独り言 平成19年8月5日 午後8時UP
  
 ☆選挙戦を振り返り、その1・立候補説明会☆

※選挙の関係があり、この文章は8月5日、午後に作成、投票終了後にUPしました。


 今年の選挙の日程は、お盆の時期、また、参議院選挙の日程があり、8月5日する事を、選挙管理委員会では考えていた。
 今回の選挙、定数が22名から18名となる事。また、だれが引退するのかもまったく分からない中で、新人1名と元職1名が立候補を予定している中、さらには、参議院選挙の関係で、2週続けての選挙という事もあって、「さぁて、どうなるのか?」という事は、まったく分からないというか、予想がされない中での選挙戦に突入する事になった。

 
 今期で引退される議員は、個人的には佐藤敏議員が早い時期に『今期で引退する。今、選挙に出れば、4年後は77歳になる。それは有権者に失礼だ。』と話していた。
 また、もう一人、渡辺秀郎議員も年齢的にどうなのか?という事がわからなかった。

 選挙日程と議会日程は微妙な関係があり、新人は別だが、現職の場合、本格的に始動しはじめるのは、6月定例会が終了してからであって、今年は他の会議日程の関係で定例会が終了したのは6月18日と遅かった。
 そして、定例会開催中に、正式に勇退議員の送別会の日程も決まり、正式に、渡辺秀郎議員と佐藤敏議員が送られる側となった。

 選挙の場合、立候補表明に変わるのが、町中に立てられる後援会連絡所の立看板(下の写真)であって、この看板は、選挙管理委員会から許可プレート(有効期限あり)をもらい、立てる事が出来るのだが、この看板はプレートを付け替える(自己申請)事により、一年中立てる事が出来る。まぁ、自分の場合、温泉前の看板だけは、一年中、立てている。

 
この看板を上げるには、支庁に政治団体の届け出をした上で、町選挙管理委員会から、交付されます。尚、政治団体の収支決算書は毎年、支庁に提出する事になっていて、届けをしていない現職は、いないとは思いますが(法的にそう決まっています)、届けをしていない者は、再度、新たに届け出をする必要があります。


 選挙戦は、この立看板を上げる事から始まるが、今回の選挙は、やはり、出足が遅い・・・というか、平成15年の時は、新人に9名が立候補する。という事もあって、この看板を上げるのも、みんな早く、自分の場合は、4月24日に上げたのであった。
 ちなみに、15年の時は町長選挙もあり、町長各陣営は、5月上旬に事務所開きをやっていた。


 だが、今回は、若い新人がいない。という事もあって、全体的にはスローペースで、自分の場合、6月5日だったが、立候補予定者の中でいえば、中間当たりに上げたのであった。
 ただ、全体的に言えることは、今回2回目の選挙迎える議員、つまり、1期生議員の出足が遅かった。と感じていた。
 一般的に言える事だが、2回目の選挙は一番厳しい。といえるのであって、逆に一番、頑張らなければならないのは、2回目の選挙を迎える候補者だと思っている。


 さて、6月29日に勇退議員の送別会が開かれ、正式に、2名の議員が出馬をしない事となったが、この時点で、現在の定数22−勇退議員2+新人・元職2=22−定数削減18=4という事で、最終的には4名が多い。落選という事になるのだが・・・・
 だが、松原議員がどうするのか?という事が、『出馬しないのではないか?』という事がウワサされていた。
 一つの目安として、7月4日に立候補者の説明会があったが、この時に、代理人も含め何名の陣営が集まるのか?という事が注目されていた。
 この立候補者説明会は、法的根拠は無いものの、今後の日程と、また、立候補届の書類が配られる。そして、新聞社も来ていて、その動向に注目がされている。

 この説明会に出席したのは、町長選挙の方も様々なウワサがあったが、結果として現職の上野町長の陣営のみ。また、議員の方は最終的に21名しか来なかった。

 さて、21名という事で、結果として来なかったのは、松原議員の陣営だけであった。
だが、松原議員は、7月1日に開催された余市町表彰式で町功労者として表彰され、この式典には出席していたのだが・・・・

 また、この説明会、前回までとは、様子が一変していた。

 この説明会は、毎回、実施されているのだが、自分の場合、過去2回とも自ら出席している。そして、候補者本人が来ている。というのは、前回まだは5名ほどしかいなかった。だが、今回の説明会には、逆に、本人が来なかったのが5名ほどだけであった。

 4月の道議会選挙の時も『もりあがらない』と言われていた。また、景気動向も、今の余市町はおそらく、最悪の状態だと感じているが、それも影響しているのだろう。
 さらには、現職と元職、そして、新人といえども、年齢的には60代であって、間違いなく新鮮味に欠けるのは事実である。
 そして・・・・有権者も議員を見る目が厳しくなって来ていると推測している。
 そんな事もあって、候補者自らが出席したのであって、やはり、前回と比較しても、やはり『盛り上がらない選挙』となったようである。


 さて、松原議員の出馬については、最終的には"憶測"を呼んでいたが、はっきりした。それは、本人から直接、電話をもらったのであった。
 7月21日・土曜日、午前10時頃、携帯が鳴ると松原議員であった。『ひろかずさん?松原です。今回の選挙、出馬しない事にしました。看板も昨日、撤去しました。』との事であった。その理由は『立候補届の31日は入院中の予定です。仮に出馬して当選したとしても、病状からして、議会に常出勤出来ない可能性が大きい。今回からは定数が少なくなるので、みんなに迷惑を掛ける事になるので、今回は出馬しない事にしました。』との事であった。
 松原さんも、最後の最後まで迷っていただろうと思う。
 
 松原さんは、余市町議会の歴史では女性議員では2番目の議員であったが、女性議員の地位を確立した。という事では、間違いなく、その基礎を作った議員だと思う。
 余市町議会では、女性で初の議会運営委員長を歴任し、また、常任委員会の委員長も歴任して来たし、余市町女性団体協議会の会長としても、様々な面で活躍していた事は事実である。
 体調が回復した時に、送別会を開いてやりたいなぁ・・・と思っている。


 さて、選挙戦に入るのだが、松原さんが出馬しない事によって、ますます解らなくなって来た。松原さんの票がどこに流れるのか?である。
 22名の時は、最低ラインは550票。と言われていたが、21名になった事により、600票が必要??
 ・・・・600票は、非常にキツイ、ラインである・・・・


他の独り言を読む