独り言 平成17年4月22日UP
     ☆教 育 長 人 事☆

 4月19日・火曜日に、平成17年余市町議会第2回臨時会が開催され、その中で、4月1日により空席になっていた教育長人事が提案された。
 翌日20日の新聞には、“教育長決定”という見出しが踊ったが、正式には、19日には決まっていないのであった。


 今回の人事案件の議題は以下の通りである。

議案第4号
『余市町教育委員会委員の任命につき同意を求めることについて』
余市町教育委員会委員に次の者を任命いたしたいので、地方教育行政の
組織及び運営に関する法律第4条第1項の規定により議会の同意を求める。
平成17年4月19日提出     余市町長 上野 盛



 つまり、議会で同意したのは“教育長”ではなく“教育委員”である。

 では教育長は?という事であるが、これは組織的にそうなっているのだが、教育委員の定数は5名であって、今回選任された教育委員を含め、5名の中で互選をして、教育長を決めるのである。

 だから、理論的には、19日に議会で同意された人物が、教育長には“ならない”可能性もあるのである。
 とはいうものの、現実的には、教育長が誕生した事となる。


 さて、自分も平成11年から議員職を預からせているが、聞き及ぶ話として、余市町の教育長人事は、常に混乱をするのが“常”のようである。
 教育長に限らず、町の特別職は4年の任期であるのだが、教育長として唯一2期・8年を持ったのが、阿部町長時代の教育長だった笹山氏だけだそうで、後は、全員1期・4年未満となっているそうである。
 教育長を含む特別職の人事に関しては、流言蜚語や囁かれ、過去においては怪文章も飛び交った事もあるそうである。

 自分は、その文章は見たことは無いし、また、ウワサは、面白おかしく脚色もされるので、100%受け取る訳にはいかないが、『おぉ〜?ホントかよ〜?』という場合もあるが、では、その事が議会で質問として出されるのか?といえば、それはあり得ない。

 ただ、議員が直接、その現場を押さえ、「過去にこういう事例があり、これはいかがなものか」という場合は、自分の過去6年間の中ではあるが、よほどの事が無い限り無いものである。
 そして、今回の人事案件についても、本会議の中では、質問は出されなかった。


 さて、今回の人事については、ある意味、余市町の将来を左右する人事であったと自分では思っている。
 そして、あくまでも自分の推測・予測する範囲の中であるが、町長は実質的に2期目の立候補を表明したと考えている。

 平成15年の選挙戦においては、ウワサとして『上野は1期しかやらない』『1期だけでイィからやらせてほしい。と言った。』等々と言われていた。
 自分としては、その言葉は、選挙戦中からも、また、当選後も、上野町長からも直接聞いた事はなく、仮にそう言ったとしても、自らも選挙に出る者としては“選挙戦の便法”として捕らえている。
 選挙はある意味、自らの年齢との戦いである事から、ある程度の年齢になると、『1期だけて良いから』とか、再選を目指す場合は『今期で最後にするから』とか言うものであって、自分としてはこの手の事は言ったことはないが、よく使われる手法であり別段、驚くこともないし、また、これに惑わされる事もない。
 まして、本人の口から直接聞いた訳ではないので、いくら『あの時言った!』と第三者が言っても「あぁ、そうですねぇ」くらいにしか思わない。


 さて、なぜ、今回の人事と上野町長の次期の出馬が関連するか?であるが、これは教育長を含む、特別職の任期というものと、それを受ける者の年齢とを考慮した結果である。

 特別職の任期は、任命の日から4年間である。つまり、その時の町長が任命しなければ、任期満了で退職となってしまうのである。
 役場の定年退職は、現時点では60歳。正式に言うと、60歳に達した年度末までなのだが、特別職に受ける場合、公務員の身分がある場合は、一度退職しなければならない。
 早い話、転職という事になるので、役場を退職する理由としては『自己都合』で退職である。
 自分は公務員ではないので、公務員の退職金については、詳しく分からないが、60歳定年まで働いた場合の退職金は、規定通りとなるが、自己都合の場合は、大幅減となるようである。

 今回の人事は、受けた側の年齢が53歳という年齢であって、現在の町長の任期が、残り2年である事から、2年後に町長が変わる場合もありうる。
 特別職は、ある意味では町長と一心同体である事から、町長が変われば、特別職も辞表を出す。とは限らないが、少なくとも町長が変わった場合、つまり、4年後に再度、任命される保証は無く、その場合は、任期満了で退職となる。
 今回の場合、53歳で受けたのであって、とりあえず、57歳までの任期という事になるが、特別職を受けない場合は、60歳まで働ける給与と退職金と合わせた額と、特別職の給与は現在よりも上がるのであるが、57歳までの給与合計と比べた場合、どちらが多いのか?という事は、今のままで60歳までの方である。
 また、仮に、57歳で再任され、その後、4年間を経たとしても、現在のまま、60歳定年まで迎えた方が、総額としては多いといわれている。
 つまり、特別職も3期12年をしなければ、総体総額としては多くないようである。


 これに加え、年金という問題もある。

 国会でも色々と年金問題をやっているが、自給年齢引き上げがあり、将来的には65歳からもらえるかどうかも分からない状況で、仮に57歳で失業をしたら、転職が出来るのか?といえば、これは非常に難しく、年金ももらえない。つまり、生活が出来ない。という事態に陥ることになる。


 さて、これらの背景を考えた時、第一のハードルは、2年後の町長選挙であって、選挙結果は“別”として、現時点で、現在の町長が『選挙に出ません』という事であれば、絶対に受けられない話である。
 つまり、『教育長をやってくれ』と町長に頼まれた時点で、上野盛の2期目への出馬は、はっきりした事になる。

 無論、人間である以上、だれであっても、明日はポックリいっているかもしれないが、少なくとも、60歳を過ぎれば、人生の終焉は日に日に近付いて来ており、現町長も気力はあっても、体力的には、良くて現状維持、あとは下る一方であろう。

 そして、特別職は、議会に提案された時点で(教育長は、最初の教育委員会に出席の前日まで。今回の場合は21日付けで)、辞表を出す事から、万が一、議会で否決された場合、その時点で無職・失業となるのである。

 だから、頼む方もある意味では“勝負”に出たであろうし、その責任もある。そして、受ける側も“人生の賭け”であろうし、だから、余計に町長の分身として“働く”という事になるのではないだろうか。


 『なんでそんな事までするの?』『どこの町の町村も同じなのか?』と言われれば、これは違うと思っている。

 特別職は、必ずしも、役場職員経験者で無くても良い。それを受ける側に、その能力があれば良く、民間出身者や学校の校長経験者、または上級団体の幹部クラスが、就任する場合もある。
 しかしながら、余市町としては、あまりその例は無いようであって、過去、小柄町長の前に1期だけ町長であった海野町長の時の特別職がそうであったと聞いている。

 また、ある意味、特別職は受ける側が腹をくくらねばならない事だが、やはり、年齢というものもある。
 どういう事なのか?といえば、例えば、年齢が56歳で任命された場合は、少なくとも60歳までは行けるし、再任されずとも、『まぁ、なんとか60歳まで働けた』という事で、引退する事も可能である。

 まぁ、そういう意味では現在の助役は58歳くらいだったと思うが、上野町長の任期が、残り2年であれば、仮に、上野町長が次の選挙に立たずとも、また、立って当選しても、『引退します』と言える。
 つまり、それらを考えた時、特別職を任命する場合は、どうしても60歳前後の人を指名せざるを得ない場合が多いようである。
 無論、今は、若い50歳代前半の特別職も多いとも聞いているが・・・・


 だが、今の余市町では、これが出来ないのである。


 余市町は昭和36・37年に、連続して2年、洪水に見舞われ、それが元で財政再建団体となった。つまり、倒産したのであった。
 当時の町長だったのが海野町長であったが、倒産すると、上級団体の管理下におかれる事から、とにかく、経費削減が最優先であって、当然、この期間であった4〜5年間は職員採用も出来なかった。

 その後、小柄町長時代になって、ようやく再建となった事から、採用出来なかった分の遅れを取り戻すように、多数を採用したそうである。

 今は、その反動が来ているのである。つまり、年齢的に54歳〜57歳の職員そのものが極めて少なく、その中で特別職としての適任者としても不在?という事であろう。

 現在の部課長の年齢別構成としては、50歳代前半が多い。言い換えれば、現在の部長・課長は40代中で管理職についていたという事であり、経験としては豊富であり、その中から選ばなければならない。

 無論、前任者であった教育長も、再度、再任という事で議会に提案されたとしても、自分としては、×にする理由は、取りだてて無いが、年齢という点はどうなのか?


 恐らく、町長もこの点は考えたと思う。

 今回は教育長であったが、これから、収入役・監査委員と特別職の人事が続くことになる。
 収入役は各町村も廃止しているが、はたして実際的にはどうなのか。
 監査委員に関しては、北海道の町村で常設監査委員を置いているのは余市町だけであるが、こちらについては、余市町は、全部の会計金額は180億、また、この他に、北後志衛生施設組合と北支後志消防組合の事務も行っている事から、200億円を越える金額を扱っている事から、現在のままの制度の特別職が良いのかどうかは分からないが、常任の権限を持った監査委員は必要だと考えている。

 まぁ、それはおいて置いて、どちらにしても、収入役も監査委員も任期満了が近づいて来ており、仮に、現町長が再任をさせるのか?と考えたとき、はたしてどうなのか?


 さて、自分の話は、『飛躍し過ぎる』とも言われているが、これからの時代、好むと・好まざると、町村合併に向かって行くと推測している。
 たしかに、余市町を含め、北後志5町村としては16年度の結果としては合併しなかったが、合併新法や北海道の動きを含め、『合併しろ』と言って来ると推測している。

 現時点では、古平町のみが合併協議を申し込んで来ており、19日に古平町町長選挙も終わり、現職が無投票で再選された。つまり、これから本格的に合併協議が進むであろう。

 では、他の町村はどうなのか?であるが、今回のニュース24号の中に掲載しているが、貯金と借金の差額を人口で割った場合の町民一人当たりの借金額はというと・・・

積丹町 128万円
古平町  70万円
仁木町 129万円
赤井川村135万円
余市町  46万円 となる。

(※この資料は、北海道町村議会議長会主催による、北海道町村議会議員研修会が毎年7月に開催され、そこで配布される冊子資料から抜粋しました。なお、町村議会議員には全員配布されています。
 この数値は14年度の決算数値であり、15年の数値も出ていると思いますが、まとめて公的に発行されてものとしては、これが最新です。)
 
 国の借金は『ウン兆円ある』と言っても、借りている側と貸している側が同じなため、チャラにも出来るだろう。しかし、末端の借金はそうはいかない。

 景気低迷による税収の減収、交付税の削減となり、収入は落ちる一方。その反面、高齢化は進むことから医療費は益々増えて、また、借金の返済もしなければならない。
 となれば、合併をしていって経費削減をしなければならない。という事となってしまう。
 余市町の一般会計における公債費の残高は、平成14年で120億円だったのが、平成17年度末見込みでは112億円である。
 他の町村の公債費が増えているのか減っているのかは、まったく解らないが、余市町としは返済のピークは過ぎている事になる。

 古平町も含め、地域としてどうするのか?はこれからの話であるが、各町村とも、生き残りをかけて必死になってくることだけは確かである。

 その中で、だれが先兵となって臨んで行くのか?と考えた時、それは、議員でもなければ、町民でも無い。町長以下の役場職員である。


 自分も議員として、選挙という関門を通るが、ある面では、いくらベテラン職員でも1期生議員にでもかなわない。という面がある。そして、大統領選を勝ち抜いてきている町長であれば、尚更であって、選挙を経験する度に強くなって来る。
 いくら優秀な職員といえども、他の町村長とガップリ四つの相撲が取れるのか?といえば、これは無理な話である。
 
 現在の余市町は、上野町長は1期目であるが、余市町の助役という十分な職員経験があった事から、他の首長と比較しても、その実力もまた、手腕においても、上であると感じているが、やはり、年齢というものを考えた時、将来に対しては間違いなく不安要素である。

 今回の人事については、前任者の再任であっても、個人的には○であって、前任者も様々な面でベテランであったし、ある面ではその経験において、難関を無難に乗り切る事も出来る場面も多いと推測出来るが、やはり、64歳という年齢がある。



 上野町長は自らが“楽”をしたいという事であれば、また、2年後に出馬をしない。という考えであれば、前任者を“再任”で議会に提案するのが一番無難であったはすであるが、その後はどうするのか?

 少なくとも、これからの4年間で、間違いなく合併の方向へと動いていると推測している。その時、今回、再任をしたとするならば、どうなるのか?これでは単に問題を先送りにするだけにしかならない。


 しかし、あえて再任をしなかった。という事は、上野町長も総体的に余市町の将来を考え『若い者を育てていかなければならない』という表れであり、という事は、自らも2期目に向けての決意表明と自分では受け取った。

 今回の議案については、単に教育長を決め、それが、たまたま53歳という若い教育長の誕生という事だけではなく、余市町の将来を決める議案であったと考えている。

 今回の人事については、自分としても非常に迷ったが、また、様々な流言蜚語も飛び交ったのは事実である。
 しかしながら、単に「提案権を持つ、町長が提案したから」賛成をして訳では無いし、今回の議案に賛成したという事は、議員として、新任教育長を送り出した責任は重大である。

 これからの4年間、同意した教育長が、個人的な事由で不祥事を起こしたと仮定した場合、その結果、辞任をしたという事があったのなら、これは、同意した議員としての責任は免れるものではない。



 さて、このHPの作成を始めたのは19日だったが、色々と忙しく、なかなか進まず、現在、22日の昼になった。

 本日、教育委員会が開催された結果、余市町教育長が正式に誕生した。

  氏   名 武藤  寿
  本籍・現住所共に余市町
  昭和26年6月生  
  昭和47年 余市町臨時職員、農林課勤務
  昭和48年 余市町事務補 農林課
  昭和58年 財政係長
  平成10年 企画財政課長
  平成13年 財政課長
  平成15年 総務部長兼財政課長
  平成16年 総務部長



 今回の人事、自分に取っても、その答えはまだ出ないが、間違いなく“勝負”であったが、議員として、今後、何も言わないのか?は、町長に対しても、また、教育長に対してもありえない。

 さらに、自分の考えたことと違ったという場合も、責任所在を明確にしたいと考えているし、今後の町政執行において、町長の姿勢がぶれるような事があれば、その姿勢に対しては明確に意志表示をしたい。

 6月定例会の一般質問は、教育長に対し、教育長として避けて通れない問題を提出したい。『君が代・日の丸』問題を提出する考えである。


 いゃ〜、読む方も大変でしょうが、作成側も、目と腕が痛いです。
おしまい。

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