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独り言・平成15年8月14日、23時30分作成UP
  ☆選挙戦を終えて・その3(選挙ルール)☆

 今年の選挙は投票日の翌日が新聞休刊日という事もあり、投票日の翌日の朝から、問い合わせの電話等が多数入って来ていた。
 そして、自分としては、開票結果で出て、すぐにHPの作成にかかり、午前3時過に、選挙結果についてHPにUPした。

 自分のHPの場合、通常アクセス数は一日30件程であるが、新聞休刊日という事もあっただろうが、11日は、なんとその10倍の300件アクセスがあり、また、12日も100件のアクセスがあった。

 また、『おめでとうございます。』の電話もあったが、メールも多く寄せられていたが、数名の方からは、率直な意見と選挙戦の感想が送られて来ていた。


 平均的な意見としては、自分のようなネットでやろうが、また、いくら活動しようが、余市という町はその結果として“成果”が出せない。政党基盤、もしくは親戚数で決まる。という意見が多かった。そして、自分もそうだろうと思っている。

 また、自分のHPの、その1で公開したように、「事務所前を無視して行った候補者がいる」という事に対しては、同様の意見を寄せられた方がいた。
 『他の候補者が演説中にもかかわらず、マイクを休めることなく発生を続ける女性候補者がいた。発声していたのは同乗していたアルバイトなのかもしれませんが、それを静止する事なく平然としていた顔が印象に残った』との事であり、『立候補する権利すらない人だと思う』『ルール以前の問題でマナーを知らない人が立候補している事が許せない』との事の意見を持たれていた。

 自分は今回、30カ所ほどで車上から演説を行ったが、演説最中に、これをやられた事は無かったが、このメールを受けて、数人の議員に確認してみた。これをやった現職は4名いるようで、自分の事務所前を無視して行った議員も、その中の一人として名前が上がって来た。


 選挙においては、選挙違反以外に該当する事は当たり前だが、やってはいけない事があるのではないか?そして、今回、それが非常に目についたのは、大谷後援会から出されたホップステップジャンプという後援会報であった。尚、ホップステップジャンプは都合4号発行されているようである。

 
8月11日、午後2時から当選証書の交付式がありました。発行者は余市町選挙管理委員会委員長です。なお、議員の方は得票順位によって、交付されます。尚、農業委員会選挙においても、同様なものが交付され、自分の場合、ですに4ッの当選証書を預からせて頂いています。



 まず、5月10日号(第1号)であるが、これは、6月定例会においても質問しているが、内容が北後志衛生施設組合議会のものであり、「だれがこの文章を作り、だれが発行を認めたのか?」との質問に対し『後援会長がその責任において入手した』との答弁であったが、後援会長が入手出来る訳がなく、また、内容についても、了解をした。とは考えづらい。つまり、大谷氏が自らが入手したものを選挙に利用したと言わざるを得ないと判断出来る。
 さらに、この6月定例会では、渡辺議員も同様に『裁判中の事項を掲載するのはいかがなものか』と言われていた。
 まぁ、出したものは回収出来ないが、この続きは次号である7月1日号に引き継がれていた。

 さて、7月1日号のホップステップジャンプ(第2号)だが、これに関しては、だれがこの発行を認めたのか?という事を是非聞きたいと思っている。
 第2号は両面カラーB4版だったが、裏面に“YES!clean”という丸文字のロゴが使われていた。
 自分はこのロゴを見て、「なぜ、大谷後援会の選挙用のチラシにこのロゴが使われているのか?」と思った。
 このロゴは記事内の説明のとおり低農薬で栽培された農産物に、北海道から与えられる称号であり、北海道の登録標章であるはずである。
 道が選挙用のチラシ内に、ロゴの使用を認める訳が無く、だれがこれを掲載したのか?これもやってはならない事であるはずである。
 
 次に、この2号の中には、大谷後援会のホームページアドレスがあり、自分もアクセスして見た。
 敗戦が決まって、すぐにリンクから外されて、現在はアクセス出来ないが、見やすく、完成度の高いホームページであったと思っているが、まず、1点目として、ホップステップジャンプの第1号がこのページにも掲載されており、この点については、いかがなものか。と思っていた。
 次にリンクのページもあったが、リンク先に民間企業が入っており、この点についても、リンク先に許可をもらったのか?という事に関し、疑問を持っている。
 なぜなら、選挙用のホームページに一民間企業がリンクを許可する訳が無い。それがたとえ大谷支持としても、経営サイドから見れば、万が一の場合を考え、控えるのは当たり前の話ではないか。


 さて、次に7月15日発行の第3号であるが、これは、新聞社がインタビューしたものが掲載されていたが、これについては、明確に、反論したい。

 この中の一説に次の文章がある。

 
上水道などの整備では、抜本的な改革を行ったとのことですね
大谷 この問題は、私が町長選に立候補する切っ掛けの一つになったのです。それは、平成7年余市川の上流(仁木町内)で豚の糞尿が大量に流れ込み、上水道に流入し、水道がパニックになったことがありました。私はそれまでに余市川に清流に取り戻そうという「川は心のシンフォニー」を作っていましたので、ボランティアとして駆け付けたのですが、その時の町の理事者と幹部職員の危機管理・災害対策が余りにもルーズで、町民不在の行政の実態を知らされたのです。地方自治の根本は「町民の生命と財産を守ること」だと考えております。 


 であるが、この中で『その時の町の理事者と幹部職員の危機管理・災害対策が余りにもルーズで・・・・』に関しては、この言葉を、そっくり大谷氏に返してやりたいし、
これを言う資格は大谷氏には絶対に無い!

 話は、平成13年9月までさかのぼる。この13年9月は、水道料金の値上げ審議と、この審議の日程と重なり、台風15号が来て、余市町にもそれなりの被害が出たのであった・・・・・

 この件については、自分のニュース10号に掲載しているが、この時、自分は水道料金改定に反対をした。そして、反対した理由として『委員会を中断して台風の対策本部を設置したのにもかかわらず、町内で行われた通夜に町長が出席していたので。』という理由だった。 そして、この問題は、同月に後半に行われた9月定例会の一般質問の席で質問をして、後志タイムス442号では『議員の逸脱発言に議長は注意をしないのか?』との見出しでも、自分が叩かれた。

 今だから、本当の訳を話したい。

 まずは、10号ニュースには、以下の通りにある

  水道料金値上げに反対したワケ
 さて、私は、今回の水道料金の値上げに関して・・・・・
 9月11日、台風15号の接近により、水道委員会の審議が中断、延会となった過程は、前段の通りです。そして、なぜ故、水道委員会を中断したのか?それは、台風接近に伴い、万が一の場合に備えて、その体制に万全を期する事を願い中止されたはずです。 午後からの審議再開前に、町長は『赤井川の雨量が100ミリを越え、然別では安全水位を越えた』と報告された事が、直接的に水道委員会を中断を招き、さらに、上流部での降雨は数時間後には余市町に押し寄せる事は、過去の事例でもあきらかであり、厳戒態勢を取らなければならないはずです。
 しかし、町長はこの日、つまり、11日・火曜日午後6時から7時半までの間、町内で行われていた葬儀に参列をしておりました。これは、私も同席をしており、この目で確認しております。
  

 この日、災害対策本部長として最優先でしなければならない事はなんだったのか。万全の態勢で待機をしていなければならなかったのではないか。町長は議会側の配慮を、足蹴にしたと言っても過言ではなく、さらに、住民の生活と安全を守らなければならない、その先頭に立たなければならない立場にあるのにもかかわらず、私用を優先させた。
 この時間帯は洪水警報が発令中で災害対策本部が設置されており、災害対策本部長という立場にある以上、極論をすれば、肉親の葬儀といえども、本部長のイスを空けてはならないと私は思います。・・・・

 となっているが、Aの部分に以下の文章を、今回、新たに追加したい。

 町長の葬儀参列に、「なぜ、町長がこの場にいるのか?」と非常に不審に思い、お通夜が終わった足で、役場に行ってみました。
 そして、その場にいた役場幹部職員に「町長はどこに行っているのか?」と質問すると『分かりません』と答え、「通夜に出ていたのを知らないのか?」というと『本当ですか・・・』(絶句して天を仰ぐ)



 そして、これに続く一般質問では、この件に対し『職員と相談して出掛けた』という、答弁はしているものの、結果的に役場幹部職員は、この時間、町長がどこに行ったのかは、だれ一人として把握していなかったし、
質問に対してウソの答弁もしている。

 ホップステップジャンプ第3号に書かれた部分である、水道事故は予測が出来なかった事であって、大谷氏が災害時の本部長の席を勝手に空けた事と、どう違うのか。この部分については、だれが責任を取るのか。


 これが重箱の隅に当たるのかどうかは分からないが、目撃した以上、そして議員であるならば、言わなければならないのではないか。決して、自分としても好き好んでやっている訳ではない・・・・・。
 一般質問でも、また、ニュースでも、この点を明確にすれば、自分に対する非難はある程度、和らげる事が可能であったが、良くても悪くても、住民が選んだ町長である以上、それを考慮して、最大限譲歩してやったつもりであったが、結果としては、それを自らに有利なように利用したのではないか。

 7月15日の掲示板に、自ら書き記したように、選挙は政策で争うものであって、相手を誹謗中傷するものではないはずだと。
 特に、首長選挙は、議員と違い、我が町の大統領を選ぶものであり、尚更、政策が必要ではないのか。
 その願いが届かなかった方が敗れたのではないか。と、自分では考えている。