独り言 15年9月22日、午前0時UP
   ☆15年3回定例会を終えて☆

 今回の議会を終えて、あちらこちらから『委員長になったので、情報発は信出来ないだろうね』というメールや意見が寄せられていた。
 確かに、どの程度を公開して行くのか?という事についても非常に難しい問題だと思っているが、姿勢としては、変わらずにやって行きたいと思っている。
 ただ、今回のUPについて時間がかかったのは、初めての委員長という事で「かなり疲れた」というのが偽らざる心境であって、なかなか進まなかった。これで、いつものニュースも発行しなければならないと思ったら、かなりの負担だなぁ。と思っている。



 9月16日・火曜日から19日・金曜日まで、第3回定例会が開催された。
 今回の定例会の注目は、町長・議員も変わり、初めての議会という事で、町長の実力と議員の力量も試される議会となる事が予想されていた。
 これに加え、各議員が上野新町長に対し、どんなスタンスを取るのか?という事も興味があった。
 また、改選後の初めての定例会という事で、常設委員会以外の特別委員会の設置とその割り振り等の人事もまだ決まっておらず、また、残された最後のポストである、議会推薦の監査委員もまだ決まっていなかった。
 そして、自分に取っても、初めての委員長という事、それが議会運営委員長という事で、初めての委員会の仕切りと、本会議での報告という事で、非常に不安を持っていた。

 さて、本会議場での議会は16日からだったが、議会運営委員会(以後、議運とする)は、本会議の前に開催される事になっていて、休日の関係で、12日、午前10時から始まっていた。
 この中では何が決められるのか?といえば、議事の順番、即決にするか委員会付託にするか?等の内容で、さらに、議会運営委員会の前に、各会派代表者会議(各会派の会長と副会長または幹事長)が開催されて、大筋、代表者会議で決まった事が、議運で計られる事になる。

 今回の定例会は、役場側から出される議案(案件)については、さほど問題となるような議題は無かったが、前町長と新町長が交代する時に、助役も一緒に退職したために、新町長の元、新助役はだれになるか?という事が注目をされていた。

 新助役は、今回の定例会で全会一致で“異議なし”で決まったが、実は、一週間前に、代表者会議という非公式な席で打診がされていた。
 今回、自分は新自治研究会の幹事長という事で、常に、代表者会議の中に入っており、この時点で、だれなのか?という事を知っていた事になる。

 人事案件については、助役に限らず、本人の名誉という問題もあり万が一本会議で否決されれば、大変な事になるために、ダメな場合は、この時点で、引き下げる事になる。
 一応、本会議にかかる場合は、最低でも過半数が越える事が見込まれてなければ提案をしない事となるが、実際問題としては、本会議では何が起こるか解らない。
 過去には、否決された事例。さらには、反対のために本会議場で猛烈に質疑を受けた事例もある。

 さて、正式に助役決定の議題が出せる事になったのは、16日の夕方であり、当の本人は、19日まではさぞ長かったと思う。なぜなのか?と言えば、現の建設水道部長であって、一般質問や補正予算の審議の時には、議場に座っていなければならないからである。

 この議題が提案されると、当の本人は“除籍”の対象となり、議場から出なければならない。そして、審議が終わるまで議場の外で待っていなければならない。
 本人の心境は、さぞ、緊張していたと思うが、議員側からの質問は無く、『異議なし』の全会一致で、新助役が決定した。

 その後、本人が議場に入り、一言、挨拶をする事になるのだが、新谷部長は日頃答弁も非常に流暢なのだが、緊張している事が顔に表れていた。
 本人は『大変光栄に思います。重責に身の引き締まる思いが致します。誠心誠意努力して参りますので、皆様方のご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。』と挨拶をされた。(議場での書き取りのため不正確です)
 とにもかくにも、余市町のNo2が決まった事により、体勢的には整った事となる。


 さて、今回の議会は、改選後、初めての議会という事もあったと思うが、傍聴者が非常に多かった。特に、初日は、38席ある傍聴席のうち、35席が埋まり、翌日も10名程度の傍聴者が来ていた。
 そんな中、自分も本会議場で初めて、議運委員長としての報告をする事になった。

 まず、議会の流れ的には、議長の開会宣言の後、すぐに議運委員長の日程報告があり、その後、一般質問となる。
 今回は12日に議運委員会が開催されていたために、16日まで時間があったので、口述を考え、また、それなりに練習をする時間があったが、何度やっても、演台での話しは、原稿があっても緊張するものであって、何度も引っ掛かってしまった。
 特に、議運委員長として、この報告の仕方が間違えば、最初からやり直し。という事になりかねず、ミスは許されない口述であるが、なんとか、間違わなかった。

 さて、その後、すぐに、一般質問に入るが、今回も自分が1番で提出して、1番の発言だったが、今回の一般質問は、はっきり言って、力が入っていなかったのは事実であった。 議運委員長としての口述は、最初だけでなく、最終日もあり、また、場合によっては、すぐに、やらなければならないという出たとこ勝負もいう場面も考えられ、一般質問の方がおろそかになっていたのは事実であった。

 一般質問が開始され、一回目の答弁は、事前に用意されているために、町長もそれを読むだけであるが、再質問以降が、本当のやり取りとなる。
 さほど、準備をしていなかったのも事実であったが、再質問をした後の答弁について、非常に驚いた。というか、う〜ん、これが経験なのか?又は、実力なのか?という事は解らないが、前町長とはまったく違う態度であった事に、正直に驚いた。

 質問を聞いている時は、大筋のメモを取りながら聞くのは、議会の場合、当たり前だが、新町長は答弁の時、質問者の目を見据えて、答弁をしており、原稿を見る事なく、自らの言葉で出来る事は『出来る』。出来ない事は『出来ない』と明確に答弁をしていた。
 当然、答弁調整の時間は無く、逆に答弁調整をしない事により、質問者側に次の質問を考えさせる余裕を与えない事となる。

 自分としては、初めて議員となって、前町長が当たり前のこどく答弁調整のため休憩を繰り返すことが、当たり前と思っており、さらに、メモを見ながら話すこと、つまり、質問者と目を合わして答弁をしなかったのが、当たり前となっていて、新町長の態度と姿勢に対し、かなり面を食らってしまったのも事実である。
 これは自分だけなのか?と思っていたが、質問をした議員全員がそう感じていたようだったし、また、全議員に対して同じ態度であった。
 自分の一般質問の所要時間は30分。もっとも短い議員は10分で終了。20分という議員もいた。最長の議員でも1時間30分だったが、議員一人当たり、平均30分程度は短かったと感じているし、上野町長は、4年間のブランクがあったのは事実だろうが、そのブランクを感じさせない、そして、だてに40年の経験はダテじゃぁない。と強く感じられた。
 特に、感心した事は、どんな質問に対しても、質問者がどこにその中心をもっているのか?という事を良く聞き分けていて、その事項に対し的確に間髪入れずに答えた。という事は、非常に驚いたのと、これからの一般質問をどう組み立てて行くのか?という事を、質問する側も考えなければならないと強く感じた。

 どちらにせよ、前町長の一般質問は、とにかく長く、また、答弁も質問に対し、間接的に答えて、何を言わんとするのかが理解出来なかったし、定時の5時に終わることは珍しかった。
 しかし、今回は、一応の目安として、一般質問は一日4人で3日間の日程を取っていたが、初日は5名を行うことが出来て、さらに、時間も早く、3時頃までに本会議は終わり、非常にスムーズであった事だけは事実であった。


 さて、自分は議員の姿勢として、「常に野党的にあるべし」と思っている。町長の持つ権限は絶大で、さらに、これを実行する部下を持っている。これに対抗するには、常に、「なぜ。どうして。」という気持ちを持たなければ質問が出来なくなってしまう。
 特に議会という場所は、質問する側と答える側は常に一対一であり、攻める方が通常は有利であるが、質問をしなくても、良い世界でもあり、一回の「まぁ、イィやぁ」という気持ちで見送ると、そのうちに発言出来なくなるのではないかと思っている。
 これはなかなか理解してもらえないと思うが、自分の偽らざる気持ちであり、特に新町長はベテランという事であれば、尚更、反骨精神でもなければ、軽くあしらわれてしまうのではないか。と思っている。

 今回、一般質問をした議員は、新人3名を含む12名だったが、正直、新人が少なかったと感じている。
 4年前、自分にとっての初議会の時は、何も解からないまま、1番で質問を提出した。恥をかくのも仕事のうちだろうと。思ってやったのだが。そして、それが票を預かった以上の責任であると思っていたのだが・・・・
 新人に対しては、何も「1番で提出せよ」とは言わないが、やはり、何かをしたい。やりたいと。と思い立候補した以上、何も出来なくとも“ここに私は居ます!”と強烈にアピールする必要があるのではないか。
 どちらにせよ、次の12月が新人議員にとっては、本当の勝負の定例会になると感じている。

 さて、新町長に対しては、ある程度、議員のスタンスというか新町長に対する姿勢というのも見えて来ていたと思う。
 明確に、反上野という色を出して議員もいると感じているが、大多数は“様子見”だったと思っているが、新町長の考え方というのも明確に出されたと思う。

 ある議員の一般質問の中に、『選挙で役場職員組合とどんな約束をしたのか?』という質問に対し『質問に対し、誠意をもって答えただけ』という答弁を町長は行った。
 次の再質問では『町長は、職員の方を見ているのか、町民の方を見ているのか?』という質問があり、この答弁では語気を強め『職員とて住民である。』と明確に答え、さらに、『人件費削減はどうするのか?』の質問に対しても『少数精鋭で行きたい』と答えた。
 また、昨年から問題となっているリサイクル問題に関連した質問では『第一公社やリサイクル事業に関し、コスト削減が出来るので、来年度も入札制度をしないのか?』との質問に対しては『入札制度に対し疑問を持っている。住民サービスを徹底する事が、業者が争いあって出来る事なのか』というように、前町長と違った考え方を示した。

 

 さて、役場の人事は、助役が決まった事があるが、実は、昨年末から問題となっている北後志衛生施設組合で、先日、ここの助役が退職したとの事であった。
 退職理由は定かではないが、施設組合助役が一番厳しい立場であった事だったとは十分に想像出来る。
 施設組合の助役は現在係争中のリサイクル問題が発生した後任の助役として選任された。つまり、問題が発生した時点の当事者では無い。
 聞くところでは、かなり体調を悪くしたと聞いているが、当事者の一人でもある大谷町長は“ただの人”になった以上、新たな道を選ぶのも人それぞれではないのか。

 ただ、次の人事となると、こちらも難しいのではないか。広域行政を行っている北後志衛生施設組合は、5カ町村で行っている以上、それなりの経験者でなければ勤まらず、さらに、現在、係争中の事項もある。
 そして、代々、組合長と助役を含め、ほとんどが余市町の住人で職員構成がされており、ならば、考えられる人事としては、余市町役場から、それなりの職員が出向する形となる事が予想される。
 場所が同じ庁舎内だとすれば、今回のように、助役と部長を兼任も出来るが、建物がまったく別である以上、兼任という訳には行かないだろう。
 どちらにせよ、庁舎内人事も、もう少し時間がかかるだろうが、これも前町長の残した遺産に違いない。

 さて、もう一つの人事が実は残っている。これは議会推薦の監査委員である。
 余市町の監査委員は、専属で、常設の監査委員の他に、議会からも1名出ているのである。
 前期の場合、つまり、4年前も、なかなか決まらず、決定までは職務代行者として、安宅議員が、決まるまで代行し、結果的には再任をされ、この8月まで努めた。
 今回も、まだ決まっていない、以上、前任者が職務代行者としてなる事になるが、議長となったために、これが出来るのかどうかは分からない。
 なぜ、今回、議会推薦の監査委員が決まらなかったのか?といえば、これは、多数決の原理があるからである。

 正副議長選挙の結果であるが、得票数は12対10であった。で、今回、明政会と新自治研究会の二会派より、『監査委員を出したい』との意向があった。
 選挙をすれば良いではないか?という意見を当然、持たれるであろうが、今回の場合は、少し違うのである。
 何が違うのか?という事であるが、監査委員は、理事者提案である事にそのカギがある。
 理事者提案というのは、その対象者は、助役の時と同じく、除籍の対象となるのである。つまり、議場に不在となり、投票権が無い事になる。
 議長選挙では12票を投じた方は、議長が出ているので、▲1で、11であるが、二会派+1で初めて11になる。これに対し、11票の方は11であり、この場合は同数となるために、議長判断となるが、二会派+1が同じ結果になる保証は無い。
 これに対し、10票の方が出した場合は、こちらも、当事者は除籍の対象となり、9であり勝ち目はないが、+1が入れば同数になれる。
 つまり、どちらも動きが取れないのが現状となっているが、これもどの会派がどこに入れるのか?という事は、まだ解らないし、また、非公式の段階でも、だが監査委員に名乗りを上げているのか?という事は、現時点では不明である以上、議長選挙と同じ結果となるとは限らない。
 
 4年前の時は、7・6・4・3・2の数だったが、今回は8・7・4・2・1となっており、まだ4年前の方がどう転ぶか分からない状況であったが、今回はがっぷり四つに組んでしまった事となっている。
 
 最初のボタンの掛け違いが、最後まで尾を引く結果となってしまっているのが現状であり、こうなると話し合いが出来ないのも事実である・・・・。
 どちらにせよ、時間が解決するのか、このまま行くのかは微妙な問題である。


 さて、今回の議会は、違う意味で、余市町の将来を決める事項のスタート。はチヨットおおげさかもしれないが、これに類する事項があった。町村合併への協議会のスタートである。

 話しは、少し戻って、前回の正副議長等を決めた8月28日の臨時会の後、議員協議会が開催された。
 この議員協議会とは、議長が招集(といっても正規の招集ではないし、“全体で話を聞きましょう”程度のもの)され、この中で、10月1日付けで、北後志5町村任意合併協議会が立ち上がる事になっていた。
 そして、この時、この任意協議会の規約案が示された。

 この中の規約(案)第3条では次のように規定している。

(組織)
第3条 この協議会は、次の委員をもって組織する。
(1)5町村の長及び助役
(2)5町村の議長及び5町村の各議員が選出する議員3名
(3)5町村の長が協議して選任した学識経験を有する者各町村3名
2 前項に定める者のほか、協議会において協議し学識経験者を委員とすることができる。
である。そして、この件に関する事項で今回の定例会では272万円が追加計上されていた。

 さて、この北後志でも要約、合併の話し合いが始まることになったが、前掲の規約に基づき、町長から3名の議員を選出してほしい。との依頼があった。ただし、あくまでも法定協議会ではなく、任意である以上、正式な議案としてではなく、あくまでも“お願い”である。


 この問題も非常に難しい問題である。なぜなら、任意であるのだが、
1,過去の他の事例を見た場合、任意協議会がそのまま法定協議会に移行している
2,余市町の議会として、合併問題を現時点では取り上げていない
3,前期の議会では議会活性化特別委員会(理事者側は入らず議員のみで話し合う)の取り決めとして、法に明記がされて議員が委員として兼任しなければならない委員を除いては、委員とならない。という事が取り決めをされており、今回の合併協議会は“任意”である以上、その根拠も無い。
4,他地区の任意協議会では、議員が入っていな場合も多い。これは、町長部局が審議会等、答申を出す委員会に議員が所属していた場合、議会としてその審議会に委員を送った以上、正式な議案として提案された時、議会として反対が出来なくなる可能性がある。

 これらの事由によって、協議会に出すべきか、出さざるべきか、議論を重ねていたが、補正予算という形で議案として上がったので、本会議で質疑が行われた。

 やり取りの中で、町長は『5月末に5町村で話し合い、10月1日からの任意協議会が立ち上げられる事が確認されていたが、余市町の場合、選挙があったために、議会への説明が遅れた』との事であった。
 確かに、選挙はあったが、5月末に決まったのであれば、6月の定例会でも説明が出来なのではないか。大谷前町長は何をやっていのか?と率直に感じる。

 町長は質疑の中で『選挙戦の前に新聞社のインタビューに対し“合併賛成”とあったが、どうなのか?インタビューに答えたのは軽率ではなかったのか。』という質問に対し『選挙前は、諸般の状況を判断して、そう考えていたが、町長としては、しっかりとした情報提供を行い、最終的には住民か判断するもの。任意協議会については、回りの状況があり、話し合いを進めていなければ、国や道に対して『やっていない』と言われれば答えようがない。インタビューは軽率だったかもしれないが、他の町村との話しもあり、なんとかご理解頂きたい。』と答えた。
 最終的には、補正予算に対しては、賛成多数で原案通りに可決。可決した以上、任意といえども議員を出さなければならず、納谷準一・吉田豊・渡辺正治(当初Upの時は熊倉義城となっていましたが誤りでした。お侘び致します。9月30日訂正)の3議員がこの任意協議会に参加をする事になった。
 
 この任意協議会に合わせる訳ではないが、余市町議会としても、この合併問題に対し、積極的に調査研究をしていかなければならないという事で、議員側から、理事者側に対し、特別委員会の設置を求める形で、“決議案”として、合併問題調査特別委員会が組織される事が決まり、以下の委員によって構成される事になった。

名称 町村合併問題調査特別委員会
目的 北後志5町村を中心とした町村合併について必要な調査をする
所属委員名(9名で構成)
委員長 吉田豊  副委員長 熊倉義城
  野呂栄二 土屋美奈子 溝口賢誇 近藤徹哉 納谷準一 
  佐々木正江 野崎奎一


 さて、合併に対しては、個人的には賛成はしていない。なぜなら、現在のやり方で言えば、過疎地は、より過疎地になると思っているからである。
 実は自分は、合併の各種講演会に参加をして、合併推進論者として有名な先生の講演を聞いた事がある。そして、質疑応答の時に、こういう質問をした事がある。
 「現時点で、高校に通学のために、毎日80キロの往復している高校生がいる。合併が進めば、当然、中学・高校と間口削減がされ(もっとも、子供の数が少なくなっているのも現状だが)地域に一つだけ。という事が予想されるのではないか。これだけの距離を通学しているという現状を国は知っているのか?」と質問をした。
 この答えに対し『教育問題は教育委員会であるが、国は考えていないでしょう。』との事であった。
 積丹の突端から小樽の高校まで通えば80キロの距離となるが、この距離が果たして現実的な距離なのか?といえば、そうではないし、自らが望んで、その高校に通うのであれば問題がないが、高校そのものが地域に無くなった場合はどうなるのか。
 合併するしないにかかわらず、今、どこの組織も縮小しているのは確かであって、その中で、その組織なり、団体なりが無くなったり縮小し、困ったというか、以前より、面倒になった事も発生している。特に、許可権限を持っている組織は、今まで、地元で許可を発行していたが、組織改革となり、今は単なる書類の受付窓口になっている現状がある。
 地域のみを考えるのでなく、合併は全体として考えなければならないし、だとするならば、今のやり方は、末端の町村だけにそのしわ寄せをしているだけでないのか。
 その証拠に、道議でも国会議員でも、まともに合併推進を公約に掲げる政治家はだれ一人としていないのが現状ではないのか。


 さて、だいぶ、脱線をしたようだが、話を定例会に戻して、今回の定例会は、表の話題より、裏の話題か多かったのは事実であったが、とりあえず、無難に、そして問題なく終了したと思っている。
 無論、理事者が変わったのが一番の要因だと思っているが、違う意味で議員も間違いなく力量と、そして、待ったなしで実戦をしていかなければならない。

 1期生が7名。2期生が5名で、22名のうち過半数を越えている。3期生が3名。つまり、4期生以上が7名と全体数の1/3以下である。
 こういう議員構成も珍しいのではないかと思う。それだけ、新人といえども“勉強”する時間は無く、即、実戦で行かなければ、本当に間に合わなくなる。
 特に、町村合併という問題。また、合併問題は言わば、財政の問題であり、財政破綻状況が現状を招いている事だけで確かで、合併をしてもしなくても、財政的締め付けはますます強くなって来ると思う。
 その中で、議員各々が、どういった姿勢で取り組み、そしてどういった考えを表すのか。町長は、前町長も新町長も『最後は住民が判断をする』との事であり、自分もそう思っているが、どれだけの情報を出すのか。理事者だけでなく、議員もその必要はあるはずである。


 さて、今回の定例会を終えて、自分の議運委員長としては『お前でも緊張する事あるのか?』と言われ、また、一般質問では『いつもの浩一節が無かったねぇ。』と、同僚議員からはと言われた。
 一般質問の方は、それなりに自分も感じた事があり、今のやり方では新町長に通用しないと思った。新たに手法が必要だと思う。それに対抗する手段としては、事実を訴える民の真実の声を聞き、それを議会で発言するしかないだろう。
 
 ただ、何度やっても、議会は緊張するものである。
 
  

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