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独り言 平成16年1月2日
          
☆ 政 権 奪 取 ? ☆

 さて、掲示板に書き込みがあったので、自分なりの見解を・・・

選挙違反・・・
 一番、解らないことは、戸別訪問の定義ではないかと思っている。
 選挙前も選挙後も、戸別訪問は一切禁止である。これが許されるのは、後援会訪問、もしくは、後援会の入会案内に行くことはOKとなっている。
 選挙用のパンフレット?には、かならずどこかに“討議資料”という文字が印刷されていると思うが、これによって、『選挙目当てではありません。あくまでも、後援会討議資料を配布しているだけです〜』となるわけだが、だれも、そうだとは思っていないし、逆に、有権者の方から『挨拶に来ない』となるのが圧倒的ではないか。
 ここで一番問われるのは、日頃の活動だと思う。

 自分の場合、ニュースを3カ月に一回、年に4回発行しているが、印刷部数は1500部。
 これが多いのか少ないのかはわからないし、また、事業所にはある程度の部数をおいて来るので、実際に回っているのは、3カ月で800件程度だと思っている。
 この活動は非常に有効であって、この活動をしていると選挙期間中でも、日頃やっているので、個別配布する事も可能である。

 今日、2日であるが、町内にある政党の車が年始の挨拶に回っている。これも、日頃、そういう活動をしているのであって、特別やっている訳ではない。だから許されるのであるが、これは、やはり組織を持っているから出来るものである。

 履歴書を書く場合、職業欄に“議員”と書けるのは、実は、国会議員だけである。
 これは、議員の権限の違いであって、国会議員は、議員個人に“調査権”という権限が与えられている。つまり一人で、どこに行っても『この書類を見せてほしい』という事が出来る。
 これに対し、道議や市町村議員は、議会という組織、または委員会に権限があり、『◎◎を調査するために、◎◎委員会を設置する』と議決をして、その項目のみ初めて調査する事が出来るのである。

 だが、政党所属議員になると、これが専属で出来る事になり、少なくとも、普通の市町村議のように、通常の仕事をして収入を得なくてもよい場合もある。

 選挙とは、ある意味、候補者の心理が非常に影響すると思っている。
 よく挨拶回りに、いえ、後援会回りをするのに、同伴をして行くが、なぜ同伴をするのか?といえば、一人だと、なかなか候補者がおっくうがって、やらないからである。
 選挙に出ようとしているのだけれども、この挨拶回りが、実は、もっとも大変で、一人で訪問する、特に、初めて行く場所には、非常に緊張するものであって、なかなかピンポンを押せないのが現状である。
 まして、4年に1回しか行かなければ、『選挙の時だけ、きやがる!!』とご指導を受ける事となってしまい、これが何度も続くと、へこんでしまう。
 
 まぁ、そんな訳で、選挙は4年に一回ではなくて、やっぱり常にやっていなければならない。

 年前に、今年選挙が予定されている候補予定者のカレンダーが届いた。無論、通常支持している政党候補者ではないが、それを届けた人も、自分の事を知っていて届けて来た。
 このカレンダーがなかなか面白いというか、家族全員で撮影されたものだったが、12年前のも、小さく写っていて、それを比較すると、「う〜ん、なるほどねぇ」とうなってしまう。ちなみに、このカレンダーにも、しっかり“討議資料”の文字が入っていた。

 選挙違反の範囲は確かに微妙だし、選挙はある意味、仁義無き戦いだけれども、日頃やっている者とそうでない者の違いも、はっきり出ると思っている。
 そして、選挙だけでなく、議員活動も同じだと思っている。



 保守系二つは・・・
 は、言いたいことはよく理解出来るが、現時点では、どうにもならない。

 ただ、自分の経験から言えば、新人時代に色々と教えてもらった人に対しては、それなりの恩義も義理も感じる。そして、利己主義に走らない人でなければ、一緒にはやっていけない。
 無論、それぞれの価値基準があり、人によって様々だとは思う・・・
 

北海道は・・・
 民主党の体質というか、北海道の場合、旧社会党の体質を持っている以上、保守にはならないというより、現時点ではなれないと思う。

 昔の議員は保守だったのか?という事だが、北海道の場合、やはり、全般的に革新系の方が多かったのではないか?と思っている。
 余市町における、歴代の議長経験者、並びに、大物といわれていた議員は、いわば、北海道的な保守ではなかったのではないか。
 北海道という土地柄、特に厳しい冬を越さなければならない事。また、移民の土地である事から、共同生活や共同意識というのが強く、保守といえども、極めて革新系の強い保守であって、その土壌があったのではと推測している。


 今回の衆議院選挙で、感じた事だが、保守と思っていた人が、以外や以外、隠れ革新という事に驚いた。
 その代表的シンボルは横路さんであり、今の民主副代表でもなく、また、前の北海道知事でもなく、父親から続く、横路家というものであると感じた。どうしてそうなのか?と思ったが、その理由は分からない。ちなみに、自分は過去の選挙おいて、知事選でも、横路とは書いた事は一度もないし、これらかも無いと思っている。

 ただ、言える事は、自分も含め、昭和30年代以降に生まれた者は、政治的には現在の自民・社会の構図しか見ていないので、そういう見方にしかならないのだろうけれども、戦前生まれの者は、その両方を見ていて、良いところも悪いところも知っている。だから隠れ民主になっているのではないか。


 自民・民主に限らず、どの政党も現在の選挙手法が限界というのは、感じているのではないかと思っている。逆に、候補者自身がそれを感じていなければ、次の選挙は落選という事になるという事を、一番強く感じていると思っている。
 その中で、どういった政策を選択して行くのか。護憲を錦の美旗にしている社会民主党は選挙に勝てなくなっている。

 自民党の悪い所は、庶民の痛みを知らない小泉さんをいつまでも首相にしておくこと。
民主党の悪いところは、世相を見ていないこと。

 自分は、自衛隊は憲法違反だと考えている。そもそも、あれだけの軍装備をしていて『軍隊ではありません』というのは筋が通らない。
 これから自衛隊がイラクに派遣され、いかに正当防衛だとしてもイラク国内で1発の銃弾でも発射されれば、自衛の目的に存在する自衛隊であるとだれが見るのであろうか。

 当然、その時は憲法改正となる事になると思うが、その時、民主党として一つになれるのかは、非常に微妙であると思っている。
 仮に党で決めたことでも、自ら(議員個々の)主張を変えることが出来るのか。特に社会党出身の議員にとっては、試練となるのではないかと思っている。


 民主党が、これからどう変わるか。特に北海道の旧社会党の民主党の動きによって、今後の動きは変わって来ると思っている。政界再編成は大いにあり得る話だし、また、そのとき、民主としても試されるのではないか。
 では、自民が生き残れるのかといえば、新幹線と高速道路だけじゃあ、先が見えているし、利権そのものが無くなって来ている以上、こちらも、先が見えるのか。


 今年も選挙があるが、個人的には選挙区制度を変えてほしいと思っている。今年の選挙は参議院で小選挙区ではないが、あまりにも選択肢が限られすぎているから・・・・。そして、選挙が終った後に政策を出すのは、やめてほしいものである。