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独り言 平成19年8月28日UP
    
☆初議会・会派構成と議会内各役職について☆

1.会派構成に向けて

 選挙が終わって、任期満了を迎え、新しい議会の構成をしなければならない。
 まずは、議長・副議長をはじめとする、常設委員会の構成と、やる事はたくさんあるが、その前に、まずは、”会派”の届けをしなければならない。

 大人数の議会では、政党=会派となっているのが多いが、町村では元々議員数が少ない事もあって、”会派制度”を採用していない議会もあるようでが、余市町は、昭和30年代は24名?もいたのであって、その後、22名となっていた。
 それだけの人数が集まれば、自然・必然的にグループも出来て来る。

 ”共産党””公明党”のように、政党の場合は、政党=会派となる事から、別段、問題は無いが、それはと別に、政治理念とは別に、やはり”役職”というものにこだわるようになる。これは、当選回数はまったく別で、個人の意識の問題もあるようで期数が少なくても『やりたい!』と強烈に思う人は思うようである。

 ちなみに、自分の場合は、「やりたい」と思っていない。
 その理由として”面倒”だし、”責任の所在”というもののある。
 ただ、みんなが『やれ』というのであれば、これは固辞する事も出来ないだろうと思っている。
 ・・・・そして、その役を取りに行くために”会派”というものを組織して行かなければならないのが実態である。


 さて、余市町の議会議員の任期は8月18日まで。という事となっていて、『概ね10日以内に議会を招集する』という慣例になっているようである。
 初議会では、正副議長の選出をはじめとする、議会の各委員会の編成、そして、委員会編成が出来れば、各委員長の選任もする事になる。その他の、議会以外の各種会議へ送り込む議会推薦委員も決定される。

 まぁ、そんな訳ではないだろうが、一応の目安として、28日を初議会とするならば、議会の告示等の関係もあるので、その前に議員協議会を開催して、ある程度の話し合いを進め、初議会に望むのである。

 今回の場合は、お盆や土日の関係もあり、22日が議員協議会の日と決められた。


 選挙が終われば、次は議会内部の選挙という事もあって、当選した議員は、それぞれの思惑によって、色々と動く。それは、21日まで続くことになり、最終的には22日以降の日に決定される事となる。


 今回の選挙直後の会派状況としては、
明政会 8→5(引退1・落選2)
自治研 6→4(引退2、議長を含む)
共産党 4→3(落選1)
公明党 2→2
無会派 2→4(無会派2、新1、元1)


 そして、それぞれの思惑によって、動く議員と、動かない議員とがいる。平成15年の選挙の時は、新人が7名も入って事により、全体として新人獲得に動いたが、今回の場合、基本的なスタンスとしては”待ち”であった。

 自分の意志としては、「ほしい会派があれば、来るべゃ〜」という考えの元、どこの会派にもアクションは起こさなかったものの、だれがどう動いているのか?という事だけは、知っておかなければならないので、それなりに動いて、情報収集はしていた。
 また、選挙結果から予想して、根拠は何もなかったが”感”として明政会が崩れるだろうなぁ。という予感はしていた。
 ちなみに、結果として、自分から行った議員の所は6議員、逆に来た議員は5議員であった。


 さて、会派に対する想いは、今まで綴って来た通りだが、スタートに当たっては、やはり、どこかの会派に所属しなければならない。とは感じていた。
 この時の選択肢としは、元の会派である、新自治研究会に戻るか、または、無会派の議員が出れば、政党・経歴等は一切問わず『無会派の会』というのがあるのかどうかは分からないが、それらを含めて、新しい会派も考えていたが、自分としても基本的スタンスは”待ち”であった。

 そうそこしているうちに、A議員・B議員と来る事になり、『議長をやりたい』『副議長をやりたい』等々となって、交渉術としては、”来て、聞いて””行って、返事をする”というのが基本だろうと思っている。

 つまり、一度、聞いて、その間に他の情報も仕入れて、判断していかなければならないし、様々な判断によって、考慮していかなければならない。
 また、結果や内容は別として、訪問してくれれば、その”返礼”として、訪問するのが礼儀だと思っている。


 そうそうしているうちに、明政会は分裂して、5→4になる事ははっきりした。また、その過程の中で、16日の夜の時点で『新会派で3名で会派を組む』という電話を入れて来た議員もいたが、結果として、そうなったが、この電話の時点では「現時点では、まだ固まっていない」という事は、知っていたし「それは違いますよ」とはあえて言わず、ただ、聞いていただけであった。

 今回の場合は、新人がどこに所属するのかも興味があったが、万が一、新人が無会派となる事だけは避けなければならないとは感じていた。なぜなら、経験者が無会派となるのと、新人が無会派となる事は、意味が違うからであったのだが・・・・・

 21日の夕方には『新人は新自治研究会に入ったよ』という情報が入って来た・・・



 さて、22日に協議会が開催され、この協議会は非公開だが、流れ的なものを少々・・
 集まった全議員は、内部の役職が決まっていない以上、全員同列である。また、議員の席も決まっていない。
 で、座る席順としては、立候補届けの順番なっていて、全体を仕切るのは”最年長議員”ということになっている。
 今回の場合は、熊倉議員が最年長に当たることから、全体の座長として進行係をする事になった。

 全体の説明が議会事務局から行われた後、『会派届けを提出してください』となり、会派届けを出すことになるが、ここで、最後の調整がされる。

 で、自分も3期生という事で、この協議会も3回目となるのだが、配布された書類を見て、「な〜るほど〜・・・」というか、やっぱりそうなんだぁ。と感じた事があった。

 一般的に”会派”と呼んでいるが、正式には『議会交渉会派』となっている。
 ”議会内部の交渉をする会”が”会派”であって、「仲間に入れて〜」『いいょ〜』という事が会派である。
 つまり、政策的でも無くても良いし、『好き』『キライ』で別れるし、政党や党派も一切問わない。仮の話しとして、自分が共産党会派に入るとすれば、党籍や入党をせずとも、会派名を『日本共産党議員団・ひろかず会』とすれば会派に所属できる。という事になる。



 話を元に戻して、会派届けが出された時点で、各会派から代表者が出され、その代表者通しで話し合いがされ、その中で、議長・副議長を始めとする、割り振りが決まる。
 この代表者会議でも、最年長の議員が仕切役となる事から、最年長議員が出た会派は、もう一人、入る事となる。
 ちなみに、今回の場合は、吉田広之丞議員が、この代表者会議を仕切る事となったのと、自分は、無会派となった事から、代表者会議にはオブザーバー出席は可能だったが、オブザーバーは発言権が無い事と、無会派は『権利無し!』という事もあり、あえて参加をしなかったので、どんな話し合いがされたのかは、その場所にいないので分からない。



 さて、22日に話しは戻るが、22日、議会事務局の説明が終わった後、座長『会派届けを提出して下さい。その間、暫時休憩致します』と発言がされたのが、午前11時。その後、それぞれの話し合いがされる。
 共産・公明はすぐに提出されるのだが、後は、それなりに話し合いが持たれる・・・・


 21日までは、水面下での交渉が続いていたが、22日からは、表面で話し合いをしてゆく。その中では、当然として、議長・副議長の話しも前提となっている。
 で、自分としては・・・・・

 さて、自分としては、今回、21日までは個別に様々な誘いもあったが、最終判断はしていなかった。

 最初から考えていた訳ではないが、19日の頃からは、改選前の新自治研究会と、その時点で未定組と合わせて、「9名の会派でどうか?」という事を考えていた。
 9名で会派が組めれば、議会の過半数があり、最終的に議会は”数”で決まるものである。
 よって、22日の朝の時点では、9名の会派が出来るどうか分からないが、結果として、話し合いがつかない場合は、再度、所属会派を考えれば良いと思っていたし、可能性の問題として元の会派に戻る可能性の方が強かった。

 そのためには、まず9名を同じデーブルに着かせなければならないし、当然、22日には、会派届けの提出の前に、新自治研究会から声がかかってくるものと思っていた。

 この話し合いは、どちらの会派でも、会派届けを提出する前に行われなければならないと考えていたし、自分としても、話し合いの前提としては「どちらに入るとは言わないし、9名で新会派が出来ない場合は無会派の可能性もある」という事を清新会(この時点では、まだ届けがされていないが、便宜上、使わせてもらいます)側には伝えていた。
 当然として、会派届けがされる前に、新自治研究会側から話があると思っていたのだが・・・・

 結果としては、選挙終了後から21日、さらには22日以降も含め、共産党・公明党・明政会側からは一切のアクションは”無し”であった。


 結果として、新自治研究会側から正式に申し込みがあったのが、22日の午後2時であったが、「9名でどうですか」『それには、お前が新自治研究会に入ってからの話ではないか?』「それは違いますよ。会派が出来てからでは、話しはまとまらない」と結果として、平行線となった。
 そして、後で知ったが、この話し合いがされた時点では、すでに新自治研究会では会派届けを提出していたのであった。

 結果として、9名会派の話しは、単に自分だけのアイデアだけで、まぁ、いきかかり上、無会派という選択をしたのであった。
 清新会側には、22日の昼頃には「あくまでも9名会派を目指し、出来なかった場合は、無会派」という事を伝えており、感覚としても、清新会側はまだ、正式に届けをしていなかった事もあって、その可能性は残されていた。
 無論、「9名で出来なかった場合は、無会派」は、最初から「出来なかったら、どっちかに入る」では、話をまとめられないだろうと思ったのだが、結果としてそうなった以上、それはそれで致し方ないと思っている。

 ただ、本当に9名の会派が出来なかったのか?については、新自治研究会側のメンバー全員から意見を聞いた訳ではない。
 一般的には性格も考え方も、また、年齢も違うし、特定な政策的に考え方で選挙をやっている訳でも無いことから、当然、『組めない』という事になるが、『会派』は『内部交渉』をするものならば、政策的で無くても良いはずではないのか?少なくとも、自分を含めた9名は、結論は別として、同じデーブルに着けるはずである。


 無会派となる事は、議会内部の役職も一切受けないのも前提となるし、また、自分としても、そのつもりも無い。『無会派でも、役職を受けろ』と言ってくれた議員もいたが、それも断った。


 最終的に、22日の夕方に、届けをしていなかった議員は、納谷・佐藤・吉田浩一・辻井の4名であり、座長の斡旋によって、『明日、再度開催しますので、10時までに結論を出す』事を、4名で了解を取り、また、全体の了解もそのように取り、22日、午後4時過ぎには解散となったのであった。

 ちなみに、22日の夜も含めて、23日の朝10時までに接触して来たのは、清新会のみであった。
 正直に言えば、心理的には清新会の方に、かなり”心”は動いたし、また、ここで清新会に入ったとしても、だれからも非難はされないだろう。とは思ったが・・・・・
 まぁ、自分としては、2期目の時も、正しいかどうかは別として、”意地”だけは通して来たし、ここで態度を変えれば、やはり足元を見られると思うのだが・・・・・
 正直者は、やはり”損”をする事は、間違いないようです。

 
定数4減となって、中央部の議員席4ッが撤去されました。見た目以上に広く感じます。


2.議会内役職について
 さて、今回の選挙で、当選回数を見れば、以下の通りである。

9期 安宅俊威、渡辺正治
7期 吉田廣之丞、熊倉義城、納谷準一
4期 吉田 豊、佐藤一夫
3期 佐々木正江、白川栄美子、吉田浩一
2期 土屋美奈子、野呂栄二、近藤徹哉、中井寿夫、
   溝口賢誇、辻井 潤、野崎奎一
1期 山本哲男

 大御所が多く、中間層が薄い事。また、2期生については、15年改選期において、だれ一人として、常任委員会の副委員長を経験していなかった。
 一般的に、委員長を経験するには、常設委員会の副委員長を経験が前提となるだろうし、現に、15年改選期においては、委員長を決める段階においては、副委員長経験者で無ければ、委員長就任はダメ。という事が前提に話が進められた。


 さて、今回の改選と議会内部の役職等については、選挙結果と、また、自分の考えとしては・・・
@常設委員会の委員長については、副委員長が未経験でも、就任をさせていかなければならないだろう。
A『◎◎をやりたい』と言って、訪ねて来た議員が優先する。
B共産党の副議長については、今回は4→3と議席を減らした事。また、今までやっていた渡辺議員は、議員経験と手腕については問題は無いが、年齢的にも高齢となって来た事と体調に不安がある。そして、今回副議長となれば3期連続となるので、今回は共産党の副議長には入れない。



 と考えていた。その考えを元に、9名での新会派を目指したのであった。9名いれば、議会の過半数を占有出来ることとなり、常に主導権を持って、話を進める事が出来ると考えていた。

 まぁ、結果としては、無会派となった以上、会派運営をしている以上、発言権は無いし、所属委員会等についても『ここが余ったので〜』と言えば、「はい、分かりました」と言うしかないのが現状である。


 さて、議員協議会は23日となって、正式に会派届けがされ、今期の会派状況は以下の通りとなった。

議会交渉会派結成状況 平成19年8月23日時点   ◎は会派代表者
会派名:新自治研究会(略称:新自治研)構成員5名
◎吉田 豊 (4期)
 安宅俊威 (9期)
 土屋美奈子(2期)
 野呂栄二 (2期)
 山本哲男 (1期)

会派名:明政会(略称:明政会)構成員4名
◎吉田廣之丞(7期)
 近藤徹哉 (2期)
 中井寿夫 (2期)
 溝口賢誇 (2期)

会派名:日本共産党議員団(略称:共産党)構成員3名
◎熊倉義城 (7期)
 渡辺正治 (9期)
 佐々木正江(3期)

会派名:清新会(略称:清新会)構成員3名
◎辻井 潤 (2期)
 納谷準一 (7期)
 佐藤一夫 (4期)

会派名:公明党(略称:公明)構成員2名
◎野崎奎一 (2期)
 白川栄美子(3期)

※会派に所属しない議員
 吉田浩一 (3期) 



 会派届けが提出されれば、今度は、代表者が集まり話し合いが進められる。
 議長・副議長はどうするのか。また、監査委員ついては、理事者側提案という事で、話し合いはされるが、15年の時も先送りされた経過がある。
 さらには、3ツの常設委員会の委員会構成と、議会運営委員会(以下、議運)のメンバーも決め、さらに、他の会議への議会推薦委員の割り振りもされる。

 今回は、議長・副議長は選挙で行われることとなったが、常設3委員会と議運のメンバーも23日には決まっていた。



総務文教委員会 定数6名
委員長  近藤徹哉
副委員長 吉田 豊
委  員 安宅俊威、野崎奎一、渡辺正治、納谷準一

民生環境委員会 定数6名
委員長  佐藤一夫
副委員長 白川栄美子
委  員 土屋美奈子、中井寿夫、溝口賢誇、佐々木正江

産業建設常任委員会 定数6名
委員長  熊倉義城
副委員長 辻井 潤
委  員 野呂栄二、山本哲男、吉田廣之丞、吉田浩一

議会運営委員会  定数7名
委員会  土屋美奈子
副委員長 中井寿夫
委  員 吉田 豊、溝口賢誇、熊倉義城、辻井 潤


 まず、この委員会編成ついては、発言権は無いのだが、所属委員会を決める段階で、『ここしか空いていないので、ここでいいですか?』と聞かれたとき、「おいおい、本当にいいのかい?俺は無会派だから”ここ”と言われれば、言いけれどもねぇ」と発言した記憶がある。

 まず、委員長については、2期生としては、近藤・土屋となっており、両名とも、1期目においては、挙手回数も多かった事から、積極性としては”合格”と感じている。
 ただ、両名とも副委員長の経験が無い事から、副委員長を経験者とすれば、問題は無いと思うし、今回の人事は、ある面では、中間層の議員がいない以上、致し方ないと感じている。
 総務委員会には、吉田豊議員が副委員長という事で、これは問題がないのだが、議会運営委員会の副委員長は中井議員である。

 土屋議員と中井議員も同期当選組であるが、両名ともに副委員長は未経験で、土屋議員は議運委員の経験も無い。
 議会は、当選回数がものを言う世界であるが、同一の場合は、年齢や性別によって、違いも出るだろうし、会派の違い、さらには選挙直後という事で、選挙戦の経緯もある。この二人が、本当にうまくやっていけるのか?先輩議員は、この点を配慮して配置を考えたのか?という事を感じているのだが・・・
 まぁ、自分も2期目前期で議運委員長をした事もあるので、土屋議員はやっていけるだろうとは思っている。
 ちなみに、自分が余市町議会では委員長就任年齢では記録更新をしていたが、土屋議員が、最年少での委員長就任記録となった。ちなみに、39歳という事で、30歳台の委員長が誕生する事自体、大変、珍しいと思っているし、彼女の実力だとも感じている。


 それと、委員会編成において、いかがかなぁ?と思う点が数点。
 一つは民生環境委員会についてであり、他の委員会メンバーと比較した場合、年齢と期数の関係で、若いメンバーのみが集まってしまった。
 これからの民生関係は、介護を始めとする重要事項が目白押しになるだろうと思う。
 議会は単に、賛成反対という結論だけでなく、あらゆる場面を想定して質疑をしなければならないが、突っ込む議員、また、それをまとめる議員といなければならないが、若いメンバーのみが集って、大丈夫なのか?と感じている。

 もう一点は、明政会の委員割り振りついてである。総務委員会で、委員長が明政会であるのに、どうして明政会のメンバーがここに入らないのか?という事である。
 委員長は行事役という事で、基本的には質疑は出来ない。そして、3委員会があり、3名の会派所属議員であるならば、1委員会に1名の会派所属議員を入れるしかないのだが、明政会の場合は、4名がいるとなれば、委員長を取った委員会に2名委員を入れるのだが・・・・そして、民生環境委員会に2名の委員を入れている事も、どうしてなのかは理解出来ない・・・・

 そして、この委員会編成においても、自分は無会派となった事から、結果として余った所。という事で、それはそれで構わないが、今までの慣例は?とうなるのか?
 今までの委員会編成においては、少数会派から委員会の割り振りをして来た。前期の後半では、たまたま佐藤議員が無会派という事で、最初に希望を聞いて、その希望通りにしたのであった。
 自分としては、過去2期において、民生委員会に所属した事が無かったので、今回は民生環境を希望しようと思っていたが、結果としては、『全部、決まってしまい、産建が余ったので・・』との事だった。

 確かに、人数も少なくなった。過去の慣例も習慣も前例も無い時代に入った。また、自分としても、人の事を言えないが、ルール無視をして来ている。
 そして、議会の世界では”数”がすべて物を言う事となるが、本当に、それで良いのだろうか・・・

 まぁ、これも無会派となった事とから、ある面では、傍観者とならざるを得ず、見ているだけであるのだが・・・・・逆の見方をすれば、無会派となった事から、様々な”模様”が見えているのも、事実出ある。



 さて、議会ルールとしは、事前に決まっていても、公式な議会が終わらなければ、”公”に公表が出来ない。
 このHPは28日の本会議終了後にUPはしたが、23日以降に作成している。


 23日が終わった時点で、いわゆる議会の三役については、どの会派からも正式に依頼もされていないし、話しも聞いてはいない。

 ただ、選挙終了後から8月21日までの間に、議長を頼みに来たのは安宅議員、副議長を頼みに来たのは納谷議員のみであった。

 自分としては、頼みに来た議員が優先されると思っている事は、前掲もしたが、だれも候補者がいなければ、それなりに考えるが、とりあえず、依頼して来た人物がいる事。また、前期では安宅議長となって、議会運営上は支障が無かったのもあり、また、様々な背景や将来予測の中では、安宅議長で”良し”とするしかないと考えている。

 さらに、23日の委員会編成の時点で、ある程度の事が見えて来ていた。

 まず、委員会編成を終えて、委員長・副委員長から外れている議員は、
 安宅俊威、渡辺正治、吉田廣之丞、納谷準一、佐々木正江、吉田浩一、野呂栄二、溝口賢誇、山本哲男  の9この中で三役候補者としては4名となる。

 議会運営委員長は、土屋議員が取った事から、同じ会派である安宅議員が議長候補である事。また、納谷議員が会派を変わった事は、明政会とは共同歩調は取らない事。

 今回は9が過半数で、勝敗は10となるが、選挙となった場合、新自治研究会と清新会の合計では8であって、過半数となるには、どこかの会派と組まざるを得ない。
 今までの流れを考えた時、公明、明政会が票を入れることは考えられない事から、残った会派は共産党となる・・・・

 となれば、監査を共産党にする訳には行かないだろうから、当然、共産党が副議長となる。
 で、この文章を作成している段階では、議長・安宅、副議長・渡辺、監査・納谷。という事になると予想した。

 となれば、自分としては、今回は共産党の副議長は”良し”としない事、さらには、23日以降に、だれからも正式に依頼もされていない事もあり・・・・・・
 結果としては28日の臨時会時点においても、だれからも、どこからも『議長には◎◎を頼む』『副議長には◇◇を頼む』とも、一切のお願いも無かった。



 さて、28日の臨時会は開会して、議長が決まるまで、臨時議長で取り進められる事となる。
 そして、開会後、上野町長から、挨拶の申し出があり、挨拶があった。(尚、この文章は、挨拶終了後に総務課より、頂いた町長の原稿です)

上野町長挨拶
 只今、臨時議長のお許しを頂きましたので、平成19年余市町議会第4回臨時会の開会にあたりまして、−言ご挨拶を申し上げます。
 議員各位におかれましては、町民の信頼と期待を担われ、めでたくご当選の栄誉を勝ち得られましたことは、誠にご同慶に耐えないところであり、先ずもって、心からお慶びを申し上げます。
 私は、この度の任期満了に伴う選挙におきまして、図らずも無投票当選の栄に浴し、引き続き町政をお預かりすることになり、誠に光栄に存じております。
 私に課せられました、果たすべき役割と与えられた責任の大きさを思う時、身が引き締まる思いでございます。
 今、全国の自治体が深刻な財政難にあえいでいる中、本町もまた大変厳しい状況に直面しておりますが、財政基盤立て直しと町内経済の活性化のため、町議会とも十分ご協議をさせて頂き、当面する諸課題の解決と、また町民の皆様からの負託に応えるために、町民との対話を基本に「町民と共に歩む町政」を推進し、「信頼」と「参加」のまちづくりの実現のため、職員とともに一丸となって、余市町の限りない発展と「信頼される町政の確立」のため過進して参る所存であります。
 どうか、今後とも町議会議員各位の格別なるご指導・ご鞭捷を賜りますようお願い申し上げますと共に、町民皆様の深いご理解と特段のご協カを賜りますようお願い申し上げまして、簡単ではございますが、就任のご挨拶と致します。



 さて、次が議長選挙となるが、この選挙は、事前に立候補表明がされる訳ではなく、投票用紙に『単記(一人だけ)、無記名(署名をした人の名前は書かない)』で、該当する人物を各だけである。


選挙結果としては、
 議長  安宅俊威12票  近藤徹哉4票  野崎奎一2票

 という結果となり、安宅俊威議員が2期連続で議長となった。


 以下、議長の挨拶(これも議長から「HPに掲載しますので」と許可をもらい、原稿を頂いたものです)



安宅議長就任挨拶
 一言ご挨拶を申し上げます。
 この度、議会において、ルールに従いまして投票ということで、皆様の温かいご支援のもとに、歴史と伝統と権威ある余市町議会の議長を拝命する事になり、身の引き締まる感激を覚えると共に、その責任の重大さに痛感している処であり、光栄に存じます。心から厚くお礼申し上げます。
 私は、まだ、未熟、浅学非才な者ですが、皆様方のお力添えを頂きながら、町民の代表者と致しまして、各議員さん共々余市町の街造り発展のために、開かれた議会の中において、議長職を汚す事なく、私も一生懸命皆さんと共に、町民の付託に応えて行きたいと、そのような決意を持っております。
 今後とも、宜しくご支援下さいますよう、心よりお願い申し上げまして、議長就任の挨拶とさせて頂きます。
 ありがとうございました。




さて、次が副議長の選挙となるか、こちらも単記無記名という事で・・・・投票結果として

  渡辺正治10票  近藤徹哉6票 吉田浩一1票 白票1票

という結果となり、渡辺議員が3期連続で副議長となった。



 尚、監査委員は、理事者提案であり、議会同意となるが、正副議長選挙の結果から過半数を確保している、納谷議員が内定という事になり、9月定例会において、理事者側から提案される事となる。



 今回、自分の理想としての三役は、議長・安宅、副議長・納谷、監査は共産党ではない4期生以上の議員と考えていたのだが・・・・
 また、これを書けば、『何を言っているんだ!』と批判と受け取られるだろうが、議長・副議長の投票に関しては、明政会は、なぜ、総務委員長に内定をしている近藤議員の名前を、議長・副議長に、あえて書いたのか?
 たしかに、議場にいる議員は、だれの名前を書いても良く、『内定者を書かない』というルールは無いが、理解がまったく出来ない。
 最初から勝て無い。という結果が分かっているのであれば、選挙をしなくて良いであろうし、事前の話し合いの必要も無く、全部、選挙でやれば良いのだはないか。
 
 まぁ、結果として、いままでの、前掲も慣例も、さらには、ルールも・・・そして、信義も無くなった。と自分ではそう思っている。



 人生というものは、自分の思う通りになる訳でもなく、まして、今回の会派構成から議会内人事についても『あいつは何を考えているのかは、さっぱり分からない』と言う声が、議会内外からも囁かれていたが・・・・・
 負け惜しみを言う訳では無いが、今回の人事に関しては、つくづく会派に所属しなくて良かった感じている。
 


 会派制度の総てが悪い訳ではないだろうし、また、議員とし、実力を付けて行くためには、委員長等の役職を取ってゆく必要もあると思う。
 自分としても、今回の行動が絶対に間違いない。と言い切れるのか?と言えば、そうも言い切れないだろう。
 内状をある程度知っている人から見れば、背景も含めてある程度は理解してくれるとは思うが、まったく分からない人は『なんで?』となると思う。
 さらに、今までは、このような部分は”陰”であった事を、このような形で公表して、果たして、どうなのか?どういう結果と反響がよせられるのか?は、よく分からない。
 ある面では、余市町の恥じをさらしている面も間違いなくあると思うのだが・・・


 良い面も悪い面も含め、その総てを公開して行った時に、本当の民意を反映出来る議会となるのではないか?と考えています。


 感想をお寄せ頂ければ、大変、嬉しいです。