて学術的に貴重な物だったと思いますが?余市町は学術な事より民宿の建設の方が優先する町に何時からなってしまったのですか?




 その程度余市町民さん、いつも有り難うございます。

 今日のクリーンアップ作戦は、参加されましたか?自分の方は観光協会として参加したので、あゆ見橋から健康公園まででした。で、途中の水門で、並鉄板を引き上げました。 おそらく、住宅のもので、数年前の大風で飛んでいて、埋まっていたものだと推測していますが・・・いゃぁ〜最終的には5人かかりで引き上げた"大物"でした。
 川の中という事で、半分以上、泥に埋まっていたので、本当に大変でした・・・・で、この時、腕を痛めてしまいました(;;)
 後で、自分のHPにもUPします。ちなみに・・・議員で参加していたのは、私を含めて3人は確認しましたが、後は、分かりませんでした。


 さて、まずは、キャンプの件です。
 この場所でのキャンプ件は、昨年の改選後の発議会、19年の9月定例会で、私が一般質問をしています。
 時期的には、ひろかずニュースの第34号になるのですが、紙面の関係で、ニュースの方には掲載していませんでした。

 で、19年12月発行の議会たよりNo145に、要約が掲載されています。
 すでに議事録も出来ていますので、図書館で閲覧する事が可能ですので、一番良いのは、議事録を読んでいただくのが、一番、分かると思いますが・・・・


 この時、以下の通りの質問書を提出しています。


海水浴における施設整備について
 今年の夏は、例年と比較して猛暑だった事もあり、余市 町においても、浜中海水浴場を中心に多くの海水浴客と、また、野営のためにキャンプ用のテントが立てられており、特にお盆期間中は空きがないほどのテントが立てられておりました。
 余市町の指定海水浴場とキャンプ場としては、浜中海水浴場と隣接のモイレ海水浴場とになっておりますが、地続きとして、フィッシャリーナにある緑地広場にも多くのテントが張られておりました。
 これは、本来の指定場所には、張る場所が無くなり、いわば、あふれ出たために、緑地広場側にも張られたのではないかと想像されます。
 野営宿泊で一番必要とされるのは、水とトイレであり、本来のキャンプ場には、それなりに用意をされていますが、緑地広場には、水洗トイレも水飲み場がありますが、水の使用については、通常の蛇口は取り外され、また、飲料側の蛇口も、極力、しぼられた状態になっておりました。
 余市町としては、この緑地広場の位置付けをどのように考え、また、海水浴客に対しては、今後、どのように対応してゆく考えなのかをお聞きします。
 さらに、キャンプに限らず、また、どの自治体でもそうでしょうが、ゴミの有料化に伴い、観光客が捨てるゴミも、他方面にわたり、影響を及ぼすようになっております。
 余市町としては、このゴミの問題をどのように認識しており、また、観光客に対しては、どう周知をしているのかをお聞き致します。


 まずこの漁港の位置付けですが、元々は旧登川河口にあった漁港を移動させたものです。ですから、キャンプを目的としたものではありません。
 余市町のキャンプ場としては、モイレ海水浴場だけであって、いくら隣接しているからといって、余市町としては、この場所でキャンプをする事を認めていた訳ではありませんが、現実問題として、テントを張る事を黙認していた経過がありました。

 まぁ、そんな背景があったのもあって、また、現実問題としては、使用されている訳ですので、私も一般質問をしたのでしたが・・・・


 答弁は、記憶と、また、議会だより"も読み直して、思い出していますが、『キャンプの人の花火の火が漁具に引火して、燃えてしまった』という答弁はありました。
 再質問では、経済効果という意味も含めて、再質問をしましたが、余市町としは、漁港の位置付けの問題、また、現実的に漁網が燃えた。という被害がある以上、やはり、キャンプ中止を勧告せざるを得ない。という答弁でした。ちなみに、火災の件は、私は知りませんでした。
 答弁に、個人的には、納得はしませんが、明確に迷惑を被った方がいるとなれば、これは、無視は出来ない事であり、3回目の再々質問はしなかった。と記憶しています。


 まぁ、何百人のいうキャンプの人の、ごくわずかな方がハメを外すのでしょうが・・・・そして、これ以外にもキャンプでの被害も少なからずあります。
 この場所ではありませんが、キャンプファイヤーをやって、消防車が出動しています。この模様は、19年8月11日の町角ショットに掲載しています。
 写真ですので、火種の大きさは分からないでしょうが、肉眼で見た時は、それこそ、消防車と同じくらいの大きさがあって、対岸の浜中町側からも火柱が見えたほど。と聞いています。
 また、海水浴場の近隣の住民の方からも『キャンプのゴミ自宅の前に置かれて行った』との苦情があって、私が下げに行った事がありました。分別しなければならないので、私が分別しましたが、間違いなくキャンプのゴミで、40リットルで2袋分もありました。


 無論、ごくごく、限られた方のみでしょうし、また、ゴミの分別をした時には、地域のスーパーから食材が購入されていましたので、それなりの経済効果も間違いなくあると思っています。

 実質的な被害が無いのであれば、黙認をしますが、金額としても少なくない被害があった以上、管理者としては見逃す訳には行かない。でしょうし、この場所は、漁船だけでなく、プレジャーボートも停泊しており、万が一、花火で船舶が火災にでもなったら、それこそ、大変な事になります。
 
 代替えのキャンプ場というご意見ですが、この場所にテントを張る人は、海の側だから、海水浴が出来るから。という理由だと思いますが、どうでしょうか。そして、現在の海岸線には、代替用地は無い。と思っています。

 無論、大浜中でも多くの方が、夏場、キャンプをしていますし、詳しくは分かりませんが、昭和30年代頃までは、大浜中も海水浴場として機能をしていたでしょうし、現在の大川町と栄町の境界には、夏場限定でJRの臨時乗降所も作られていたと聞いた事がありますが、現在では、海水浴場としては、認められていません。
 また、管理管轄の問題では、はっきりした事は言えませんが、海岸線の余市町の管理は、ヌッチ川から余市川の間だけだと記憶していましたが・・・
 つまり、余市町が海水浴場として認める事が出来る範囲は、限られている。という事です。
 
 ご意見はご意見ですし、私も同感意見もありますが、余市町の見解としては、あの場所は、漁港と緑地広場であって、キャンプ場や釣り場ではありません。



 さて、次の岩山の件ですが、私も、なんとなく、記憶はありますが、無くなったのは、だいぶ前ではないですか?

 まず、民宿移転の件ですが、この民宿が元々あった場所は、ご存じの事と思います。
 元の民宿前の道路の道路拡幅が行われる事となり、数年前から事業は進んでいます。そして、北海道の事業となっており、余市町が代行して行っていると、記憶しています。
 現在の場所に移動した理由は、あくまでも想像ですが、対象者が同一地域内で、今まで通りの営業を希望したからだと推測しています。

 この岩山が学術的に貴重なもの?が埋まっていた事は、私は聞いた事がありませんし、また、貴重な鉱石というのであれば、この岩山だけでなく、この地域一帯が、それを含んでいたという事になると推測されますが、どうでしょうか?
 この岩山一帯の図面を見ている訳ではないので、不確実ですが、この場所は、天然水族館(私は記憶がありません)、その後、海浜プール(これは記憶があります)になっていたと思います。
 また、現在の古平、積丹に至る道路が完成するまでは、この場所から古平方面に向けて、汽船が出ていて、この近辺が桟橋であったと聞いた事があります。

 これらの事実から判断すれば、行政的に判断すれば『それらは、無い』と判断したのではないか?とも想像しています。
 岩山が無くなったのが、港改修にかかわる時だったのか、また、道路拡幅のための移転にかかわる時だったのかは、定かではありませんし、余市町に、この岩山の事を知っている人がいなかった。のかもしれません。

 私は、年齢的にも若い事から、"貴重な岩山"とは聞いた事もありませんし、また、現実問題として、この近辺の"土地"に関しては民有地と隣接している事もあり、民有地は常に"権利移動"が伴うものであって、岩山がだれも所有だったのかは、分かりません。
 ただ、岩山とは別でしょうが、文化財関係は、余市町は様々な面で、頑張っていると、私は思っています。
 ・・・・ですが、いくら貴重な文化財であっても権利があります。権利がある以上、どうにもならない事も、多くある。という事だけは、ご理解頂きたいと思います。


 以上、回答と致します。